佐藤二朗は中村佳穂の楽曲のどんなところに影響を受けて『そのいのち』の脚本を書いたのか「生あるものすべてへの讃歌のように感じた」
俳優の佐藤二朗が脚本・出演を担当する舞台『そのいのち』が11月9日(土)から17日(日)まで東京・世田谷パブリックシアター、11月22日(金)から24日(日)まで兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールにて上演される。ミュージシャンの中村佳穂の同名曲からインスパイアされ、佐藤が12年ぶりの書き下ろし新作戯曲を手がけた同作。障がいを持つ24歳の相馬花(佳山明/上甲にか)、42歳のその夫・和清(佐藤)、そして花に雇われる介護ヘルパーの山田里見(宮沢りえ)。世間から見放されて生きる花に対して里見はシンパシーを抱くが、ある出来事をキッカケにそれぞれの関係性に狂いが生じることに。今回は佐藤に、脚本を手がけることになった経緯などについて話を訊いた。
――『そのいのち』は、白木啓一郎プロデューサーから「ぜひ脚本を書いてほしい」とのリクエストを受けて書き下ろしたそうですね。白木プロデューサーは、佐藤さんが脚本・出演を担当したドラマ『だんらん』(2013年/カンテレ)の演出家でもありますが。
白木さんは以前から僕が書く脚本を気に入ってくださっていて、『だんらん』の後も「なにか書きませんか」と話をもらっていたんです。ただそのときの白木さんはカンテレのドラマの部署に所属していました。僕には連続ドラマの脚本を書く能力はないから、「連ドラではなく、自分が監督する映画や舞台であれば」と話していたんです。そうしたら数年後、白木さんがドラマの部署から舞台・イベントの部署へ移動となり、その日のうちに「舞台の脚本をやりませんか、二朗さんの好きに書いて良いです」と電話があって、担当することになりました。
――そして、中村佳穂さんの楽曲からインスパイアされて脚本を書いたという。
白木さんから脚本の依頼をもらったのと同じような時期に妻が「すごく良い楽曲がある」と教えてくれたのが、中村佳穂さんの「そのいのち」でした。歌詞は聴く人によっていろんな想像ができる内容。その歌詞から物語を紡いだというわけではなく「この歌が流れる物語を書きたい」と思って、話を考えていきました。あと、以前から優生思想(優秀とされる人の子孫を残し、劣るとされる人の遺伝子を淘汰するという考え方)について書きたい気持ちも、脚本作りには影響しています。「そのいのち」の<いけいけいきとし GO GO>という一節が、生あるものすべてへの讃歌のように感じたんです。自分が書きたかった優生思想のことと、インスパイアされた曲の歌詞がリンクした気がしました。
――たしかに『だんらん』、映画初監督作『memo』(2008年)、2021年に映画化もされた舞台『はるヲうるひと』(2009年)など、佐藤さんのこれまでの脚本作を鑑賞しても、生死にまつわること、そして先天的・後天的に自分に備わるものなどが描かれますよね。そして、それらの出来事や問題とどのように付き合い続けるかについて触れられている気がします。
昨日より今日の方が劇的に生きやすくなったという人はなかなかいない。自分は、物語の最後に障害が取っ払わられて物語のモヤが晴れるというものにあまり感動を覚えないんです。そうではなく、昨日と同じように今日も障害があって、それは明日もあるんだけど、でもちょっとしたことで「少しだけ前を向こうか」という感じが一番グッとくる。『はるヲうるひと』はまさにそうでしたし、今回もそういう話であると言えるかもしれません。
――脚本はもちろんのこと、出演者としての佐藤さんも楽しみです。佐藤さんのシリアスな芝居が堪能できそうですね。
映画『さがす』(2022年)や『あんのこと』(2024年)を観た人には多少の免疫はあるかもしれないけど(笑)、『勇者ヨシヒコ』シリーズ(テレビ東京系)しか観ていない人がこの舞台に来たら、びっくりしそうですね。ただ僕は、コメディとシリアスは同じ地平にあるとよく言っていますし、演じる上ではそれほど大きな差はないと自分では思っています。
――共演の宮沢りえさんには、事前に熱いメールを送ったと聞きました。
いやいや、まあ、酔っ払って送ったものだから! 言葉にすると恥ずかしい内容なんです。ざっくり言うと「大きな座組に出て誰かに引き上げてもらうというのではなく、自分たちでなにかムーブメントを起こそう」というもの。りえちゃんに「酔っ払って書いたものだから」と説明したら、「だろうと思っていました」と笑っていました。次の日、酔いがさめてメールを見てみたら「俺はなんてものを送ったんだ」とだいぶ恥ずかしかったですね(苦笑)。
――そんな『そのいのち』ですが、鑑賞者がどんな受け止め方をするのか楽しみですね。
脚本家としても、役者としても「コレはこういうもの、アレはああいうもの」というのをなるべく崩したい。そんな感じで来て下さい(笑)。
取材・文=田辺ユウキ 撮影=福家信哉