「自分の髪の毛や体毛を抜くことがやめられない!」 子どもの「抜毛症」 症状と原因を〔児童精神科医が解説〕
「抜毛症」について児童精神科医・宇佐美政英先生に取材。自分の毛を抜いてしまう症状と原因について。(全2回の1回目)
日本の14%が「境界知能」“知的障害と正常域のはざま“の子ども ・小学校入学(就学期)からの困難&対応を医師が解説子どもが意識せずに自分の髪の毛や体毛を抜いてしまう「抜毛症(ばつもうしょう)」。発症は、10~13歳ごろに多いといわれています。多くの抜毛症の子どもの治療をしている、国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科診療科長の宇佐美政英先生に、抜毛症の具体的な症状や原因についてお聞きしました。
毛を抜くことに快感を覚えることも
──はじめに、抜毛症とはどのような症状なのでしょうか。
宇佐美政英先生(以下、宇佐美先生):別名『トリコチロマニア』といい、意識せずに自分の髪の毛や体毛を抜くことを繰り返し、それがやめられずに生活に支障をきたす精神疾患です。
抜毛症の人には、次の症状が見られます。しかし、症状には個人差があり、すべてが当てはまるわけではありません。
抜毛症の主な症状
•毛を抜いた後に安心感や快感を覚えることがある•毛を抜きすぎて地肌が見える、または脱毛が進む
•抜いた毛を食べることがある
•ウィッグや帽子を着用するなど、毛を抜いていることを他人に隠そうとする
•対人関係や社会生活に影響が出る(友達と会うのを避ける、学校での活動を拒否するなど)
宇佐美先生:「抜いた毛を食べる」については、毛を大量に食べて具合が悪くなる子どもも中にはいるので、診察では「毛を食べているか」を確認する必要があります。
──抜毛行為をするのは、どの部位になりますか?
宇佐美先生:髪の毛がもっとも多く、その次がまゆ毛です。まつげも一定数いますし、腕の毛を抜く子もいます。本人が言わないからなのかもしれませんが、陰部の毛は診察ではあまり聞かないですね。
どの部位の毛を抜くかは個人差があり、髪の毛だけを抜き続ける子もいれば、髪の毛からまゆ毛に移行する子もいるなど、さまざまです。
抜く行為は「注意」や「しつけ」で治るものではない
──抜毛症は、「強迫性障害」と誤診されるケースがあると聞きますが、実際はどうなのでしょうか。
宇佐美先生:強迫性障害の場合、強迫観念(考え)と強迫行為(行動)がセットです。
例えば、子どもが毛を抜いてしまう場合、『抜いちゃいけないとわかっているけど、抜かなければならない』という考えに突き動かされて行動します。
一方、抜毛症は、「考え」と「行動」がセットではなく、「気づいたら毛を抜いていた」ことが多いです。
両者の違いから、抜毛症の子どもは、わざと毛を抜いているのではありません。また、「気づいたら毛を抜いている」ため、しつけや注意をして止められるものではないのです。
注意することで、むしろこれまで以上に隠れて毛を抜くというケースも多くいます。
「毛を抜くきっかけ」は大きく3つ
──それでは毛を抜くきっかけは何なのでしょうか。
宇佐美先生:子どもが毛を抜くきっかけは大きく3つあります。
1つ目は、を抜いたときの感覚や、抜いた毛の見た目など視覚的なものなどを指す「①感覚的なもの」。
2つ目は、②怒ったときや退屈なときを指す「②感情的なもの」。
3つ目は、髪の毛や外見的な考えなどを指す「③認知的なもの」です。
①の感覚的なものは、毛を抜いたときの感覚です。人それぞれですが、『毛根がポコンと抜ける感じがたまらない』と話していた子もいました。
②の感情的なものは、怒ったときや退屈なとき、不安なときなどです。
③の認知的なものは、きっかけとは少し違いますが、毛が抜けても気にならないといった認知の誤りなどが挙げられます。
ただし、子どもが自分の内面を言語化するのは難しく、明らかになっていないケースも多くあります。
抜毛症の発症時期は10歳~13歳
──抜毛症の発症時期は、通常思春期初期の10歳~13歳とされていますが、年代と発症との関係はあるのでしょうか?
宇佐美先生:年代と発症の関係の詳しい理由は明らかになっていません。
ただこの年代は、思春期のホルモンの変化に加え、進学、受験のプレッシャー、対人関係のストレスなどのライフイベントがたくさんあることが挙げられます。
子どもが無意識に毛を抜いてしまうのは、「不安や緊張、ストレスから逃れるための自己調整行動」です。例えば、学校の試験前や親と衝突してしまったときやなにか失敗したときなどに、毛を抜くことで一時的にリラックスし、それが習慣化してしまいます。
この子どものストレス要因がわかっている場合、それを取り除けば毛を抜かなくなるのではないかと考える保護者の方もいるかもしれませんが、それは一時的な対処法でしかありません。
なぜならば、その子にとって、ストレスを受けたときの対処法が抜毛行為になっているからです。ほかに対処法がなければ、新たなストレスを受けたときに、また毛を抜くことを繰り返してしまうでしょう。
ストレスの背景に知的障害や発達障害が関係していることも
宇佐美先生:しかし、ストレスの背景は考えていかなくてはなりません。なぜならば、知的障害や発達障害など別の問題が関係していることもあるからです。
そこへの対処がされないと、ストレス要因は取り除かれないままで、一時的に抜毛行為が落ち着いたとしても、またストレスを受けたときに、毛を抜いてしまったり、別の影響が出る可能性があります。
ストレスの要因に、環境と本人の特性や個性がどのくらい関わっているのかは、慎重に見ていく必要があります。
また、今まで見過ごされてきたけど、じつは本人は困っていたことが、抜毛症の診察を機に明らかになることもあります。その場合は、抜毛症の治療と並行して、ほかの問題に対するアプローチも少しずつ行っていきます。
「なぜ抜くか」ではなく「どう治すか」を考える
──我が子が抜毛症かもしれないと思ったとき、原因に考えをめぐらせ、自身を責めてしまう保護者の方も多いと思います。
宇佐美先生:保護者の方のお気持ちもわかりますが、原因にとらわれないことが大事です。先ほども述べたように、子どもたちにも『なぜ毛を抜くのか』がわからないからです。
そもそも、多くの子どもは自分が受けているストレスに気づいていません。本人にもわからないことを聞かれ続けたら、子どもたちも困ってしまいます。
抜毛症は、あまり広く知られておらず、見聞きする機会もそう多くないと思います。我が子が抜毛症と診断されても、親御さんにとっては答えの見えない暗いトンネルの中にいるようなものでしょう。ただ、『なぜトンネルに入ったか』ばかりを考えていてもうまくいきません。
それよりも、『どうやって抜毛から脱出するか』を一緒に考える方が、お子さんにとっても前向きにとらえられると思います。
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子どもが毛を抜いていると、思わず注意してしまったり、なんとか止めさせようとするかもしれません。
「わざと抜いているのではないこと」を心に留めておき、一緒に向き合う姿勢が大切だと教えてもらいました。
次回2回目は、抜毛症が与える影響について解説してもらいます。
取材・文/畑菜穂子