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第20回【私を映画に連れてって!】中山美穂は『Love Letter』で初の映画賞「ブルーリボン賞主演女優賞」を獲得した。そして、「映画祭」と「映画賞」の関係を考えてみる。

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第20回【私を映画に連れてって!】中山美穂は『Love Letter』で初の映画賞「ブルーリボン賞主演女優賞」を獲得した。そして、「映画祭」と「映画賞」の関係を考えてみる。

1981年にフジテレビジョンに入社後、編成局映画部に配属され「ゴールデン洋画劇場」を担当することになった河井真也さん。そこから河井さんの映画人生が始まった。
『南極物語』での製作デスクを皮切りに、『私をスキーに連れてって』『Love Letter』『スワロウテイル』『リング』『らせん』『愛のむきだし』など多くの作品にプロデューサーとして携わり、劇場「シネスイッチ」を立ち上げ、『ニュー・シネマ・パラダイス』という大ヒット作品も誕生させた。
テレビ局社員として映画と格闘し、数々の〝夢〟と〝奇跡〟の瞬間も体験した河井さん。
この、連載は映画と人生を共にしたテレビ局社員の汗と涙、愛と夢が詰まった感動の一大青春巨編である。

 12月6日に中山美穂さんが急逝してしまった。哀悼の意を捧げたい。

『Love Letter』(1995)でブルーリボン賞を獲った時の取材インタビューで「この映画に出逢うために私の10年間の長い旅がありました……」と答える映像が今回、各局で放送されていた。

 以前、『木村家の人びと』(1988)で桃井かおりさんに出演を依頼した際も「ブルーリボン主演女優賞が欲しいな!」と言われた。その通りになり本人に受賞を伝えた時、とても喜んでくれた。

 アイドルとして10年間を過ごしてきた中山美穂さんにとっても「ブルーリボン主演女優賞」は嬉しかったに違いない。「映画女優」として初めてもらった主演賞であり、自分が心底賭けて出演した映画だったということもあるはずだ。出演前は「最後の映画になってもいい」と言っていたが、立て続けに『東京日和』(1997)等にも主演し、映画賞も受賞した。女優として自信も出来たと思う。

▲中山美穂が『Love Letter』で主演女優賞を獲得した1995年度ブルーリボン賞の作品賞は『午後の遺言状』、監督賞は『ガメラ 大怪獣空中決戦』の金子修介、主演男優賞は『写楽』ほかで真田広之、助演男優賞は『マークスの山』の萩原聖人、助演女優賞は『ガメラ 大怪獣空中決戦』の中山忍が受賞している。主演・助演の女優賞を姉妹で受賞していた。ちなみに50年の第1回ブルーリボン賞は、作品賞が『また逢う日まで』、監督賞が『また逢う日まで』今井正、主演男優賞が『宗方姉妹』ほかで山村聰、主演女優賞が『てんやわんや』ほかで淡島千景だった。

「ブルーリボン賞(映画賞)」は歴史も古く1950年に設立されている。当初は一般新聞も参加していたが、僕が映画を創りだした時は、東京のスポーツ7紙(報知・デイリー・サンスポ・スポニチ・東中・東スポ・日刊スポーツ)の映画担当記者で構成される「東京映画記者会」が主催していた。

 スポーツ紙が、文化・芸能の情報を発信し、僕も映画記者との交流を持つことも多く、スクープ記事として、大きく紙面で取り上げてもらったことは何十回とある。スポーツ紙が芸能ジャーナリズムの中心だったことは日本特有であったが、試写室に行くと記者たちが真剣に映画を観ている状況に度々出くわした。映画評論家を兼ねているところもあったと思う。ブルーリボン賞は賞状を青いリボンで結んであり、賞金はなく、名入りの万年筆をもらえたような気がする。

 一方で、認知度が一番高いのは「日本アカデミー賞」だ。履歴書に載せるにはこの賞が最も効果があるかもしれない。何といってもプライムタイムで放送があり、1000万人前後の人が視聴する映画賞はこれだけだ。

 私も過去に10回程度参加しているが、電通が仕切りながら、日本テレビ独占放送、実際は大手配給会社中心に運営されてきた。第4回の1981年3月、『影武者』(1980)は、実際は受賞者が多数いたものの、黒澤明監督はじめ俳優、スタッフらがボイコットしてしまった年だった。ちょうど、僕がフジテレビに入社の年で、衝撃だった記憶がある。「テレビ界」と「映画界」の違いを感じさせられた。

 それから10数年後の1997年。僕が製作していた『スワロウテイル』(1996)にも似たようなことが起きた。日本アカデミー賞は会員の投票(僕も会員の1人/現在は4000人程度か)により、まず部門ごとに5作品がノミネートされる。ここはアメリカのアカデミー賞や、他の映画賞と異なり、この時点で既に「受賞者」となり、たとえば「優秀主演男優賞」となる。最終の授賞式で、この5人が壇上に上がり、1人の最優秀主演男優賞が決まる。このシステムは日本アカデミー賞だけである。

 その年の下馬評では『Shall weダンス?』(1996)が強いと言われていた。当時、会員の30%以上が大手配給会社系の社員が占めていて、どうしても「東宝」「東映」「松竹」の作品の受賞が多かった。ちなみにその前年、ブルーリボン主演女優賞等に輝いた中山美穂も、日本アカデミー主演女優賞の5人の中にノミネートされていない。

 
 まずは日本アカデミー賞協会からプロデューサーに当該作品、受賞者の連絡が来る。僕が、皆に伝達するのである。受賞が伝えられたのは「作品賞」「監督賞」「脚本賞」「主演男優賞」「主演女優賞」「助演女優賞」「音楽賞」「撮影賞」「美術賞」「照明賞」「録音賞」「編集賞」「新人俳優賞」「話題賞」の14部門だった。大手映画会社作品でなく、公開も70館程度であり、個人的には「自主映画」のような作品に多くの人が投票してくれたことは素直に嬉しかった。

 結果は全13部門(「新人俳優賞」と「話題賞」はコンペでなく受賞なので除かれる)、『Shall weダンス?』が獲得した。

 
 『スワロウテイル』は「監督賞」「脚本賞」「編集賞」の岩井俊二氏が欠席(不参加)。これを聞いた「主演男優賞」の三上博史氏も欠席。「音楽賞」の小林武史氏も同様。

「主演女優賞」のCharaも同意思だったが、「助演女優賞」「新人賞」でW受賞の伊藤歩さんの出席を伝えると、参加に変わった。もちろん、技術スタッフは全員参加。「録音賞」などの部門は、他の映画賞ではほとんどなく貴重な機会である。

 
 僕は、個人の意思がそうであれば、強要はしない。組織、会社ではなく「個人」に与えられる賞だからだ。ただ、周りから見れば、不自然に映ることも確かだ。

 当日の授賞式に「参加」「出席」するというのが賞をもらえる「条件」になっていることへの違和感だ。

『スワロウテイル』は僕が受賞を伝え、彼らが「不参加」を表明した段階で5部門のノミネート(参加表明時点で受賞だが)から外される。投票では5番以内に入っているが、当日の授賞式には不参加=受賞資格無し、になるのである。これは世界でも日本アカデミー賞だけかもしれない。

 
 しかし、この事実が100%、否定されるものかと言えば、そうでない点もあるのかもしれない。かつては僕もテレビ局員であったことが大きいが、日本テレビがこれまでずっとプライムタイムで放送し続けてきたのは、視聴率がある程度獲得出来てきた「番組」だった点だ。運営する映画会社としても日本テレビ系で全国ネット放映があるからこそ、映画界が盛り上がると考えているからだ。そのためには各部門5人が必ず「番組」に出演することは必須なのである。特に俳優は、もし5人とも会場に来なければ番組として成立しなくなるだろう。この生放送(実際は少しディレイだが)の宿命を継続していくためには止む無し……で繰り上げ当選のようなことを続けてきたのである。それでも繰り上げ当選した人も含めて、受賞することの喜びは大きなものである。

 僕がかつて事務局にもいた東京国際映画祭も同様だが、やはり「作品を創って、目指す映画祭」、あるいは「賞を欲しい映画祭」、日本アカデミー賞なら「受賞することを誇りに思えること」等、「是非、参加したい映画祭」へ、もっと高いレベルの意識が必要なのであろう。

 2008年、2009年、2010年の東京国際映画祭で僕がモデレーターをやり、「映画人の視点Directors‘Angle」というイベントを最も大きいスクリーン会場でやった。「岩井俊二の世界」では市原隼人さん(『リリイ・シュシュのすべて』)、伊藤歩さん(『スワロウテイル』)、種田陽平さん(『スワロウテイル』美術監督)らを呼び、舞台でトーク、その後、リクエスト投票で上位の『Love Letter』『スワロウテイル』そして『花とアリス』の上映を朝までやった。

「滝田洋二郎の世界」でもゲストを呼び、その後『コミック雑誌なんかいらない!』『木村家の人びと』『僕らはみんな生きている』を上映した。

 翌、2009年「真田広之の世界」ではアメリカから本人に来てもらい、ゲストに原田美枝子さんや唐沢寿明さん、浅野忠信さんらに登壇してもらいトークした。「松田優作の世界」でも岸谷五朗さん、オダギリジョーさんらと語り合った。2010年には「種田陽平の世界」にリー・チーガイ監督(『不夜城』)や栗山千明さんなどに登壇してもらった。

 東京国際映画祭は今後上映されるであろう「まだ公開前の世界の映画」を観られる絶好の機会である。プラス、過去の名作も、監督らが参加した形で味わうことも出来る。一方で、日本アカデミー賞などは、公開した映画の優秀作に賞を授与するものである。この2つの要素がうまく嚙み合ってこそ、映画の進化、発展があるものだと信じている。

▲2008年の東京国際映画祭、映画人の視点「岩井俊二の世界」では、「好きなことをやって生きていく」をテーマに、映画プロデューサーであり、東京国際映画祭のアドバイザーの筆者が司会を務め、岩井俊二監督と盛りだくさんのトークショーが展開された。

「映画評論」という言葉も、日本ではあまり聞かなくなってしまったが。本来は重要なところである。欧米なら、この批評家の見識が今も、大事である。特に演劇においてなどは、この評価が直接の動員にも大きく影響するだろう。今も、BBCや世界の評論家が選ぶ映画のベストは、「世界の歴代映画ベスト100」や「今世紀のベスト100」など大きな影響力を持つ。まだ100数十年の歴史しかない「映画」ではあるが、美術や小説、音楽のように後世に語り継がれていく作品もあるだろう。そういう作品をいち早く発見し、映画祭で上映。そしてその後は優秀作品に賞を与え、後世まで称えていく……。

『Love Letter』は日本の公開から4年遅れて韓国で上映になった。このきっかけはモントリオール世界映画祭で観客賞をもらっていたからである。

 1998年にようやく韓国で日本映画公開(開放)が始まり、最初は3大(4大とも)国際映画祭(カンヌ・ベルリン・ヴェネチア)グランプリ作品からスタートした。

『HANA-BI』(北野武監督)、『影武者』(黒澤明監督)、『うなぎ』(今村昌平監督)の3本だ。残念ながら予想したヒットにならず、国際映画製作者連盟が公認する映画祭(当時は20前後か)で何か賞をもらっている映画にも開放(第2次)が拡大したのである。コンペの正賞ではないがモントリオール世界映画祭で観客賞を受賞した『Love Letter』が滑り込んだ形になり、ふたを開けてみると100万人を超える大ヒットになったのである(今も韓国内の日本映画の実写では1位だが)。映画祭の賞にはこういう効果もあるのだ。

 それでも「映画祭」などを立ち上げ、継続して、運営していくことの裏方作業は大変なものである。だからこそ、もっとストレートに「受賞者」関係者が歓喜の渦に包まれ、そのことを誇りに、もっと良い作品を創ることへの糧になるよう願うものである。

▲岩井俊二監督『スワロウテイル』、三谷幸喜監督『ザ・マジックアワー』、クエンティン・タランティーノ監督『キル・ビル Vol.1』など国内外の数多くの監督作品の美術監督を務める種田陽平さん(写真右端)。2010年の東京国際映画祭の映画人の視点では「種田陽平の世界」が開催された。まず、筆者(左から2人目)がプロデューサーを務め、前田浩子さん(左から3人目)がアソシエイト・プロデューサーとして参加し、種田陽平さんが美術を手がけた『スワロウテイル』の話からスタートした。最後に登壇したのは、『キル・ビル Vol.1』で強烈な印象を放った女優の栗山千明だった。その後、カンファランスにも参加したリー・チーガイ監督『不夜城』、スー・チャオピン監督『シルク』、そして『キル・ビル Vol.1』が上映された。

かわい しんや
1981年慶應義塾大学法学部卒業後、フジテレビジョンに入社。『南極物語』で製作デスク。『チ・ン・ピ・ラ』などで製作補。1987年、『私をスキーに連れてって』でプロデューサーデビューし、ホイチョイムービー3部作をプロデュースする。1987年12月に邦画と洋画を交互に公開する劇場「シネスイッチ銀座」を設立する。『木村家の人びと』(1988)をスタートに7本の邦画の製作と『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)などの単館ヒット作を送り出す。また、自らの入院体験談を映画化した『病院へ行こう』(1990)『病は気から〜病院へ行こう2』(1992)を製作。岩井俊二監督の長編デビュー映画『Love Letter』(1995)から『スワロウテイル』(1996)などをプロデュースする。『リング』『らせん』(1998)などのメジャー作品から、カンヌ国際映画祭コンペティション監督賞を受賞したエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)、短編プロジェクトの『Jam Films』(2002)シリーズをはじめ、数多くの映画を手がける。他に、ベルリン映画祭カリガリ賞・国際批評家連盟賞を受賞した『愛のむきだし』(2009)、ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』(2009)、などがある。2002年より「函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞」の審査員。2012年「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」長編部門審査委員長、2018年より「AIYFF アジア国際青少年映画祭」(韓国・中国・日本)の審査員、芸術監督などを務めている。また、武蔵野美術大学造形構想学部映像学科で客員教授を務めている。

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