【特集:成瀬巳喜男監督生誕120年】溝口健二、小津安二郎、黒澤明と共に「日本映画四大監督」と称される成瀬巳喜男映画を楽しむ4つの視点 後編
▲映画監督・成瀬巳喜男(1905-1969)
文=平能哲也
コモレバWEBにて「東宝映画スタア✩パレード」を連載中の高田雅彦氏の著書『成城映画散歩』(白桃書房)に、次のような記述がある。
著者の承諾の上引用する。第3章の「成瀬巳喜男と成城」の項だ。
「~そして、黒澤がご近所の青柳信雄監督のお宅で飲み、酔っぱらった時に必ずと言っていいほど語っていた言葉が、『成瀬さんにはかなわない』という賛辞(青柳監督のお孫さん・青柳恵介氏の回想による)。この逸話からも、いかに黒澤が成瀬を尊敬していたかがよく伝わってくる。」
今年2025(令和7)年は、成瀬巳喜男監督(1905-1969)の生誕120年に当たる。
生涯に89本(現存は69本)の作品を残した日本映画の名監督の一人である。
同じ松竹蒲田出身の二歳年上の小津安二郎監督(1903-1963)とは生涯の友人であり、ライバルであった。
同じ映画会社(P.C.L.~東宝)の後輩である黒澤明監督(1910-1998)、溝口健二監督(1898-1956)と合わせて、日本映画の四大監督と称せられることが多い。
四人の監督の中で一般的に最も知名度の低いのが成瀬監督だったが、ここ数年、松竹蒲田から移籍したP.C.L.時代の30年代の作品をはじめ、これまで未ソフト化だった多くの東宝(新東宝、宝塚映画含む)作品が廉価でDVD化され、また一部の作品はサブスクネット配信でも観られる。さらに今後、名画座等での特集上映も予定されている。
鑑賞の機会が増えるにつれて、若い世代など新たな成瀬映画ファンは増えつつある。
成瀬映画は同じ作品を何度観ても面白く、そして新たな発見がある、という成瀬映画ファン・研究歴35年を誇る平能哲也氏が、改めて成瀬映画の魅力とは何かを紐解く。
数多い要素の中から4つの視点に着目し、前編の2つの視点に続き、成瀬映画を楽しむさらなる2つの視点=ポイントを新たにご紹介したい。
第三の視点
落語の名人の語り口のような洗練されたユーモアセンス
成瀬監督や成瀬映画の紹介の際によく登場するフレーズが「ヤルセナキオ」。
成瀬映画の作風<やるせない>から、そんな風に呼ばれていたとされている。実際にそんなフレーズがあったのか、誰が命名したのかまったく不明なのだが、少なくとも私が成瀬会等で直接会話をさせていただいた成瀬組のスタッフ、キャストの方たちの誰からも「ヤルセナキオ」というフレーズは聞いたことがない。これは晩年の玉井正夫(撮影監督)のインタビューでも「私は聞いたことがない」と話している。全員ではないが、「いじわるじいさんと呼ばれていた」という証言はたくさんの方から聞いた。あまり良い言葉ではないが「天邪鬼(あまのじゃく)のような性格」だったらしい。
成瀬映画は慎ましい生活や貧しさの現実の中で、懸命に生きる女や男を描く作品が多い。しかし、1本ずつ丹念に観ていくと、実はユーモラスな場面が多いことに気づくのだ。観客を笑わせようとする「あざとい笑い」ではなく、実に自然で、思わずくすくすと笑ってしまう、いわば名人の落語家の語り口のような、粋で上品な笑い。これは成瀬映画だけでなく、小津映画の中にもある要素だ。二人とも明治後期の東京の出身(成瀬監督は四谷、小津監督は深川生まれ)が共通していて、当然落語の教養は自然に身についていただろう。
▲2016年に開催された「成瀬監督を偲ぶ会=略称:成瀬会」の出席者たち。前列には成瀬作品ゆかりの俳優、夏木陽介さん、星由里子さん、司葉子さん、宝田明さんが並ぶ。夏木さんと星さんの間には、この年亡くなった白川由美さんの写真も飾られている。白川さんは成瀬作品には『夜の流れ』『乱れる』に出演。宝田さんの右後方には、加山雄三の『俺の空だぜ!若大将』、山口百恵、三浦友和共演の『ホワイト・ラブ』などの2020年に亡くなった小谷承靖(こたに つぐのぶ)監督の顔も見える。小林桂樹さん、草笛光子さん、香川京子さんらが出席した回もあった。司さんの後方が筆者。(筆者所蔵、成瀬会より掲載許諾済み)
成瀬映画の中で、筆者が特に好きなユーモラスな場面や台詞を具体的にいくつか挙げてみる。なお、脚本の中の場面や台詞を「これはいらないね」と削ることが日課のようだった成瀬監督が、そのまま残したものか、撮影時に追加したものかは不明。
『秋立ちぬ』(60)。脚本(オリジナル)=笠原良三。
長野県上田出身(台詞より)で東京・新富町の八百屋の親戚の家で暮らす小学生の大沢健三郎は、仲良しの旅館の娘で小学生の一木双葉と東京湾へ出かけた際に、埋立地で足を怪我してパトカーで八百屋に運ばれる。叔父の藤原釜足は、夕食のちゃぶ台の前で大沢に対して「今日は徹底的に言い聞かせなくっちゃ」と言い、目の前の空のコップを手に取って、妻の賀原夏子に「やぁ、ビールをもう1本持ってきな」と言う。台所から「子供叱るのに、何でビールがいるのよ」と言う賀原。「いいから持ってこいったら」と藤原。まるで十代目金原亭馬生(筆者が一番好きな落語家、1982年死去)の落語に登場する長屋の夫婦のような会話の調子である。
余談だが、秀男役の大沢健三郎は、5年前、清水宏監督『次郎物語』(55、新東宝)の次郎役に大沢幸浩の名前で出演している。舞台となるロケ地は長野県上田市別所温泉界隈だ。大沢健三郎の出身地を上田に設定(オリジナル脚本)したのは、成瀬監督、小津監督の松竹蒲田時代の同僚であり、特に小津監督とは晩年まで親しく交流していた清水宏監督へのオマージュ、洒落っ気のように感じる。
『流れる』(56)。原作=幸田文、脚色=田中澄江、井手俊郎。
柳橋の芸者置屋(つたの家)に女中として入った田中絹代。夜、見回りの警察官が玄関にやってきて「あんた、新しく入った人?」と尋ねる。田中はニコニコしながら「山中梨花(やまなかりか)と申します。45歳でございます」。年齢など聞いていないのに。これも映画館で観客が笑うのを体験している。また映画の冒頭、田中を面接して、つたの家の住み込み女中として採用した後に、女将の山田五十鈴の言う台詞「ねぇ、梨花(りか)さんてぇの、呼びにくいからお春(はる)さんにするわ、ね」。「はい、なんとでもお呼びくださいまして」と答える田中のやり取りも、花柳界独特? の感覚で笑わせてくれる。
筆者が最も好きな成瀬映画『驟雨』(56)。原作=岸田國(国)士、脚色=水木洋子。
映画の冒頭、新婚旅行から戻ってきた香川京子が、世田谷の叔母夫婦(原節子、佐野周二)の家を訪ねる。隣の家に引っ越してきてまだ荷物を運びこんでいる小林桂樹に対して香川が「あの、こちら留守でしょうか?」。小林は「ああ、奥さんは近所でしょう。さっき緑色の買い物かごを下げて出かけられました」と。すかさず小林の妻の根岸明美から「よく見てるわねぇ、あんた」と突っ込まれる。困った表情をしている小林とそれを遠目に見ている香川。「緑色の買い物かご」という余計な一言(=原節子のことを気にしている)によって皮肉を言われてしまう。これも落語の中によく登場する典型的なドジな展開の一つだ。
登場人物の最もユーモラスな行動として挙げたいのが『女の座』(62)の夏木陽介。気象庁に勤める好青年の役。脚本(オリジナル)=井手俊郎、松山善三。
大家族・石川家の四女の司葉子は、人手不足で困っている兄・次男の小林桂樹の経営する中華料理店を手伝う。店で留守番をしているとそこに常連客の夏木が入ってくる。「あの何になさいますか」と訊く司に対して、「いつものラーメンだけど、僕作りますよ。いいですよ、わかってるんだ」と答え、厨房に入って手際よく「スペシャルラーメン」を作ってしまう。あっけにとられて見つめる司に「お茶をいれてください」と夏木。司がお茶缶を持つと、「お茶の缶はそれ、小さい方。大きい方は営業用でまずいんだ」と話す夏木。
前編に紹介した成瀬会で、司葉子さん、故夏木陽介さん(2018年死去)のお二人が並んで座っていた時に、この厨房シーンの話を筆者が振ると、お二人とも「あのシーンはよく覚えています」と答えたと記憶している。
挙げていけばきりがない。紹介した台詞は、何も可笑しいことを言っていない。単に普通のことを言っているだけだ。俳優の抑えた演技、表情、台詞の間など、一つでもわざとらしいものになると、観客はさっと引いてしまい笑えなくなってしまう。そこの加減が成瀬監督は絶妙なのだ。小津監督、そして川島(雄三)監督の演出も同様と考える。
筆者は異色作と呼んでいるのだが、一般的には代表作と言われる原作=林芙美子、脚色=水木洋子の『浮雲』(55)。 究極の恋愛映画と言える『浮雲』には、笑えるシーンや台詞が一つもない(と感じる)。同じく恋愛映画の名作『乱れる』(64、脚本(オリジナル)=松山善三)と、『乱れ雲』(67、脚本(オリジナル)=山田信夫)にはいくつか笑ってしまう台詞やシチュエーションがあるのだが。その点でも『浮雲』は成瀬映画の中の異色作なのだ。
▲『乱れ雲』撮影現場での司葉子と加山雄三。成瀬巳喜男の遺作ながら、みずみずしい印象を残す作品で、成瀬映画の中でも傑作との呼び声も高い。司の繊細な演技と上品な美しさが際立った作品であり、64年の成瀬作品『乱れる』で新境地を拓いたとも言われる加山にとっても俳優の財産となる作品であろう。©1967 東宝
第四の視点
お金の話。そして具体額を出すことへの執念
成瀬映画は「お金」をめぐる話が多いと指摘したのは、コモレバWEBでもおなじみの、成瀬映画ファンの文芸・映画評論家の川本三郎氏である。筆者も成瀬映画を観始めた時期、川本氏の論に「なるほど」とうなずいた。その後数多く観ていく中で、さらなる特徴を見いだした。それは「成瀬映画は単にお金の話だけでなく、具体的な金額を執拗に出す」ということ。筆者は成瀬生誕100年=2005年の著作『成瀬巳喜男を観る』(ワイズ出版)でもその点を指摘した。
台詞の中に具体的な金額が数多く出てくるのが『娘・妻・母』(60)。 脚本(オリジナル)=井手俊郎、松山善三。
坂西家の長女(原節子)の嫁ぎ先の夫が交通事故で亡くなる。次女(草笛光子)が赤電話をかけて、実家の母(三益愛子)と話す。「告別式の香典をいくら持っていったらいいか、弟で次男(宝田明)はいくらくらいなのか」と訊ねる草笛。三益は、「宝田が家族に相談もなく、お通夜に3000円持っていった。派手なことをしてと長男(森雅之)が怒っている」と話す。次のシーン。草笛の姑(杉村春子)は「うちは500円でいいんだよ」とその理由を述べる。通夜や告別式が描かれる映画は多いが、香典の具体額についての台詞のある映画はあるだろうか?
同作でもう一つ。夫の事故死で実家の坂西家に戻って来た長女の原。母の三益に「毎月いくら(生活費)をいれたらいいか、妹=三女(団令子)はいくらいれているか」と訊ねる。三益は「毎月2500円」と答える。原は「じゃあ私は5000円でいいわね」と話した後に、「私お金持っているの。主人の生命保険金の100万円」と話す。
▲1960年公開『娘・妻・母』。数多い登場人物たちにそれぞれの役割を与え、俳優たちの個性を見事にいかした演出術が冴える、成瀬巳喜男55歳のときの作品。写真左から三益愛子、団令子、草笛光子、原節子、高峰秀子。©1960 東宝
成瀬映画を観る時は、台詞の中に含まれる「具体的な金額」を意識してみると面白い。映画撮影当時の月給や物の値段などは、結果的にその時代を表す貴重な情報となっている。
たとえば、昭和10(35)年公開の『妻よ薔薇のやうに』(P.C.L. 原作=中野実、脚色=成瀬巳喜男)では、丸の内の会社に勤めるモダンガールの千葉早智子は、恋人の大川平八郎に「私の月給は45円よ」と話す。
前述の『娘・妻・母』にはこんなのもある。
映画のラスト、公園にやって来て一人でベンチに腰かけている三益愛子は、ベビーカーを押して歩く近所の老人=笠智衆と挨拶を交わす。笠の台詞=「あぁ、いいお天気で」がまるで小津映画の台詞のようで微笑ましい。小津映画でお馴染みの笠は、松竹蒲田時代、サイレント映画の成瀬作品には数本ノンクレジットで出演(『君と別れて』『夜ごとの夢』(33)、『限りなき舗道』(34))しているのだが、名前のクレジットされた作品では、本作が初出演となる。「お孫さんですか?」と訊く三益に対して、ニコニコしながら「いえ、内職に近所の子供を預かっているんですよ、1日70円で」と答える。
▲ずらり勢揃いした『娘・妻・母』の豪華出演者たち。写真左から舞台となる坂西家の長男役の森雅之、長男の妻の叔父役の加東大介、次男の妻役の淡路恵子、次女の夫役の小泉博、未亡人となった長女に好意を抱く、三女が勤める酒造会社の醸造技師役の仲代達矢、未亡人となり実家に戻る長女役の原節子、次女役の草笛光子、母役の三益愛子、長男の妻役の高峰秀子、長男の息子役の松岡高史、次男役の宝田明、三女役の団令子、三女の恋人役の太刀川寛(洋一)、未亡人となった長女の見合い相手役の上原謙。
©1960 東宝
この直前の笠の台詞に「この公園はもうすぐ取り壊されるようですなぁ、どこかの銀行のアパートが建つようです。子供の遊び場が無くなるのは困りますなぁ」とあるが、実際にはこの公園(ロケ場所=世田谷区立赤松公園:世田谷区赤堤)は、映画撮影時から65年経った今も現存している。この公園は『女の歴史』(63)のラストにもロケ地として登場する。
前半の場面で、母の三益が長女の原、長男の妻(高峰秀子)、三女(団令子)たちと一緒に食べるショートケーキは1個80円(団の台詞)。笠の1日の内職代より高い!
▲『娘・妻・母』のラスト、三益愛子と笠智衆が挨拶を交わす公園。ロケ地である世田谷区立赤松公園は現在も区民の憩いの場所になっている。(筆者撮影)
遺作の『乱れ雲』(67)。通産省に勤める夫(土屋嘉男)を交通事故で亡くした司葉子。姉(草笛光子)と通産省の窓口で担当職員と土屋の退職金について会話するシーンがある。細かい規定の説明をする職員とそれを聞く草笛。職員は「合計83万7731円です」と述べて、草笛は受取りに印鑑を押す。
夫の交通事故の加害者(加山雄三)と、夫を亡くした被害者(司葉子)とがお互いに惹かれ合っていく禁断の恋を描いた恋愛映画の名作だが、恋愛映画に内容とは直接関係のない退職金の金額を台詞として登場させるのも相当変わっている。
▲1967年公開『乱れ雲』。東宝創立35周年記念作品として制作された作品。併映は同じく記念作品の豊田四郎監督、森繁久彌主演の『喜劇 駅前百年』だった。プログラムピクチャー時代、映画五社は二本立て上映を実施していた。ロケ地=青森県十和田湖附近。または十和田湖畔。
©1967 東宝
元々脚本家が取材して書いた台詞にあった可能性も高いが、説明的な台詞を削ってしまうことで有名な成瀬監督が作品の中で使用しているのは、必要だと判断したからだろう。成瀬監督は作品の中にお金の話、その具体的な金額を出すことによって、登場人物の現実の生活や境遇をリアルに描けるとの意図を持っていたと考えざるを得ない。成瀬映画のドラマが、日常生活をリアルに深く描いている点について、この特徴は重要な役割を果たしていると言えるのだ。
成瀬映画の特徴と魅力を4つの視点から述べてきたが、魅力は尽きない。
東京をはじめ地方の屋外ロケーション風景(構図、俳優の動かし方、木洩れ日など光と影のコントラストの美しさなど)、実際のロケーションと見間違えるほど精巧なオープンセット(美術監督=中古智、特に『めし』『浮雲』『流れる』は必見)、日本を代表する脚本家たち(水木洋子、田中澄江、井手俊郎、八住利雄、菊島隆三、橋本忍、新藤兼人、松山善三、笠原良三など。松竹蒲田及びP.C.L時代には成瀬監督自身の脚本、脚色も数多い)によるダメ男とたくましい女を描いたドラマ、人物の動作、台詞などを異なる人物に同じようにつなげるリズミカルな場面転換など、本稿とあわせて成瀬映画を観る楽しみにしてほしい。前編冒頭の3人の名監督をはじめ、多くの映画監督たちからリスペクトされてきた成瀬監督。黒澤組の助監督としても有名な故出目昌伸監督(2016年死去)から筆者が直接聞いた言葉を最後に紹介する。「私は成瀬さんには1本も付いていないんだよね。1本でいいから成瀬さんの助監督に付きたかった」
現存する69本の成瀬作品の中で、筆者が選ぶベストテン(作品名のみ)は、以下の通り。
①『驟雨』②『流れる』③『秋立ちぬ』④『乱れる』⑤『まごころ』⑥『女の中にいる他人』⑦『女の座』⑧『夫婦』⑨『くちづけ(第三話 女同士)』⑩『鰯雲』
平能哲也(ひらの てつや)
1958(昭和33)年、東京生まれ。1982年学習院大学文学部フランス文学科卒。PR会社に16年間勤務の後、危機管理・広報コンサルタント、ライター(個人事業主)として独立、公益社団法人日本広報協会 広報アドバイザーを務める。成瀬映画には1980年代の後半に出会い、2005年の生誕100年の時に、現存する69作品をすべて観た。同年に著書「成瀬巳喜男を観る」(ワイズ出版)、編集協力「成瀬巳喜男と映画の中の女優たち」(ぴあ)に関わり、また1998年から現在までウェブサイト「日本映画の名匠 成瀬巳喜男ファンページ」の作成・運営。2021年からは成瀬映画、小津映画、川島映画などのロケ地を紹介するYouTube「旧作日本映画ロケ地チャンネル」の作成・運営。毎年7月2日の命日に成瀬組のスタッフ、キャストが集まる「成瀬監督を偲ぶ会」の事務局メンバー。
劇場で成瀬映画を観よう!
今、映画館で観られる成瀬巳喜男監督映画20選
シネマヴェーラ渋谷「初めての成瀬、永遠の成瀬」
シネマヴェーラ渋谷では3月22日(土)から4月11日(金)まで「初めての成瀬、永遠の成瀬」と題して、成瀬巳喜男監督映画が20本上映されている。芸道もの、女の一生もの、ホームドラマ、サスペンスなど、成瀬監督のすべてが堪能できる魅力的なラインアップだ。なかなか上映機会のない作品や、劣化したフィルムしかない作品は国立映画アーカイブのフィルムで上映、美しい映像で観ることができる。また初日には、成瀬監督『舞姫』でスクリーンデビューした岡田茉莉子のトークショーも実施された。名匠・成瀬巳喜男の神髄に触れるまたとない機会だ。
《上映作品》
◆『鶴八鶴次郎』(1938)
出演:長谷川一夫、山田五十鈴、藤原釜足、大川平八郎、三島雅夫
川口松太郎の同名小説の映画化で、長谷川と五十鈴の掛け合いで笑わせ、ほろりとさせる芸道もので名人芸が魅せる。©1938東宝
◆『晩菊』(1954)
出演:杉村春子、沢村貞子、細川ちか子、望月優子、上原謙、小泉博、有馬稲子、見明凡太郎
林芙美子の短編小説3作をまとめた1954年度作品。芸者上がりの4人の中年女性たちの生き方を杉村、望月らが見応えのある演技で楽しませてくれる。 ©TOHO CO.,LTD.
◆『流れる』(1956)
出演:田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、岡田茉莉子、杉村春子、栗島すみ子、中北千枝子、加東大介田中、山田、高峰、岡田、杉村、さらに日本映画史上初のスター女優栗島を迎えた絢爛豪華な顔ぶれの、まさに女性オールスター映画と呼べる成瀬の代表作の一つ。©1956東宝
◆『女の歴史』(1963)
出演:高峰秀子、宝田明、山﨑努、星由里子、賀原夏子、仲代達矢、淡路恵子、草笛光子、加東大介、藤原釜足、菅井きん
夫を戦争で亡くし、息子を事故で亡くし、戦前・戦中・戦後と苦労ばかりの女の人生を高峰が演じる。©TOHO CO., LTD.
◆『杏っ子』(1958)
出演:山村聰、香川京子、夏川静江、木村功、太刀川洋一(寛)、中北千枝子、藤木悠、土屋嘉男、中村伸郎、小林桂樹、加東大介、賀原夏子、沢村貞子
室生犀星の小説を映画化した1958年作品。人気作家(山村)の娘(香川)は、作家志望の青年(木村)と結婚するが、才能もなく妻に当たり散らすダメ夫との結婚生活は破綻していく。木村が演じるのは成瀬映画ダメ男の筆頭だろうか。©TOHO CO., LTD.
◆『鰯雲』(1958)
出演:淡島千景、新珠三千代、司葉子、飯田蝶子、木村功、中村鴈治郎、小林桂樹、加東大介、杉村春子、清川虹子
成瀬が脚本家の橋本忍と初めてコンビを組んだ1958年の作品。農地改革で没落してゆく大地主一家の姿を、農家の未亡人(淡島)と妻子のある新聞記者(木村)との恋、世代による価値観の対立などさまざまなエピソードをからめて描く群像劇。©TOHO CO.,LTD.
◆『女人哀愁』(1937)
出演:入江たか子、伊東薫、初瀬浪子、佐伯秀男、堤真佐子、北沢彪、御橋公、清川玉枝
カメラが動き、扉が開閉し、顔のアップになるというスピード感あふれる場面転換はじめ、成瀬の演出が冴える1作。ラストの入江たか子が美しい。1937年公開。©TOHO CO.,LTD.
◆『旅役者』(1940)
出演:藤原鶏太(釜足)、柳谷寛、高勢實乗、清川荘司、御橋公、深見泰三、中村是好、山根寿子、清川玉枝
旅回りの一座で〝馬の脚〟役をめぐる騒動をほのぼのと描きながらも、シュールで突き抜けた味わいの1940年の作品。 ©TOHO CO.,LTD.
◆『夫婦』(1953)
出演:上原謙、杉葉子、三國連太郎、小林桂樹、藤原釜足、滝花久子、岡田茉莉子
転勤で東京に戻りやもめ暮らしの男(三國)の家に転がり込んだ夫婦(上原&杉)の危機を描いた1953年の作品。『めし』にも出演していた杉がヒロインに起用されている。©TOHO CO.,LTD.
◆『女の座』(1962)
出演:笠智衆、高峰秀子、司葉子、杉村春子、草笛光子、淡路恵子、星由里子、三益愛子、宝田明、三橋達也、小林桂樹、加東大介
『娘・妻・母』と並ぶ、東宝の女優が一堂に会した大家族劇。二男五女の大家族の父親役の笠と、長男の嫁役の高峰との関係性から成瀬版『東京物語』とも言われた1962年作品。©TOHO CO.,LTD.
◆『ひき逃げ』(1966)
出演:高峰秀子、司葉子、加東大介、黒沢年男、中山仁、賀原夏子、小沢栄太郎、浦辺粂子
松山善三のオリジナルシナリオを映画化した1966年の作品。子どもを交通事故で亡くすヒロインに高峰、加害者役に司。車が爆走するシーンや、高峰が酔って踊りまくるシーンなど、成瀬監督には珍しい、意外性のある作品。成瀬と高峰の最後のコンビ作。 ©TOHO CO.,LTD.
◆『芝居道』(1944)
出演:長谷川一夫、山田五十鈴、古川緑波、進藤英太郎、志村喬、花井蘭子
『鶴八鶴次郎』の長谷川&五十鈴コンビに喜劇界の大御所緑波を迎えた芸道もの。戦時中1944年の作品ながら、提灯行列の幻想的な美しさ、戦勝祝いの花火など華やいだ印象の映画となった。©TOHO CO.,LTD.
◆『妻』(1953)
出演:上原謙、高峰三枝子、丹阿弥谷津子、高杉早苗、中北千枝子、伊豆肇、新珠三千代、三國連太郎無関心亭主(上原)と家事怠慢女房(高峰)の結婚10年目の夫婦のどん詰まり生活に持ち上がる不倫騒動。ガサツな妻の高峰の演技もすさまじく、成瀬作品の中でも最も辛辣な結末の1953年作品。©TOHO CO.,LTD.
◆『あらくれ』(1957)
出演:高峰秀子、上原謙、森雅之、加東大介、東野英治郎、宮口精二、岸輝子、中北千枝子、仲代達矢徳田秋聲の同名小説の映画化。つかみ合いの喧嘩も厭わない〝あらくれ〟ながら、働き者で、仕事ができ、度胸も情もあり、自ら運命を切り拓く大正時代に生きるヒロインを高峰が見事に演じて魅せる。©1957 東宝
◆『舞姫』(1951)
出演:山村聰、高峰三枝子、岡田茉莉子、片山明彦、二本柳寛、見明凡太郎、木村功、沢村貞子
川端康成の同名小説を原作に夫婦の物語を描いた1951年の作品。高峰が妻の心のゆらぎを情感を込めて演じる。岡田のデビュー作であり、初々しいながらも、すでに女優の貫禄を見せている。
写真協力:公益財団法人川喜多記念映画文化財団
◆『妻の心』(1956)
出演:高峰秀子、小林桂樹、三好栄子、千秋実、中北千枝子、根岸明美、田中春男、花井蘭子、杉葉子、三船敏郎、加東大介、沢村貞子
代々続く薬屋を営む夫婦(小林&高峰)と姑(三好)のもとに失業した兄(千秋)一家が戻ってきて、さまざまな問題が持ち上がる、配役が絶妙な群像劇。三船が従来の豪快なイメージと異なる誠実な銀行員を演じているのも見ものだ。©1956 東宝
◆『妻として女として』(1961)
出演:高峰秀子、淡島千景、森雅之、星由里子、仲代達矢、水野久美、淡路恵子、飯田蝶子、丹阿弥谷津子、中北千枝子、藤間紫、中村伸郎
井手俊郎と松山善三の共同脚本による1961年作品。大学講師(森)とその妻(淡島)、講師の愛人(高峰)との葛藤を描いた愛憎劇。クライマックスで妻と愛人の憎悪が激突するバトルはスリリングで目が離せない。
©TOHO CO.,LTD.
◆『夜ごとの夢』(1933)
出演:栗島すみ子、斎藤達雄、新井淳、吉川満子、飯田蝶子、坂本武
俯瞰や横移動など、さまざまな技術的なショットが冴えるサイレント映画。
◆『娘・妻・母』(1960)
出演:原節子、高峰秀子、三益愛子、森雅之、団令子、宝田明、淡路恵子、草笛光子、小泉博、加東大介、上原謙、笠智衆、杉村春子、仲代達矢
成瀬映画を彩った俳優たちが一堂に会したとも言える東宝オールスターによる家族劇。単なるスターの顔合わせではない味わい深い作品。
◆『乱れ雲』(1967)出演:司葉子、加山雄三、草笛光子、浜美枝、加東大介、森光子、土屋嘉男、浦辺粂子、藤木悠、中丸忠雄、中村伸郎
山田信夫のオリジナルシナリオの映画化で、夫を交通事故で無くした妻(司)と加害者(加山)が恋におちる危うい関係の恋愛ドラマの傑作。成瀬の遺作となった。
『初めての成瀬、永遠の成瀬』
〔会場〕シネマヴェーラ渋谷
〔上映期間〕3月22日(土)~4月11日(金)
〔料金〕一般:1300円、シニア:1100円、会員:900円、大学・高校生:700円
※一本立て、入れ替え制
◇特別上映
国立映画アーカイブの協力により『舞姫』(3/22のぞく)『杏っ子』『妻の心』『妻として女として』を美しい映像で上映。料金:1300円均一