Yahoo! JAPAN

浜作の料理 マッキー牧元【第3回】

料理王国

浜作の料理 マッキー牧元【第3回】

日本で最初の板前割烹、「浜作」。昭和2年に森川 栄さんが祇園で創業し、今は3代目の森川裕之さんが暖簾を守ります。この連載は、そんな浜作に「タベアルキスト」マッキー牧元さんが食事に訪れ、思索を巡らせた記録。至ってシンプル、それでいて心も技も尽くされ、かつ日本料理の芯を外さない浜作の料理の真髄を、月に一度伝えます。今回は5月上旬の献立です。

お椀の蓋を開けると、純白な花が豊かに開いていた。牡丹ハモのお椀である。

「浜作」のそれは、まさに牡丹という名に相応しく、ふっくらと膨らんで、見るものを恋に落とす。

骨を切るだけでなく、皮の半分まで切っているからこそ生まれる、ふくらみであり、美である。

牡丹ハモといえば、梅雨時期や梅雨明けが最も美味しいと言われてきた。しかし本来は5月初旬のお椀だという。

脂がまだのっていない鱧は、舌の上でふうわりと崩れて、脂にじゃまされない生来の甘みをのぞかせる。優しく、それでいて密かにたくましさを隠した甘みは、梅雨明けの鱧にはない品を漂わす。

しかしこの時期の鱧は固く、通常より細かく骨切りをして柔らかさを出す。そこが難しいという。

そしてつゆは、春の淡よりほのかに濃く、活動的な季節へ向かう息吹を忍ばせる。

一口目は淡く、二口目は、ややくっきりと。

鱧の滋味がゆっくりとつゆに溶け込んで、深く深くうま味をのせ、最後の一滴という高みに登っていく。すべてを飲み干し、お椀を置く。言葉は出ない。

「はあ」。

充足だけが、長いため息となって、口から漏れた。

5月の浜作

お豆の葛切り
ボウル デンマークマルガレーテ女王陛下拝領 ロイヤルハウスホールドクリスタル 
下敷き バカラレース

ご主人は、流し缶から取り出して切り、氷水で冷やした。器に盛り、地を注ぎ、天にワサビを乗せる。馴染ませ、食べやすくするためだろう、そのわさびに極々少量の地をかける。

振り柚子されて運ばれた葛切りを、切って口に運べば、ひんやりと舌の上に座る。噛めばもっちりぼってりとして、崩れていく。やがて口の中から消えていくが、その瞬間豆の甘みと香りが立ち上がり、余韻となって、たなびいた。

蛤の酒蒸し 雲丹
永楽正全造 染付ねじ梅筒向付け

大きな大きな蛤は、的確な加熱でエキスを湛えている。大きいゆえに噛みしだく感があるが、決して固いのではない。お汁とウニ、ミツバの三重奏が、蛤の滋味を深めていく。

牡丹鱧のお椀
鈴木表朔造 高台寺蒔絵刷毛目椀

460gの鱧だという。他店では600gほどものを使うが、やや小ぶりである。「おじいちゃんの頃は350gでした」。そう森川さんは言われて骨切りを始められた。以下上記の本文を参照ください。

お造り
楽吉左衛門造 葵向付け

淡路島の一本釣り めいたがれい。噛むと、ごりっと音がするような食感がある。凛々しいのに艶めかしい。命の気配がじわりと 押し寄せ、品よく、ほのかに、焦った甘みが流れ出す。その可憐な甘みが、余韻としていつまでも残る。「今日のものは450g です。これが200gだとクセがあります」。

海老バン
バーナードリーチ造 手塩

大連に「浜作支店」があった時の名残だという。中国料理には、エビのすり身をパンで挟んだ「蝦多士」という料理があるが、そのアレンジだろうか。噛めば、不思議なことに、エビとパンの境を感じない。サクッとパンが弾けた食感のすぐ後に、エビの優しい甘みに包まれて、顔が崩れる。

胡麻味噌和え
胡瓜、くらげ、椎茸
永楽妙全造 祥瑞猪口

胡瓜はザクザクッと痛快に、クラゲは軽やかにコリッと弾み、椎茸は旨味を滲ませながらふんわりと歯を受け止める。同寸に揃えられた三者は、三様の個性を生かしながらも、一つとなっている。千鳥酢だからだろうか、酸味はあるものの、口に残らない柔らかさがあった。

穴子の八幡巻
永楽妙全造 赤絵金蘭瓔珞手福字角皿

一噛みして目を丸くした。ゴボウと穴子が、なんと均一なのだろう。華奢な感じさえある。ゴボウの焚き具合、柔らかさがいい。柔らかすぎず固すぎず、穴子の身質を生かす焚き加減がこの味を生んでいる。

焚きもの
鯛の子 木の芽
二代叶松谷造 色絵竜紋手付小鉢

雅な味である。口の中でふんわりと崩れ、卵としてのささやかな豊かさがありながら、はかなさも併せ持つ。その味わいに蕩然とするまもなく、別れを告げていく。鯛の子は、酒で炊かれたのだという。

揚げ賀茂茄子のとろろ味噌
振り柚子
時代黄瀬戸蓋向付け

目の前で、とろろ芋をあたって、白味噌、赤味噌、出汁地を混ぜていく。茄子の甘みと歯を抱きしめるような柔らかな食感、とろろ芋の素朴な甘みと粘り、白味噌の甘み、赤味噌の旨味と塩気が、丸く一つになる。ほっこりとした気分を運んでくる味わいに、目を細める。

アジの塩焼き
仁阿弥道八造 鼠志野刷毛目台鉢

「割烹では、滅多に焼いたアジは出さないんですが、深いところで獲れたいいアジが入りましたと言われて、出してみました」。ほんのり焦げるくらい皮をパリッと焼かれたアジである。箸で割ると、湯気が立ち上がるほど、中心まで熱々でほのかに甘い。染めおろし、ネギ、茗荷、酢蓮根を添えて。

渡蟹のひろうす
二代目叶松谷造 笹絵唐草六角蓋向付け

内子と百合根を入れたひろうすである。ふんわりとした豊かさの中から、内子の香ばしさが現れる。

タコと胡瓜の酢の物
永楽正全造 吹き墨染付さざえ向付け

胡瓜の薄さがまた素晴らしい。ザクザクと殺しきった胡瓜の凛々しい食感と、蛸の食感の対比がいい。

白ご飯 だし巻き
ご飯 永楽妙全造 色絵金蘭麦藁手飯茶碗
だし巻き 永楽即全造 浅黄交趾荒磯絵中皿

「浜作」では最後のご飯は白いご飯が基本で、時期によっては豆ご飯と筍ご飯、松茸ご飯を出す。生臭ものは一切出さない。それでは今までの料理が台無しになるからである。

以前三代目を継いだお若い頃、色ご飯を出したときに常連から言われたという。「ごちそうのあとに、いつからこんなけったいなものを出すようになったんや」と。以来白いご飯である。

このだし巻きが素晴らしい。卵と出汁による料理であるが、まさに「出汁」が巻かれている。玉子巻きでも玉子焼きでもない、これが「だし巻き」である。焼き上がると。丸めたスノコでそっと受け止めるが、巻くことはない。巻いてしまうと崩れるからだろう。そのまままな板に置けば、この形になっている。

出汁の中に、卵の甘みが優しく溶け込んで、一口で惚れてしまう。その出汁と卵との余韻を、すぐさま白ごはんで受けとめる。我々日本人にとって、これほど幸せなことはあろうか。

水物 枇杷
二代目叶松谷造色絵金蘭唐子橋絵向付け

今の枇杷は甘くないので、レモンと砂糖を少し加えて。

photo, text マッキー牧元

【関連記事】

おすすめの記事

新着記事

  1. なんばパークスミュージアムで「メタファー:リファンタジオ展」 フォトスポットも

    OSAKA STYLE
  2. 三月のパンタシア、ベストアルバム『多彩透明なブルーだった』ジャケット写真公開

    SPICE
  3. まるでパリの街角! “黒メック”で親しまれる本格フレンチベーカリー【京都市中京区】

    きょうとくらす
  4. 猫に『和風な名前』をつけたいときの4つのアイデア!字画にこだわるのもひとつの手かも?

    ねこちゃんホンポ
  5. ハートのバラオブジェが可愛い!「ロイズ ローズガーデン上江別」(江別市)

    北海道Likers
  6. 「ロイズ ローズガーデンロイズタウン工場」のバラが最盛期!(石狩郡)

    北海道Likers
  7. 最大面積にバラが咲き誇る「ロイズ ローズガーデンあいの里」(札幌市)

    北海道Likers
  8. 大雨の中、『ひとりぼっちで濡れている子猫がいる』と連絡…向かった結果→胸が熱くなる『結末』に「感動して泣きそう」「本当にありがとう」

    ねこちゃんホンポ
  9. 赤ちゃんと初めて会った大型犬→すぐ『新しい家族』と理解して…泣けるほど尊い『優しい光景』が20万再生「いいお兄ちゃんになる」「幸せ家族」

    わんちゃんホンポ
  10. 「食のテーマパークって本当?」ロピア四日市北店7月25日オープン  現地に行ってみた   

    YOUよっかいち