従業員の通勤を安全かつ効率的に、インド発の通勤モビリティソリューション
インドでは渋滞や交通事故、深刻な大気汚染が長年の課題となっている。MoveInSync(本社:インド・バンガロール)は「企業向けのモビリティ」に着目し、大企業向けにタクシー、電気自動車、バン、バスなどの車両とプラットフォームを活用した通勤ソリューションを提供している。共同創業者でCEOのDeepesh Agarwal氏に、ビジネスの概要や提供価値、成長戦略を聞いた。
<font size=5>目次
・インドの渋滞問題にテックの力で挑むため起業
・従業員の通勤を支援するサービス
・サービス解約の少なさが需要を裏付け
・海外進出時は現地のニーズ把握が鍵
インドの渋滞問題にテックの力で挑むため起業
―職業的背景と、MoveInSync創業の経緯をお教えください。
私はエンジニアで、インド工科大学(IIT)で電子工学を専攻しました。卒業後はさまざまな企業で働きましたが、MoveInSync創業前はMotorolaで勤めていました。そこで米運輸省と協力し、インテリジェント交通システムの構築に携わりました。このプロジェクトで、テクノロジーが交通事故減少など安全性の問題解決に大きく貢献できると実感しました。ただ、残念ながらそのプロジェクトは構想段階で終わってしまいました。
このときの経験から、インドの社会課題に取り組めるのではないかと考えました。インドの多くの都市、特に私の住む南部のバンガロールでは交通渋滞が深刻な問題です。残念ながら、世界で最も渋滞の酷い都市のワースト5に入っている都市なのです。こうした背景が、私を交通テックの分野に導きました。また個人的に、起業家になりたいと考えていました。大企業では自分の影響力に限界を感じていたからです。そこで、Microsoftで勤務していた同級生と一緒にMoveInSyncを立ち上げました。
われわれの目標は、安全で確実な相乗りタクシーやシャトルバスのシステムを構築し、より多くの人が乗り合わせることで道路上の車両数を減らすことです。ただし、安全性と確実性を最優先にしています。
Deepesh AgarwalMoveInSyncCo-Founder & CEOインド工科大学(IIT)で電子工学と通信の学士号、インド経営大学院でMBAを取得。InfosysやTech Mahindraでシステムアナリストやエンジニアとして活躍し、Motorola Indiaではエンジニアリングマネージャーを務めた。Motorola時代には米国運輸省と協力し自動車をインテリジェントにする交通管理システム「MOTODRIVE」を開発。この経験を基に、2009年にMoveInSyncを共同設立しCEOに就任。
従業員の通勤を支援するサービス
―現在提供されているプロダクト、サービスについて教えてください。
主に2つのサービスを提供しています。ソフトウェアサービス「MoveInSync Ion」と従業員の移動に関するニーズを管理する「MoveInSync One」です。
MoveInSync Ionは、500人以上の従業員を抱える企業向けに、通勤用タクシーやシャトルバスを効率的に運用するためのソフトウェアを提供しております。インドでは多くの企業が24時間体制で世界中の顧客に対応しているため、従業員の勤務時間も多様です。午前9時から午後6時、午後2時から午後10時、午後6時から翌朝の午前6時といったシフト制で働いています。そこで、多くの企業は業務を円滑に進めるために従業員の通勤手段を提供し、その費用を負担しているわけです。
例えば、当社の最初の顧客であるGoogleは、当社が2011年に創業して以降、13年間ご利用いただいております。インド国内3都市のオフィスで5000人以上の従業員の通勤をサポートし、4人乗りの相乗りタクシーで効率的な通勤を実現しています。これにより、輸送コストと車両数の削減を達成しているのです。
また、安全性と確実性も重視しており、特に夜間の通勤や女性従業員の安全に配慮しています。インド政府の方針に従い、女性従業員が乗車している場合は、指定された自宅に確実に送り届け、途中で不必要な停車をしないよう管理しております。
一方、MoveInSync Oneは、ソフトウェアに加えて実際の輸送サービスも提供しております。企業向けにタクシーやシャトルバスの車両を用意し、MoveInSyncの車両で従業員を安全確実にオフィスまで送迎します。このサービスでは、輸送そのものを私どもが担当します。
MoveInSync Ionについて、もう少し詳しくお話しします。われわれは単なる通勤支援だけでなく、ハイブリッド・ワークプレイス向けの機能も追加しました。新型コロナウイルスの大流行以降、インドの多くの企業では週3日のオフィス勤務など、柔軟な勤務形態を採用しています。例えば、従業員が火曜日にオフィスに出勤すると決めた場合、シャトルの予約だけでなく、自分用のデスクも予約できます。「今日は2階フロアのこの部屋」、「明日は3階フロアのあの部屋」というように、好きな場所のデスクを予約できます。
また、自家用車で通勤する場合は駐車場も予約可能です。さらに、ミーティングルームの予約もMoveInSyncのソフトウェアで行えます。これにより、オフィス勤務がより生産的なものになるよう支援しています。つまり、通勤から業務環境の準備まで、オフィスでの1日をトータルでサポートするソリューションを提供しているのです。
サービス解約の少なさが需要を裏付け
―大企業は従業員のエンゲージメントのほか、持続可能性、とりわけ温室効果ガスの削減にも注力しています。通勤の最適化はそのようなニーズにも応えるのではないでしょうか。
われわれは2つの方法でCO2排出量を削減しています。まず、1台の車両に平均4人が相乗りすることで、道路上の車を3台分減らしています。もう1つがEVの利用です。インド全体ではEVの普及はまだ発展途上ですが、われわれの車両の15%がEVで、今後3年以内に、この割合を100%にすることを目指しています。
―従業員の通勤に関するソリューションは非常に独特だと感じました。この分野で競合はいらっしゃいますか。
おっしゃる通り、われわれのサービスはとてもユニークです。実際、MoveInSyncは従業員の通勤を安全性と定時性の観点から自動化するという市場を創造しました。インドには同様のサービスを提供する小規模な技術企業もありますが、2番目に大きな企業でもわれわれの4分の1程度の規模です。それ以外はさらに小規模な企業ばかりです。つまり当社はこの分野で圧倒的に優位な立場にあります。
MoveInSyncの規模感をお伝えすると、1日当たり60万人の従業員がわれわれのソリューションを使って通勤・退勤しています。また、6万台の車両がわれわれのシステムを利用しています。これがわれわれのビジネスの規模です。また、事業はインドから始まりましたが、現在は38カ国でサービスを提供しています。フィリピンや南アフリカも当社にとって大きな市場です。日本企業では、NTTデータや三菱UFJフィナンシャル・グループなどがわれわれのクライアントです。欧州や北米にもクライアントがいます。
―御社の成長性を示すここ数年の指標の変化を共有いただけますか。
2023年のわれわれの売上高は5000万ドルを超え、コロナ禍の厳しい時期を乗り越えました。過去5年間の平均成長率は年間約80%で、今後も60〜70%程度の成長を見込んでいます。現在、売上の80%はインド市場からです。インド経済は年9〜10%のペースで成長しており、多くの企業が低コストと優秀な人材を求めてインドに進出しています。これが当社の成長を後押ししています。
インドには約1600のグローバル・ケイパビリティ・センター(GCC)があり、GoogleやMicrosoft、大手銀行などがグローバル顧客向けのサービス拠点を設けています。3年後にはこの数が2500に増えると予測されています。インドの主要都市の深刻な交通渋滞問題から、これらの企業は従業員に通勤手段を提供し、優秀な人材の確保・維持に努めています。
さらに、われわれのサービスが顧客の問題を効果的に解決していることも成長要因です。2011年からの顧客であるGoogleが今も利用を続けているように、2023年に利用をやめた顧客はほぼゼロでした。顧客企業の成長と共にわれわれも成長を続けているのです。
image: MoveInSync
海外進出時は現地のニーズ把握が鍵
―今後12〜24カ月のマイルストーンと、それを乗り越えるために必要なことをお教えください。
われわれにとって、今後の重要なマイルストーンが2つあります。1つ目は、売上シェアの少ないグローバル収益を、少なくとも30%まで引き上げることです。すでに38カ国で展開していますが、インド以外の企業からも大きな関心を集めています。例えば、あるスイスの大手企業が1000以上の会議室を管理するためにわれわれの職場管理ソリューションを採用しました。インドの優秀な人材と低コストの運用・提供体制が、グローバル顧客に高品質な技術ソリューションを提供する上で大きな利点となっています。
2つ目の目標は、インド国内での成長戦略です。特にインドでは製造業の成長が著しくなっています。多くのグローバル企業が製造拠点をインドに設立しており、アジアや米国の製薬会社、トヨタやHyundaiなどの自動車メーカー、そしてAppleのような電子機器メーカーが大規模な製造施設を設立しています。そのため、今後12〜18カ月の間に、技術分野以外の2つのセグメント、特に自動車と電子機器の製造業での成長がわれわれの大きな計画となっています。
これらの目標を達成するためには、いくつかの課題があります。現在、チームはインドを拠点として活動しており、例えば日本の企業にアプローチする際には特有の課題があります。デジタルセールスには利点も欠点もあります。製品の能力や成熟度には十分な自信がありますが、マーケティング戦略についてはさらなる検討が必要です。フィリピンには既にオフィスとチームがありますが、他の国々でも同様のアプローチを取るべきかを検討中です。
また、われわれの事業領域はニッチな分野であり、広く知られたEコマースのような分野ではありません。そのため、新しい市場に進出する際には、技術やメリットを顧客に理解してもらう必要があります。見込み客への教育や新しい市場へのアプローチ方法についても慎重に検討しなければなりません。
―日本企業とパートナーシップを組む場合、どのような関係が望ましいですか
私たちは、職場管理やフレキシブルワークの分野で協力できると思います。日本企業がフレキシブルワークを導入しようとしている場合、われわれはそのための技術を提供できます。また、インドで行っているような製造業のサポートも可能です。大規模な製造拠点で従業員がシャトルバスを利用する場合、その運用を自動化し効率化するソリューションを提供できます。
パートナーシップのスタイルはさまざまありますが、現段階では販売パートナーシップから始めるのが良いのではないでしょうか。販売パートナーシップを通じて関係性を構築した後、ジョイントベンチャーや投資といったより深い協力関係に発展させていくことも可能だと思います。ただし、これは私の考えに過ぎません。もし他に良いアイデアがあれば、ぜひお聞かせいただきたいと思います。柔軟に対応させていただきたいです。
―最後に、長期ビジョンと将来のパートナーや顧客へのメッセージをおねがいします。
当社は将来的にインドでの上場を目指しています。事業拡大に伴い、大規模な通勤サービスの需要が高まると予想しており、現在のサービス領域に加えて製造業や建設業など新分野への進出も検討しています。
大規模な人の移動が必要な場所では、適切なリソースを適時に提供することが重要です。例えば、中東の石油探査会社では数百人の作業員を油田に移動させる必要があり、そのような人の移動の課題も解決したいと考えています。
われわれは従業員や作業員が安全で確実、かつ持続可能な方法で通勤できることに注力しています。確かにニッチな市場ですが、ストレスのない通勤が従業員の不安を大きく軽減する効果が複数の国で確認されています。日本企業の皆様にも、ぜひ当社の通勤ソリューションをご検討いただければ幸いです。
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