店主との映画談義も楽しみな、酒と出汁にこだわる庶民派の居酒屋【福岡市・薬院】
「おいしん房 武味」は、緩やかな空気の中で酒や和食が味わえる居酒屋です。店主は東京の寿司屋でキャリアを始めた長尾武美さん。しかも超が付く映画好きとくれば、同好の士たる僕も食指が動くというものです。趣味談義への期待も胸に、薬院の静かな一画へ足を運びました。
城南線のロイヤルホストを警固側に折れ、少し歩くとマンション1階に「武味」の暖簾を確認。手前の駐車場に車があると見えづらいものの、それがちょっとした隠れ家感にもなっています。
店内は“庶民派”を絵に描いたような和やかな雰囲気。その厨房の奥から、すぐさま長尾さんの「いらっしゃいませ!」の声が耳に飛び込みました。
一人で調理を切り盛りする長尾さんは、東京で修業を積んで30歳のときに帰郷。海鮮居酒屋の店長を経て、2015年に「武味」を開きました。現在は和の創作料理と選りすぐりの酒で客を楽しませています。
「うちの主役は日本酒で、基本的に純米と純米吟醸を選んでます」と長尾さん。5つの仕入れ先から届く旬の地酒は、冷酒が8種類、燗向きの銘柄5種類を用意。料理も「アテ」を意識した味つけにしているそうです。
さっそく僕も純米酒を頼み、ちびちび舐めていると「5種ちょこっとおでん盛り」(650円)が登場。単品でも頼める「おでん」(350円~)のタネを小さめにカットして盛り付けた定番品です。
卵、厚揚げ、大根、糸こんにゃく、アサリの具材に染み込む出汁がなんとも美味。雑味のない澄んだ飲み口ですが、舌には旨味がしっかり残ります。毎日丹念に取るという出汁は、2種の鰹節、昆布、うるめいわし、アゴ、アサリのエキスが生みだす力作です。
その二番出汁を生かした人気料理が、この「七宝どんぶり茶碗蒸し」(980円)。3~4人前はあるボリューミーなサイズですが、出汁の風味に引っ張られ、スルッと“飲めて”しまいました。
「出汁を使う料理は日本酒を楽しむのに最適です。特におでんなどは仕込みが大変ですが、皆さんに満足してもらえたら苦労も報われます」と微笑む長尾さん。僕の胃もじんわり温まり、徐々に浮遊感に包まれます。出汁と日本酒──なるほど、これは確かに無敵のペアかもしれません。
これに加え、「武味」には寿司(1貫300円~)という粋な隠し球があります。東京仕込みの技が生きた寿司はさすがの味わい。いまは江戸前ではなく、天然魚介の魅力を直球で伝える“博多流”で握るそうです。
それを余さず味わうなら、「匠の技 握り寿司四貫」(1200円)がお勧め。今宵はマグロ、アジ、タイ、ホタテの盛り合わせで、どのネタのうまさも文句がありません。玄米黒酢やキビ砂糖を合わせたシャリも、風味とコクが秀逸で、存在感あるシメの一品となっていました。
その後、長尾さんの手が空いたところで映画談義に突入。長尾さんはジャンルや国を問わず、あらゆる映画を愛する懐深きマニアでした。劇場鑑賞にこだわり、2日に一度は映画館に通うのだとか。常連に映画・映像・演劇関係者が多いのも、そんなアートへの情熱に共鳴するからでしょう。
なお、トイレの壁にも貴重な古今の映画チラシがびっしり。あまりの懐かしさに延々と見入ってしまいました(長居にご注意!)。特に映画好きの方には一度訪れてほしい一軒です。
おいしん房 武味(たけみ)
福岡市中央区薬院2-4-35エステート・モア・シャトー薬院1F
092-775-4087