店主が健康を取り戻した経験から生みだされるパンは美味しくて元気の源になる【パン屋たね】(石川県・金沢市)
「リジェネラティブ・ベーカリー」シリーズvol.14
『環境再生型農業』を応援するパン作りをしているベーカリーをご紹介するシリーズ。
石川県金沢市にある「パン屋たね」の藤田賢一シェフにzoomで話をお聞きしました。
金沢駅からバスで20分ほどの住宅地にあり、2024年3月に19周年を迎えられた地元で愛されるベーカリー。
自家製酵母を使ったハード系のパンが人気です。
国産有機ライ麦ハンコックをつかうようになったきっかけは?
日本海側は太平洋側に比べ流通が弱いため希望の材料が必ず手に入るわけではなく、当初は問屋で扱っているドイツ産ライ麦を使用していました。
徐々に国産も手に入るようになり、1年ほど前にアグリシステム株式会社さんのハンコックを試してみたら今までのライ麦とキャラクターが違うんです。
明るくてやわらかくて生地を触っていても心地よく、ソフトな弾力をもった仕上がりになるんです。
今までのは暗くて静かで、でもそれが当たり前だと思っていました。
毎週来てくれるドイツ出身の方や海外に転勤経験のある方が当店のお客様にはいらして、その方たちが以前のライ麦のほうがいいと言ったら変えないようにしようと思っていたけれど、ハンコックに変えても反応は変わらず美味しいというものだったのでそれならば自分の使いたいアグリシステムさんの粉にしようと使い始めました。
お店で作るライ麦パンの比率、金沢地区で人気のパンの傾向は?
当店ではおよそ1割の商品にライ麦を使っています。
以前はベーグルにも使っていたけれどお客様がベーグルに求める味が変わってきたように感じて外しました。
現在は、
「ライ麦」
国産有機ライ麦ハンコック65%、国産小麦を35%、あとは塩と水だけで作ったパン。
基本的に土曜日のみの販売ですが、3日前までに注文があればお作りしています。
「たねパン」
ハンコックを20%、残りは国産小麦を数種類ブレンドしたものを使用。
このたねパンの生地を使ったパンが「クルミ」「ドライフルーツ」「ナッツとフルーツ」の3種類あります。
金沢全体では圧倒的に惣菜パンが人気です。ソフトで具沢山なものですね。
地方都市全般そうだと思います。
なので、うちみたいに惣菜系ほぼゼロで食事パンメインの店ではないお店が人気ですね(笑)
たねパンさんで人気のパンは健康に繋がるパン!
ふすまのパンが人気があります。
粉の味を味わいたい、麦の美味しさを感じたいというお客様がうちのお店には来てくださり、その方たちがこのパンを気に入られ、週末に10個まとめ買いされる方もいらっしゃいます。
あとは、「これを食べていると体調がいいから」と“健康のため”“生活に必要”と買ってくださいます。
全粒粉の食パンにしてもライ麦を使ったたねパンにしても、即座に腸活につながり実感してもらっているようです。
うちはこの茶色いパン達が強みで推しているし、お客様もそれを期待して買ってくださいます。
ライ麦好きな人はもっとガツンとライ麦の存在があってもいいと思われていて、最近は「ルブロ」というライ麦100%&サワー種で作るパンを作るシェフが増えているので、これから健康食としてもライ麦が市民権を得そうです。
いざ実食!
◆ライ麦
みっちり詰まった手触りと重さ。 赤みを帯びた生地からは甘さをも感じるライ麦の香り。
クラストはしっかりしているけれど唾液とあわさることでゆるりとほどけて甘みも広がります。
クラムは軽い酸味と甘みがあってベリーを思わせる風味。鼻から抜ける香りが高級な新茶のような爽やかさ。
他店のシェフが作ったハンコックのパンでは烏龍茶のような香りを感じたことも。
ずっと嗅いでいたい。
トーストすると酸味は感じなくなりバターとの相性もとてもいいです。
スープと一緒に簡単なランチにも、がっつり肉料理と赤ワインのディナーにも合いそうです。
◆たねパン
穀物の香ばしさを感じる香り。
クラストはかなりしっかり噛みしめるタイプで少し酸味もあるけれど 噛んでいくと甘みがでてきます。
クラムは加水多めでむちっとした食感。とても食べやすく日々のベースになるパン。
甘みや塩味が控えめでシンプルなのでいろんなものと相性が良さそう。
お店オススメの厚さ2㎝にスライスして、サンドイッチにして食べたらボリュームもあり美味しかったです。
◆全粒粉食パン
焼き色や形が絵本に出てくるような愛らしさ。
クラストはむぎっと引きがあり全粒粉なので香ばしさが強いですね。クラムはふんわふわで軽やか。
焼かずに食べた時とトーストした時と比べると私は圧倒的にトーストが気に入りました。
トーストすると気持ちいいほどのカリカリサクサク!
クラムはカリッからのスッと口の中から消えていく軽やかさ。
パンに余計な甘みがないので自宅にあったミルキーな有塩バターを塗って食べたら最高に美味!!
バターの味わいを引き立ててくれるので、このバタートーストを朝食に食べたら一日ご機嫌で過ごせそうです。
◆ドライフルーツ
外側にもフルーツが顔を覗かせるほどたっぷり使われています。
クランベリーの甘酸っぱさ、カレンツの酸味、りんごの甘み、柑橘ピールはしっとりと。
ベースに穀物の香ばしさがある生地だからフルーツをたっぷり使っても甘ったるくならないのです。
トーストして表面をカリッとさせたところにクリームチーズを塗っても美味しかったです。
◆ふすまパン
フォカッチャのような弾力があり、クラストが薄く引きもないので食べやすいです。
クラムはしっとりとして食べていると粉の甘みをじわじわ感じてきます。
トーストして少しクセのある栗の蜂蜜をかけるとふすまの風味を包み込んでさらに美味しかったです。
藤田シェフがパン職人になるきっかけは?
会社員だった頃、自宅から会社までスクーターで通っていた井の頭通り沿いにお店ができ、気になって立ち寄ったのが今でも富ヶ谷にある自家製酵母と国産小麦を使ったパン屋「ルヴァン」でした。
試しに買って食べてみたら酸っぱいし硬いし旨くはないなあと思いました(笑)。
その頃流行っていたのはチェーン店の甘くてやわらかいパン。
でも、月1ペースで会社帰りにコンプレ、カンパーニュ、クロワッサン、マフィンなどいろいろな商品を食べ続けたら美味しく感じてきて通う頻度が月2→週1と増え、思い出したらもう食べたくて仕方ない中毒状態に。
あるとき、車で仕事場まで行く際にどうにも具合が悪く、でも薬を飲む前に何か口にしなければと「ルヴァン」のチーズパンを食べながら現場に到着すると「あれ?ふらつかないし薬も飲まなくてもいいくらい元気だ!」と回復していました。
またその頃、体調を崩して2週間ほど入院生活を送り、退院時には食事制限もなくなり「食べたいものが食べられる!」と意気揚々と街に繰り出したものの何を見てもさほど食べたいと思えない自分に驚き、人間の生活に大事な『衣・食・住』の「食」に対する自分の根本が定まっていないことに気づきました。
この状況下で「ルヴァン」のパンを思いだしたのです。
『単にパンが好きなのではない、パンを作る人になりたいのだ』
『人に何かしらいい影響を与えられる人になりたい、与え続けるものを作りたい』
導かれるようにパン屋になることを決めました。
「ルヴァン」の甲田シェフの作るパンは前述のとおり最初の一口から「美味しい」とはならなかったのですが、その味に慣れてきた頃に気づいたのです。
あのパンは『語る』のだと。
食べるとはどういうことなのかを考えさせられるのです。
甲田さん自身は飄々として優しくて多くを語らない代わりにパンが語ってきます。
「ルヴァンに入りたい!入りたい!」とお店に通ったけれど人気店のため従業員は足りていると言われ撃沈。
諦められず会社を辞めてお店に通っていたら、当時店長だった中島孝一さんに「長野県に面白いレストランがあるからそこに行ってみたら?」と紹介されたのが長野県原村にある「カナディアンファーム」でした。
ここは中島さんがルヴァンに来る前に居候していたお店で、1982年の創業時から有機農法とサスティナブルな生活を目指していて、薪窯でパンを焼きハンバーグなどの料理も出しています。
オーナーの長谷川豊さん(通称ハセヤン)から「平日に若い男が仕事もせず何をブラブラしているんだ?」と聞かれここに来た経緯を説明すると「じゃあ、うちでパンを焼けばいいじゃん」と言われてそのまま住むことに。
「どれだけここで働く気?」との問いに「2年です!」と勘で言いましたが実際2年で焼けるようになり出身地の金沢へ戻りました。
1998年、今とは別の場所に「ラ・フィセル」という名前でパン屋を開店。
その後、2005年に今の場所に移転し「パン屋たね」として再オープン。
地元の皆さんに支えられ、今年の3月で19周年を迎えました。
店名の由来
いくつか意味があるのですが、
・パンはパン種(酵母)をちゃんと管理して膨らませて商品になっていくもの。“パンの種”が基本であること。
・今のお店の場所は当初は畑でした。紹介された時には更地でしたがいくつか候補地を見た時にこの土地だけ建物の姿が思い浮かんだのです。
7年テナントでやってきて得た成果、失敗なども含めた経験を一つの“種”にしてこの地に蒔くイメージが見えました。
・私の作るパンをお客様が家に持ち帰った時に家族皆で分かち合ったり、喧嘩していたとしてもパンが仲直りのきっかけになったり、パンを通じて私や接客を担当している妻がお客様と会話を楽しむ“種”になってくれるように。
などですね。
藤田シェフが目指すこれからのお店の在り方とは
まずは健康が一番!
57歳になった現在でも4:30~14:00までノンストップでパンを作り、30分の昼休憩を取った後はまた19:00か20:00まで働きます。
時間的、気持ち的に余裕のあるパン作りをしたいと思うようになり、商品を見直すことにしました。
和菓子屋的営業方法(通年販売商品に季節商品が数種)であれば省力化や効率化を図りながら利益も出せるのではと考えています。
その先は実現できるかはわかりませんが、窯を作ってシンプルな食事パンだけを焼き、その窯の余熱を使った料理も提供するカフェを開きたいですね。
今の世の中、スマホでなんでもできてしまい欲しいものは手に入るけれど、便利なこと、すべて揃っていることが幸せなのだろうか?
便利になって空いた時間にまた違う仕事をしたりしてやることを増やしていないでしょうか?
その時間、スマホを手から離してゆっくりとカフェでお茶の色を眺めたり会話を楽しんだり。
そんな場を提供できたらいいなと考えています。
お話を聞き終えて
金沢で19年の長きに渡り、流行りに流されることなく食べてくれる人の健康を考えて作られる「パン屋たね」さんのパンは、どれも麦の甘さや香ばしさを感じられ、シンプルなので毎日食べても飽きることがなく料理にも合わせやすいものでした。
実直なパン作りをされる藤田シェフですが、時折笑いを交えながら話してくださるお人柄はフランクで、老若男女誰とでも仲良く明るく接客をしている奥様の存在がお店に欠かせないと感じている、夫婦二人三脚の素敵なお店でした。
私も仕事をするうえで、自分の信念を曲げることなく正しいと信じる方向に進んでもいいのだと思わせていただきました。
いつかお店に伺ってご夫婦と直接おしゃべりしてエネルギーチャージさせてもらいたいと思います!
※リジェネラティブ・ベーカリーについては以下をご参照ください。
https://www.agrisystem.co.jp/regenerativerye2023.html
SHOP INFORMATION
【店名】パン屋たね
【住所】 石川県金沢市富樫1丁目7−8
【電話番号】076-226-0009
【営業時間】9:00~18:00
【定休日】月曜・第1&第3日曜