「生成AIの時代」に必要な能力についての考察。
生成AIの会社を立ち上げて、そろそろ1年になる。
いろいろとやってきて思うのは、生成AIの大きな可能性、そして、扱いの難しさの二つだ。
現在は、生成AIへの期待がある一方で、
「導入したけど活用できていない」
「自分でやったほうが早い」
「狙った成果が出ない」
など、不満も多く聞かれる。
無理もない。
現在のChatGPTに代表されるようなLLMのインターフェースは、その扱いに、それなりの「言語能力」と、「タスクを切る能力」を要求する。
要するに、利用が面倒なのだ。
しかも、現在の生成AIの能力は、まだ仕事の「丸投げ」を許さない。
やるべきことをステップに分解して、細かく指示を出す必要がある。
利用する方なら共感いただけると思うが、適当に丸投げをすると、さぼったり、間違えたり、見当違いのことをしてしまう。
例えば、ニュースが羅列されているCSVファイルを読ませて、特定の話題だけを抽出しようとしたとき、単に
「ファイルを読んで、〇〇の話題だけを抜き出して」
と命令しても、あまりうまく動作しない。
上手く特定の話題を抽出させるには、
・CSVファイルを適切なサイズに分割し
・内容をChatGPTに読みやすい形に変換させ
・特定の話題とは何を含むものなのかをChatGPTに推測させ
・そのうえでファイルとの照合を行って
・特定のフォーマットに出力させる
という手順を踏み、それぞれを精緻にプロンプト化しないと、プロの水準が要求する正確な結果が出ない。
それゆえに、生成AIをうまく扱うためには、上述したように、言語能力とタスクを切る能力の両方が必要となる。
そりゃ、なかなか普及しないよね、と思うのだ。
要するに、人に指示を出すのと、手間としてはあまり変わらないかむしろ若干面倒だ。
「なんだ、やっぱり使えないじゃん」という方もいらっしゃるかもしれないが、もちろん、いいところもある。
雑多で成形されていないデータを扱える、という最も大きなメリットはもちろん、
膨大な処理を文句ひとつ言わずにやる。
安い。給料も福利厚生も必要ない。
詰めてもOK。
「やる意味は何ですか?」とか聞かない。
そういう点は、LLMは人間に比べて圧倒的に優れているとも言えるが
「こちらがうまく指示を出さないといけない」
というところは、全く手抜きができない。
そういうこともあって、生成AIの本格的な普及は、
「プロンプトが不要になってから」
「仕事を丸投げできるようになってから」
だと思っている。
「生成AI人材」採用における、本質的な難しさ
さて。
そういう状況であるから、当面はまだまだ、生成AIの活用には人の力を必要とする。
だが現時点では、AIをうまく扱う能力を持つ人の採用は、かなり難しい。
というのも、言語能力とタスクを切る能力を両方持ち合わせている人が少数なうえ、その能力を持っているかどうかの見極めが、とても難しいからだ。
さらに、生成AIの領域は、毎日のように新しい技術や課題が出てくるため、「学習能力」も業務遂行上、不可欠である。
すでにやり方のわかっているタスクを処理する能力は高いけど、新しいことの学習能力は低い、という人はピカピカの経歴を持つ人でも珍しくない。
ただ、言語能力については、いろいろと考えた結果、採用の際に
「文章を書いてもらう」ことで、ある程度見極めが可能であると判断した。
何か一つでも、即興で1000文字程度で何かを論評する記事を書かせれば、その能力はある程度判定できる。
ここまではいい。
しかし、生成AI人材の獲得において、本質的に困難なのが「学習能力の判定」問題だ。
これは、言語能力の判定などよりも、かなり難しい。
以前にも記事で書いたが、この能力は経験年数やIQなどとはあまり関係がなく、どちらかといえば「人格的な要素」に属するからだ。
「自分に足りない力」を謙虚に受け入れて勉強する、という行動力が問われる。
そう言う意味では、上でも触れたが「学校の勉強はできるが、学習能力は低い」というのはあり得る。
素直さがない人間は、現代の複雑さが増した仕事では役に立たない。
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ただこれが難しいのは、これは「性格のいい人」を採用すればいいというのとは少し異なるという点だ。
謙虚さを、性格の良さと同一視してはいけない。
実は、前に在籍していたコンサルティング会社では、「いい人を採用するのではなく、素直で謙虚な人間を採用せよ」と言われていた。
これはトップの方針だったので、特段何も感じなかったが、自分が会社をやる段階になって、これは極めて的を射ていると思うようになった。
実際、「いい人」は本質的には、人に嫌われたくないだけの人、というケースも多い。
だがそれは謙虚さとはちがう。
謙虚さとは、「自分にできることと、できないこと」を、客観視して把握できる能力のことで、無駄に人にへつらったり、媚を売ったりすることと根本的に異なる。
だから、能力が高くとも、新しいことをロクに覚えようとしない人も多い。
例えば「コンサルティング会社」でも、生成AIの利用率は低いそうだ。
「面倒だ」という人が多いのだろう。
でも、すべての人のスキルはいずれ陳腐化する。
キャロル・ドゥエックは著書「マインドセット」の中で、「やればできる」と述べている。
持って生まれた才能、適性、興味、気質は1人ひとり異なるが、努力と経験を重ねることで、だれでもみな大きく伸びていけるという信念である。
彼は学校の勉強や、芸術家、スポーツの世界での事例をもとに、「能力は努力を続ければ伸びる」と結論づけている。
確かにこれは正しい。
自分のことを「客観視」し、能力の欠如を素直に受け入れられれば、だが。
だからこそ自分の能力を素早く「リスキル」できる学習能力は、特にこれからも貴重であり続ける。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」65万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
Photo:Miguel Bruna