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秦の始皇帝陵の「水銀の川」の謎 〜史記は真実だった?

草の実堂

水銀の川 イメージ
画像 : 秦始皇帝陵 wiki c Bairuilong

中国・西安郊外の驪山北麓に位置する秦始皇帝陵

この壮大な墳墓には、未だ発掘されていない地下宮殿(地宮)が眠るとされ、『史記』に記された「水銀の江河」の伝説が語り継がれている。

この秦始皇帝陵は、現代考古学における最大の未解明領域の一つである。

本稿では、古代文献の記述を基にしつつ、最新の調査によって明らかにされた事実を検証したい。

古代文献が伝える水銀の記録

画像 : 兵馬俑 public domain

『史記』巻六・秦始皇本紀には以下の記述がある。

以水銀為百川江河大海 機相灌輸 上具天文 下具地理

意訳 : 「水銀を用いて百川や江河、大海を再現し、機械的に循環させ、上部には天文を、下部には地理を配置した。」

『史記』巻六・秦始皇本紀 より引用

司馬遷が紀元前1世紀に記したこの記述は長年、文学的誇張と解釈されてきた。

しかし1981年、中国地質調査院の研究チームが封土(陵墓の盛り土)から採取した土壌サンプルを分析した結果、驚くべき事実が判明する。

中心部の水銀含有量が周辺地域の6~8倍に達し、特に北部地域(黄河の流路に相当)で濃度が突出していたのである。

この発見は『史記』の記述が単なる比喩ではないことを初めて科学的に立証した。

水銀総量の推計と空間配置

画像 : 秦始皇帝陵(緑色)とその周囲の墓域 wiki c Bairuilong

2003年に行われた物理探査の結果、秦始皇帝陵の地下宮殿(地宮)の広さは約18万平方メートルに及ぶことが明らかになった。

これはサッカー場25面分に相当する広さである。この地宮内に敷かれた水銀層の厚さを平均5cmと仮定すると、総量は約747トンに達すると推計される。これは大型タンクローリー約30台分に相当する膨大な量である。

特に注目されるのは水銀の分布パターンである。2015年の三次元マッピング調査により、地宮内の高濃度の水銀が、黄河(北部)、長江(中部)、珠江(南部)といった中国の主要な河川の流れと一致していることが判明した。

このことから、始皇帝は生前の中国の地理を死後の世界に再現しようとした可能性が高いことが、科学的データによって裏付けられつつある。

水銀の原料はどのように調達されたのか?

画像 : 辰砂(別名 : 朱砂、賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、水銀朱)水銀の重要な鉱石鉱物。 wiki c JJ Harrison

『漢書』地理志には、「巴郡朐忍県(現在の重慶市付近)に丹穴(朱砂鉱山)がある」と記されており、当時最大の朱砂産地がこの地域に集中していたことがわかる。※朱砂とは水銀の原料となる鉱物で、加熱すると水銀が取り出せる。

考古学者の徐衛民氏による実験では、1回の製錬で約2.5kgの水銀が生産できたという。

この推定をもとに計算すると、747トンの水銀を生産するには30万回以上の操業が必要となり、専門の工人500人が3交代制で10年以上作業を続ける規模だったと考えられる。

このように、始皇帝陵の造営には、大規模な原料調達と生産体制が整えられていたようだ。

防腐機能と現代科学の検証

画像 : 不老不死を求めた始皇帝 public domain

水銀が単なる装飾ではなく、防腐目的で使用された可能性については、中国最古の薬物学書とされる『神農本草経』に記述がある。

丹砂
味甘微寒。治身體五臟百病。養精神、安魂魄、益氣、明目,殺精魅邪惡鬼。久服通神明不老。能化為汞。生山谷。

意訳 :「味は甘く、微かに寒性を持つ。身体や五臓のあらゆる病を治し、精神を養い、魂魄を安定させ、気を補い、視力を良くする。精気を損なう邪悪な鬼や精霊を払い除ける。長期間服用すれば神秘的な力を得て、不老となる。また、水銀(汞)に変化する性質を持つ。山谷に産する。」

『神農本草経』玉石部上品より引用

古代において朱砂(水銀)が霊魂を安定させ、邪気を払うとともに、不老の効果を持つと考えられていたことがわかる。また、朱砂が水銀へと変化する性質があることも認識されていた。

このことから、朱砂は単なる装飾品ではなく、遺体の保存や長生きのための薬としても用いられた可能性がある。

しかし現代の調査が明らかにしたのは、水銀がもたらした深刻な環境被害だった。

2020年の測定では、陵墓周辺の地下水から基準の4.6倍のメチル水銀が検出され、植物の染色体異常率は通常地域の17倍だったという。

2200年の時を経ても、古代の技術が影響を及ぼしているのだ。

秦始皇帝陵に関する研究は、今も議論が続いている。古代の謎が最先端技術によって解き明かされる日は近いかもしれない。

参考 : 『史記』『漢書』『不断改写历史的秦始皇陵考古』『神農本草経』他
文 / 草の実堂編集部

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