「社員よりAIを守る国、アメリカ」Z世代のMLエンジニアonoderaが見た“AIの国”の働き方
「AIが仕事を奪う」と騒がれている日本。
しかしアメリカでは、その先の段階……AIが人を選別する社会がすでに始まっている。
ニューヨーク・マンハッタンでフリーのMLエンジニアとして働くonoderaさん(26歳)は、その急速な変化を肌で感じている一人だ。
目次
増える残業。ついていけない人から切られるアメリカは社員よりAIを守る国就職難、年収低下が厳しさを増している不況でも安定志向にならないアメリカのZ世代「縁の下の力持ち」はいらない。 アメリカで評価されるのは、見える成果アピールしない=何もしてない人イーロンになりたい国、アメリカ失敗しない人より、挑戦する人が強い アメリカで評価されるエンジニア像AI時代、働き方は“意味”から“戦略”へ Z世代エンジニアのリアルな価値観
増える残業。ついていけない人から切られる
「ここ1〜2年で、働き方の空気が変わった印象です。周りの会社員は朝9時に出社して、帰るのが21時くらい。若手もベテランも関係なく、毎日3〜4時間は残業するのが普通になっています」
そう語るのは、日本では『小野寺ポプコ』という名前でアイドル活動をしていたこともあるonoderaさんだ。アイドル活動に終止符を打ったあとは早稲田大学からUCバークレーへ進学。修了後は金融系企業で機械学習エンジニアとして勤務した後、フリーランスへ転身。現在もMLエンジニアをしながら、アメリカの働き方の変化を目の当たりにしている。
米国の金融系企業で会社員として働く頃のonoderaさん(ご本人のXより)
「特にGAFAMに勤務している知人に聞くと、仕事のペースについていけない人から順にリストラされていくような状況ですね。周りが残業しているなら、自分もしないとクビになる。そんな空気があります」
実際、米国企業全体でみると2025年だけでも約95万人が職を失い、その数字は前年から約5割増という深刻な水準に達している。
背景には景気悪化もあるが、AIの導入によるコスト削減が企業の判断を大きく後押ししているのが実情だ。
「AIを使えば『このくらいはできて当然』『今まで以上の成果を出せるはずだ』という期待値や求められる仕事量がまるで別物になりました。
特にテック企業は時間に厳しいですね。GAFAMで働く友人いわく、最近はマネジャーから『今日は何の作業をした?どこまでできた?』と毎日進捗を確認されるそうです」
つい先日のことだ。Metaの社内メモで「2026年からAI driven impact(AIによる成果)を評価対象にする」と示したと報じられた。
Meta、2026年からAIによるインパクトに基づいて従業員の評価を開始businessinsider.com
AIで効率化したなら「もっとできるはずだよね?」というマネジメントが当然になる。これがアメリカの現実だ。
アメリカは社員よりAIを守る国
「アメリカは企業の倫理観や社員への配慮が、日本よりずっと弱いと感じます。日本では『会社が社員を守る』という価値観が一定あると思いますが、アメリカは違う。『AIでできるなら、人はいらない』と判断するスピードがすごく速いです」
この価値観の違いをonoderaさんは「アメリカは社員ではなくAIを守る国」と表現する。
AIは投資。
人件費はコスト。
その線引きが極めてはっきりしている米国では、「AI導入で成果が出れば、担当者を即日レイオフ」となるケースも珍しくない。
就職難、年収低下が厳しさを増している
AIが職場の基準を引き上げたことで、就職環境も年々厳しさを増しているとonoderaさんは話す。
「私が就職活動をしていた2024年も『就職が難しくなった』と言われていましたが、今年はさらに厳しくなっている印象です。私は機械学習専攻だったのでまだニーズはありますが、それでも入社後の平均年収は数年前より確実に下がっています」
不況でも安定志向にならないアメリカのZ世代
注目したいのは、こうした厳しい採用市況にも関わらず、アメリカの若手は必ずしも安定を求めないことだ。
「不景気になると日本では大企業志向が強まると思いますが、アメリカは逆。景気が悪いからこそ、『今ある大企業には頼れない』という意識があって、スタートアップに挑戦する人が多いです」
レイオフを繰り返す大企業を見て育った米国Z世代の多くは、「大企業にいれば安泰」という価値観を最初から持っていないわけだ。
そして何より、転職と独立が「普通の行為」である社会性も大きい。
履歴書に転職回数は響かないし、「辞める=悪いこと」という文化がない。複業、フリーランス、独立が日本以上に珍しくもない。アメリカの若者にとって、安定とは会社に依存しない状態なのだろう。
「縁の下の力持ち」はいらない。
アメリカで評価されるのは、見える成果
AIの進化で仕事量と競争が激化するアメリカでは、評価のスタイルも日本とはまるで違う。
その象徴が、「縁の下の力持ち」という概念の不在だ。
「日本だと『あの人は裏で支えてくれた』と評価されたりしますよね。でもアメリカでは、『縁の下の力持ちになってはいけない』と上司からよく言われました」
では、アメリカで評価されるのはどんな人なのか。
答えはシンプルだ。
「自分の成果を、ちゃんと言葉にできる人」
アピールしない=何もしてない人
アメリカでは会議中に何も発言しないと「できない人というレッテルが貼られる」と言っても過言ではない。
onoderaさんは当初、この文化に戸惑ったという。
「アメリカでは、自己発信こそ仕事の一部なんです。自分が何を成し遂げたかは、やっただけでは伝わらない。だからこそ、どんな役割を果たし、会社にどう貢献したかを言葉にして示す必要があります。
私も最初は苦手でしたが、黙っていると何も考えていない人だと思われてしまう。それが嫌で少しずつ挑戦していたら、自然と成果をちゃんと見せることも仕事と考えられるようになっていきました」
とはいえ、ここで重要なのは、ただ自己主張すればいいわけではないことだ。
アメリカで高く評価されるのは、自分の成果を会社の価値に結びつけ、「周囲を巻き込んで動かせる人」ともonoderaさんは付け加える。
「自分がどれだけ会社に貢献したのか。プロジェクトが会社や社会にどんな意味を持つのか。そのストーリーを語れる人が頼れる人として認知され、評価されます」
イーロンになりたい国、アメリカ
アメリカで働く若手エンジニアを見ていると、日本ではあまり聞かない“共通の目線”に気付く。
それは、キャリアの中心に「世界へのインパクト」を置いていることだ。
「どれだけ世界に影響を与えられるか。そういう視点でキャリアを考える人は本当に多いです」
onoderaさんの周囲でも、これはごく自然な価値観として共有されているという。背景には、アメリカの大学が掲げるグローバルリーダー育成という教育方針がある。学生たちはその環境で4年間を過ごすため、若い世代ほど“世界規模”で物事を捉える癖が強く根付く。
「日本では、大企業で出世することが成功とされがちですよね。でもアメリカでは、むしろスタートアップで成功することのほうが評価されます」
その象徴が、イーロン・マスクだ。
SpaceX、Tesla、X(旧Twitter)など複数の会社を同時に動かし、世界中を巻き込みながらイノベーションを推し進める姿は、アメリカの若者にとって圧倒的なロールモデルだ。
「バークレー時代の友人にも『自分の会社を持ちたい』『イーロンになりたい』という人がたくさんいました」
イーロンの会社に入りたいのではなく、イーロンになりたい。
この小さくて大きな違いに、価値観の本質が現れている。
失敗しない人より、挑戦する人が強い
アメリカで評価されるエンジニア像
こうした価値観は、評価制度にも色濃く反映されている。
「日本の企業は正確さや慎重さを重んじる印象ですが、アメリカではやってみることが何よりも推奨されます。完璧さよりもスピード優先。100点を一度出す人より、同じ期間で70点を3回出す人の方が評価されます」
挑戦する姿勢が評価されるのがアメリカ企業の文化だ。失敗しても、誰もやったことのない試みであれば責められない。AI開発の高速サイクルとも相性が良く、スピード重視の人ほど次のプロジェクトを任されていく。
日本の「失敗しない=優秀」という文脈とは、根本から異なる価値観である。
AI時代、働き方は“意味”から“戦略”へ
Z世代エンジニアのリアルな価値観
では、そんな環境の中で onodera さん自身はどんなキャリア観を持っているのだろうか。
「今の暮らしにそれなりに満足していますし、早起きして出社するのが本当に苦手で……。午後に起きて夜に働く生活の方が合っているんです」
彼女が重視するのは、「自分のニーズに合わせて働けること」と「仕事のストレスに縛られず、毎日を幸せだと思える状態でいること」。
将来がどうなるか分からないからこそ、仕事のためにプライベートを犠牲にする生き方は避けたいと考えている。
周囲にイーロンになりたいと語る若者が多い中で、彼女はより現実的だ。働き方を「生存戦略」としてとらえているのだ。
「AIがAIを作る未来になりますからね。MLエンジニアの需要も減っていくと思います。だから稼げるうちに稼いで、FIREしたいんですよ。働かずに生きられれば、それでいいじゃないですか。もちろん、いつか自分の趣味をキャリアにできたら理想ですけどね」
その言葉は、一見すると夢がないように聞こえる。だが、職の寿命が短くなり、働く意味が揺らぐこのAI時代においては、むしろ率直で、現実に即した考え方なのかもしれない。
仕事の意味を探すのではなく、生き残る戦略を磨く。
それが、AIが職場を選別し始めたアメリカで、Z世代のエンジニアが見出した答えだ。
では、日本で働く私たちはどうだろう。
AIがAIを作る未来を前提にしたとき、あなたはどんな戦略で働き方を選ぶだろうか。
写真/ご本人提供 編集/玉城智子(編集部)