沼袋さんぽのおすすめ6スポット。郷に入っては沼に飛び込め⁉
「沼袋? 何あるの?」。韻を踏むつもりもなく、初めて地名を聞いた時にそう答えたのを覚えてる。実際、なんもない街だった、10年前の僕にとっては。今再び街に触れれば、当時の自分の目がいかに節穴だったか分かる。
ここを知ったら、他では買えない『Flying Saucer(フライング ソーサー)』
家庭用のキッチン用品店ながら、その質の良さでプロの料理人も御用達。特に、頑強さを追求した自社開発製品が大人気だ。「丈夫すぎてさ。リピーターは10年越しなの」と、はにかむ店主の清水三樹さん。品選びの際には使い方を伝授してくれる。「そのフライパンなんか、一生モノだよ」。マジかよ。こんなところで運命の一本と出会うなんて。
11:00~17:30(土・日・祝は~18:00)、火~金休。
☎03-3387-5474
運命の出会いを果たしちゃうかも『RESERVOIR.exotics(レゼルボワール エキゾチックス)』
駅前で母親と不動産屋を営んでいる店主の井上さん。動画でレオパードゲッコーの美しさに射抜かれ、ブリーダーに。社長室をショップに変えてしまった! 主な生体はヤモリやトカゲだ。「触ってみます?」と、掌にのせられたニシアフは、ぼてっとした体つきがかわいらしい。「一期一会なんですよね」と、スタッフのよーこさん。やめて、連れて帰りたくなっちゃうじゃん。
12:00~18:00、水休。
☎03-3385-7688
自家焙煎珈琲のシークレットベース『丸茂珈琲焙煎』
「もともとコーヒー好きでしたが、自家焙煎の店で飲んで、衝撃を受けて」と、店主の永井茂明さん。そこから知見を重ねて開業。今じゃちょっとマニアックな豆まで取り扱う、玄人好みの店に仕上がっている。注文を受けてから焙煎を開始。後から取りに来るのもいいが、ここはドリップをいただき、待とう。豆の焼ける香りに包まれながらコーヒーをすすれば、心和む。
10:00~18:00、水・木休。
☎03-3387-6875
香ばしい煙が食欲そそる町焼き肉『太陽はなれ』
駅前の『太陽』の姉妹店で、看板はタレ焼き肉。赤ミックス2680円はカルビやハラミがどっさりでアガる~。やや赤みが残る程度に焼いて頬張れば……真っ白いご飯がほしい! 「ヤン刺し680円もおいしいですよ」と、店長の神尾拓弥さん。湯引きした牛の胃袋「ヤン」は、肉厚ながら柔らか。酒だ。これに合う酒をくれ!
17:00~23:00(土・日・祝は11:30~15:00・17:00~23:00)、不定休。
☎03-5942-8642
ビール党は、行かずにはいくまい!『かね市すず幸』
棚には国内産を中心にクラフトビールがズラリ。品揃えは店主・鈴木幸次さんの完全なる趣味。角打ちもできてしまうところが、非常にけしからん。一本ください。瓶を受け取るや耳に流れてくるのは、鈴木さんによるビールの解説。流暢に語る秘訣は「作り手からちゃんと話を聞いてるのさ」と、胸を張る。BGM代わりでイイね……って、止まらねえ! マシンガントーク半端ない。
15:30~20:00、不定休。
☎090-9368-3249
後を引きまくるタコスとメスカル『OCTA』
メキシコ屋台にほれた店主の池田和宏さんは、脱サラして開業。「おいしくて、陽気で、愉快。これが大事っす」。そのノリ、なんかいい。人気はコチニタピビル450円(上写真の奥)だ。手づかみでかじりつけば、ほろり柔らかな豚肉の風味が口の中いっぱいに。咀嚼し、飲み込み、残り香もろともメスカル(900円~)で流し込む。ゴキゲンだね。
18:00~24:00(土・日は12:00~23:00)、不定休。
☎03-4400-2233
自分だけの“沼”が、きっとある
10年ほど前、『太陽(現・太陽はなれ)』の店長を任された時期がある。店主の伊藤陽史さんが「健太の『太』と、陽史の『陽』で『太陽』やで」と、言ってくれた喜びで、僕のやる気ゲージは限界突破した。そしていざ沼袋の地に立ち、ゲージは呆気なくゼロまで下がる。日が暮れれば真っ暗で、辛気臭い。新しい何かがあるような気がしない。「違うぞ健太。どんな街でも、自分たちが何をやるかなんや」。その言葉の真意もわからず、僕は半年で『太陽』を辞めてしまった。
時を経て降り立った沼袋は地下化工事が始まり、駅併設の「西友」が姿を消していた。ただでさえ不便なこの街からスーパーが消えちまったら、いよいよどうなっちまうんだ。
「今の沼袋は、産みの苦しみを味わってんのさ」とは『かね市すず幸』の鈴木幸次さん。「都市開発が進んだら、にぎわうよ。それより、このビールのエピソードがまた、面白くてね」。しみったれた話題を放り投げ、鈴木さんはひたすらビールの薀蓄(うんちく)に花を咲かせる。そういや『丸茂珈琲焙煎』の永井茂明さんも似たような感じだったな。「地元民としては、惜しい街だと思う」と、表情を曇らせるも「ローカルだからこそ一番好きなことをできているわけで。それよりこの豆、こんな歴史が……」と、突然早口に。
ははーん、もしかしてこの街その道のオタクだらけだな?
『OCTA』の池田和宏さんにメスカルのことを聞けば「バッタの塩とフルーツと合わせるの、いいすよ」と、ニヤリ。『Flying Saucer』の清水三樹さんはフライパンを手に取り「機能美感じるよね……」と、うっとり。極めつけは、『RESERVOIR.exotics』だ。店主の井上さんとスタッフ・よーこさんの豊富な知識と多大な爬虫類愛を止めどなく浴び、すっかり感化されてしまった。何より、掌(てのひら)にのせたニシアフの手招きするような仕草に心を打たれ、飼育を決意した自分にオドロキ。「沼袋で、沼にハマりましたね」と、よーこさん。ああ、お後がよろしいようで。出会った人たち全員、何かしらの沼にハマってたわ。気がついたら僕も、頭から飛び込んでたわ。なんか清々しいぜ!
最後、久方ぶりに陽史さんと酒を飲んだ。店を続けてきた秘訣を聞くと「自分たちがやりたいことをやってきた」と、10年前と変わらぬ言葉が返ってきた。そうだ、自分がとことん「沼」にハマることからだ。そこから「和」が広がっていくんだ。当たり前のコト、僕ぁ、やっと分かったよ。
取材・文=高橋健太(どてらい堂) 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年12月号より