【鎌倉 イベントレポ】小野リサ LISA ONO CONCERT 2025 - 湘南の風とボサノバが交わった祝福の夜
2025年9月27日、鎌倉芸術館にて『小野リサ LISA ONO CONCERT 2025』が開催されました。
本記事は、盛況のうちに幕を閉じたコンサートのレポートと、終演後に行った楽屋インタビューの2幕仕立てでお届けします。
序章――3管ホーンが導く"音楽の旅"の現在地
ボサノバの女王・小野リサが鎌倉の地に降り立つこの日のステージは、ピアノ、ドラム、ウッドベースに、トランペット、トロンボーン、サックスのホーンセクションを加えた豪華編成となりました。
ブラジル・サンパウロ生まれ。10歳で日本に移り住んで以来、東京を拠点にボサノバの魅力を伝えてきた彼女。自身の歩みを"音楽の旅"と呼び、世界各地で歌を届けてきました。
2013年にはブラジルと日本との友好関係や交流に貢献したことを評価され、ブラジル政府からリオブランコ国家勲章を贈られています。
2024年のデビュー35周年とボサノバ誕生65年を経た今、時にギターを抱え、時にシェイカーを振りながら歌う彼女の姿は、成熟した妖艶さとみずみずしい生命力を放っていました。
海の青——リオの海辺でボサノバの原点を見つめる
序盤は「Só Danço Samba」「The Girl from Ipanema(イパネマの娘)」「Água de Beber」とボサノバの定番3曲のメドレー。
聴衆を鎌倉から一気にリオの海辺へ連れていきます。
その後は「You’d Be So Nice to Come Home To」「All of Me」「Route 66」とアメリカン・スタンダードが続きます。
青のドレスに身を包む彼女の歌声は、波のように穏やかで、ホーン隊の明るいブラスがそれを押し返すように響きます。
型に頼らない奔放な音の掛け合いの中に、共演を続けてきた音楽家同士の深い絆のような信頼が見えました。
夕映えの山吹——世界の海から日本へと帰港する
15分の休憩をはさみ、「貰ったの」と薄いオレンジ色のダリアを手に、晩夏を思わせる山吹色のドレスに着替えた彼女は、再びステージへ。
一度テンポを落とし、ピアノ・デュオで始まった「Eu Não Existo Sem Você」「Retrato em Branco e Preto」では、ため息がもれるような妖艶さに客席は心を奪われました。
続く「港が見える丘」「一杯のコーヒーから」では、昭和の古い歌謡の情感に立ち返る流れが、ブラジルの海から日本の港へ帰還する郷愁を運びます。
聴衆はゆったりと上体を揺らし、歌の陰影に耳を澄ませていました。
人と音楽を分かち合う喜び
彼女はコロナ禍以降のインタビューで、「人と音楽を分かち合う喜び」を繰り返し語ってきました。
その言葉どおり、後半は陽性のリズムが続き、会場全体が手拍子とともに弾むように沸きました。
ディズニー映画『アラジン』の主題歌「A Whole New World」がロマンティックに響けば、続くのはムーディーで情熱的な「Bésame Mucho」、陽気でリズミカルな「Mambo Italiano」、「I Will Survive」では70年代のディスコに立ち寄り、そして本編ラストを飾ったのはまさかのエルヴィス・プレスリー「Jailhouse Rock」の8ビート。
国も時代も越え、ポップスを縦横無尽に横断。この夕暮れを遊びつくすかのようにホーンが暴れ、彼女の低音の艶とぶつかり合いました。
3管の短いリフとブレイクが続くと、客席はダンスフロアのような熱を帯びていきました。
会場を奮い立たせるような、エネルギッシュな"再起"のためのボサノバを感じたひと時でした。
終幕——湘南の風とボサノバの交歓
アンコールでは誰もが知る「Volare」。
「Volare, oh oh」「Cantare, oh oh oh oh」(飛び続けるよ、歌い続けるよ)というフレーズに、力強い手拍子が会場全体を覆いました。
終演後、バンドメンバーがステージに並び立つと、聴衆は受け取ったものを返すかのように熱烈なスタンディングオベーション。
鎌倉芸術館のホールに、カーニバルの後のような多幸感に満ちた余韻を残しました。
小野リサ インタビュー
楽屋に戻った彼女にこの日のステージの感想を聞きました。
Q1普段音源で聴くより、艶っぽく肉感的に感じるアレンジでした。聴衆が自発的に手拍子を始めてしまうような、フィジカルに働きかけるパワフルなエネルギーも受け取りました。
今日のセットリストやアレンジはどのように決められたのでしょうか?
毎年年初めに新しいメニューを出して、その年は変化をつけつつそのセットリストでやっていきます。私はボサノバを歌うんですけど、時々眠ってしまうお客さんもいるというから(笑)、元気な曲にしようと。最近は日本の歌やロックにも挑戦しながら、私自身チャレンジを楽しませていただいています。
皆さんケータイを持つようになって一人でいる時間が増えたと言われているけれど、これからはもっと、楽しい時間? それこそみんなで体を動かして踊りたくなるような、ビートのある曲、元気になる曲を大事にしていきたいと思っているんです。私自身、「元気が欲しいな」という思いがあって、そういう今の気分の表れかもしれません。
Q2 鎌倉のステージはいかがでしたか? 湘南の海辺の文化と、ボサノバが持つ“海や風のイメージ”は昔からよく重ねられてきましたが、ご自身は湘南とボサノバの相性をどう感じているのでしょう?
ボサノバはリオデジャネイロで生まれた音楽。リオは海が生活の中に溶け込んでいるまちですので、湘南の海の景色や、そこでサーフィンをしている若者がいたり、のんびり日の出を見たりという、そういう文化とはぴったりなんじゃないでしょうか。
なにせ客席が熱くて、最後は総立ちで拍手を送っていました。客席から感じるものはありましたか?
お客様から"元気"をもらいました。あまり言いたくないけれど私も還暦を過ぎたからなのか、"元気"がキーワードになってきていて(笑)。
"元気"を共有し合うと、お互いに生き生きとするじゃない?ボサノバを歌っている時もそうなのだけど、自分が癒されて、皆さんも癒されて。その癒しや"元気"を共有し合っていけたらなと思っています。
Q3 日本語とポルトガル語で歌うとき、心の持ち方や声の響きに違いはありますか?
変わらないと思うけど、"言葉のトンネル"ってあると思う。英語をマスターした時に、頭の中に英語のスイッチが付くみたいな。頭の中に各言語のスイッチがあるような気がするんです。日本語で歌う時は日本語のスイッチをオンにする。そうして日本語の言葉に自分を出来るだけ近づけていく。歌詞の中に自分を落とす——たぶん私の中は空っぽなんです(笑)
もともとポルトガル語で歌っていたせいか、日本語で歌うのはすごく難しかった。各言語それぞれの難しさはある、英語もそうだけれど。言葉のニュアンスを伝えるための微妙な強弱だとか難しいんです。なんというか——テクニカルなことを言っていいですか?丁寧に伝えるってことを日本語で一番学びました。言葉の発声の仕方だとか、言葉ヘの気持ちの入れ方とか。
演歌歌手の皆さんは本当に素晴らしいなと思う。とても大事に歌われているから。そのくらい大事に歌わないと通じない——通わない言語なんだっていうことなんだと思います。
日本語の前はイタリア語が好きだった。歌曲のオペラとか、とっても歌いやすいんです。発音がすごく綺麗にメロディーに載りやすい。歌っていて気持ちがいい言語。
でも日本語はなによりもっと——奥が深かった。
歌っている時はどんなことを考えながら歌われているのでしょう?
何も考えてないの(笑)
それが先ほど言われた"空っぽ"ということなのでしょうか?
昔ラジオで一緒になったある弾き語りのミュージシャンが、ギターの裏に「無」と書いていました。「無になって初めて歌が歌える」と。
自分が何かをイメージして何かを伝えるというのとは逆なんですよね。ドイツのシュタイナー教育で、「子供の読み聞かせに強弱をつけない」というのがあります。たとえば「オオカミガアカズキンチャンヲタベニキマシタ」というふうに感情を入れない方が、受け取り手が自由に狼が襲う様子や赤ずきんちゃんの気持ちを想像できる。感情を入れた瞬間に、リスナーのイマジネーションが狭まっちゃうんです。
人を引き寄せるためには、演技する側は無色でなくてはならない。
Q4 今日のステージ中、「楽しい、どうしよう」という言葉が飛び出した瞬間がありました。あの時はどんな気持ちだったのですか?
その言葉のままだったと思います(笑)
バンドの皆さんに話を伺ったら、口を揃えて「楽しいステージだった」「リハーサルの時から楽しかった」と言われていました。
すばらしいメンバーに恵まれて、ありがたいです。
Q5 インタビューでたびたび“音楽の旅”という言葉を目にします。旅に出たきっかけ、今は旅のどの地点にいるのか、そしてこれからどこへ向かっていくのか、改めてお聞かせください。
ブラジル音楽にこだわって10年やって、アルバムを作って、友人のアドバイスで旅に出ることにした。その時はボサノバの楽曲は限られているし、それだけを歌い続けることに迷いがあった。
音楽の旅に出て本当に良かったと思うのは、それまではブラジル音楽しか聴いていなかったので、いろんなジャンルの曲と出会って、いろんな国の言語と出会って、スーツケースの中にたくさんのお土産を入れて帰ってこれたこと。それが自分の音楽の表現を拡げてきた。かわいい子には旅をさせろといいますが(笑)
これからも旅は続くんでしょうか?
今はCDが売れない時代になったけれど、来年また新しいアルバムを作ることになっているんです。でもコンサートでは今日みたいに、アルバムとは違う曲を入れ込むつもりです。どんどんレパートリーが増えていく。メンバーの譜面がもうこんなになっている(笑)
同じ曲でもアレンジは変わります。3管だったり、トリオだけとか、ピアノとチェロだったりと編成も変わるので、コンサートは毎回楽しみで仕方がないんです。
結び——"音楽の旅"は続いていく
青から山吹へと色を変えた2部構成は、世界の海から夕暮れの日本へ帰港し、彼女の"今"を鮮やかに浮かびあがらせるまでを一夜に凝縮した、"音楽の旅"の縮図のようでした。総立ちで熱のこもった拍手を送る聴衆の姿こそ、彼女の「人と音楽を分かち合う喜び」が形になった瞬間と感じました。
新作を準備中と語った彼女は、また旅を続けます。次の寄港地でもきっと、癒しと“元気”を携えて、リスナーの心に新しい風を吹き込んでくれるはずです。
trumpet: LUIZ VALLE
「リサさんのライヴはいつも楽しい。毎回色んなテーマがある。今日のお客さんは最初から"聴きたい!"という感じで、"次は何が来るかな"と楽しみにしてくれている顔をしていた。みんなニコニコでね。すごくいいコンサートだったと思います」
piano: MASAKI HAYASHI
「印象的だったのは最後に見たお客さんの笑顔。客席に背中を向けて弾いていたんですけど、最後に振り向いた時に見た笑顔で、楽しんでくれたんだとわかった。いいお客さんだった。湘南エリアでこの大編成でやるのは珍しいので、また機会があると嬉しい」
sax: GUSTAVO ANACLETO
「リサさんのバンドはいつも新しいことをやる。今日もリハーサルから盛り上がっていたからいいライヴになりそうと思っていた。やっぱりすごいライヴになった。天気もよかったしね。リサさんのアレンジや音楽が僕は大好き。今度僕たちはビルボードでやる。横浜、東京、大阪。まだ終わりじゃない。セットリストは毎回70%変わります。だから今日来れなかったお客さんもぜひ。また鎌倉にも来たい」
trombone: MITSUHIRO WADA
「このバンドは特になんですけど、毎回アレンジが違くて。歌がしっとり入ったと思ったら、TAPPIは叩かなかったり、ベースも入らなかったり。管楽器もセットリストには書いてあってもやらなかったりとか、ちっちゃくやったり大きくやったり。その時々で全然違くて。リハーサルをやっても本番では臨機応変に変わることが多くって。お互い直接話はしていないですけど、目くばせとか、話さなくてもステージ上では色んなことが起こっている。だから同じ曲を続けても僕らも楽しい。今回特にそのことを感じて楽しかった」
セットリスト
第1部
Só Danço Samba → The Girl from Ipanema → Água de Beber(メドレー)You’d Be So Nice to Come Home ToAll of MeLove Is Here to Stay(フリーソロ)Cuba Isla BellaI’ll Be ThereRoute 66It Don’t Mean a ThingUnchain My Heart
第2部
Eu Não Existo Sem Você(ピアノ duo)Retrato em Branco e Preto(ピアノ duo)港が見える丘一杯のコーヒーからMy Blue HeavenA Whole New WorldCome On-A My HouseBésame Mucho → Quién Será → Mambo Italiano(メドレー)I Will SurviveJailhouse Rock
アンコール
Hanky Panky/Volare
小野リサ LISA ONO CONCERT 2025
開催日時
2025年9月27日 開演 15:00 ※終了しています
開催場所
鎌倉芸術館
駐車場:あり
チケット
全席指定/6,500円
主催
KMミュージック