【京都・祇園祭】「厄除けちまき」基礎知識 ~厄除けチマキ保存会にきく、ちまきづくりの現場~
祇園祭には欠かせない「厄除けちまき」をご存じですか?笹の葉で作られた厄除けのお守りで、疫病や災難を除ける願いが込められています。様々なご利益の「厄除ちまき」を授与されるのは、祇園祭の宵山の楽しみのひとつです。
しかし、数十年先には十分な数の厄除けちまきが確保できないことにもなりかねない問題が浮き上がっています。背景には、材料の不足や、ちまき作りの担い手の高齢化があります。そんな中、立ち上がったのが「厄除けチマキ保存会」。新たな担い手の育成とともに、機械化に取り組む松原さんにお話をうかがいました。
そもそも、厄除けちまきとは?
祇園祭の厄除けちまきは、笹の葉でつくられた疫病・災難除けのお守り。「ちまき」と聞いてイメージされるであろう、食べられるちまきとは別のものです。宵山の期間、八坂神社や山鉾町の町会所などで授与されます。それぞれデザインが異なり、可愛い絵馬がついたものなど個性豊かです。
厄除けちまきには「蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)」の護符が添えられています。これは『備後国風土記』に記された伝承に因みます。旅の途中、一夜の宿を求めた「素戔嗚命(すさのおのみこと)」を、蘇民将来が貧しいながらももてなしました。そのお礼に「後の世に疫病流行すれば、蘇民将来の子孫といい、茅の輪を腰につけておけば免れさせる」と約束したというお話です。また、ちまきの材料である笹の葉は、邪悪なものを祓う力があると信じられています。そのため厄除けちまきは、疫病神などが家に入ってくるのを防ぐために、玄関の入り口(軒下)に飾るのが良いといわれています。
ちまきを巡るふたつの問題
護符をつける前の厄除けちまき
材料不足
厄除けちまきを作るためには、チマキザサやイグサ、ワラなどの自然素材が必要です。中でも、チマキザサは京都市北部山間地域に自生しており、およそ60年に一度、花が咲き、一斉に枯れるという特性があります。2004年~2006年にかけてそのサイクルが訪れたため、チマキザサが枯れてしまいました。また、近年は増加したニホンジカがその新芽を食べ尽くしてしまうという食害にも悩まされています。
参考URL: https://ikimono-museum.city.kyoto.lg.jp/chimakizasa-copy/
担い手不足
厄除けちまき作りはこれまで、京都市北区の深泥池(みぞろがいけ)周辺の農家などが担ってきました。しかし、農業人口の減少や高齢化によって継続が難しくなっています。
このままでは、数十年後には必要な数のちまきを用意できなくなる可能性もあるのです。
厄除けチマキ保存会の松原さんにインタビュー
一般社団法人 厄除けチマキ保存会 代表理事 松原常夫さん
厄除けちまき不足を解決するために、一般社団法人 厄除けチマキ保存会を設立した松原常夫さん。2024年に、新たな担い手の育成とともに、作業工程の一部を機械化する取り組みのためクラウドファンディングを行いました。そんな松原さんにインタビューをさせていただきました。
ちまきの“危機”をどう受け止めたか
松原さんが厄除けちまきの抱える問題を意識するようになったのは、放下鉾で役員を務める中でのことだったといいます。
「放下鉾ではこれまで、深泥池の水口さんというベテランの方に厄除けちまきを作ってもらっていました。2022年に完成した厄除けちまきを受け取りに行った際、『ワラがないから、このままでは厄除けちまきをつくることができない』というお話しがあったんです」
厄除けちまきのワラは、稲刈りをした際にとれるものを使用していました。ところが最新のコンバインで稲を刈ると、ワラが短くなり、ちまきに使用できない長さになってしまいます。
厄除けちまきを巡る問題に直面した松原さんは「これは何とかしないと」と感じたそうです。
材料の調達、保管場所の確保もひと苦労
2022年の祇園祭が終わると、2023年の厄除けちまきに使用するワラを知人の知り合いから急いで確保したという松原さん。しかしそのワラも翌年は用意が難しく、2024年分は京北地域にある山国さきがけセンターの田中会長に相談したところ、祇園祭のためならと協力を得ることができました。
しかし次は、集めたワラの保管場所に頭を抱えることになりました。
「どこかに場所はないかとあちこち探している中で、京北で廃校になった小学校の分校跡地が活用されているという話を耳にしました。京北に縁のある友人と、田中会長と一緒に、地元の方にお願いに行ったんです。おかげさまで分校を使わせてもらえることになりました」と、松原さん。地元の方との親交を深める機会にもなったといいます。
ワラを保管している小学校の分校
画像提供:一般社団法人 厄除けチマキ保存会
京北で集めてもらったワラの山
画像提供:一般社団法人 厄除けチマキ保存会
厄除ちまきには「笹の葉」も必要不可欠ですが、こちらも確保が難しい状況に陥っていました。
「京都のチマキザサの産地をあたってみたんですが、用意が難しいという返事がありました。そこで仕事仲間に相談し、長野県にチマキザサを販売してくれるところがあるという情報を得ました。連絡した結果、2024年分として15万枚のチマキザサを入手することができました」と、松原さんは当時を振り返ります。
長野県から仕入れた乾燥した状態のチマキザサ
画像提供:一般社団法人 厄除けチマキ保存会
機械化はなぜ必要だったのか
2024年4月18日、松原さんはクラウドファンディングをスタートしました。
主な目的は、厄除けちまきづくりの作業工程の一部を機械化するための機械の開発でした。熟練の技を受け継ぐ機械を開発することが、新たな担い手の育成にも繋がると松原さんは考えていました。
「現在、厄除けちまきの担い手が減少しているということは、手作業で続けていくのが難しい時代になりつつあるのかなと感じていました。でも、機械があれば『それなら自分にもできるかも』と思う人がいるかもしれないと考えたんです」
実際、機械化はクラウドファンディングとあわせて大きな話題となりました。
「機械の開発は南区のハムス株式会社の力をお借りしました。有名な衣料メーカーで使用されている下着のホックの開発・制作を行うなど高い技術を持つ会社です。技術職の方もとても慣れていて、いちど作業工程を見ていただくとすぐに機械の設計に取り掛かってくれました」と松原さん。
厄除けちまきの笹を和紙で巻きつける機械
画像提供:一般社団法人 厄除けチマキ保存会
機械の専用台の上に笹の葉をセットして、中にワラを詰めて折りたたみます。そして左右を内側に折り込み、形をつくりつつボタンを押すとボビンのように巻かれた和紙の糸が、ぐるぐるとちまきに巻きつくという仕組みです。
従来の厄除ちまきはワラを細く割いて巻きつけていましたが、機械で使用するには難しかったため、和紙の糸も開発したとか。
地域との連携で、ちまき作りが未来へつながる
完成した機械を用いて、京北の方との厄除けちまきづくりが始まりました。
「京北の町会長さん達が、募集のチラシも積極的に配ってくださったのがありがたかったですね。おかげで、厄除けちまきづくりメンバーの初めての顔合わせには15人も集まりました。水口さんの指導や、機械を用いての試行錯誤の甲斐あって、2024年の6月には6,000本もの厄除けちまきが用意できたんです。機械を使うのが得意な方と、手作業が得意な方がいて、現在は各々に合ったスタイルで厄除けちまきづくりに励んでもらっています」とにこやかに松原さんは話します。
ベテランの水口さんに厄除けちまきづくりを習う
画像提供:一般社団法人 厄除けチマキ保存会
厄除けちまきづくりの中で印象的な出会いがあったという松原さん。
「あるとき、75歳の男性が『自宅にいても手持ち無沙汰なので、やってみたい』と私の元を訪ねてきてくれたんです。あまり器用な方ではなさそうでしたが、半年近くかけて機械を使ってすこしずつ上達していきました。ようやく初めての厄除けちまきが完成しそうになったところで、家庭の事情により続けることが難しくなってしまいました。でも、そういう方の居場所をつくることができたのがよかったと思うんですよね」
京北の方々に厄除けちまきの作り手になっていただくことで、雇用を生み、町おこしになると松原さんは考えています。実際に厄除ちまきの作り手の方からは、自宅でできる作業で、パートに出るのと同じくらいの収入になるので喜ばれているそうです。
松原さんが作り手さんのもとを訪ねる際にはお菓子を持参したり、ご家族と一緒にバーベキューを楽しんだこともあるとか。今年はレストランで打ち上げランチを予定するなど、交流を大切にしています。
取り組みを通して「感謝の気持ちを忘れないことが何より大切」だと松原さんは話します。
「作り手さんが『ちまき巻きとうてかなんねん(=ちまきを巻くのが好きでたまらない)』と言ってくれるのが本当に嬉しい。みなさんが楽しそうに作ってくれるから、私も楽しくやれているんです」
2025年は過去最多の生産本数へ
2024年は6,000本、2025年は11,000本ほど準備できそうだという厄除けチマキ保存会の厄除けちまき。すでに翌年の予約が入っているため、2026年は15,000本の生産を目指しています。
また、放下鉾では試験的に「3本締め」の厄除けちまきを作ってみたそう。松原さんはサンプルを見せてくださいました。
「鉾頭のチャームもオリジナルで付けてみたんですよ。普通の厄除けちまきは束が10本ですが、10本でないといけないという由来はないらしいんです。これが普及すれば、材料不足の解消に繋がるかもしれません」
「3本締め」の厄除けちまきの説明をする松原さん
「3本締め」の厄除けちまきは2025年に登場予定
厄除けチマキ保存会の取り組みの裏側には、多くの人の協力と情熱がありました。材料を確保するための奔走、京北の方々との信頼関係、そして機械化などの新しい挑戦――すべては、伝統が未来へと紡がれていきます。
厄除けちまきの授与については、山鉾町や日程によって異なります。詳しくは祇園祭山鉾連合会の公式ホームページをご確認ください。
公益財団法人 祇園祭山鉾連合会 ホームページ
http://www.gionmatsuri.or.jp/news/159
山鉾町の各町内では、厄除けちまきに限らず、手拭いなどの授与品もあります。伝統行事の存続にも繋がりますので、ぜひ手に取ってみてください。