映画『きみの色』山田尚子監督&牛尾憲輔がディープな音楽遍歴をぶちまける〈相互リスペクト〉インタビュー
映画『きみの色』 監督・山田尚子×音楽・牛尾憲輔
8月30日(金)より全国公開となる映画『きみの色』は、『けいおん!』や「平家物語」で素晴らしい演奏シーンを描いてきた山田尚子監督の最新作。全寮制の学校に通う高校生のトツ子が、高校を辞めてしまったギター少女のきみと再会し、きみがアルバイトをする古書店で出会ったルイとバンドを結成する物語。音楽をつくる過程で、天真爛漫なトツ子、保護者に屈託があるきみとルイが、それぞれ成長していく姿を描く。
そんな本作の音楽制作には、どんな舞台裏があったのか。山田尚子監督と音楽監督の牛尾憲輔さんに聞いた。山田監督と牛尾さんの呼吸の合ったやり取りに笑わされつつ、お互いへのリスペクトが垣間見えるインタビューとなった。
牛尾「学生のお小遣いで買えるのは、どんな楽器なのか」
―『きみの色』、とてもチャーミングな作品で楽しく拝見しました。やはり演奏の描写が素晴らしいですね。きみちゃんがリッケンバッカーのギター、ルイくんがテルミンを弾いていますが、工場での大量生産品よりも職人さんが1台1台作っているクラフトマンシップのような価値観を重視されて、これらの楽器を選ばれたんでしょうか?
山田尚子監督(以下、山田):そうです……って言えたらかっこいいですよね。そういうことにしておきましょうか(笑)。本当は一目惚れなんです。リッケンバッカーは知り合いの方が使っているギターだったんですが、すごくきみちゃんに合うなって。でもやっぱりギターってそういうところから選ぶのもいいよね、というか「見た目がかっこいい!」から憧れが始まったりしますし、あまり堅苦しく難しく考えずに感覚で選びました。きみのお兄ちゃんが使っていたギターという設定で、彼がすごくこだわって手に入れたギターなんです。
―あるいはモデルとしてイメージしたミュージシャンの方が誰かいるのかなとも思いました。
山田:きみちゃんは“自分”があまりない子という感じなので、お兄ちゃんの影を追っている、みたいな感じにできるといいなと思ったんです。むしろノープランというか、ミュージシャンのモデルとして“誰々を目指そう”みたいなものは設定していないですね。今回は、ただ彼女がどういうふうに演奏して、それをどう見せていくか、ということだけを真剣に考えた感じです。
―キャラクター造形には牛尾さんのご意見も反映されたりしたんでしょうか?
牛尾憲輔(以下、牛尾):どちらかというとルイくんの設定で、どんな楽器を使って、お小遣いがこれくらいだからこういうものを持っているだろう、みたいな考証はやりました。電子音楽とかパソコンで音楽を作るとか、学生のお小遣いで買えるのはどんな楽器なのか、どういう接続で、どういうケーブルを使って、とか。
―ルイくんの衣装はニューロマンティックっぽいですね。
山田:ニューロマンティック的なところ、ありますね。でも、どちらかというとグラムロックとか昔の憧れのスターであるロックミュージシャン、というのがルイくんの中にあったイメージですね。それがワンセット全身揃う分を街のリサイクルショップですごく破格で売っていたから、テンションが上がってブーツまで買っちゃって、という感じなんです。
山田「“〈好き〉を言う勇気”に焦点を当てている」
―トツ子のリアルな体型がとても良いと思っていまして、ほかにもやす子さんが声優で参加されたさくちゃん役や、トツ子よりぽっちゃりしている子も可愛らしく描かれていて、ああいったキャラを描かれるのは女子高生たちに自信を持ってほしいという気持ちがあるからなんでしょうか。ほっそりした女子ばかり見ていると、自己否定的になったり思春期やせ症になってしまったりと長いこと問題になっているのに、アニメの女性っていまだにみんなほっそりしていますよね。『きみの色』は、いい感じに健康的な感じがしまして。
山田:この作品の裏テーマというか、いまは何でもカテゴライズされることが多いですよね。ルッキズムもそうですが、SNSなどが出てきて(画像の)加工とかもできて、他人と自分を比較しやすい状況があって、“イメージに当てはまっていない自分”をすごく否定してしまうような流れがある。そういう、なにか息苦しいところから一歩外に出たときの魅力を伝えたり、“型にはまらないこと”への応援をしたかった。自己否定って、いまの時代より強くなっている気がするんですが、「そのまんまでどんなに魅力的でしょう」と言いたいし、「こんなに魅力的なんですよ」ということを描きたかったんです。ちょっとした社会派アニメーションです。
―「“好きなものを好き”といえるつよさを描いていけたら」というステートメントを出されていて、それが本当に素晴らしいと思ったんです。「好き」と言えるっていうことは、嫌いなものにもちゃんと「ノー」と言えるっていうことじゃないですか。そういうことが言えないから、若い人たちが自分の不満をちゃんと口にできなかったり、投票をいいかげんにしてしまったりすることが増えているのかなっていう気がしまして。
山田:そうですね。(好きなものを好き、嫌いなものを嫌いと言うことの)どちらも勇気がいることかなと思うんですが、「嫌い」の方がむしろ言いやすいかもしれなくて。「好き」を言ったときには否定されるのが怖いし、「なんか“嫌い”って言ったほうが楽」みたいなこともありそうな気がしていて。なので、今回は“「好き」を言う勇気”に焦点を当てているんです。ネガティブな言葉の方が広まりやすいし、共感もされやすいかなと常日ごろ思っていて、ポジティブさって伝わりにくいので、そっちを強く出したいなと。
―大事なことですよね。きみちゃんがオブジェをメトロノーム代わりにして、かなりストイックに練習したりしているシーンもよかったです。最近はフェンダー(※Fender/アメリカの楽器メーカー)がメタバースで誰でもギターを楽しめるサービスを展開したりていますが、一方では頑張って練習して弾けるようになる肉体的な喜び、みたいなこともあるかと思います。そういうことも意図されて、あの場面を入れられたんでしょうか?
山田:そう言っていただけて気づくこともたくさんあるんですが、やっぱり肉体的・能動的に動くことって減ってきていて、なんでもアプリでできちゃったりするし、ひさしぶりに縫い物や編み物をしたときに「あ、手の動かし方こうだった!」とか、ふと気づくこと、思い出したりすることがあって。その感覚の立体感にやっぱり感動するというか、「これだった!」みたいな実感として、達成感としてすごく残るものだなと思うので、ギターをぜひ弾いて欲しいなって考えました。……こういうことを電子音楽家の前でね(笑)。すべて“脳にしたい”人の前で。
牛尾:まあ、最終的に脳だけになります(笑)。多分“そっち派”だと思うので。
牛尾「山田さんが“水金地火木土天アーメン”って会議室でポロっと言った瞬間に……」
―牛尾さんは以前(劇伴を手掛けたアニメ)『チェンソーマン』のときのインタビューで、ご自分の音楽性と劇伴とのアウトプットの使い分けについて「劇伴はバンドに似ている」とおっしゃっていました。『きみの色』ではトツ子の鼻歌から曲ができて、最終的に楽曲が完成して、人前で演奏するところまでのプロセスも描かれています。アマチュアっぽい感じの鼻歌から楽曲を完成させるまでに、どんなところで、どんな工夫をされたのでしょうか。
牛尾:実際には鼻歌から作ってはいないです(笑)。それは作劇なのでプロセスの工夫はないんですけど、あの曲は山田さんが「水金地火木土天アーメン」って会議室でポロっと言った瞬間に、その場でできたような曲なので、“瞬間を捉える”みたいな。瞬発力で出てきたものはすごく推進力があるってことですから、それを大事にするのは一般的に我々音楽家が行う行為で、それはアマチュアもプロも関係ないわけです。
例えば、トツ子があの曲を思い描くシーン。彼女は地学の授業中にぼんやりしていて怒られた帰り道で思いつくんですけど、僕は微動だにせず、座っていてあれを思いつく。でも、トツ子と僕がやってることは内面では変わらないと思います。
(作中で)楽曲を作っていくときは、トツ子があのメロディを作って、ルイくんがアレンジして、きみちゃんのギターが重なって……とそれぞれ登場人物がいますが、これを僕一人で全部やっているだけで、具体的に行われたことは一緒。僕が「水金地火木土天アーメン」という言葉からメロディを考えてアレンジして、ギターのフレーズを考えて永井聖一(ミュージシャン/音楽プロデューサー)に弾いてもらう。っていうところまで多分あのバンドと同じことをやっているので、そこはほぼ現実に即した流れだと思います。
―監督の「水金地火木土天アーメン」は、どういう状況で生まれたんですか? なかなか出ないフレーズですよね。
牛尾:やべーんですよ、この人(笑)。
山田:「こういう作品にしたい」という企画書を書く段階で、(脚本家の)吉田玲子さんにお渡しする企画書を書いているときに、“こういう女の子が出てきて、こういうことをして、こういう音楽を作ります”と……なんででしょうね? そこはでも、自然と。
牛尾:そこは作家性の神秘的な部分じゃないですか?
山田:並行して「色即是空 空即是色」という曲も作ろうと思っていたんです、きみちゃんが書く曲として。
牛尾:山田さんとご一緒するときはサウンドトラック(・アルバム)にタイトルをつけるんですよ。そのタイトルを『all is colour within』にしたんですけど、そこに“色即是空”の意味が入っているんだよね。「回ってきたぜ」と思って。
山田:「色即是空 空即是色」って、すごく対になっている感じがするじゃないですか。すごくきれいな鏡面という感じがしてかっこいいと思ったんですけど、吉田さんにはハマらなかったみたいで、シナリオが上がってきたときには入ってなかった……。
―『きみの色』の“色”という言葉も入っていますよね。
山田:確かにそうですね! クリスチャンの子とそうじゃない子っていう対比も描けるかな、っていう感じもあって。(※主人公たちが通うのはキリスト教系の高校)
牛尾:怒ってるの?(笑)
山田:まさか!(笑)
牛尾:いま話してるってことは根に持ってるのか、みたいな(笑)。
―もう一作、それで作れるかもしれないですね。
牛尾:全員ボウズ頭の女の子で。
山田:なかなか刺さる人が少なそうだけど、刺さったら深そう。
山田「“世界一穏やかな『トレインスポッティング』ですね”って(笑)」
―“水金地火木土天アーメン”の瞬間を隣でご覧になっていて、「これは!」という感じだったんですか?
牛尾:最初は文字で知っていたはずだから、同じタイミングで何か言ってきたのかな? ずいぶん前の話だからよく覚えていないけど、本当にすぐ思いついたことは覚えていて。最初、この曲はシャッフルしてなかったんですよ。でも、トツ子(の画像)を見たあとにこういう感じ(モンキーダンスのジェスチャー)だなと思ったから、ハネなきゃと思って「ドッテン」ってシャッフルさせたような気がします。
山田:あと、もっと速いバージョンも作っていたよね。
牛尾:最初はもっと派手にするのもいいかなと思って、いろいろ試していた気がする。山田さん、すごく優しくて。自分の趣味嗜好としてはアバンギャルドなほうが好きで、ポップスでバンドで、みたいなことをあまりやらないので「誰か他に頼んでもええんやで」って、ずっとそっと伝えてくれていたんですけど、いざ(作って)出した後に「私の見識が悪かった」みたいなこと言ってくださって、すごくありがたかったですね。「いい曲やで」と言ってくださった。
山田:ラフ・トレードは大学生以降ですね。高校生の時はR&Bとかも聴いていたかもしれないです。でもそのときはお金がなかったので、自分で買うことはほぼできなかったんです。YouTubeとかサブスクもなかったから、友だちに借りるとか勧められたもので出来上がっていた気がします。あと、姉が聴いているものとか。
牛尾:僕も電気グルーヴはお兄ちゃんの部屋に忍び込んで。
山田:一緒です。自分で買えるようになったのは大学生になってからなので、本当に好きなものを見つけ始めるのは大学生以降になってきますね。
―最初に買ったレコードやCDは何だったか覚えてらっしゃいますか?
山田:覚えています。工藤静香さんです。
牛尾:短冊? 8センチの。
―シングルCDですね。
山田:小学校低学年くらいの頃、お年玉で買いました。
牛尾:僕はaccess、小学生の頃に。accessを見てミュージシャンになろうって決めたので。
山田:すごい、夢が叶っていますね。
牛尾:浅倉大介さんにお会いした時に「おお、ついに!」と思いました。石野卓球さんから「お前、電気グルーヴはすべり止めだもんな」って言われて(笑)。accessが本命、すべり止めの私立として電気グルーヴ(笑)。
―山田監督にも、人生の転機というか「このとき、この曲が大きく背中を押してくれた」という音楽はありますか?
山田:その都度、その時々にあるなと思うんですけど……いまご本人がいないから言いますが、仕事でコンテを書くときに必ず聴いていた曲として、agraphの……。
牛尾:いないからね、いないからいいんですけど(笑)。(※agraphは牛尾さんの個人プロジェクトの名義)
山田:agraphの“3つのライト”みたいな名前の曲があって。
牛尾:「One and Three Light」ね。俺はいいけど、agraphはどうかな? その言い方(笑)。
山田:いま突然すぎてすぐに思い出せなかったんですけど(笑)、でもアニメーターになってからその音楽に出会って、演出するとき、コンテを書くときに、組み立て方、根本の理解の仕方と壊し方、ラストへの持っていき方っていうところにすごくシンパシーを感じたんです。なので、よく聴いていて勇気づけられました。
牛尾:ありがとうございます。私はあなたとお仕事をして、同じことを思いました。
山田:本当ですか?
牛尾:なんか真面目に恥ずかしくなっちゃう(笑)。
山田:そうですね(笑)。なので『映画 聲の形』(2016年)という作品を作るときに、音楽家はどなたと作っていきたいか? とプロデューサーに聞かれて、勇気を出して「agraphさんにお願いしたいです!」と言ったことを覚えています。
そのときすごい風邪をひいていて、もうこれ以上しんどくなれないっていう状態で、いまなら傷ついても大丈夫だから、「ダメです」って言われる確率のほうが絶対高いけど……と思って「agraphさんにお願いしたい」って言ったら、音楽プロデューサーを通してご快諾いただけたんです。とても喜んでいたら、その後打ち合わせをする段で「agraph名義ではやれない」と申し出をされて。それ以来、agraphの名前を出すのがめっちゃ怖い(笑)。agraphという活動をとても大切にされているということだったので。
牛尾:すごく気を遣ってくださってありがとうございます(笑)。
取材・文:遠藤京子
『きみの色』は2024年8月30日(金)より全国公開