密室で展開する新感覚の“2人ミュージカル”に挑む。屋比久知奈&唯月ふうか、ミュージカル『白爪草』インタビュー
2020年に上映され、世界初の全キャストVTuberというスタイルも話題となったワンシチュエーションサスペンス映画『白爪草』が、ミュージカルとして生まれ変わる。ミュージカル版のクリエイターは、音楽をシンガーソングライターのヒグチアイ、脚本を福田響志、演出を元吉庸泰が担当、心理劇×スリラー×音楽が融合した新感覚の2人ミュージカルを支えていく。そして、双子の姉妹を演じるのは屋比久知奈と唯月ふうかだ。物語の舞台はとある花屋。かつて母親を手にかけた姉と、その帰りを待っていた妹が紡ぐ“運命の一夜”──。密室で展開する新感覚のステージに挑む、ふたりの決意を聞いた。
──本作はVTuberの世界から飛び出したミュージカル。この個性的な作品の成り立ちについて、どのような印象をお持ちですか?
唯月:そもそも私の声ってすごく特徴的だと言われることが多いのですが、VTuberの方たちの声って、なんか個人的にとても親近感が湧く声質をされているなと思っていて。そしてこれも私の勝手なイメージなんですけど、そういう声の人は人間的なドラマとか、スリラー要素の強い作品世界とは相反してるのかなと感じてたんですけど……映画『白爪草』は自然と入り込んで観ることができたので、ああいう声でもああいうリアルな世界観に入っても大丈夫なんだっていうのを認めてもらえた気がしました。一見イメージの湧かない組み合わせがあんなにもピタッとはまって、むしろそれぞれが持っている良さがすごく反発しながら不気味さとか作品の個性を醸し出してるのがいいな、癖になるなと思って没頭できたし、自分としてもすごく不安が解消できて嬉しかった。印象深く、ありがたかったです。「新たな扉が開くかも」と。
屋比久:漫画原作とか小説原作とかいろいろある中で、VTuberさんの映画が原作、どういうことなんだろう??って、最初はやはり想像がつかなかったですね。実際に作品を拝見したときに感じたのは、その独特の空気感。VTuberという存在自体もそうですし、登場人物が“リアルなんだけどリアルじゃない”というか……なんか、絶妙な次元を生きてる印象があって、それが不気味さや現実と微妙に噛み合わないような感触を与えてくれるのがすごく面白いなと思ったんです。じゃあそれをいかに私たち生身の人間がミュージカルという形で表現するのか、いったいどういうことになるんだろうっていうドキドキや不安が湧き上がってきて。これまで結構生身な感じ、「生きてる!」って感じの役をやることが多かったので、そんな私たちがこの作品ではどんな存在、どんな形でそこに居ることになるのか、とても興味深いですね。
──屋比久さんが妹の蒼、唯月さんが姉の紅。おふたりで双子の姉妹を演じるとわかった時は?
屋比久・唯月:嬉しかった〜!
──息ピッタリ。
唯月:ふふふっ(笑)。もうなんかほんとに「これはいい作品になる」って思いました。
屋比久:ね。自分が右も左もわからないときにふうかに出会って、その時からちゃんと信頼、尊敬してる人なので……私がドーンとぶつかっていってもきっと大丈夫だなって思える人が隣にいてくれるという安心感はすごくあります! お互いを探る段階がなく、即、作品作りに入っていけるので。
唯月:こういう密度の濃い作品って、いい部分だけを見せ合うんじゃなくって、昔の傷とか、自分が弱いと思ってる部分とかもさらけ出していくことによってより深まっていくんじゃないかなと私は思っていて。知ちゃんは私がそれを出せる人。本当にバーンって全身で飛び込んでいけるし、あとは……それぞれ育った環境とか、考えてることだったりなんかも、初めて会って話したときからすごく分かり合える部分があって。
──ちなみにどんなところが?
唯月:自転車に乗れない。
屋比久:2人とも運動神経が、ね(笑)。
唯月:そうなんです(笑)。あとは周りからちょっと優等生って思われがちみたいなところとか。
屋比久:(頷く)。多分、育ってきた家庭環境だったりもね、似てるのかも。同じところ、違うところ、面白いねって思うところ……全部含めて空気感とか流れてるテンポ感っていうのが、なんかとってもうまく合う感じ。「え、わかる!」っていうところがすごく多いんです。
唯月:うんうん! だからね、ほんとに今回、お世話になりますって感じです。お願いします(笑)。
屋比久:こちらこそ、お願いしますっ(笑)。
──「母親の死」をめぐる姉妹にまつわる過去と真実と愛情と贖罪と──。物語は非常にスリリングで濃厚な心理劇です。
唯月:すごく極端に言うと、作品の中で主人公が入れ替わっていく、みたいな感じ。「こっち」だったと思ったのに「あれ、そっち?」みたいな、そのどんでん返し的展開がどんどん、でんでん、みたいな。
屋比久:「どんでんどんでん返し」!
唯月:そう。「どんでん」じゃなくて「どんでんどんでん返し」。なので、思ってたのと違う方向にお話が進むんだっていうびっくりとか驚きとか、そういう感情も他の作品よりも強くお客様の中に残るんじゃないかなとは思っています。
屋比久:「白詰草」じゃなくて「白爪草」っていう漢字だけでもちょっと怖い……ってなる。ドキッとするところとゾクッとするところもたくさんあるんですけど、それ以上に何かが紐解かれていく楽しみみたいな感覚がめちゃくちゃあるので、姉妹の会話の中からそういう違和感を見つけてもらって想像したり、一緒に考えたり。そういう体感型の作品ですよね。花屋さんというワンシチュエーションで、すごく大きな転換があるわけでもない、心理会話劇。我々もきっと舞台上でヒリヒリしてると思うので、みなさんも一緒にヒリヒリしてもらえたらいいな。
──劇場のレイアウトも客席に四方を囲まれたステージ。より一層ヒリヒリ感が増しそう。
唯月:いや〜、本当に。
屋比久:キャパ的にも視覚的にも今までの経験と全然違う。演出もこう「ギュッ」とする予定です。あそこまで近いことって、たぶん……
唯月:うん、たぶん、経験ないよね。緊張しちゃうんだろうなぁ。でもお客様もみんな同じ空間あので、同じ気持ちでいてくれたらいいなって思います。
屋比久:そうだね。
──それぞれ演じられる役についてのイメージもお聞かせください。
唯月:紅は肩書きというか書かれてるキャッチコピーだけ聞くと、すごい……ちょっと構えちゃう役柄だと思うんです、観てる側は。でも掘れば掘るほど本当に子供らしいというか、純粋な素直な心を持ってて、ちゃんと妹の蒼のことを守りたいとか、愛しているがゆえの行動だと思うので、紅の人生も見守ってもらえたら嬉しいですし、もっともっと寄り添ってもらえたらなって。孤独をすごく抱えた寂しがりやだと思うので、お客様が彼女の味方になってくれたらいいですね。そういう空気も直に伝わってくる近さのある空間だから、伝わってくるほどに紅も「頑張れます」って思えるんじゃないかな。ただちょっと安易に法に触れてしまった子ではない、というところをちゃんと受け取ってもらえたら嬉しいです。
屋比久:蒼はすごくいい子。でも母を殺した姉がいるというのはただの遺族とも違って……
──被害者と加害者、両方の立場が。
屋比久:そうなんです。それを背負って生きてきたっていう独特の空気感もある。実際、なかなか経験できるものではないことなので、今はいろんなドキュメンタリーを見てみたり、台本を読んだりしながら……簡単に言えばいい子の妹と犯罪者の姉。でもそういう表面的なところじゃない、もっと違うものを抱えたふたりのこと、書かれていないところまでを含め、これからふうかといっぱい共有できる部分もあるんだろうなと思うし、そうやってそれぞれの像ができればできるほど、その違い、そしてやっぱり双子の役っていうところでのやりがいは大きいと思います。
唯月:ほんと、そこはとてもやりがいがあると思うし、ここの関係もどんどん深まると思うし。
屋比久:(頷く)。人間味をどんどん出していけたらいいよね。
──お稽古に先駆けてワークショップも行われました。
屋比久:ふうかはさっき自分の声のことを言ってたけど、それこそ先日初めて読み合わせをしたとき、私は彼女の声がめちゃくちゃこの作品にぴったりだと思いました。生身だけど、でもどこかにキャラクター性がある感じ、それがすごく面白くて。ヒグチアイさんの音楽も絶妙で、「これがVTuber映像作の女性2人のオリジナルミュージカル」っていうかたちの新たなジャンルとして生まれていくんだ、きっと面白いものが出来上がるだろうなっていう感覚が、ちょっと掴めた気はしましたね。私たちの目指すところがより明確になったと思う。
唯月:明確になったし、「やるんだ」という責任感も感じました。「このキー出すんだ」みたいな(笑)。結構歌が難しいんです。音の運びとか、そのまんまパンパーンって伸ばすんじゃなくて、こう……ゆっくり上げてくようなとことか、音符をここからここまでグーンって伸ばしてく、みたいな。
屋比久:黒鍵が多いイメージ。ちょっと予想してない音が入ってくる展開の楽曲が多くて、でもやっぱりそれがすごくこの作品に合うし、難しいけど、気持ちよくはめられたら……
唯月:すごい、「ワーッ」てなるのかなって思った。
屋比久:お客様に何かの感情をお届けできるんじゃないかな。ぐっとくる、ゾクっとする。
唯月:「とにかくすごいものを観たな」って思ってもらえたら、そのシンプルな感想がもう一番嬉しいですね。私たちの仲だからこそ出せる空気感とかエネルギーって絶対あると思うので。
──日本初演、ゼロから立ち上げていく“2人ミュージカル”。完成形が楽しみです。
屋比久:きっとミュージカルをたくさん観てこられた方、いろんな作品で私たちのことを観てくださっていた方にも来ていただけると思うんですけど、そういう今までの作品とはちょっと空気感の違う世界、本当にあんまりないような楽曲、雰囲気、役どころになっていると思うので、そこも含めて楽しんでもらえたらなと思っています。あんまり深く考えずに「ちょっと面白いものを観てみよう」「新しいものを観てみよう」って、気軽に足を運んでいただけたら嬉しいですね。何が起きていくんだろうっていうスリルを味わい、まずは先読みせず目の前のそのままを楽しんでいただけたら……と。私たちの双子姿も、ぜひ楽しみにしていてください。
唯月:これが初演、面白さが口コミで伝わったり、そういうふうにここから作品が広がっていくのがすごく理想だなと思っていて……まずはお客さまも構えずに観にいらして欲しいです。長めのアトラクションだと思ってもらえるといいのかな? でもほんとにそういう感覚で観てもらえたほうが、もしかしたらこの世界に入り込んでいただけたそう。かなり近いところまで私たちが行ったりとか、行かなかったりとか、座ったりとか、座らなかったりとか……があるかもしれないですし(笑)、あの密な空間で、一緒にドキドキハラハラを感じていただけたら嬉しいです。
取材・文=横澤由香 撮影=中田智章