高校生達が和食日本一を目指す「全日本高校生WASHOKUグランプリ2024」
料理の甲子園とも言える高校生の闘いが開催された。
今年のテーマは「出汁を使った和食」だ。
限られた時間の中で調理し、審査員にプレゼンテーションをする。
技と味だけではなく、創造性やオリジナリティ、表現力など多岐にわたる審査項目を経て
日本一の栄冠に輝き、副賞のニューヨーク研修を手に入れたのは?
金沢市で開催された決勝大会の様子と、その狙いをレポートする。
決勝大会の会場は和食の聖地・金沢
今回5回目を迎える「全日本高校生WASHOKUグランプリ」。決勝大会は2019年の第1回以降、金沢市で開催されている。藩政時代から培われ、人々の暮らしのなかで特有な発展を続けてきた食文化が息づくまちで、高校生が2名1チームで日本一を目指すのだ。グランプリの副賞は、ニューヨーク研修。準グランプリは作家が手がける器セット、参加した6チーム全員に、金沢市内料亭での実地研修と食事体験が贈られる。
審査委員長は、金沢の老舗料亭「銭屋」主人の髙木慎一朗氏。審査員には、辻調理師専門学校校長・辻芳樹氏、料亭「金城樓」代表取締役社長・土屋兵衛氏、「京都吉兆」総料理長・徳岡邦夫氏、金沢短期大学食物栄養学科特任教授・原田澄子氏という錚々たる顔ぶれ。
調理技術や味だけではなく、出汁のクオリティ、栄養のバランスや色彩の美しさ、手際の良さなどで料理を評価し、プレゼンテーションと質疑応答を通して、表現力と熱意も審査される。調理時間は70分。3食分で原価3200円以内という制限付きだ。
技術だけではなく幅広く調理を学ぶ高校生達
実は調理科で専門的に学ぶ高校生は、年々減っている。文部科学省の文部科学統計要覧・学科別生徒数の推移を見ると、家庭学科の生徒数は、約10年で82%に減少。高校生全体の数が89%に減っていることもあるが、7ポイントも減少率が高い。しかし、数が減っているとはいうものの、一流シェフから高度な最新技術や高級食材の扱いを直接学んだり、生徒たちがレストランを営業したりすることでより実践的な調理を体験するほか、地域の特産品を使って商品開発に取り組むなど、料理を通じて地元に貢献する学校もある。また、このWASHOKUグランプリをはじめ、北海道で開催される「うまいっしょ甲子園」や流通・食品企業が主催する料理コンテストなど、高校生が実力を発揮し、評価される機会が多数あることも、彼らのモチベーションリソースに違いない。
この大会にエントリーした高校生は、48チーム96名。書類選考で勝ち抜いた地元石川県の鵬学園高等学校、三重県立相可高等学校、広島県立総合技術高等学校、沖縄県立浦添工業高等学校の高校生、6チーム12名が会場に集まった。
審査委員長でもある金沢市の料亭・銭屋主人の髙木慎一朗氏(左)。
写真提供:つぐまたかこ
大会の主催者は、全日本高校生WASHOKUグランプリ開催委員会と金沢市。行政が力を入れていることに注目したい。審査委員長である髙木慎一朗氏は、開催委員長としてもこの大会に参画してきた。
「この業界にはご存じの通り“後継者不足”という問題があります。料理に興味を持って学んでいる高校生達に、輝ける機会を作り、一生ものの体験をしてほしかった」。髙木氏は、大会への思いをそう話してくれた。
後継者不足を解消するなら、次世代の料理人を発掘するのが目的ではないのだろうか。その疑問に答えるかのように、髙木氏は言葉を続けた。
「プロを目指すか目指さないかは本人の人生設計ですから。もちろん、今まで決勝大会に出場した学生達のなかには料理人としてがんばっている子が何人もいます。そういう意味では、後継者不足という問題を少しはクリアできたのかもしれません。とはいうものの、全員がこの業界に入るわけではない。ただ、料理人にならなくても、食べ手としてのクオリティが上がる。正当な評価ができる若い人達が増えることで、食文化は守られると思うんです」
審査員の一人、京都吉兆総料理長の徳岡邦夫氏は、勝ち負けや技術よりも大切なことがあると言う。
「野球やサッカー、ダンスなどの部活を通じて、高校生達は努力すること、人との付き合いや自分との向き合い方を学びます。料理も同じ。野球やサッカーでも、部活からプロになるのはほんの一握りですよね。ただ、料理は、まわりの人や社会の役に立つことができます。自分達が料理の継承者だという自覚を持って、料理が得意な高校生達が、食を通じて社会で輝けるようになってほしい。食は生きるため、人類が継続するために大切なものですから」
食文化を次世代に繋ぐこと。日本料理界を担う二人が、このWASHOKUグランプリに寄せる思いは期せずして同じだった。グランプリを受賞したチームには、ニューヨーク研修の副賞が贈られることも、次世代へ食文化を繋ぐために重要だと髙木氏は言う。
「ニューヨークのレストランに行くと『日本のハイスクールチャンピオン』として、敬意を持って迎えられるんです。向こうは料理人の社会的評価が高い。日本ではできないことを十代の頃に体験することが大切だと思っています。文化庁が“食文化”という言葉を使い始めたのは、たった10数年前のこと。僕たちの世代ではきっと間に合わないから、この大会を経験した若い世代の人たちに託したい。そして、変えられるのは金沢からだという自負もあります」
プロセスからプレゼンまで プロの評価を受ける真剣勝負
決勝大会で競う6チームは、10分ずつ時間をずらして調理をスタート。2名一組のチームを、ボランティアで地元石川県の高校生が調理補助としてアシストしていた。
それぞれの調理台では、出場者達が作業を進めている。何度も練習したのだろう。どのチームも6品から8品という、コース仕立ての料理を迷いなくテキパキと仕上げていく。地元に伝わる郷土料理をアレンジしたもの、能登半島地震からの復興を願い、初めて能登の食材にもチャレンジしたチーム、やっかいものの食材を使うことで生産者が抱える問題解決を目指した料理など、いずれも明確なコンセプトを掲げたものだ。「出汁を使った和食」というテーマにのっとり、鰹や昆布出汁だけではなく、ゴボウの皮やトマト、レモン、キノコ、鶏肉などいくつもの出汁を単独で、また組み合わせていた。
写真提供:つぐまたかこ
熱を帯びる調理台の間を行き来するのは、5人の審査員。評価シートらしきものを片手に真剣な眼差しで調理の様子を観察している。学生達は、緊張しているに違いない。審査員だけではなく、撮影カメラも自分達を追いかけてくる。大勢の人に見られながら料理をする経験は、プロの料理人でもそうあることではないだろう。
料理が完成すると、試食とプレゼン。実際に料理を食べた審査員からは、食材のこと、調理手順のこと、食べる順番やプレゼン内容、ときに「大会のための料理と大好きな人に食べてもらう料理の違いは?」といった料理の哲学に通じるような質問が飛ぶ。うまく答えられるチームもあれば、言いよどむケースも。プレゼン終了に緊張が一気に解けて、涙ぐむ高校生もいた。まさに真剣勝負だ。
僅差でグランプリを獲得したのは広島のチーム・Wミミ
見事優勝に輝いた広島県立総合技術高等学校のチーム「Wミミ」の西本未来さんと福島未温さん。村山卓金沢市長と共に。写真下は優勝作品「5種の出汁香る 瀬戸内御膳」。
三重県立相可高等学校のチーム「ミエマイモン」と髙木審査委員長
沖縄県立浦添工業高等学校のチーム「ハイビスカー‘s」と土屋審査員
鵬学園高等学校のチーム「幸あられ」と辻審査員
三重県立相可高等学校のチーム「おも~さまきときと」と徳岡審査員
三重県立相可高等学校のチーム「おいないさん」と原田審査員
5人の審査員は、かなり悩んだそうだ。「本当にすばらしい。地域の食材や食文化に誇りを持って調理していることが伝わってきた」と語ったのは、栄養学の専門家・原田審査員。料亭主人として日々調理に携わる土屋審査員は「おいしいものを提供するだけではなく、食文化の担い手として、私自身忘れかけていた大切なものを思い出させてもらったような気がする」と称賛。多くの料理人を育てている辻調理師専門学校校長の辻審査員は、開始前から「レシピを見ると、学生たちの気迫が伝わってきた。だから、大人の私たちも真剣に審査する」と言っていた。そして審査後のコメントでは「ビジョンと献立の成功度合い、メッセージなども含めた構成の完成度が高かった。それだけに、完全に出来たチームとそうでないチームで差がついたような気がする」と。
そんな厳しい審査の結果、ニューヨーク研修に行けるグランプリを獲得したのは、広島県立総合技術高等学校のチーム「W(ダブル)ミミ」の西本未来さんと福島未温さん。鰹出汁、昆布出汁のほか、トマトやレモンなどの出汁を使った「5種の出汁香る瀬戸内御膳」だ。広島の特産品・タコで、金沢の郷土料理「治部煮」を作るなど、オリジナリティあふれる7品。和食の源流・茶道を象徴する風炉先屏風をあしらった盛付けや、調理台にゴミ袋を3つ備えたオペレーション効率の良さなども評価されたようだ。
名前を呼ばれた瞬間、Wミミのふたりは、ちょっと驚いたような顔をしてお互いを見つめ、そのあと満面の笑顔になった。まわりの高校生達も拍手。一方で少し悔しそうにしていたチームもあったが、記念撮影ではみんな笑顔。緊張が解けて、いい表情になった。閉会式で、金沢市長の村山卓氏は高校生達にこう語りかけた。
「どのチームも本当に素晴らしかった。6チーム12名のみなさん全員に、副賞として金沢の料亭での実地研修と食事体験という副賞をご用意した。金沢市は11年前に『金沢の食文化の継承及び振興に関する条例』を施行しており、その中で金沢の食文化は料理だけでなく、その調理法、器、作法、しつらえなども含むとしている。これら全てを包含するのが金沢の料亭で、料理だけではなく、器やおもてなしなどを通して、金沢の食文化を体験してほしい」。きっと彼らにとって、この日の決勝大会と共に「一生ものの体験」になるに違いない。
取材、文:つぐまたかこ 写真提供:金沢市
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