Yahoo! JAPAN

クマ事故の理由を体感…人のすぐ近くにいる「クマ」に気づけますか? 札幌で10年以上続く対策

Sitakke

Sitakke

8月9日、札幌市内の河川敷です。

生い茂る草やぶの中に、何人かの人がいるのは見えると思います。
では、そのすぐ近くにいる「クマ」は、見えるでしょうか。

中央の、ピンク色のテープが巻かれた白い木のあたりに、体長1.3メートルほどのクマの等身大パネルが置いてあるのですが、肉眼でも角度を変えてもまったく見えませんでした。

ここに、なぜクマとの事故が起きるのか、その理由の一つが隠れています。
ここにいる人たちは、その理由を取り除き、クマの住宅地への侵入を防ぐために集まりました。

悲しい事故が相次ぐ今、10年以上前から地道な対策を続けている地域を通して、できることを考えます。

連載「クマさん、ここまでよ」

すぐ近くにリスクがある

札幌市南区の石山地区。2013年に地域でクマが出没し、その翌年から毎年、住民らが集まり、勉強会とクマ対策の実践を続けています。ことしで12年目です。

ことしの勉強会では、クマを研究する酪農学園大学の学生が、基本的な生態や人との問題が起きやすい時期についてレクチャーをしました。

冒頭で触れたのは、先月、福島町で起きた人身事故です。新聞配達員の男性が、クマに襲われて死亡しました。現場は、歩いて5分ほどの距離に小学校もある住宅地。近くに住む人が、男性がクマに草やぶの方向へ引きずられていくのを目撃していました。

勉強会で、学生は「先ほどみなさんが河川敷にいたときも、クマの等身大パネルが隠れていることに気づいた方は少なかったのではないでしょうか。私も気づきませんでした」と語りかけました。

石山地区の豊平川河川敷。ランニングや散歩をする人も多い。左手のガードレールの向こう側に緑が生い茂り、奥に川が流れている

クマは背の高い草に身を隠して移動することを好みます。みどり豊かな北海道では、住宅地にも多くの草やぶがつながっていて、「クマの通り道」ができてしまっています。

気づかないうちに、クマがすぐ近くにいる…そんなリスクのある場所が、多くあるのです。

近所に草やぶはあっても、クマが隠れられるほどではない…と思うかもしれませんが、こちらは住宅地でよく目撃される平均的な若いオスのクマの大きさで作った等身大パネルです。

鼻先からお尻まで130センチ、足もとから肩まで、およそ90センチ。小学生の身長ほどの高さの草があれば、全身が隠れることになります。

福島町では事故の前から、目が合うと近づいてくるクマが目撃され、荒らされたごみ箱も見つかるなど、「問題個体」とされるクマが確認されていました。そうしたクマは行動が変わってくるため、個人の対策では足りず、行政の速やかな対処が必要です。

一方で、本来は人を避けているクマであっても、草やぶを移動して気づかないうちに人と近づいてしまうと、自分を守るために人を攻撃することがあります。

クマの通り道を遮る「草刈り」

こうしたリスクを減らすために、石山地区では、河川敷の草刈りを行っています。

集まったのは、地域住民や学生、札幌市の職員などおよそ60人。初参加の人や、ほかの地域の人も快く受け入れるため、毎年多くの人でにぎわいます。

札幌市が鎌やハサミ、軍手など道具を用意しているので、初めてでも気軽に参加できます。もちろん、草刈り機を持っているベテランチームも大活躍です。

草刈り開始前。通路側から見てみると、草が生い茂って川も見えませんし、奥にいる人も隠れてしまうほどです。

橋の上から見てみました。川まで、かなりの距離がありますが…この光景を見ると、どれだけかかるんだろうかと毎年不安になります。

しかし、草刈り開始からわずか30分後。

クマが顔を出しています!!
通路側から撮った写真ですが、体のほとんどが見えていて、すぐに気づくことができます。
「クマが身を隠せる通り道」を遮りました。

最初の写真をもう一度。見比べても、やはり草を刈る前ではクマを見つけられません。

途中で休憩を取りつつ、1時間ほど立てばこの通り。

遠くにいる人も足元まで見えます。すっかり見晴らしがよくなりました。

この10年で、道内各地でこれまで出没がなかった地域でも出没情報が相次ぐようになりました。
一方で、2013年にクマの出没があったこの場所では、草刈りを始めた2014年以降、ここを通ったクマは確認されていません。

見晴らしのよくなった河川敷で記念撮影

続く秘訣は?

10年以上続く秘訣は、「楽しい地域の恒例行事」だからです。

石山地区まちづくり協議会の副会長・寺田政男(てらだ・まさお)さんは、「毎年8月にやるってわかってるから、頼んでまわらなくても、『ことしは〇日だよね?』って具合に集まってくれる」と話します。「若い人にどう入ってもらうかが課題だけど、こないだ地域で焼肉やったときに知り合った若い人に声かけたら、きょうも来てくれたんだ」と笑顔で教えてくれました。

この日70歳の誕生日を迎えた住民は、20代の孫と一緒に参加。孫は「ちょっと草刈り手伝ってくれ」と言われて来てみたそう。クマ対策!と肩肘はらない地域の集まりなのです。

札幌市西区・円山西町の町内会長、有賀さんの姿もありました。以前の連載記事でご紹介しましたが、円山西町でも先月、ヒグマ勉強会をしていて、地域での対策に乗り出しています。

「最初はこんな範囲の草刈り、終わるのかな?!ってびっくりしたんですけど、みんなでやるとこんなにきれいになるんですね」と笑顔。

ザクザクと草を刈り、景色が開けていく感覚。みんなで一緒に汗をかき、結果が目に見える達成感があります。
(私はいつもハサミでやわらかめの草を刈る係でしたが、この日は「ナタ歴25年」だという大先輩に誘われて初めてのナタでの草刈りに挑戦。太い茎をバッサリ刈って、自分より背が高い草を取り除いていくのは爽快感がありました…)

草刈りと勉強会の後は、毎年ビンゴ大会やクイズ大会など地域住民による楽しい出しものがある。ビンゴは全員が当たるまで続く、平和な大会。寺田さんは「ビンゴ歴20年」だそう

寺田さんや、ほかの町内会の方々が、草刈りの休憩中に「いい汗かいてるな!」「終わったらビンゴあるから!」「うどん用意してるから!」と声をかけてくれ、和やかな雰囲気で進みます。

一緒に汗をかいた幅広い世代の参加者たちが、うどんを食べながら談笑していた

酪農学園大学の佐藤喜和教授は、参加者らに「元気なマチにはクマが寄ってこないと信じて続けている」と呼びかけていました。

草刈りをする佐藤教授

クマと人の距離が近づきすぎた今、「問題個体」のクマの予兆にすぐに気づき、速やかに対処する体制が求められています。法律の改正により9月から市街地での猟銃使用の基準が変わりますが、どうすれば人を避難させ安全に確実に発砲できるのかなど課題は多く、条件がそろったときしか発砲はできません。

緊急時に備えた国や自治体の対策が求められると同時に、そもそもクマを「問題個体」にしない取り組みも重要です。

クマが来づらいまちづくりに、地道に取り組む石山地区。
寺田さんは、「何かあったときだけではなくて、何もないときにも対策を続けていくことが大事なんだと思っている」と話していました。

連載「クマさん、ここまでよ」

文:Sitakke編集部IKU

※掲載の内容は記事執筆時(2025年8月)の情報に基づきます

【関連記事】

おすすめの記事