PE業界で異例の新卒採用、年収1000万円を予定。人事戦略の新たな潮流に注目
新卒一括採用は企業の最重要と言える人材確保の手段でした。その場合、入社1年目の初任給は一律。育成期間なので給与は高くなく、学びと経験を積んで徐々に上がることを前提としており、これをもとに企業は人件費、社員はライフプランを計画してきました。ところが昨今、グローバル化やテクノジーの進化で人材の価値に変化が起きています。入社早々に高度で価値の高い仕事を期待される人材や専門知識を持った市場価値が高い人材が登場してきたのです。そうした背景からジョブ型人事制度など、これまでの前提を覆す仕組みの導入が検討されるようになりました。人事戦略の大きな変革が必要な状況となってきたのです。そうした動きに呼応するかのようにPE業界で異例の新卒採用、年収1000万円を予定するという取り組みを行う企業が出てきました。
そのような背景など日本産業推進機構(NSSK)代表取締役社長の津坂純様にお話しを伺いました。
お伺いした方:津坂 純様
NSSKの創立者及び代表者として、NSSKグループを統括する役割を担う。TPGキャピタルの元パートナー兼投資委員会委員及びパートナー選定委員であり、TPGキャピタル株式会社(日本)の元代表兼パートナー及びマネージングディレクター、MIT REAP(Regional Entrepreneurship Acceleration Program) Tokyo Team, Team Co-Champion, Risk Capital Champion、日本ハーバード・クラブのプレジデント、経済同友会会員、盛和塾生、ハーバード大学(BA)、ハーバード・ビジネス・スクール(MBA)終了、マサチューセッツ工科大学(Advanced Certificate in Innovation, Sloan School of Business)
高城:お感じになっている業界動き、トピックスなどをお聞かせください
津坂:国が『運用立国』という素晴らしい表現を言い出していただいたことでしょう。業界にとっては画期的なことだと思います。日本は今までは製造業・サービス・文化中心でした。それが運用を活発にして、結果として日本を元気にいこうということ。画期的な転換だと思います。実現のために何が必要かと言えば、投資のプロ。しかも、世界水準で戦えるようなプロの投資家を育てなければいけない状況になってきたと感じています。
高城:こうした動きと新卒採用で年収1000万円を予定する動きは関連性があるのでしょうか?
津坂:関係あります。日本はインフレクションポイントにあり、寝ている資金を活用=運用することで利益を確保するべき。その利益が将来の日本をいろんな形で担保することになるからです。利益があれば(企業は)設備投資や研究開発、事業開発も可能になります。例えば、流行りの生成AIを有効活用するにしても、ノウハウを得るためや、キャパを確保するためにお金がかかります。人材確保にもお金はかかります。例えば、海外から優秀な人材が日本に目を向けて、ビジネスとして選んでいただくためには競争力のある報酬が必要です。日本の文化は好きでも、それだけで選んではくれません。ゆえに企業も運用をして、利益確保が必要でしょう。そのような状況で運用立国を目指すと宣言していただいたことは、環境が整いつつあると言えます。ところが、日本には世界水準で戦えるプロの投資家が少ないのです。増やすためには、大学を卒業した学生たちを育成することも必要であると考えます。よって、我々が先んじて新卒採用することが責務と感じて、アクセルを踏む決断をしました。
高城:新卒採用を決断した背景は理解できました。一方でいきなり年収1000万円という設定にはためらいはなかったのでしょうか?
津坂:我々は金額が重要なポイントと考えていません。投資家の仕事は一人一人が「職人=プロ」だと思っています。そうした職人として早期に活躍いただけると思っているので、年収1000万円と設定しました。また、ゼロベースからの育成ではありますが、優秀な人材を採用できれば、専門家としての独り立ちには時間はかかりません。希望すれば、ドンドン機会が与えられて、早いスピードで成長いただけると確信しています。一般的な大企業の初任給レベルではなく、年収1000万円に設定したのは期待の表れです。伸びたい人にドンドンチャンスを与えていき、学ぶ機会をつくっていけば、成長スピードが上がり、妥当な報酬と言える金額ではないでしょう。
高城:求める人材像を教えてください
津坂:行動指針=ミッションに共感してくれることです。弊社のミッションは、
「人として正しいこと=正義感を貫き、すべてのステークホルダーの物心両面の幸福を最大限追求すると共に、世界トップクラスの投資運営会社を築きあげ、ESG(環境・社会・企業統治) の推進に貢献する」
です。正義感を持って、正しいことをとにかく意識して行動する発言する。そして、誰よりも努力して自分の能力を高めていく。こうした、行動ができる人材がこの業界で成功する。なぜなら、投資の仕事は投資関連だけでなく事業会社の仕事、機能別に言えば、人事・サプライチェーン・新商品開発と幅広く、現場を理解する力が必要。投資家は判断を求められることが多い仕事です。PLやキャッシュフローだけでなく、現場で何か起きているのか?まさに人を通じて把握する能力が重要と考えます。こう考えると、身に付けて欲しいことがたくさんあります。それなりに時間がかかりますね。こうした幅広い能力を身に付ける努力をしたい方に受け皿をつくっていきたいと思っています。ただ、身に付けるには時間がかかります。そう考えると若いうちから入社していただくことは意味があると思います。
高城:これまでに入社した社員との整合性をどのようにお考えでしょうか?
津坂:世界中・日本中で起きていることですから、業界では先駆者かもしれませんが、上の先輩たちにとって刺激を与えてくれる、得るものがたくさんあることですよね。変化の激しい時代ですから若い人の持っているスキルは新たな投資判断をもたらしてくれます。例えば、マーケティング手法もSNSも多様化していますが、その理解にもつながるはずです。
少し古い話ですが、若い社員で時計をしていている人がいない。携帯あれば時間はわかる…となっていたからですが、時計と携帯がつながったApple Watchは若手社員も身に付けるようになりました。こうした変化も投資判断に重要ですが、若手社員が近くにいることでわかるわけです。まさに社内の多様性を広げていく取り組みとも言えます。
自分は米国留学も経験して、日本で投資銀行業務からキャリアスタートしたのですが、社会人1年目はチャンスを与えられて、急激に成長したと記憶しています。この会社であれば、大事な会議や投資先の経営者と会うことが入社早々にあります。まさにチャンスが溢れている職場と言えます。このチャンスにやる気を示してチャレンジしてくれれば、吸収力も高いので急成長してくれることでしょう。いずれにしても新たな風となり、周囲に刺激を与えていただき、周囲も考え方を見直す機会になればいいと思っています。結果として投資家のレベルは全体的にあがり、PE業界の成長にも寄与するのではと期待しています。
高城:(投資家視点から)こうした動きは広く波及していくとお考えでしょうか?
津坂:業界の先駆者として責務は大きいと思っています。まずは我社で応募が増えて、人気が高い状況をつくることが重要です。こうして入社した社員が活躍する状況が明らかになってくれば、業界で波及していくことでしょう。波及することは大歓迎です。冒頭の運用立国を実現するため、プロの投資家を増やすには業界で新卒採用が増えるべきと考えます。
高城:新卒採用した方々のご活躍でPE業界が伸びていく。業界の裾野が広がっていくことになると思いますので、お取り組みの動向に注目をしていきたいと思います。
株式会社セレブレイン コラム 寄稿記事を転載
執筆者:株式会社セレブレイン 高城 幸司