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群馬県猿ヶ京温泉の季節と土地、そして二人の人柄が表現された宿『料理旅館 樋口』

さんたつ

【旅の手帖】猿ヶ京温泉『料理旅館 樋口』

四季のうつろいが美しい赤谷湖(あかやこ)のほとり。群馬県猿ヶ京温泉には、地産地消がモットーの夫婦二人で営む料理宿がある。何度も帰ってきたくなる、土地に根ざした実直で温かいおもてなしとは。

料理旅館 樋口

今回の“会いに行きたい!”

館主の樋口博計(ひろかず)さん・女将の樋口桂子さん

ゼロから宿を立ち上げて夫婦二人三脚で32年目

「5室の宿なんてすぐつぶれる」。そんな周囲の声をよそに『料理旅館 樋口』は開業から32年目を迎える。

博計さんの実家は猿ヶ京(さるがきょう)温泉にある寿司店だった。昭和の時代には“海なし県”の山間の地に4軒の寿司店と52軒の飲み屋があったとは驚くが、かつては全国の温泉地がそのようなにぎわいをみせていたようだ。

博計さんが料理修業に出たのは、高校を出てすぐ。猿ヶ京の旅館で板前をしていた料理人が伊勢崎市に出した、寿司と和食の店で修業。店主が1年後に亡くなったため、その後は前橋や茨城の料理店、さらに旅館を経て、30歳で独立した。

元旅館の空き地に2階建てを新築し、寿司店を開業予定だったが、温泉権をもっていたので宿に転向した。

赤谷湖が眼前に迫り、宿の窓から絶景を眺めることができる。全5室のうち4室はレイクビュー。

博計さんと桂子さんの出会いもそのころ。桂子さんの実家は瓦店で、宿の屋根瓦を葺いたのをきっかけに二人は出会った。

桂子さんの兄が博計さんと学生時代、剣道部の友人だったこともあって、ある日「客を紹介してもらおう」と訪ねた博計さん。お茶を出してくれた桂子さんにひと目惚れ。「俺、この人と結婚しよう」と、その日のうちに電話でプロポーズした。

もっとも、桂子さんは出会った日にプロポーズしてきた博計さんを「変わった人」と一蹴。「まさか結婚するとは思っていなかった」と、桂子さん。

浴室は2カ所とも貸切風呂。ホワイトボードに部屋名が書かれたマグネットを貼りつけて予約する。

そんな二人が1年後に結婚、30年以上の歳月を二人三脚で駆け抜けていくことになる。

当初は、1泊2食1万円の超特価をチラシやダイレクトメールで地道に宣伝し、足を運んでもらうことに注力した。努力をコツコツと続けた結果、お客さん一人が四人になり、四人が十人になり……。二人して子どもをおんぶしながら、仕事をした。

そのうちに雑誌やテレビに取り上げられ、経営も軌道に乗るように。いまでは季節ごとに訪れるお客さんも増えた。

赤谷湖を望むベッドルーム。客室タイプはそれぞれ異なり、畳に布団の部屋もある。
フロントロビーからも眼前に赤谷湖を望める。

手が込んだ愛情料理で部屋食オンリーを貫く

「竹内農園」のレタスを収穫する桂子さん(右)とお姉さん。

小さな宿だから女将や館主と距離感が近く、「また来たよ」と親戚の家に泊まるような感覚で訪れる人が多い。宿の特色は、窓からの絶景と料理の部屋出し、さらに貸切風呂である。

また、開業当時は宿の間で「一人客なんて、自殺でもされたらとんでもないから、受けるものじゃない」という風潮が根強かったが、ここでは「一人旅をしたい」というお客さんの声にこたえて、ずっと一人旅を受けてきた。

「料理旅館」を謳(うた)っているとおり、この宿の主役はもちろん料理。30年以上続いてきた理由は、博計さんの料理との真摯(しんし)な向き合い方にある。

地産地消を旨とし、野菜は桂子さんのお姉さんが嫁いだ農家、昭和村の「竹内農園」の有機野菜を使っている。

前菜(左)はつぶ貝、青菜胡麻和え、茄子瑠璃煮、ハタハタ酢焼など。サラダにかける「万能梅だれ」(右)も自家製。

群馬県らしい食材にもこだわる。この日のお造りは奥利根のモミジマス、幻の魚イトウ、刺身蒟蒻(こんにゃく)。丁寧に湯引きした皮が絶品だ。「ぷりぷり蒟蒻の鉄板焼き」は生のコンニャク芋からすりおろし、みなかみ町の藤原地区に伝わる唐辛子を原料にした柚子胡椒(ゆずごしょう)を添えている。

どの皿もひと手間かけたものばかり。「上州牛豚すき焼き鍋」は上州ブランドの牛肉と豚肉をダブルで楽しめ、「和風ロール煮」は赤城高原キャベツが使われている。ドレッシングや梅干しも自家製だ。

「見たときに『へえ〜』と思ってもらえる、お客さんがワクワクするような季節の料理を作りたい。来てよかったと思ってもらえる宿を目指しています」と博計さん。二人の愛情が料理にも表現されているように感じる。

上州牛と豚をダブルで楽しめる、すき焼き鍋。

スリッパアートでほっこり。看板ネコとロビーで遊ぶ

朝食を出す桂子さん。最近では珍しい完全部屋食。

樋口には2匹のネコがいる。名前は「キイロ」と「クロ」。もともとは野良ネコで、いじめられていたところを保護したという。

「毛が3分の1くらい抜けていた子もいますが、あれから4年。まるまる太って、2025年の春でたぶん5歳。すっかりうちのネコになりました」と桂子さん。

リクエストのある客室におやつを持って挨拶に行ったり、チェックアウト時はロビーでお見送りしたりと、いまでは立派な看板ネコだ。

常時、宿にいるわけではないが、主に茶トラのキイロが接客担当。クロは自由すぎて、お客さんの相手はほぼしないそう。

「客室に遊びに行くにゃ〜」。

結婚前は幼稚園に勤務していた桂子さんは、宿の装飾もお手のもの。ロビーを彩る花も、誕生日のメッセージプレートも桂子さん作。

「なにしろ古くて小さな宿なので、ロビーには季節を感じられる野の花を摘んできて飾っています。手書きのプレートや看板も温かみがあっていいと喜んでもらえるので、はりきって作っています」

そんな桂子さんのアイデアから生まれたのが「スリッパアート」だ。

スリッパにお客さんが好きな絵を描き、2年間保管。リピートするたびに使う「スリッパキープ制度」を考えた。衛生面を考慮して、これまで使っていた普通のスリッパを使い捨ての布スリッパに変えたとき、名前を書くためのマジックをておいたら、お客さんが絵を描いてくれたことがきっかけだった。

「ネコ好きな人はネコを描くし、音楽好きな人は音符を描くから、会話の糸口が見つかってコミュニケーションのきっかけにもなります」と桂子さん。現在、100人分のスリッパが宿にキープされている。

「ただいま」と言いたくなるこんな宿を、贔屓(ひいき)の宿に加えてみてはいかがだろう。

「スリッパアート」でキープされているスリッパたち。お客さんの個性が光る。

女将おすすめ! 立ち寄りスポット

赤谷湖一望のかけ流しの露天風呂『まんてん星の湯』

写真=まんてん星の湯。

湖を望む開放感あふれる露天風呂で手足を伸ばし、かけ流しの湯を堪能できる。

子どもに戻って、雪とたわむれる「立ち寄りスノーシュー」

写真=まんてん星の湯。

スノーシューを履いて雪の上を散策する、里山体験へ出かけよう。問い合わせは『まんてん星の湯』 ☎0278-66-1126

料理旅館 樋口
住所:群馬県利根郡みなかみ町猿ヶ京温泉1167/定休日:火・水/アクセス:上越新幹線上毛高原駅からバス30分の猿ヶ京温泉下車、車5分(送迎あり、要予約)

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年2月号より

野添ちかこ
温泉と宿のライター/旅行作家
神奈川県生まれ、千葉県在住。心も体もあったかくなる旅をテーマに執筆。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)、『旅行ライターになろう!』(青弓社)。最近ハマっているのは手しごと、植物、蕎麦、癒しの音。

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