世界各地に伝わる『ユニコーン』的な幻獣伝承 〜モノケロス・うにこうる・IPU
ユニコーン(Unicorn)は有名な幻獣であり、多くの人が一度は耳にしたことがあるだろう。
鋭く長い一本角が生えた馬であり、処女以外の全ての人間を突き殺そうとする、獰猛な害獣として名高い。
その角には凄まじい薬効があるとされ、あらゆる病気の治癒や毒の中和、汚染水の浄化なども可能だと考えられていた。
ゆえに中世ヨーロッパの人々は、この怪物の角をこぞって求めたとされている。
実は、ユニコーンのような幻獣の伝承は、世界各地に存在する。
今回は、ユニコーンに似たこれらの怪物たちについて、詳しく見ていきたい。
1. モノケロス
モノケロス(Monoceros)は、古代ヨーロッパに伝わる一角獣である。
88星座の一つ「いっかくじゅう座」の、名前の由来となった怪物とされる。
古代ローマの博物学者、ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(23~79年)の『博物誌』によれば、モノケロスはインドに生息する猛獣であり、馬の体・雄鹿の頭・象の足・猪の尻尾を持ち、額からは約1mの黒く鋭い一本角が生えた、異形の出で立ちをしているという。
モノケロスを生け捕りにすることは不可能であり、現地住民は決死の覚悟で、この獣を狩っていたとされる。
また、6世紀頃の修道士、コスマス・インディコプレウステース(生没年不詳)は自著である『キリスト教地誌』において「モノケロスは無敵極まりない怪物であり、その力の源は、額に生えた一本角である」と説いている。
彼によれば、狩人たちが大勢で追い詰めても、モノケロスは平然と断崖絶壁を飛び降り、着地の際には角を巧みに使って衝撃を逃すため、無傷で逃走できるという。
もっとも、コスマス自身はこの怪物を実際に見たことはないと述べている。
2. ぼつ馬
ぼつ馬(ぼつば)とは、中国に伝わる幻獣であり、古代の地理書『山海経』にその存在が記されている。
敦頭(ていとう)という山に、この馬は生息しているという。
白い体を持つが、尻尾は牛のような形をしており、人を呼ぶかのような鳴き声を上げるともいう。
額には立派な一本角が生え、まさに幻獣の風格を備えている。
興味深いことに、この馬は陸地ではなく、ふだんは水中に潜んで暮らしているのだという。
『山海経』には、ほかにも「水馬(すいば)」と呼ばれる、水中に棲む馬の記述が見られる。
この馬に角は生えていないが、脚には花のような紋様があり、尻尾は𩣡馬と同じく牛のものであるそうだ。
3. うにこうる
ユニコーンの伝承が江戸時代、オランダを経由して日本にも伝わっていたことをご存じだろうか。
その日本版ユニコーンこそが、「うにこうる」である。
草双紙(絵本に似た書物)『日下開山名人そろへ』には、うにこうるの詳細な解説が記されている。
その姿は、鱗に覆われた皮膚、水かきのある足、鳥のような口と、原型のユニコーンとは大きく異なり、角も一本ではなく二本生えているという。
ユニコーンと同様、角には途方もない薬効があるとされたが、うにこうるは普段海中に棲んでいるため、容易には捕らえられなかった。
しかし海岸に魚を吊るして罠を仕掛けると、餌に引き寄せられて陸に上がってくるため、容易に捕獲できるとされている。
後世の俗説であるが、新選組初代局長・芹沢鴨(?~1863年)は、うにこうるの意匠が施された根付(留め具)を肌身離さず携えていたという。
しかし、あるとき隊士の一人、佐伯又三郎(?~1863年)がこれを盗み、売っぱらってしまったそうだ。
この一件に激怒した芹沢は、佐伯を京都・島原の遊郭街で斬殺した、という逸話も存在する。
4. 見えざるピンクのユニコーン
見えざるピンクのユニコーン(Invisible Pink Unicorn)、略して「IPU」は、神や宗教を風刺する存在である。
その名の通り、ピンク色の体を持つとされるが、透明であるため、実際にピンクかどうかも、そもそもユニコーンであるかどうかも確認できない。なお、IPUは雌とされる。
IPUは1990年代、有神論者に対する皮肉として、無神論者たちによって創作された存在である。
彼らは、信仰される神とは、適当に作り上げたIPUのようなものに過ぎないのだと風刺しようとしたのである。
この設定は一部のネットユーザーに受け入れられ、IPUにはさまざまな属性が付与されていった。
以下にその一例を挙げる。
・IPUはハムとパイナップルのピザが好物だが、ペパロニのピザは嫌いである。
・IPUは靴下を携挙(天に引き上げること)するという不可解な性癖を持つ。
・紫の牡蠣(Purple Oyster)という宿敵が存在する。
・紫の牡蠣はペパロニのピザが好物であり、IPUとは相容れない。
もっとも、IPUという存在自体が悪ふざけに満ちたものであるため、心から神を信じる人々の前でIPUの話題を持ち出すのは、慎重にすべきだろう。
参考 : 『日下開山名人そろへ』『博物誌』『山海経』他
文 / 草の実堂編集部