そらる 『ユメトキ』の楽曲とボイスドラマで丁寧に紡いだふたりの物語ーー2部構成で届けたツアー・東京公演をレポート
SORARU LIVE TOUR 2025 -ユメユイ-
2025.5.3 東京ガーデンシアター
そらるが『SORARU LIVE TOUR 2025 -ユメユイ-』と題した東名阪ツアーを2025年5月に開催。2月にリリースされた6thアルバム『ユメトキ』に収録の12編が紡ぐ“解けた夢を結い直すふたりの物語”は、儚くも美しく、エモーショナルな輝きを放っていた。ここでは、東京・東京ガーデンシアターで5月2日と3日に行われた2デイズ公演のうち2日目の模様をお伝えする。
“何者かになる”夢を胸に抱き都会にやってきたものの、理想と現実とのギャップに心身ともに摩耗し、後悔に苛まれながら静かな海辺のバス停でたたずむ青年。自分はなんでもできる、なんにだってなれる、と無邪気に信じていた子ども時代を虚しく振り返り、「今の僕は錆びついて朽ち果てるのを待つだけのバス停みたいなものだ」と自嘲し行き場を失くした彼の「こんなはずじゃなかったのに……」という言葉で終わったオープニングムービーがあけ、淡い紫色のライトがいくつも点滅するステージ。幻想感漂うそこはきっと、彼が逃げ込んだ夢の世界なのだろう。すると、ライブのキービジュアルとリンクする天からの使いのような白衣装に身を包んだそらるが、後光差すステージ上段に登場。階段を下りながら「今日は楽しい日にしよう。よろしく!」と挨拶して、『ユメトキ』の1曲目を飾る「逃避郷」へ。盟友・まふまふの作曲による軽快なポップロックではあるけれど、夢見る人の葛藤や苦しみ、孤独をはらんだ歌声と言葉たちが胸をチクリと刺す。
ふくよかな響きのギターストロークで始まる「ユメマドイ」は、<錆びたバス停一つ>から広がるドリーミーな物語。いつか“君”が連れ出してくれることを夢想する<私>を描くそらるの美声は、とても柔らかで耳に心地いい。
その後のボイスドラマでは、「逃避郷」の<僕>であろう“トウキ”と、「ユメマドイ」の<私>であろう“ユイ”、ふたりが海辺のバス停で邂逅。「僕と一緒にどこかへ行こうよ。僕の手を握って、目を瞑ってもらっていい?」というトウキの提案にユイが応じて、「ツギハギの翼」へ。手を取り合って一歩を踏み出したトウキとユイ、ふたりの物語が始まったのだ。ステージを右に左に移動しながら歌うそらるが間奏で高く手を挙げ笑顔を見せれば、オーディエンスもペンライトを振ったり大歓声で応えたり、ライブならではの高揚に拍車がかかっていく。
冒頭のスキャットから心を掴まれたのは、<人の悲しみ貪る怪物>と<君>が奇跡を起こす「空腹の怪物」。近未来SFの短編小説を想起させる世界観、それを視覚的補完するようなライティングも印象的だった「レヴェノイド」。想像以上にライブ映えする曲たちに、ただただ圧倒されるばかりだ。
トウキと出会い生きる意味と歓びを知ったユイのモノローグに続いたのは、「不完全ワンダーランド」。そらるのパワフルな歌声と過激ともいえる歌詞の言葉たち、骨太なバンドサウンドによって、ふたりが迷いこんだ魔訶不思議な世界の不穏さと混沌ぶりが露呈する。哀しみ色に満ちたドラマティックな「滂沱に咲く」にしても、夜の街を舞台にしたダンサブルな「アンチポップドール」にしても、音楽や物語はどんな世界にもいざなってくれる魔法のようなものだな、とあらためて感じたりもした。
いい夢を見ることですっかり仕事もプライベートも充実した日々を過ごすトウキ。現実世界ではユイの存在を忘れてしまっている彼が、なにか大事なことを忘れている気がするという違和感を抱くモノローグに続いたのは、事故によって昏睡状態に陥っているユイを見守る母親と医師の会話。ユイが時折笑顔になっているように見えるのは、回復の兆しなのだろうか……。
ステージ上段からゆっくり階段を下り、客席を見渡しながらそらるが歌ったのは「虹の三叉路」。大胆な曲展開を自由に行き来する歌声、虹色のライティングがもたらしてくれるのは、希望だ。
『ユメトキ』制作において最初に産声を上げたという壮大なロックナンバー「オーロラ」では、圧巻のハイトーンに息を呑んだり、<次はどこへ行こう 君と>というフレーズにトウキとユイの絆のみならずそらるのリスナーに対する信頼と約束を感じたり。太陽と地球の奇跡のコラボレーションであるオーロラのごとく、そらるとリスナーが一緒になって生み出す光景は感動的だ、とまたしても思う。
再び出会ったトウキとユイ。たくさんの世界を共に旅してきたこと、そこが夢の中であることを全部思い出しユイに感謝するトウキだったが、別れの時が近づいていた。
マイクスタンドを握りしめながら、ひとつひとつの言葉を大事に、<君>を想って歌った「泡沫の備忘録」。ユイに対してトウキが誓った<何度だって僕が迎えに行く>という言葉、そこにありったけの感情をのせたそらるの歌声が胸を打つ。
絡まり合っていた夢が解けてしまったのか、何度眠りについてもユイに出会うことができなくなり、ついには二度目の雪が降る季節を迎えたトウキ。夢の中でも現実の世界でもユイを探し続ける彼は、ユイのおかげで諦めの悪い希望を捨てられない人間になっていた。
静かに語りかけるように歌いだしたのは、「ユメトキ」だ。曲中、そらるが客席に背を向け、はさみ込まれたのは古びたバス停でトウキとユイが再会するボイスドラマ。<解けた夢結い直して歩いていく>ふたりは、お互い<君のいない世界>に戻ることはもうない。ふたりの純心が手繰り寄せた尊いエンドに、大きな大きな拍手が送られた。
MCはなく、『ユメトキ』の楽曲とボイスドラマでトウキとユイの物語を丁寧に紡いだ第1部。“継続夢”をテーマに全作詞を手掛けた『ユメトキ』の色彩豊かな12編と緻密で濃密なライブ構成ににじんだのは、活動を重ねても瑞々しく繊細な感性や純度の高さを失わないそらるの作家性と、巧みなストーリーテリングだ。名作映画を観たかのような没入感と充足感がそこにはあった。
黒い衣装に着替えて登場した第2部は、ラフなトークからスタート。「2部構成でボイスドラマをはさんでの第1部は不安もあって。でも、昨日の公演後にみんなから感想をもらって今日は安心してステージに立てています」「自分のライブだけど語り部である自分は部外者だったりするので、今回のライブに向けてはいろいろ試行錯誤もしました」と胸の内を明かしたそらる。「ここからはカバーを中心に歌わせていただければ」と前置きして「オーバーライド」で勢いづくと、オノマトペ的フレーズやファルセットも中毒性が高い「モニタリング」へ。かと思えば、バラード「she」では切なさたたえた歌が際立って、第2部もやっぱり情緒が忙しいし、相変わらず話しているときと歌っているときのギャップが大きい。
自ら運んできた椅子に腰かけての再びのトークタイムでは、バンドメンバーを紹介したあと、「今日なに食べた?って……そんなに俺の食べたもの気になる?」と言いつつもこの日は本編の合間にステージ袖でチキンをつまんでいたことを告白。「アルバムでお気に入りの曲は?」という質問が飛ぶと、「自分はなんだかんだ「ユメトキ」とか「泡沫の備忘録」かな」と返して『ユメトキ』への思い入れも言葉にしつつ、衣装やヘアセットにも触れながらオーディエンスとのキャッチボールも存分に楽しんでいた。
「ライブ告知配信のときに募ったリクエスト曲を用意してあるので……苦情は受け付けません!(笑)」と告げ、タイトルコールで大歓声が上がったのは激重で狂気的なある意味でのラブソング「プロポーズ」。煮詰めた鬱屈の中で必死にもがきながら叫びのようなロングトーンに至る「文学少年の憂鬱」といい、リスペクトをもって自分色に染め上げていくカバー曲たちは、どれも鮮烈だ。
オーディエンスとの記念撮影をはさみ、「みんなのおかげでこのあとの公演も自信をもって臨めそうです。今日は楽しかった、ありがとうございます」と笑顔で挨拶して、「ユーリカ」へ。大きく手を振るそらるにつられて、ペンライトを大きく振るオーディエンス。ラストを飾った、ユニット・After the Rainの“相方”でもあるまふまふが作詞・作曲した「テレストリアル」にしても然り、そこには幸せな一体感があった。
活動開始から17年、表現者として絶えず挑戦し続けるそらる。次にどんな物語を描きどんな扉を開くのか、ますます楽しみになってしまったライブである。なお、この日の模様は『ABEMA PPV』にて7月25日19時より配信されるとのこと。
文=杉江優花
撮影=笠原 千聖、加藤 千絵、市川智也