琵琶湖水系でしか出会えない<ニシシマドジョウ>? 他地域とは異なる斑紋
日本最大の湖、琵琶湖。その周辺には、在来魚だけでも67の種(もしくは亜種)の魚が生息するとされています。
とくにコイ目魚類の多様性がすばらしく、コイ科やドジョウ科の中には他地域では見ることができないような種も多く含まれています。
その中で筆者が出会った、琵琶湖水系でしか出会えないユニークな魚のひとつがニシシマドジョウです。
「ニシシマドジョウ」というくくりだと、「琵琶湖固有種」ではないのですが、琵琶湖のニシシマドジョウは他地域とは大きく異なる斑紋を持っています。今回は琵琶湖で採集したニシシマドジョウについてご紹介します。
琵琶湖のニシシマドジョウ
筆者は2017年に琵琶湖を訪問、琵琶湖の湖岸で魚を採集していました。狙いはシマドジョウ属の一種であるオオガタスジシマドジョウという種です。
オオガタスジシマドジョウは名前に「オオガタ」とあり、学名Cobitis magnostriataの種小名も「偉大なスジシマドジョウ」の意味を示すように日本産のスジシマドジョウ類の中で最大になり、全長10センチを超える種で、体側を走る黒い縦帯と細長いボディ、尾鰭の模様が格好いい種類です。
しかし、オオガタスジシマドジョウを探しているうちに、私の網に入ったのは、体側に小さな楕円形斑の列をもつ奇妙なシマドジョウ属の魚でした。
一瞬「オオシマドジョウ」と思ったのですが、書籍『日本のドジョウ』を用いた同定では、ニシシマドジョウの琵琶湖産の個体群であることがわかりました。
このニシシマドジョウと、私が採集したほかの数匹の魚を慎重に自宅に持ち帰りしました。
ニシシマドジョウとは
ニシシマドジョウは、本州の静岡県・富山県から滋賀県、山陰地方に生息するドジョウ科・シマドジョウ属の魚です。
従来は「シマドジョウ」としてほかの種(オオシマドジョウなど)とひとくくりにされていたものですが、2012年に標準和名がつきました。ただし、この標準和名の提唱においては種の記載は伴っておらず、したがって、まだ学名はついていません。
なお、従来シマドジョウの学名は「Cobitis biwae」とされましたが、この標準和名の提唱の際に、種の標準和名としての「シマドジョウ」という名称は破棄されることになりました。
またCobitis biwaeとして記載された種については、オオシマドジョウに該当する可能性が高いとされているのですが、学名の確定についてはさらなる研究が必要とのことです。
琵琶湖のニシシマドジョウにある奇妙な斑紋
今回採集したシマドジョウ属の魚は、筆者の手持ちの図鑑『日本のドジョウ 形態・生態・文化と図鑑』を参考にし、「ニシシマドジョウ」と同定しましたが、この琵琶湖のニシシマドジョウは、筆者にとってなじみの深い、静岡県のニシシマドジョウとは異なる斑紋を有していました。
体側の斑紋
かつて静岡県で採集したニシシマドジョウの体側の斑紋は、小さな黒い点が並び、後方に少しだけ楕円形斑がある、というものでした。
一方、琵琶湖で採集したニシシマドジョウの体側にある斑点は大きく、まるで新幹線の窓が並んでいるように見えました。『日本のドジョウ』の中では「数珠状」という表現を使っています。
ただし、静岡県で採集したニシシマドジョウの斑紋も変異が大きいようで、縦に細長い斑紋をもつような個体もいます。
尾鰭付け根の斑紋
静岡県産のニシシマドジョウと琵琶湖産のニシシマドジョウは、尾鰭付け根の斑紋も異なっていました。静岡県産のニシシマドジョウは尾鰭付け根の斑紋のうち上方が明瞭、下方が不明瞭になっています。
一方琵琶湖で採集したニシシマドジョウの尾鰭付け根の斑紋は、上・下ともに明瞭で濃く、かつそれがよく接しているという特徴がありました。これはオオシマドジョウによく似ている特徴です。
琵琶湖周辺の地域においては、ニシシマドジョウとオオシマドジョウの分布域が複雑に入りくんでいるとされており、日本産淡水魚の分布の歴史や種の分化を考える上では、この2種の存在は極めて重要です。
琵琶湖のニシシマドジョウを守るには
ニシシマドジョウは琵琶湖のほか、北陸地方、東海地方、山陰地方に生息しています。そしてそれらの地域でそれぞれ独特の模様をしています。
これらは、将来的にそれぞれ別種となるのかもしれません。そうなってしまうと、同じニシシマドジョウを放流したつもりでも、別の種を放流していることになります。そうなると交雑や子孫が残せないなどの問題も起こりえます。
さらに、飼育したニシシマドジョウを採集した場所と同じ河川に放流することについても問題があります。例えば、別の河川の魚と一緒に飼育していた場合、別の河川に生息していた寄生虫や病気が、ニシシマドジョウが放された川に広がってしまうかもしれないからです。
ですから、採集したニシシマドジョウは、採集した場所であっても河川に放してはいけないのです。もちろんこれはニシシマドジョウだけでなく、すべての魚に言えることです。
またニシシマドジョウは、琵琶湖やその周辺の個体群についてはとくに絶滅が心配されるような状況ではないのですが、それでも乱獲などが起こると生態系のバランスが崩れてしまう可能性があります。採集は必要最小限に留めるべきで、乱獲を招くおそれがある観賞魚店での購入も避けたほうが賢明でしょう。
上記のことに気を付けながら、あなたも琵琶湖へお出かけして、ニシシマドジョウに出会ってみませんか。そして気に入ったら持ち帰って飼育してみてもよいでしょう。
飼育はしやすく、60センチ水槽に川砂をやや厚めに敷き、上部ろ過槽、投げ込みろ過槽、水中ポンプ付ろ過槽などで水槽内に酸素がいきわたるようなろ過装置を使用し、餌も配合飼料や野菜類などを与えれば何年も生きてくれます。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
藤岡康弘・川瀬成吾・田畑諒一 編. 2024. 琵琶湖の魚類図鑑.サンライズ出版.彦根.
中島 淳・洲澤 譲・清水考昭・斎藤憲治.2012.日本産シマドジョウ属魚類の標準和名の提唱.魚類学雑誌,59(1):86?95
中島 淳・内山りゅう.2017.日本のドジョウ 形態・生態・文化と図鑑. 山と渓谷社.東京.