日本を代表するソプラノ歌手・並河寿美の現在地ーー「私の歌を聴きたい方のためにも、歌い続けていく覚悟です」
日本を代表するオペラ歌手 ソプラノの並河寿美が、当たり役の一つレハール『メリー・ウィドウ』のハンナ・グラヴァリ役を、びわ湖ホールで演じるという。こちらは「オペラへの招待」というホール人気のシリーズで、びわ湖ホール声楽アンサンブルの専属メンバーと、ソロ登録メンバーが中心になってキャストを構成している。出演者には、これまで並河との共演実績も豊富なバリトン迎肇聡や、彼女が教員をしている大阪音楽大学の卒業生も多い。また、演出の唐谷裕子は、彼女にとっては長い付き合いで、いわば盟友だそう。そんな環境ならば、これまでとは違った並河の表情が垣間見えるのではないか。そう思い、取材をお願いしてみた。彼女は今シーズン、びわ湖ホールのプロデュースオペラ『トゥーランドット』の題名役に決まっていることもあって、2025年度後半は、メディアの露出も集中しそうだ。
快く取材に応じてくれた並河寿美。取材当日は、『メリー・ウィドウ』へ向けた抱負やハンナ・グラヴァリ役への思いを語るうちに、話題は今は亡き佐藤しのぶへの思い、兵庫県立芸術文化センター 「佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ」 のことから、「堺シティオペラ」や「みつなかオペラ」のこと、果てはずっと気になっていた2023年のイタリア ボローニャ歌劇場の歌劇『トスカ』ジャンプインの秘密まで、色々な事を語ってくれた。
今まさに最高の歌唱を極める並河寿美の現在地が見えてきた。
「今年の後半戦は、びわ湖ホールの『メリー・ウィドウ』から
3月には『トゥーランドット』も決まっています」
ーー今年(2025年)前半も忙しくされていましたが、いよいよ後半戦へ突入ですね。びわ湖ホールで行われる『メリー・ウィドウ』は、いよいよ本番目前です。
そうですね。6月20日にびわ湖ホール「ロビーコンサート」で歌わせていただきました。多くの方にお越しいただき、やはりびわ湖ホールには熱心なオペラファンが定着している事と同時に、『メリー・ウィドウ』が多くの人に愛されている作品だという事がよくわかりました。
ーーあのロビーコンサートの出演者は、ある意味今回のプロダクションを象徴するようなメンバーでしたね。ダニロ・ダニロヴィッチ役の迎肇聡さんは大阪音大卒業で、大学では講師もされている並河さんの後輩。現在、びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバーで、並河さんとは色々なオペラで共演経験が豊富な方。カミーユ・ド・ロシヨン役の福西仁さんも大阪音大出身なので、並河さんもよくご存知ですよね。既に色々なオペラで活躍されていて、並河さんとの共演は楽しみですが、本番では組違いです。ヴァランシエンヌ役のソプラノ高田瑞希さんは、びわ湖ホール声楽アンサンブル期待のソプラノ。『竹取物語』のかぐや姫役では、美しい声で客席を魅了されていて、並河さんとの共演は楽しみです。
改めて、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーは全国から集まっておられるのですね。今回、初めてお会いする方も多かったのですが、皆さん温かく迎え入れてくださって感謝しています。びわ湖ホール声楽アンサンブルが出来たのはちょうど私たちの年代で、友人も関わっていたこともあって、よく覚えています。今ではOB(ソロ登録メンバー)の多くが、関西オペラシーンの中核として活躍されています。また、私が教員をしている大阪音楽大学の同窓生や生徒、同門の後輩たちも多く、こういう形でご一緒出来るのは嬉しいです。私が学生の頃に先輩や師匠の姿を見て憧れたように、しっかりと態度で示さなければと思っています。ダニロ役の迎肇聡さんは実力派としてブレイクされ、色々なプロダクションでご一緒しています。みつなかオペラの『フィガロの結婚』では、伯爵と夫人として共演しましたが、ソプラノとバリトンという事もあって「ラブデュエット」と称するものは今回が初めてのはず。恥ずかしいような嬉しいような(笑)。福西さんは直接の教え子で、優秀な学生でした。びわ湖ホールでもお馴染み、バリトンの晴雅彦さんご自慢の生徒さんで、私はジンくんと呼んでいました。今回、一緒にステージに立って、随分頼もしなられて嬉しかったです。ヴァランシエンヌ役は、私も経験しました。兵庫県立芸文センターの “佐渡オペラ” で、佐藤しのぶさんのハンナを、ヴァランシエンヌとして見ていてとても勉強になりました。私にはまだ佐藤しのぶさんほどの影響力はありませんが、高田さんにとって学びの場になると良いのですが。
ーー「ロビーコンサート」にご出演の皆さまにお聞きします。並河さんと「オペラへの招待」で共演する事について、感想をお聞かせください。
迎肇聡:並河さんのように立っているだけで様に成るプリマドンナは、なかなかおられません。歌唱技術はもちろん、オーラや迫力を持っている方との共演は、自分も実力以上のモノが引き出されるのではないかと楽しみです。共演機会の多い並河さんですが、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバー主体による「オペラへの招待」でご一緒するのは不思議な感覚ですが、とても嬉しいです。
福西仁:僕にとっては大学時代に直接教わった先生です。身近な所におられますが、ステージではとんでもない歌唱や演技を見て来ています。今回、本番では組違いですが、稽古を通してキャストとして初めて共演させていただけるのが嬉しいです。少しは歌手として成長したところをお見せできればと思っているのですが……。
高田瑞希:並河さんがハンナ役で来られると知った時は、「あの大スターが!?」と驚きました。緊張していましたが、お会いすると大変気さくで優しい方。話しかけやすい雰囲気をお持ちで、実際に稽古中でも、こうしたらイイんじゃない。といった見本を見せてくださいます。この機会に並河さんから、色々と吸収していこうと思っています。
ーー佐藤しのぶさんとの話は、改めて後で聞かせてくださいね。並河さんは今シーズンのプロデュースオペラ『トゥーランドット』の題名役も決まっていますが、びわ湖ホールとの関係を教えてください。
1998年開館直後、滋賀県民オペラのマスネ『シンデレラ』の題名役がホールデビューです。初めてびわ湖ホールのプロデュースオペラに呼んでいただいたのは2009年の『トゥーランドット』で、題名役を歌わせていただきました。その後2011年のプッチーニ『アイーダ』の題名役、最後が2012年のワーグナー『タンホイザー』のヴェーヌス役ですので、今回が13年ぶりです。実は2017年のワーグナー『ラインの黄金』には、ヴォークリンデ役で出演が決まっていたのですが、公演直前にインフルエンザで降板となりました。最終のオケ合わせまでやらせていただいたのですが、ゲネプロに出演不可。仕方がないとは云え、残念でした。また、2011年の『アイーダ』は、びわ湖ホールは予定通り上演できたのですが、神奈川の公演は東日本大震災で中止となりました。残念な状態が続いていたので、それらを払拭する意味もあって今回の『トゥーランドット』のオーディションを受けさせていただきました。
ーー今シーズンのプロデュースオペラは、阪哲朗芸術監督の希望もあり、全役をオーディションで決められたとお聞きしました。阪さんの色々な方の声を聞いてみたいという意向に沿うもののようですね。
ヨーロッパではよく行われているそうです。トゥーランドットは代表的なドラマティコの役。私は基本、リリコの中に置いていて、完璧なドラマティコの響きは無理だと思いますが、私の声で良ければ挑戦させてもらいたいとオーディションを受けました。声ですか? 上もなんとか大丈夫のようです。昨年関西フィルの定期演奏会、アンドリュー・ロイド=ウェバー『レクイエム』で初めて、人前でハイDを出しました(笑)。上の声もですが、むしろ下の声を意識して広げています。今回は2009年の『トゥーランドット』より、成長した歌唱をお聴きかせしようと最大限の準備で臨みます。
ーー話を『メリー・ウィドウ』に戻して、ハンナ・グラヴァリ役といえば、2021年の兵庫県立芸術文化センター “佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ” での並河さんのハンナは、コロナ禍に在って大変な話題を呼びました。
“佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ” の『メリー・ウィドウ』には2度出演しています。最初は2008年にヴァランシエンヌ役で出演。その時のハンナ役が佐藤しのぶさんでした。しのぶさんのハンナは歌だけでなく、気品のある振る舞いや存在感も本当に素晴らしく、これを超えるハンナは誰がやっても無理だろうなぁと思って見とれていました。
ーーなるほど。2008年のヴァランシエンヌ役を受けて、2021年にはハンナ役でのオファーだったのですね。
2008年のヴァランシエンヌ役の時に物語の展開や、しのぶさんのハンナが、どのように登場人物との関係を作っていくかなど、細かい所まで見ていました。ハンナ役のオファーを頂いた時には、終始しのぶさんを意識しながらでしたが、最後は何とか自分なりのハンナを演じられたように思います。コロナ禍でしたので、あの華やかなステージは大変話題となりましたね。この時の経験は、もちろん今回にも活かしていきたいと思います。
――びわ湖の『メリー・ウィドウ』は “佐渡オペラ” に向かうのとは意識が随分違うものですか。
今回の「オペラへの招待」は “佐渡オペラ” とは全くの別物。ダブルキャストでハンナを演じられる船越亜弥さんは、びわ湖ホール声楽アンサンブルご出身で、コンクールでも優秀な成績を残されている、これからますます期待される方です。今回は一緒に勉強させていただければと思っています。演出の唐谷裕子さんは演出助手の時代から信頼のおける方で、大好きな仲間です。九州などでは大きなプロダクションでも演出されていますが、関西ではこれが本格デビューと言っても良いのでは⁈ 発想が面白い彼女だけに、どんな演出を付けてくれるのか楽しみしかありません。指揮の阪哲朗さんとは、芸術監督になられて初めてびわ湖ホールで共演します。
――ここでいったんびわ湖ホールから離れて、今年前半の活動を振り返っていただけますか。
1月5日に、テアトロ・トリニタリオ2025(堺シティオペラ、大阪交響楽団、フェニーチェ堺共催のコンサート)「メリー・ウィドウの世界で巻き起こるオペラガラコンサート」でハンナを歌った後、兵庫県立芸術文化センターで「阪神・淡路大震災30周年記念」のマーラー交響曲第8番「千人の交響曲」(1月17日~19日)に出演しました。途中、少し体調を崩したのですが何とか務め上げて、1月後半は静養に充てました。2月入るとすぐに、大阪交響楽団の「定期演奏会」ヴェルディ『運命の力』(2月9日 ザ・シンフォニーホール)に集中。なかなか出来ない大きな作品なので柴田真郁マエストロも気合十分でしたし、笛田博昭さん、青山貴さんという関東で活躍されている充実のメンバーが揃い、私も大いに刺激を受けました。大型連休の最初には「びわ湖の春 音楽祭」のオープニング・コンサート(4月26日 びわ湖ホール)で、ビゼー『カルメン』よりミカエラのアリアと、ドヴォルザーク『ルサルカ』より “月に寄せる歌” を歌い、すぐに切り替えて、堺シティオペラ『蝶々夫人』(5月3日、4日 フェニーチェ堺)を盛況のうちに終えることが出来ました。
――『蝶々夫人』は『トスカ』と並んで、並河さんの当たり役です。
堺シティオペラで『蝶々夫人』をやらせていただくのは20年ぶりでした。この作品を語る上でどうしても忘れられないのが、栗山昌良先生のこと。2005年に堺シティオペラでやらせていただいた翌年、兵庫芸文センターでも栗山先生の演出で『蝶々夫人』をやらせていただきました。先生に教えていただいたのはこの2公演と、1997年のカレッジオペラハウスの『トスカ』のわずか3公演ですが、プリマとしての心構えから所作のすべてを教えていただきました。先生の教えは、舞台に関わる人間は絶対に学ぶべき必須科目だと思っています。先生の教えで忘れられないのは、「歌い手は動きにキメがない」ということ。「舞台写真家がオペラを撮影する時、シャッターチャンスが少なく、出来上がりを見ても写真が流れていることが多いと。バレエはシャッターチャンスの位置でちゃんとダンサーが止まっている」とおっしゃるのです。それ以降、そのことは大変意識しています。いろんな演出家と仕事をやらせていただきますが、栗山先生の教えは私の根っこにあります。先生との出会いは貴重で、私にとって掛け替えのないものでした。
ーー堺シティオペラは、並河さんにとって大切なプロダクションですね。
マスカーニ歌劇『カヴァレリア・ルスティカーナ』のサントゥッツァ役で出演させていただいたのが最初で、1999年でした。サントゥッツァは、キーは高めですが本来はメゾの役。楽に声を出すのではなく、メゾならではの表現を意識して歌いました。それ以降もプッチーニ『ラ・ボエーム』、R.シュトラウス『ナクソス島のアリアドネ』、グノー『ロメオとジュリエット』などオーソドックスな作品から、演奏機会の少ない『黒蜥蜴』の緑川夫人や『卒塔婆小町』の老婆と小町の二役までやらせていただきました。ずっと私の事を見ていただいている先生方も多く、私にとっては大切なオペラ学校のような存在です。
ーー川西市のみつなかホールで行われてきた「みつなかオペラ」も並河さんにとってホームといえるプロダクションではないでしょうか。
1991年に「川西市民オペラ」として始まった歴史のあるプロダクションです。昨年(2024年)プッチーニ『トゥーランドット』を予定していましたが、空調設備の故障で中止となりました。関西のオペラシーンでこのプロダクションが果たした役割は大きいと思います。大きな劇場でしかオペラは出来ないと思われていたのが、500席足らずの小さな劇場で質の高いオペラをやり続けた。オーケストラもピットに入らないのでリダクションで対応するのですが、見事に音の厚みのあるサウンドを響かせることに成功。牧村邦彦さん、井原広樹さんの功績は計り知れないものがあります。私としてはベッリーニ『ノルマ』、ドニゼッティ『マリア・ストゥアルダ』などあまりやる機会のなかったベルカント物は、とても勉強になりました。私が『トスカ』で「文化庁芸術祭大賞」を、このプロダクションで受賞したのは、皆さんの努力が報われたようで嬉しかったです。今年10月には、「みつなかオペラ プレミアム・ガラ」と題して、所縁の歌手が集いガラコンサートを行い、もちろん私も出演します。
ーー兵庫県立芸術文化センターはオペラだけでなく、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の定期演奏会にも度々出演されていて、すっかりホームグラウンドと言ってもいいほどですね。
私の地元が神戸ということもあって、本当にホームグラウンドのように感じています。昨年の『蝶々夫人』の蝶々さん役は、高野百合絵さんと迫田美帆さんでしたね。オペラ界のためには、若手実力派の歌手がどんどん出て来るべきだと思います。私も昔、同じように抜擢していただき、それに応えようと必死に勉強し、キャリアを積んで行きました。お二人の頑張りに触れて、私も大いに刺激をいただいています。しかし有難いことに1月のマーラー『千人の交響曲』だけでなく、8月にはブリテンの『戦争レクイエム』、9月の新シーズンスタートの定期演奏会では、ブルックナー『テ・デウム』と今年は3回もPACと共演させていただきます。佐渡裕芸術監督とは、芸文オープン前の神戸国際ホールの「ジルベスター・コンサート」からご一緒させていただいています。オープン記念の『ヘンゼルとグレーテル』以降も数多くの作品に出演させていただいています。今の私が在るのは佐渡さんのおかげ。改めて感謝しかありません。
「イタリアのボローニャ歌劇場の『トスカ』への代役出演は
最高のご褒美を頂いたように思います」
ーー並河さんにお会いしたら、どうしてもお聞きしたかったのが、2023年のボローニャ歌劇場の『トスカ』に、題名役のマリア・ホセ・シーリに代わって出演された件です。あれは、得意とされていた『トスカ』だったからジャンプインが可能だったのでしょうか。
ボローニャ歌劇場の『トスカ』は2023年の11月。実はその年の6月に、札幌コンサートホールKitara小ホールで『トスカ』を上演しているのです。牧村邦彦さんの指揮、中村敬一さんの演出で、ピアノ、ヴァイオリン、打楽器だけのオケとの小編成のステージだったのですが、そこでトスカを歌っていたのが大きかったです。それが無ければ、「みつなかオペラ」の『トスカ』まで遡るわけで、そうすると5年開いていた事になります。さすがに5年のブランクで『トスカ』は難しいと思います。代役のオファーが入ったのは、本番当日の5時間前! 東京に行く荷造りをしていたところでした。「シーリが喉の不調で、ピットか花道に楽譜を立てて歌ってもらうことになりますが、お願いできますか」という話でした。「楽譜があるなら大丈夫です」と返事をし、先方からは、「カーテンコールのための黒のドレスをご持参ください」と言われました。
ーー最初は並河さんが楽譜を見ながら歌い、シーリは振りだけやる予定だったのですね。
はい。私もずっと立っているのはしんどいので、立ち稽古用の黒の靴を持って行くことにして家を出ました。すると、また連絡があり、「シーリは体調が良くなく、舞台に立てないと言っています。代わりに出演できますか?」と言われて、「取り敢えず、新幹線の中で(新神戸から岡山まで)譜面を見てみます」と答えたのですが、タクシーで劇場到着と同時に、スタッフに連れていかれ、衣装合わせが始まりました(笑)。指揮者オクサーナ・リーニフとはアリアだけを打合せ。演出家とは、スカルピアを殺すシーンと、どこから飛び降りるかをチェックして、「あとは好きに動いてくれて構わないから」と。岡山公演は、カヴァラドッシ役がマッテオ・デソーレ、スカルピア役がマッシモ・カヴァッレッティという若手中心のキャストだったのですが、彼らからも「好きに動いていいよ。ちゃんとフォローするから!」と言っていただき、緊張する間もなく気付けば舞台の上で、あっと言う間に終了しました。
ーー翌々日の大阪公演もご出演でしたね。
岡山公演の舞台袖で、「明後日の大阪公演もスタンバイをお願い出来るか?」と言われ、「大丈夫です」と答えました。シーリが回復する前提で、スタンバイをしていたのですが、本番当日の朝「出てくれ!」と言われました。大阪公演の方が準備をする時間が有った分、緊張度は増しました。大阪公演のキャストは、カヴァラドッシ役がマルセロ・アルバレス、スカルピア役がアンブロージョ・マエストリという超大物。緊張するより、彼らと一緒に『トスカ』を歌うことが出来て、本当に幸せでした。
ーーお客さんの反応はいかがでしたか。
シーリのトスカを楽しみにしていたお客様の反応が心配でしたが、スタンディングオベーションで迎えていただき、温かい拍手喝采が鳴り止みませんでした。スタッフや出演者からも労いの言葉をいただきましたが、やはりそこは、劇場のオーケストラに、劇場のスタッフ、それに百戦錬磨の歌手たちですね。キャストが突然変わる事など、彼らは慣れているのだと思いました。家族やお世話になった皆さま、大切な仲間に聴いて貰えて、少しだけ恩返しが出来たような気分でした。頑張って来た結果、凄いご褒美をいただけたような気持になりました。
「それぞれの演奏会を私の声で聴いてみたいと思っていただけるのなら、
もう少し頑張って歌い続けたいと思います」
ーー以前、並河さんにお話をうかがったのが、2019年の12月でした。この先の予定としてお聞きした大半が、コロナで中止か延期になりました。あの時に並河さんは「いつまでベストな状態で歌い続けられるか分からない。それが “身体が楽器” の歌手の厳しさなのです。もちろん、年齢的な事もありますしね」と仰っていました。それから5年が経過しても、まだまだ衰え知らずの絶好調です。
コロナ禍は大変でした。決っていた仕事はすべてなくなり、半年近くも人前で歌うことはありませんでした。学校の授業もお休みです。仕事の再開はその年の7月で、兵庫芸文センターの感染対策を兼ねたコンサート「どんな時でも歌、歌、歌! ~ 佐渡裕のオペラで会いましょう」でした。指揮は佐渡さん。コロナ休暇中も家ではちゃんと歌い、喉の筋肉は使っていたのですが、ホール後ろのお客様までちゃんと届くか不安でした。でも人前で歌えて本当に感動しました。前にお話をしてから5年が経つのですか⁈ 幸いにも声はまだ良くなっている実感があります。高い声も低い声も今がベストに近い状態なのではないかと思います。
ーー今年2月の大阪交響楽団の定期演奏会『運命の力』は感動しました。 東西の実力派キャストが集結した贅沢なプロダクションでしたが、圧巻のレオノーラ。 第4幕のアリア「神よ、平和を与えたまえ」を聴きながら、最高の楽器は人間の声なのだと確信しました。 レオノーラは声的にはどうでしたか。 また、演奏会形式での上演についてはいかがだったでしょうか。
レオノーラは自分には少し重めだと思いましたが、リリコの歌い手が声をコントロールしてやれる役だとは思いました。 ヴェルディはベルカントの流れがあり、十分に挑戦できるキャラクターではないでしょうか。 今回、音楽に集中出来たのは、演奏会形式のおかげ。 動きが入ると、どうしてもエモーションのブレが生じます。 音楽にどっぷり入り込み、集中出来たことが、演奏の成果に繋がったと思います。
ーーコロナ禍で三密を避ける目的もあり、全国のホールで演奏会形式のオペラ上演が見直された事は、良かったことかもしれませんね。 並河さんの先の予定を教えて下さい。
7月に、びわ湖ホールのレハール『メリー・ウィドウ』の後は、8月にはPACのブリテン『戦争レクイエム』が有って、9月には同じくPACでブルックナー『テ・デウム』。 10月に関西フィルの定期演奏会でヴェルディ『レクイエム』から、みつなかオペラの『プレミアム・ガラ』。11月には枚方シティオペラの『こうもり』があります。そして12月には阪さんの指揮で「立命館大学交響楽団 創立70周年記念演奏会」でマーラー交響曲第2番『復活』をびわ湖ホールで歌います。そして年明け3月に、びわ湖ホールプロデュースオペラでプッチーニ『トゥーランドット』。 先の予定を考えると凄いスケジュールですが、それぞれの演奏会を私の声で聴いてみたいと思っていただけるのなら、もう少し頑張って歌い続けたいと思います。 皆さま、これからもよろしくお願い致します。
ーー並河さん、長時間にわたり色々なお話をお聞かせくださり、ありがとうございます。 今後のご活躍を応援しています。
取材・文 = 磯島浩彰