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小説やアニメ、作品にみる川崎のいま。“労働者の街”はいかにして変容したか?【文=磯部涼】

さんたつ

川崎のいま4

移民問題、公害問題、非行問題……さまざまな歪(ゆが)みが表面化したかつての川崎は、最近、小説やアニメの舞台として描かれている。どのように描かれ、どのように変化したのか。その歩みをたどる。

磯部 涼 Isobe Ryo

ライター。著作に川崎区の工場地帯で生きる人々を取材した『ルポ 川崎』(サイゾー、2017年)、改元直後に発生した凶悪事件を追った『令和元年のテロリズム』(新潮社、2021年)などがある。

数多(あまた)の物語を生み続ける、川崎の豊かな土壌

川崎はどう描かれてきたのだろう。文学や映画、マンガ、アニメーションといったフィクション作品、ルポルタージュのようなノンフィクション作品において。あるいはこう言ってもいい。それは現実の、多様な“川崎”の、どんな側面に着目してきたのだろうかと。

まず筆者のケースから始めると、2017年に『ルポ 川崎』という単行本を上梓した。川崎市の中でも特にその最南端——川崎区の工場地帯を舞台として、狭いコミュニティーのしがらみの中で生きる不良少年や、そこから脱し、紆余(うよ)曲折あってまたそこへ戻ってきた元・不良少年たちの姿を描いたノンフィクションだ。

『ルポ 川崎』はしがないライターの著作としては珍しく10刷を重ね、文庫本にもなった。10年近く経った今でもこのように雑誌で川崎の特集があると声をかけられる。何処(どこ)が読者の興味を引いたのか。筆者としては同作で奇を衒(てら)ったわけでなく、過去の“川崎”をテーマにした作品群の系譜に連なっていると考える。その系譜があるところで途絶えていたからこそ、同作は新鮮に受け止められたのかもしれない。

川崎を舞台にしたノンフィクションはもちろん『ルポ 川崎』が最初ではない。例えば日本の同ジャンルを代表する作家である沢木耕太郎が1972年、24歳の若かりし頃に発表した短編「灰色砂漠の漂流者たち」(後に単行本『地の漂流者たち』に再録)も、高度経済成長期、全国から仕事を求める若者が集まってはやがて去り、またすぐに別の若者がやってくる、躍動する労働者の街としての川崎区を描いている。

また、アカデミックな分野まで範囲を広げると、やはり高度経済成長期に表面化した公害問題や、在日コリアンを中心とする移民労働者による反差別運動などに関してはさまざまな研究がある。川崎の在日コリアンとアメリカの黒人が、キリスト教と反差別運動を通して如何(いか)に共鳴し合っていたかを土屋和代が解き明かした2012年の論考「『黒人神学』と川崎における在日の市民運動」(『流動する〈黒人〉コミュニティ』所収)は、『ルポ 川崎』の取材を進める上で非常に参考になった。

ノンフィクションやアカデミズムにおいて、川崎区が取材/研究の対象に選ばれるのは他でもない、そこが、先述した通り、高度経済成長期を代表する労働者の街であるが故(ゆえ)に、公害問題や差別問題といった歪みが発露する——別の言い方をすれば日本の近代の象徴として捉えられる場所だからだ。

フィクション作品の場合も同様の傾向が見られる。戦後日本の核問題を原点とする怪獣映画〈ゴジラ〉シリーズにおいては、公害問題をテーマのひとつにした『オール怪獣大進撃』(69年)や『ゴジラ対へドラ』(71年)で、川崎区がロケ地になっている。

李學仁(イハギン)監督作品『異邦人の河』(75年)は在日コリアンの監督による初めての日本映画作品だと言われるが、主演はやはり在日コリアンで、川崎区出身の朴雲煥(パクウナン)。ジョニー大倉の名で、矢沢永吉とバンド=キャロルを結成したことで知られる彼は、自身のアイデンティティのあり方に悩む青年の役を熱演。同作は川崎区の在日コリアン集住地区=池上町の70年代の様子が映し出されている点も貴重だ。

また、川崎駅周辺は労働者の街だからこそ、娯楽としてのいわゆる“飲む・打つ・買う(飲み屋、賭博、性風俗)”が盛んであることも特徴で、70年代に人気を博した菅原文太主演の『トラック野郎』シリーズ(75~79年)では、主人公が贔屓(ひいき)にしている性風俗店が描かれる。しかし、バブル景気の高揚と、それに伴う乱開発の中で上述した問題や猥雑(わいざつ)さは覆い隠されていくことになる。

その変化を象徴しているのが岡崎京子のマンガ作品『リバーズ・エッジ』(94年)だろう。同作の登場人物である高校生たちは汚れた川沿いの住宅地で、対岸の工場地帯を眺めながら、退屈な、生の実感を持たない日々を送っている。そんなある日、河川敷で腐乱死体を見つけたことをきっかけに、彼らの日常は揺れ動き始める。

同作の舞台は東京都大田区、川向こうの工場地帯は川崎区をモデルにしていると思われる。つまり70年代における『ゴジラ対ヘドラ』『異邦人の河』で川崎区が同時代の象徴として捉えられていたのに対して『リバーズ・エッジ』では川向こうの異世界として描かれているのだ。ただし、その間は完全に閉ざされているわけではなく、じわじわとこちら側に侵食してくる。

大田区側から大師橋を望む。手前の草むらが『リバーズ・エッジ』でたびたび描かれる河原のシーンを彷彿(ほうふつ)とさせる。

BAD HOPが明かした、生々しい川崎の現実

川崎駅周辺も00年以降、『ラチッタデッラ』(02年)、『ラゾーナ川崎』(06年開業)といった商業施設が建設。また堀之内や南町といった風俗街では違法性風俗店の摘発が相次ぎ、路上や河川敷で寝泊まりしていたホームレスも就労支援施設への転入が進められ、見たところは小奇麗(こぎれい)になっていく。一方、そこで根本的な問題が解決したわけではないということを表現を通して告発したのが、1995年に川崎区で生まれた幼なじみによって結成されたラップ・グループ=BAD HOPだった。

BAD HOPはかつて川崎の在日コリアンとアメリカの黒人が共鳴し合ったように、ヒップホップ/ラップ・ミュージックのビートに乗せて、自分たちの街のことを歌う。さまざまなルーツを持つ人々が暮らし、アウトロー社会の息苦しさと、義理人情の温かさが共存する工場地帯のことを。

それは70年代に『異邦人の河』や『トラック野郎』で描かれた光景とあまり変わらない。ノスタルジックに感じる人もいたかもしれないが、結成当時、まだ10代だったBAD HOPにとっては生々しい現実であり、彼らの言葉はそのように現実を忘却したり、消費したりする大人たちに向けられたナイフのようなものだったのだ。

ただし、BAD HOPはそういった状況にとどまっていたわけではない。2024年に東京ドームで解散公演を迎えたように、彼らのサクセス・ストーリーは日本中の似た境遇の若者たちに夢を与えた。

2010年代後半以降、川崎区に関わるノン/フィクション作品が増えたのはBAD HOPに触発されたところが大きいだろう。他でもない『ルポ 川崎』の企画も、彼らと出会ったことによって始まった。

川崎をありのままに伝える、近年の作品

日本を代表するアニメーター=湯浅政明が監督を務めた『DEVILMAN crybaby』(2018年)は、永井豪の名作『デビルマン』(72~73年)が描いた現代社会の歪みを10年代版にアップデートするにあたって、川崎区を舞台のモデルにしている。劇中に登場するラッパーたちは池上町の桟橋を思わせる場所でフリースタイルをするし、だからこそ悪魔狩りのシーンは10年代中盤に同地で横行したヘイトスピーチと重なり、苦しくなる。

池上町の桜堀運河。対岸には船着き場が並ぶ。奥に見える鋼橋はこの場所のランドマークだ。

佐藤究による直木賞受賞作『テスカトリポカ』(2012年)は、メキシコの麻薬カルテルの抗争から逃れ、川崎区へたどり着いた人々を描くことによって、移民やアウトローの街として発展してきた同地の地霊のようなものを劇的に浮かび上がらせる。

川崎港近くの工場地帯(上)と、桜本町の情景(下)。無機質な情景から『テスカトリポカ』の世界観が浮かび上がる。

ちなみにBAD HOPの同世代で、やはり川崎市南部・幸区の高校の軽音楽部で結成されたロック・バンド=SHISHAMOも人気がある。川崎区と幸区周辺を舞台に、いじめに伴う不登校やマルチルーツに伴う差別など、さまざまな葛藤を抱える女性たちがバンドを結成するアニメ作品『ガールズバンドクライ』(2024年)は、両者のイメージを融合させたものとしても捉えられるかもしれない。

川崎駅東口駅前広場。主人公が駅前で初めて歌うシーンもここ。多くの人が行き交うなか、路上ライブをする人が散見される。

もちろん本稿で取り上げた以外にも、例えば脚本家=山田太一が描いた北部に関しては別の論考を立てるべきだろう。それくらい“川崎”には数多の物語を生む、豊かな土壌があるのだ。

『リバーズ・エッジ』
岡崎京子著。1993年から94年にかけて雑誌『CUTiE』で連載された漫画作品。高校生たちの友情と葛藤を鮮烈に描く。2018年には実写映画化も。

『DEVILMAN crybaby』
湯浅政明監督によるアニメーション作品。悪魔に憑依(ひょうい)されながらも人間の心を持つ“デビルマン”となった主人公が世界と戦う。Netfixにて独占配信中。

『テスカトリポカ』
佐藤究著。川崎を舞台に、メキシコからやってきた麻薬組織が抗争を繰り広げるクライムノベル。第165回直木賞受賞、第34回山本周五郎賞受賞作品。

『ガールズバンドクライ』
東映アニメーション製作のオリジナルアニメーション作品。川崎に上京した女子高生がバンド活動を通じて成長する青春ストーリー。Amazon Prime Videoにて配信中。

文=磯部 涼 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2025年4月号より

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