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秋田『居酒屋めぐろ』でよろしく旅愁。馬刺しにイカ刺し、旅の終わりはやっぱり酒場!

さんたつ

【酒場ナビ】秋田「めぐろ」

旅の終わりは、独特な寂しさがある。旅の最中は天気がずっとよかったな、あのお城は立派だったな。街の人には親切にしてもらったし、ご当地グルメも全部おいしかったな……。

ほんの少しの滞在時間なのに、その街への愛着が生まれ、帰りの電車に乗るために駅へと向かうときは、何とも言えない旅愁に浸る。この気持ちをごまかすためには、あそこへ行くしかない。旅の終わりに立ち寄る場所、もちろん酒場だ。

年に1回は地元の秋田に帰るのだが、今回は秋田以外に青森県の弘前にも訪れ、いつもより旅感は満載だった。そんな旅を締めくくる酒場を探しながら秋田駅前周辺を歩いていると、懐かしい酒場があった。

今や大人気店で予約も困難な『永楽食堂』だ。建て替える前に訪れて、謎の美女と相席になったことを記事にもしたが、あの子は何をしているのだろう。

こちらもまだ酒場ナビを始めたばかりの頃に記事にもした『おひとりさま』だ。愛嬌のあるマスターが印象的だったが……そういえば、2023年には秋田豪雨でここら辺も大変な被害があったと聞いた。元々の外観が崩れそうだった……いや、失礼。見た感じだと、問題なさそうなのでよかった。また、近いうちに訪れよう。

その酒場の斜め向かいにあったのが『めぐろ』である。民芸風の外観には、秋田の銘酒「高清水」と記された提灯がぶら下がり、色褪(あ)せた木板には筆文字で「めぐろ」と大書されている。網のれんの隙間から店の蛍光灯が静かに漏れている……この感じ、ピンときた。ここをこの旅の締めくくりとしよう。段差のある入り口を上り、引き戸を引いた。

「あい、いらっしゃいませー」

おほっ、これまたいい内観。奥に長細く延びた店内は、中央にカウンター、手前にテーブルと奥に小上りがある。古すぎず新しすぎず、地方都市にある小さな大衆酒場のそれは、すでに居心地のよさを醸し出している。

カウンターの真ん中に酒座を決めて、まずは旅の最後を労う酒、瓶ビールをいただこう。

「ハイハイハイハイ」と、私にコップを持たせるとビールを注いでくれる女将さん。この「まぁまぁ、一杯飲(や)って頂戴な」という威勢がうれしい。

ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、すったげ(とても)うめぇ~ど~い! ビールもグラスも、めちゃくちゃ冷えていてウマい。旅の最後にふさわしい1杯に、心の中で拍手だ。

何も言わずにやってきたのが煮込み豆腐の突き出しだ。突き出し……にしては器がデカい、丼くらいある。甘じょっぱい香りにたまらず豆腐をすする……ウマい。

よく汁がしみ込んだ絹豆腐は口に入れるととろけ、“秋田っぽい”醤油ベースの汁がたまらない。たまに突き出しの完成度が高すぎておかわりをしたくなることがるが、まさにこれがそうだ。

続いてやてきたのが「レバ・つくね・カワ・カシラ」のブラザーズ。全部タレでお願いしたはずだったが、全部塩でやってきた。だが、そんなことを言うのは野暮。よく火の通ったレバは塩がちょうどよく効いて、つくねはムッチリと肉々しくジューシー。カワはカリカリで香ばしく仕上がり、カシラはステーキのように肉厚でこれも塩がよく効いていて申し分ない。なるほど、タレではなく塩で食べることが思し召しだったのだろう。

「へばまず、帰るは」

「なしてや?」

「帰って、雪かきさねばね!」

「今日は、早えがったすが?」

あちこちから、耳になじむ秋田弁が聞こえてくる。先日訪れた弘前と比べると、なにも難しくない。「今日は、早えがったすが?」なんて、子供の頃によく耳にした大人同士の会話だ。「仕事はもう終わったのかい?」という意味だが、さりげない挨拶のような意味合いが大きい。やっぱり秋田市の方言が私の言葉だ。

単品で頼んだ「馬刺し・イカ刺し」は、立派な大皿に美しく盛られてやってきた。血色のいい馬刺しは見るからに新鮮で、その反対色の鈍く白色に輝くイカ刺しも明らかにウマいやつだ。大葉とレモン、派手なピンク色の海藻の装飾が食欲を盛り上げる。まずは馬肉からだ。

秋田の濃い目の醤油に、滋味深い生肉が相まみえる。歯と歯の間から、肉の旨味がギュッと押し出されるような触感がたまらない。秋田は意外と「馬肉国」だと知ったのは最近だが、これだけ質のいい馬肉なら納得だ。

さらに「イカの国」でもある秋田は、イカ刺しがとにかくウマい。とくにこんな少しくすんだ白色のイカ刺しが当たりだ。肉厚なところのブツンッとした歯ごたえが最高で、噛めば噛むほどネットリとしたイカの旨味があふれてくるのだ。たまに、私はイカ刺しを食べに毎年秋田に帰ってきてるんじゃないかと思う。

「お兄さん、出張で来だの?」

「いえ……帰郷で来ました」

さげないマスターの問いだが、私の雰囲気がすでに秋田感がないということ……秋田の人間じゃなくなってるという寂しさを噛みしめる。

「そうかい、忙しねぇ」

「そんなこと、ないですよー」

マスターが言った「忙しねぇ」が、なんだかキュンとくる。ふと、カウンターの片隅をみると車の模型が飾ってある。適当に置いているというよりは、しっかりと飾っている。

「マスター、車が好きなんですか?」

「好きなんて、そんなもんでなく……」

車好きはもちろん、ミニカーも大好きだというマスター。私は車のことはサッパリだが、それでもマスターは丁寧に車の魅力を熱弁してくれる。

車といえば、実家の隣に住む叔父が「俺の車にヒョウが直撃したんだ!」と発狂していたのを思い出した。ヒョウと言ってもチーターとかそっちの方ではなく、雹(ヒョウ)だ。私や叔父の家がある地域は豪雨被害(2023年)はほぼなかったらしいが、最近になってとてつもない雹被害があったという。マスター並みに車愛のある叔父の車に、その雹が直撃してボンネットに傷ができたと顔を真っ赤にして言っていたのだ。ただ、実際に車を見てみると、直径1㎜もない傷があるだけ。被害と言えば被害だが……いや、車好きにとっては大被害なのだろう。

「秋田の3月って、こんな雪降りましたっけ?」

「普段はもっと降る。これでも今年は降らない方」

秋田へ訪れた数日間はほとんど雪だったが、マスターからしたらなんてことない降雪量だという。こういうところも、もはや秋田の人間とは呼べなくなっている証拠なのだと、また寂しい気持ちになる。

さて……地元の東京に、戻りますか。

「あと一段まできたら、浸水しでだ」

帰り際に、マスターがさりげなく仰る。秋田洪水、店の前の階段のあと一段まできたら浸水していたという。それを笑いながら言うので、安心感しかない。

豪雨にしろヒョウにしろ、なにしろ見慣れた故郷の光景で酒が飲めてよかった。

『居酒屋めぐろ』

住所: 秋田県秋田市中通4-15-9
TEL: 018-831-6668
※文章や写真は筆者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

酒場ナビ
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