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マレーシア・クランの肉骨茶(バクテー)の特徴は? 新大久保『南洋叔叔肉骨茶』で華僑が生み出した“マレー中華”

さんたつ

_IZM1070バクテー

新大久保駅を出て、すぐ西側の路地だ。細い道に建て込むのは、タイ、ネパール、ベトナム、韓国などさまざまな国のレストラン。バングラデシュ、インド、ハラールの食材店も並ぶ。ミャンマーのカラオケもあれば台湾人の先生が診てくれる歯医者まであって、まさに多民族タウン新大久保を象徴するような道なのだが、2023年に「肉骨茶(バクテー)」の専門店『南洋叔叔(ナンヤンシュウシュウ)肉骨茶』ができたときはさすがに唸(うな)った。

南洋叔叔肉骨茶(ナンヤンシュウシュウバクテー)

マレーシア

マレー半島南部とボルネオ島北部からなる東南アジアの中進国。近年は経済発展が進む。日本には1万1776人が在住し、うちおよそ半数が東京都と神奈川県など首都圏に暮らすが、特定のコミュニティタウンはない。会社員とその家族、永住者、留学生が多い。

「バクテー発祥の地」とも言われるクランの味を、日本でも

バクテーはスペアリブを漢方の生薬で煮込んだスープなのだが、これはマレー半島に住む華僑たちの間で食べられている料理。いわばマレー中華とでもいおうか。マレーシア料理ともまた違うもので、日本で食べられるところはそう多くはない。新大久保もここまで来たか……としみじみ思ったものだ。

「この通りだけでアジアがたくさんありますね。コロナ禍の後から、いろんな国の店がどんどん増えたと思います」

そう話す『南洋叔叔肉骨茶』の店長の王銘禎(ワンミンジェン)さんは、29歳の若さでアジアを股にかけた人生を歩んできた。出身は中国東北部吉林省だが、まず親戚筋が華僑として暮らすマレーシアに渡った。しばらく暮らしたのちに、今度はマレー華人で日本に住む叔父を頼って来日。

「そのときからずっと、新大久保に住んでます。このあたりは日本語学校が多いでしょう。そのひとつに入って勉強したんですが、寮も新大久保にあったんです」

(左から)楊さんと王さん、「お母さんみたい」と王さんが慕うアルバイトの中国の女性。

日本語を身につけてから専門学校に進学し、卒業後にこの店を開いた。それは世話になってきた叔父の夢を叶えるためでもあった。

「本当においしいバクテーの店を日本で開きたいって、叔父はいつも言ってたんです」

王さんが「もうお父さんみたいな人」という、叔父であり店の社長でもある楊亜華(ヤンアーワ)さんは、マレーシア北部のイポー出身だ。

「若い頃はお金がなくて、バクテーを朝に食べて、それだけで1日ずっと仕事してたもんです」

結婚してから首都クアラルンプール西郊のクランに移住。「バクテー発祥の地」とも言われる港町だ。

「いろんな種類のバクテー屋が、本当にたくさんあるんです」

やがて日本にやってくるが「クランの味を、日本でも」という思いを王さんに託し、新大久保に店を開いた。

ところ変われば、バクテーも変わる

楊さんが力説する。

「クランのバクテーは、クアラルンプールともほかの地域ともぜんぜん違う。漢方の種類がずっと多いんです」

白胡椒、当帰、甘草、八角、枸杞(クコ)、桂皮(シナモン)あたりはなんとかわかるが、熟地黄、玉竹、党参、川芎など、聞いたこともないようなものも含めて13種類。いずれも滋養強壮や健康増進に効果があるとされる漢方をたっぷり加えたスープに、とろみのある濃厚なマレー中華スタイルの醤油を加えて、スペアリブを煮込む。

バクテーに使う漢方いろいろ。
味の決め手はマレー中華の醤油。

これがグッツグツの状態で運ばれてくるのだ。湯気を上げるスープを、まずはひと口。深みと滋味が、胃から体に染みわたる。スペアリブは骨から箸で肉を外せるほど柔らかく煮込まれていて、これまた生薬がよく効いている。唐辛子とニンニクベースのつけだれによく合う。

手前左が肉骨茶(スペアリブの漢方煮込み)1380円(セット)で、その右が马来西亚味炒虾(マーライシアウェイチャオシア=南洋風エビ炒め)1580円。右奥が福建面(ホッケンミー=マレー風焼きうどん)1580円。

ご飯もひと工夫されている。パンダンリーフ、オニオンチップと一緒に炊き込まれているのだ。ココナツのような南国の甘い香りがほのかに漂う。ここにスープをぶっかけたり、肉といっしょにかき込むのがバクテーの正しい食べ方だ。具材もご飯も足りなかったら追加してモリモリ食べよう。

マレー中華の醤油をたっぷり使い、乾燥したイカや干しエビなどを加えて煮詰めたドライバクテー1980円も美味。

ちなみにバクテーはシンガポールにもあるのだが、「マレーシアとは別モノ」とふたりは口をそろえる。シンガポールは漢方が少ないが白胡椒をふんだんに使い、醤油ではなく塩ベースのクリアスープが特徴だ。「白バクテー」とも呼ばれている。一方マレーシアは見た目も味つけも濃い目の「黒バクテー」で、どちらがうまいかいつも言い合いになるのだとか。クランではなくシンガポールこそがバクテー発祥だという説もあり、これも論争に拍車をかける。

移民たちの苦労が偲(しの)ばれる料理

香りが強烈なドリアンコーヒー。

いま日本に住むマレーシア人は、1万1776人。同じ東南アジアのインドネシアやベトナム、ミャンマーなどに比べると、ずっと少ない。経済発展を遂げ、日本で出稼ぎする必要がなくなったことが影響しているだろう。とくに楊さんのようなマレー華人となると、さらに限られる。住む場所もまちまちだ。

それでもお店を開いてからは「日本にこんなにマレーシア人がいたのかと驚いた」と楊さんが言うほど、同胞たちが集まるコミュニティーになっていった。留学生や会社員、経営者など立場はさまざまで、大使館員が食べにきたこともあるそうな。

営業は朝8時からとやけに早いが「デリバリーがすごく多いんです」と王さん。中華圏は朝飯に気合を入れる文化だし、クランでも評判のバクテー屋は朝6時から行列ができるとか。

鍋を振るう王さん。

というのも、もともとバクテーは朝のスタミナ食として好まれたという説がある。

まだマレー半島がイギリスの植民地だった時代のことだ。中国の福建省や広東省などから、出稼ぎのために多くの人が海を渡り、港湾などで肉体労働に従事した。楊さんのルーツは広西チワン族自治区だ。そんな人々が故郷の食文化とマレーの食材を組み合わせ、栄養食として編み出した、バクテーはいわば「移民料理」なのだ。マレー中華の醤油を使った濃厚な福建面もそのひとつ。豆板醤や砂糖、さらにカレーリーフを加えた自家製ソースで炒める马来西亚味炒虾も同様だろう。

バクテーはまさに「移民の街」新大久保を象徴する料理といえるのだ。

店がある通り一本に、アジアのさまざまな食文化が詰まっている。

南洋叔叔肉骨茶(ナンヤンシュウシュウバクテー)
住所:東京都新宿区百人町1-10-10 新大久保KmビルB1 /営業時間:8:00~22:00LO(平日は~22:00頃閉店の場合も)/定休日:無/アクセス:JR山手線新大久保駅から徒歩1分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年6月号より

室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『カレー移民の謎』(集英社新書)。

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