何よりも嬉しい知らせ【穴澤賢の犬のはなし】
先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
前回、山にもようやく春が来たと書いた。移住したのが2023年11月だったから、長い冬の寒さに耐えながら暖かくなるのを心待ちにしていた。それとは別に、待ち望んでいたことがあった。実は以前暮らしていた腰越の自宅を売りに出していたのだ。
思ったより時間がかかった家の売却
徒歩2分で江の島を望む砂浜という立地だったので、売れないことはないと思っていた。付き合いのある不動産屋にお願いしたし、早ければ年内に売却できるのではと期待していたが、実際は思ったより時間がかかった。
売りに出されると問い合わせが何件もあり、何組かは内見したりローン審査まで行ったりしたが、なんだかんだで売買契約までには至らず、年を越した。そして年をまたいで引き続き買い手を募集している状態が続いたが、なかなか決まらなかった。
この間の心境としては、山に完全移住したのに完了していない、どこかふわふわした感じだった。なにせ、住んでいない家のローンを払い続けていたから。
その後もそんな状態がしばらく続いて、半年が経とうとしている頃、ようやく話がまとまりそうだと不動産屋から連絡があった。そして、5月上旬に売買契約が完了した。
山の家移住後の大福の健康診断
このときの安堵感というか、ほっとした感はこれまでに経験したことがないほど深いものだった。一人暮らし時代からずっと家賃を払い続け、家を手に入れてからはずっと住宅ローンを払い続けていた縛りから、遂に解放されたのだ。
ただ移住するならここから新居を探さないといけないが、わが家は2017年に八ケ岳にボロ山小屋を手に入れて少しずつ補修してきたから、その必要はない。5年間通っていたおかげで道や店も知っているし、地元の知り合いも増えた。
2014年に腰越に越したときは移住する気なんて夫婦揃ってまったくなかったが、結果としてとてもいい流れだったと思う。計画性など一切なく、ただの行き当たりばったりなのだが。
私をそう動かせたのは、大吉と福助である。そもそも彼らがいなければ移住はおろか、山の家さえ買っていなかったと断言できる。そして年々上がる気温に、彼らのためを考え移住を決意した。涼しい山に来ると元気に走り回るから、それがいいと思ったのだ。
そして、少しでも長く元気でいられるように「血液生化学検査」を受けている。7才からは半年に一度は受けた方がいいとのことなので、そうしている。もちろん費用はかかるが血液生化学検査は様々な成分を分析し、腎臓や肝臓など臓器に異常がないか、栄養状態まで検査できる。
これまで何度も書いてきたが、血液生化学検査を受けることで異常があればいち早く対処出来るし、初期であれば打つ手が見つかる可能性は高い。だから分かったときにはもう遅かった、という事態を避けられる。そのため定期的に受けているし、知らない人には受けることをお勧めしている。
そして先日、半年ぶりに血液生化学検査をするため採血に行った。これまで通っていた『横浜山手犬猫医療センター』の分院『葉山まほろば動物病院』が最近オープンして、院長の上田先生が週に3回くらい診療しているというので、そこへ向かった。
上田先生に長野県で信頼できる動物病院を紹介して欲しいとお願いして教えてもらったところが車で2時間かかる場所だったので、それなら葉山に来てもあまり変わらないということになったのだ。大福のためなら片道3時間なんて何でもない。
福助は10才、大吉は8月で13才になる。半年前の検査で異常はなかったが、犬の時間は早いから、何かが進行しているかもしれない。そんなちょっと不安な気持ちで待つこと数日、上田先生から連絡があった。
「大吉も福助もバッチリ正常です」と。これが家のことより何よりも嬉しい知らせだった。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。