2025年、生成AIはどの程度、人間の仕事を奪うか?
年明けに、こんな記事を読んだ。
翻訳の仕事がない、という翻訳家の文章だ。
もうすぐ消滅するという人間の翻訳について
翻訳の依頼は加速度的に減り続けている。
答えを出したようにみえるのは言うまでもなく、
2023年初頭のChatGPT公開を皮切りとして世に放たれた生成AI翻訳である。機械翻訳の進歩は多くの翻訳家の理解をとうに超えていたが
生成AI翻訳の普及は少なからぬ翻訳家に「それ」がほんとうの終わりを運んできたと実感させるに十分だった。(中略)現状の生成AI翻訳はどうみても完璧というには程遠く、依然として人間の翻訳を終わらせるだけの力をもたない。それでもなぜ、人間の翻訳は終わってゆくのだろうか。
ほかでもなく、人間の側が翻訳に対する要求水準を下げ始めたからである。(中略)
人間の翻訳を終わらせるのに、完璧な機械などもとより必要なかったのだ。
(太字は筆者)
まあ、そうなるだろう、という感想が浮かんだ。
だがこれは、翻訳家だけの問題ではない。
現状の生成AIの能力は、それほど高いものではないし、「生成AIは万能」と煽るつもりもない。
が、それでも営業、コールセンター員、システムエンジニア、コンサルタント、ライターなど、いわゆる「ホワイトカラー」全員に影響を及ぼす可能性がある。
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この文章を読んで、私は自動車産業の話を思い出した。
1800年頃生まれた自動車は、1900年頃までに技術の進歩により、多くの金持ちに愛される道具となった。
しかし、当時の「手作業」による自動車の生産台数は、1つの会社でせいぜい年間1000台、1500台というオーダーで、価格は高く、庶民には手が出なかった。
今の価値に換算すれば、一台あたり数千万円~数億円というところだろう。
そこに切り込んだのが、T型フォードだった。
T型フォードは「標準化・コンベア・分業」という武器をひっさげ、年間に数万台の自動車を生産、価格を大きく引き下げた。
庶民がクルマを買えるようになったのだ。
しかし、こうして生まれた「システムによるモノづくり」は、多くの職人を駆逐した。
それ以後、自動車産業は、さらなる機械化による生産性向上が続き、現代に至る。
かつて大量に人を抱えた工場は機械化され、多くの工場労働者もまた、徐々に仕事を失った。
もちろん、これは自動車に限らない、繊維からパンまで、あらゆる工業製品に起きたことである。
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それと全く同様のことが、生成AIの登場によって起きている。
ただし、場所は工場ではなく、オフィスでだ。
いままでも「ホワイトカラー」の仕事が奪われるのでは、という意見はあった。
コンピュータの登場によってである。
コンピュータによるIT化は、経理部員の仕事を奪い、事務職という仕事を絶滅寸前に追いこんだ。
しかしこれらは、正確に言えば「電卓をたたく」「FAXを送る」「OHPを作る」などの肉体労働の置換であり、「頭脳労働」は置換されない、という認識が多くの人にあっただろう。
実際、PCによって、ホワイトカラーはむしろ増殖したのではないだろうか。
しかし、生成AIは異なる。
これは、電卓やPCとは、本質的に異なる機械であり、「思考の代替」を可能とする。
そのため、史上始めて「頭脳労働が、機械に置換される可能性」が出てきたのだ。
例えば「ライター」の仕事。
私は書き物を生業の一つとし、お客様に大量の原稿を納めてきた。
しかしそうした「ライター」の仕事はまさに、生成AIに取って代わられようとしている。
前に書いた通りだ。
「「生成AIを仕事で使い倒す人たち」に取材して回ったら「自分の10年後の失業」が見えてしまった」
そして、私は一つの確信を得ました。
それは、「私は間違いなく10年後、失業する」です。
実際、「記事」を必要としているお客様も、人間のライターを切って、続々と生成AIに、記事作成を切り替えている。
想像よりもずっと速いペースで。
おそらく10年も必要ない。
もちろん「人間のようなレベルで記事が書けない」という方もいるが、前述した翻訳家の言葉を借りれば、
ほかでもなく、人間の側がライティングに対する要求水準を下げ始めたからである。
人間のライティングを終わらせるのに、完璧な機械などもとより必要なかったのだ。
と言って差し支えないだろう。
とにかく、圧倒的なコストの低さの前には、多くの人間はかなわない。
今まで1記事当たり何万円も払っていた記事に対して、ほぼタダで「多少は質は落ちるけど、実用上問題ない」ものができるのだ。
もうライターはお手上げとしか言えない。
自分がやっている業務において、「ロールスロイスのようなハンドメイドの車の素晴らしさは認めるけど、実用上はダイハツの軽自動車で十分だから」
という概念が生まれたら、もう後戻りはできない。
加速度的に仕事は消えていく。
もちろん、したり顔で「私の仕事は減ってないよ(なぜならば私はロールスロイスの職人だから)」という人もいるだろう。
そう主張することは構わない。
だが、それが主流になることはない。
せいぜい、そいつの食い扶持を稼ぐぐらいの仕事が残っている、というだけの話だ。
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翻訳、ライティングのほかに、「AIで十分だから」と言われるような仕事はあるだろうか。
例えば調査業務。
GoogleのGemini pro deep researchを使ったことがあれば、「カンタンな調査なら、AIで十分かも」と思う人が出てきてもおかしくない。
コンサルタントのジュニアクラスがやる、「調べもの程度のリサーチ」はそのうち、完全に代替可能になると、現段階ですら予想できる。
あるいはシステムエンジニアをはじめとするIT関連業種。
グーグルやMSら警鐘、生成AIでITエンジニアは不要になる?「90%以上影響」の詳細
グーグル、マイクロソフト、IBM、シスコなどからなるAIコンソーシアムが2024年7月に発表した最新レポートでは、生成AIがもたらすIT関連職への影響が分析され、各職種におけるスキル動向が明らかにされた。注目すべきは、IT関連職の90%以上が、AIによって大きく、あるいは中程度に変革される可能性があるという点だ。
ソフトウェア開発、データサイエンス、デザイン、QAとほぼ全領域で大きな影響が出そうだ。
「対物」系のホワイトカラーは、比較的AIへの代替が容易かもしれない。
しかし、「対人」系の仕事もうかうかしていられない。
例えばコールセンターについては、すでに導入している会社も増え、かつAIへの置き換えを実際に検証している会社はとても増えている。
おそらく数年で、雇用に影響が出るほどの置き換えが発生するだろう。
営業やコンサルタント、弁護士、会計士、医師、人材紹介、秘書などの「半対人サービス」も、定型的な処理ができる部分から、どんどんAIに置き換える、という話がでてくるだろう。
いや、実をいうと、すでに出てきている。
すでに財務分析や画像診断、判例の調査、提案書の作成、議事録には生成AIが活躍しつつある。
こちらも雇用に影響が出るまでに、そう長くかからないだろう。
鍵は上に述べたように、「コストを下げるために、多少は質を落としてもいい」と判断されるかどうかだ。
この判断がなされた部分から、AI化は容赦なく進展する。
人間でも「そこそこ」の仕事しかできない人が、たくさんいるのだから。
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逆に、金持ち相手の、接客・感情労働が混ざった、頭脳労働は当面なくならないかもしれない。
例えば。
五つ星のホテルマン。
ブティック店員。
プライベートバンクの行員。
グラン・メゾンの接客係。
人間ドックや美容整形の職員。
パーソナルジムトレーナー。
ファーストクラスのCA。
なぜなら、「AIに命令するのではなく、人間をかしづかせる」ことに対して金を払う人間は、当面いなくならないだろうからだ。
「人間にしかできない」というサービスは、要するに「人間にやってほしい」という、感情を含んだ価格設定になるはずだ。
むしろ宝飾品のように高いほど、希少性が高まる(ように見える)ので、人気が出るかもしれない。
「頭脳労働」とは、こういう金持ち相手の職種に収れんしていく可能性もある。
実際、私はコンサルタントだったころ、上司に「お前らは男芸者だ」と言われていた。
「人間のコンサルタントを使っていること」そのものに、価値を感じている経営者は、決して少なくない。
だから、コンサルタントも現在の「高級事務職」としての働きはAIに置き換えが進む一方で、「人間のコンサルを使いたい」という一部の経営者たちに愛されるサービスに移り行くかもしれない。
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ただし、すくなくとも、現状の生成AIの能力からすると、2025年の間に「ほぼ完全に置き換えが可能な」職種は、ライターや翻訳など、一部の職種に限られる。
しかし、1年後の2026年には、上で挙げた中のいくつかの職種において、少なくともAIを用いた新しいwebサービスが「ホワイトカラーの置き換え」として、大いに活況を呈するだろう。
ただ、それを決めるのは、結局はAIの能力というよりも、かつての
「ユニバレが嫌だ」→「ユニクロでいいじゃん」→「ユニクロいいね」
への移行と同じく、
「生成AIには任せられない」→ 「別に生成AIでいいや」→ 「生成AIいいね」
という人の意識の変革のスピード次第なのだ。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」65万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
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◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書)
Photo:Reet Talreja