人生で初めてタナゴの仲間<アブラボテ>を採集した話 日本産淡水魚を採集するときのマナーとは?
今から20年前の10月1日は、筆者にとっての記念日となりました。人生で初めて、在来のタナゴの仲間を採集することができたのです。
採集できたのは「アブラボテ」。淡水魚探しに福岡県の筑後川水系を訪れた際に、アブラボテは私のかまえた網の中に入ってくれたのでした。
筑後川水系のアブラボテ
2005年10月1日のこと。日が落ちるのが早くなったもののまだまだ残暑厳しい、福岡県の筑後川水系を訪れてみました。
最大の目的は、博多湾にそそぐ河川ではあまり見られないような淡水魚です。
昼過ぎに家を出て、採集をはじめたのは午後3時ごろ。水草のしげみや川のそばに生えるヨシ帯などにも網をいれて、魚を探します。
そしてもう完全に日がおちつつある時間帯、水草の中の魚を追い込むため構えたたも網の中に、ついに楕円形のシルエットが入ったのでした。その魚こそ、タナゴの仲間であるアブラボテだったのです。
それから18年後の2023年に同じ場所を訪れて見たのですが、残念ながら魚はだいぶ少なくなっていました。しかし河川が大きく改変された形跡やコイなどの放流も見られず、希少な魚もまだ生息を確認することができました。
またいつかこの河川で、アブラボテなどのタナゴの仲間を再び採集したいものです。
アブラボテとは
アブラボテはコイ目コイ科タナゴ亜科の淡水魚です。
主に西日本の河川や湖沼などに生息していましたが、東北地方や関東地方、福井県の嶺北などにも移入されています。日本以外では朝鮮半島に生息しています。
タナゴ亜科の魚(以下、タナゴの仲間)たちの生態面での特徴としては、いずれの種も大型の二枚貝に卵を産みつけるという習性を有しており、春季から初夏に大型のイシガイ目の二枚貝(アブラボテの場合はマツカサガイなど)に産卵します。
雌は産卵管を伸ばし、二枚貝の出水管から産卵管を入れて、二枚貝のえらあなの中に卵を産みつけるというスタイルです。
派手とはいえないが美しい婚姻色
産卵期になると、タナゴの仲間の雄は鮮やかな婚姻色を呈し、その美しい色彩は長年アクアリストを魅了してきました。
しかし、このアブラボテの婚姻色は体全体が茶褐色の暗い色彩となり、臀鰭に2本の赤色帯が目立つというもので、あまり派手とはいえません。しかしながらこれはこれで渋い美しさがありますし、とくに大型個体の婚姻色は格好いいの一言。
アブラボテは婚姻色が出ていないものや、雌の個体も、体の色は茶色っぽくなっており、同属のヤリタナゴや、同所的に見られるタナゴ属のカネヒラなどとは幾分異なった雰囲気をしています。
またヤリタナゴのほうがアブラボテよりも幾分しゅっとした顔つきのようにも見えます。
このほか、体側にある側線鱗の数(アブラボテ32~36、ヤリタナゴでは36以上)でも識別が可能とされていますが、アブラボテの場合は、俗に「ヤリボテ」とよばれるヤリタナゴとの交雑個体がしばしば確認されており、同定がやや難しいこともあります。
タナゴの仲間が減っている
タナゴの仲間は卵を川底の礫や岩、あるいは水草ではなく、二枚貝の体内に産みつけるという方法をとってきました。
これにより、水草や砂礫などに卵を産みつけるほかのコイ科魚類よりも生存率が上がる……と思いがちですが、皮肉なことに、その産卵習性によって、タナゴの仲間は絶滅が危惧されるものが多くいるのです。
というのも、タナゴの仲間が卵を産みつける淡水生の二枚貝が生息できる環境が減り、実際に二枚貝の生息数も減っているという問題があるからです。そして、それがタナゴの仲間が減少している要因のひとつ──筆者の感覚では、おそらく最大の理由となっています。
このほかタナゴの仲間が減少している理由としては、外来魚による捕食や、乱獲があげられます。
実際に、前者ではオオクチバスやブルーギルが琵琶湖で増加するのと同じころに琵琶湖からタナゴの仲間が激減したという事例があります。後者においては、淡水魚を商業目的で大量に採集し、換金する「採り子」の存在が脅威となっています。
日本産淡水魚とかかわるうえで大事なこと
アブラボテをはじめとするタナゴの仲間は、美しい色彩をしており観賞魚として親しまれています。
しかし、それと同時にほぼすべての在来タナゴの種・または亜種は国または各地域において絶滅危惧ないし、準絶滅危惧とされている現状があります(アブラボテは準絶滅危惧)。
そのため、アクアリストはタナゴの仲間を含めた日本産淡水魚とかかわるうえで、いくつか注意すべき点があります。
(1)放流しない
まずタナゴ保全で一番重要なことは「魚や水生生物を放流しない」ことです。
アブラボテは西日本に広く生息していますが、いくつかの集団に分けられるとされており、異なる地域のものを放流すると遺伝的攪乱(かくらん)が起こるおそれがあります。
遺伝的攪乱とは、その地に生息する生きものが他の地域に生息する生きものと交配することによって、持っていた遺伝子が変化してしまうこと。同じ種でも、すむ場所によって持っている遺伝子には違いがあるのです。
そうなると、不稔(ふねん・子孫を残せなくなること)などが起こる可能性もあり、その魚種の保全に悪影響を及ぼすおそれがあります。
さらにタナゴ類に寄生虫や病原菌などが付着している場合もあり、放流することによってそれらも拡散される危険性があります。
アブラボテがいない地域にアブラボテを放流する場合も、在来のタナゴと競合してしまうことがあり、よくありません。実際にアブラボテは福井県の嶺北地域にも見られるようになり、当地に生息しているヤリタナゴに悪影響を及ぼすことが危惧されています。
もちろん、タナゴ類を捕食する危険性がある魚、例としてオオクチバスやコクチバス、ブルーギルを含むほかの淡水魚の放流も絶対にやめましょう(一部の種は外来生物法や、都道府県条例などで淡水魚の放流を禁じていることがある)。
つまり放流というのは危険なことなのですが、それでも各地で放流を行う人がいるという事実があります。どうにかならないものでしょうか。
(2)乱獲しない・売買にかかわらない
タナゴの仲間は美しい色彩をしており、ついついたくさん採集したくなりますが、必要最小限だけの採集にとどめておくべきでしょう。実際に、この仲間が減少している理由のひとつとして、乱獲があるからです。
先述の採り子により乱獲された魚の行き先としては、観賞魚店やインターネットによるオークションなどがありますが、これらで魚を購入するということは、乱獲を助長することになりかねません。
昨今は有名オークションサイトにおいては絶滅危惧種の出品に制限が加えられるなどの対策がとられていたり、有名観賞魚店において淡水魚トレーサビリティの導入や累代養殖魚の販売が行われたりするなど、“採り子対策”も行われるようになりました。
タナゴの場合、繁殖させるのに使う二枚貝について乱獲がおこなわれているという話も聞きます。このような乱獲に加担しないように、自ら採集に赴くべきでしょう。
そして、その際も個体数の減少に加担しないよう、自ら採集に赴き、採集は必要最小限にとどめておくことが重要なのです。
(3)生息地を公開しない
淡水魚は採集し写真を撮影したあと、SNSなどにアップする際も原則として生息地を公開しないのが基本です。
絶滅が危惧されるような魚はもちろんのこと、普通種とされる魚であっても、多数の人が訪れるようなことになると採集圧がかかるおそれがあります。そのため淡水魚の生息地は公開しないのがマナーとなります。
また直接場所を公開しなくても、観察ケースで撮影している場合、背景に魚を採集した場所が写りこむことがあります。
ひとによっては道路のアスファルトの様子や周囲の植生から、どこで採集したかピタリと当ててしまう人もいるそうです。そのため、魚の種類によってはできるだけ背景が写りこまないような配慮が必要でしょう。
筆者の場合、採集してすぐに逃がす魚を除いて、帰宅後撮影することも多くあります。
(4)飼育情報はしっかり吟味を
淡水魚の飼育情報を仕入れるのはインターネットでの検索が楽ですが、必ずしも正しい情報とは限りません。
というのも、爬虫類など魚以外の生物でも同じですが、インターネットにおける飼育情報を掲載しているサイトというのは、現状「飼育していない生物を飼育しているように見せかけて書いている」というものがよくあるからです。
もしそれらを鵜呑みにして、魚が短期間で死んでしまった場合、すぐにまた採集したり購入してまた死んでしまう……ということを繰り返す人がでてくる可能性があり、結果的に消費的な飼育につながりやすいという問題があります。
筆者は飼育経験がない種を新たに飼育しようとしている際、ベテランアクアリストや実際に飼育している人のSNSで直接質問をして、飼育情報を手に入れています。
従来は淡水魚を実際に飼育している人のWEBサイトは多々見られたのですが、古くからあるプロバイダ系のWebサイトが近年続々とサービス終了してしまい、信頼性の高い貴重な情報が失われつつあります。
(サカナトライター:椎名まさと)
参考文献
藤岡康弘、川瀬成吾、田畑諒一(2024)、琵琶湖の魚類図鑑、サンライズ出版
中坊徹次編(2013)、日本産魚類検索 全種の同定 第三版、東海大学出版会
向井貴彦(2019)、岐阜県の魚類 第二版、岐阜新聞社