台風豪雨は甚大な被害を出しました。リニア工事にも思いを巡らし、水資源について考えました
台風10号がもたらした豪雨で運休が長引いたJR東海道線。ようやく見えた晴れ間に買い物に出かけ、車で踏切を通過しようとしてハッとしました。銀色に光っているはずの線路がどこか違う。目を凝らすと、うっすら錆が浮いていました。暮らしと産業を支える東海道線で長引いた運休。大動脈の錆を目の当たりし、豪雨の深刻な影響を実感させられました。
台風は静岡県内の至るところで日常の往来を分断しました。県中部地域では8月30日朝、国道150号バイパス、東名高速道、新東名高速道が通行止めとなり、東海道線も不通。大崩峠は以前の災害で通行止めとなっていたため残された国道1号は大渋滞。本県の東西交通は事実上、遮断されました。
防災基幹道の思わぬ弱さ
新東名は大地震対策で危機管理の基幹道と称されてきました。ところが、開通後に大雨や大雪に対して、時に強靭とは言えない面があることが分かってきました。計画的な通行止めが重大事故を未然に防止し、結果的に早期の運行再開につながることは理解していても悩ましい気持ちになります。経済活動に決定的な支障を生じさせないような交通基盤整備は危機管理の要諦。政府や自治体は「想定外」を「想定内」にしていくよう、防災対策の不断の見直しをお願いします。
さて、冠水で立ち往生した車が全国ニュースになった焼津市の東名インターチェンジ周辺。朝比奈川と瀬戸川が合流し、小規模河川も流れ込むエリアです。私は8月の初旬、冠水被害が深刻だった場所からほど近い朝比奈川下流域で、焼津市が主催した親子水生生物調査にボランティア参加しました。活動の安全を見守る運営補助の役割。アラ還の私は孫子の世代と触れ合う機会になりました。開催前の約半月、県中部ではまとまった降雨がなく水量はかなり少なめで、甚大な水害は想像すらできませんでした。
水生生物調査での疑問
調査には小中学生と保護者計30人ほどが参加し、浅瀬に生息する生き物を採集しました。川底の生物は調査時点までの長期間の水質を反映するため、その地点の水質を知ることができます。この日は上流部の藤枝市岡部町でも調査を行い、生き物の違いを探りました。調査結果に基づく総合評価は、4段階評価で下流域が「ややきれいな水(水質階級Ⅱ)」、上流が「きれいな水(同Ⅰ)」でした。
活動の途中、河原で聞こえてきた親子の会話です。「ずっと雨が降っていないのに、川の水はなくならないの」。保護者は「山が水を蓄えているから」と答えていました。ハッとさせられました。川は豪雨で様相が一変しますが、酷暑や少雨でも枯れずに生活生業を支えているのです。
川の流れを維持している水は、地図で川と表示される範囲を流れる水だけではありません。雨は森林や田畑を潤し、住宅地を含め至るところから地中に染み込んで地下水になります。地下水は巨大な水がめの役割を果たし、河口に至るまで染み込んだり、湧き出したりしながら絶えることのない川の流れになります。河川の水位が上がるのは、雨量が強まると地中に浸透しきれない水がさまざまな水路を経て流れ込むからです。もし、地域一帯が全てコンクリートで覆われ地下に水が浸透しないのなら、わずかな雨量でも水位は急上昇するでしょう。
川の水は誰のもの?
静岡県中部地区のはるか北方に「日本の屋根」と称される南アルプスの3千メートル級の峰が連なります。静岡、山梨、長野の県境が交わり年間降水量が約3000ミリに達する日本有数の多雨地帯。大井川のみならず富士川や天竜川の流れも恩恵を受けています。安倍川や朝比奈川をはじめ、静岡県の中部地域の中小河川の多くは、支流や源流をたどれば南アルプスの南端付近に至ります。
近年の研究で大井川中下流域の地下水は近傍に降る雨が主要な涵養源になっていることが分かってきました。ただ、生活に欠かせない水道水、産業を支える工業用水、田畑を潤す農業用水など県中部地域で水がふんだんに利活用できる自然環境は悠久の歴史で南アルプスが蓄え、染み出てくる地下水を抜きに論じることはできません。
水生生物調査での親子の会話を聞きながら、リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事を思い浮かべました。最近、工事への対応を巡って流域市町の一体感に疑問符が付くようなニュースが流れてきます。水資源の管理には複数の組織や団体、自治体の関与が欠かせませんが、そもそも川の水は誰のもので、誰が川の流れに責任を持つのでしょう。身近な川の流れを見つめ、考えてみませんか。中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。