サザンオールスターズの最新作『THANK YOU SO MUCH』発売から2ヵ月超、“アルバムならでは”の楽しみと魅力を曲の並びから考察する
サブスク利用者が増え、プレイリストで音楽を楽しむスタイルが一般的になってきた。だが、1曲目から順に聴いていく“アルバムならでは”の楽しみ方も捨てがたい。サザンオールスターズの新作『THANK YOU SO MUCH』もアルバムの愉悦を味わわせてくれる作品だ。発表から2ヵ月以上経ち、ツアーでもすでに新作の曲が披露されている。本記事では、アルバムとしての曲の並びの魅力を中心にレビューしていこう。
収録されているのは14曲。バラエティーに富んでいて、アルバム全体のトーンは軽やかかつ自由だ。個々の楽曲の充実ぶりも見事だが、曲から曲へ移る瞬間もたまらない。時空を越える感覚を味わえるからだ。この新作に『2025年音楽の旅』というサブタイトルを付けたくなった。
旅の最初の訪問地は妖しき昭和のディスコの店内だ。1曲目の「恋のブギウギナイト」はディスコミュージックでありつつも、リズムはEDM風。昭和と令和のムードが混ざり合い、不思議な浮遊感と高揚感を醸し出し、桑田の低音ボイスが魅惑の世界へと誘っていく。続く「ジャンヌ・ダルクによろしく」では一転して、薄暗いダンスフロアから野外フェスのスタンディングゾーンへ。サザンロックテイストのあるバンドサウンドが全開で、音階の狭間までを奏でるスライドギターによって、身も心も激しく揺さぶられる。
「桜、ひらり」では懐かしき場所にひらりふわりと軽やかに着地。今は亡き人々の笑顔に囲まれていた懐かしき場所へ、そして桜咲く季節へ。悲しみを受けとめ、胸の中に永遠に存在するものを示していくポップミュージック。歌声もガットギターもストリングスもまるで春の日差しのように温かい。太陽が西に傾き、2つの影が長く伸びる光景が見えてきたのは「暮れゆく街のふたり」だ。昭和歌謡のディープな世界がたまらない。日本語の抑揚を活かした歌詞も見事。深い余韻の残る曲だ。
その余韻を吹き飛ばし、生者も死者も共に宴を繰り広げるのは「盆ギリ恋歌」。『茅ヶ崎ライブ』の光景と重なる瞬間もある。ガムランから盆踊りまで、自在な音楽のゴッタ煮は美味にして珍味。この味わいはサザンオールスターズならではだ。冒頭で「音楽の旅」と書いたが、旅をするのは時代や場所だけではない。人間の意識の中に深く入り込む瞬間もあったからだ。「ごめんね母さん」では、罪の意識や後悔の念に苛まれる青年の意識の中にダイブ。ローファイなオルタナティブポップ・サウンドが新鮮に響く。生気のないダウナーな歌声を、桑田が喜々として歌っている(ように感じた)。ルーツミュージックへのリスペクトと最新の音楽への目配りとが共存するところに桑田の懐の深さがある。
車の助手席に滑り込んだ気分を味わったのは「風のタイムマシンにのって」。潮風のような爽やかな原由子の歌声が、江戸時代から現代までの湘南を案内してくれる。だが、快適な気分は続かない。いきなりヒートアイランドへと放り込まれるからだ。「史上最恐のモンスター」は地球温暖化や戦火などの社会的なテーマを内包した曲だが、人間という存在への問いかけを音楽で実現しているところが素晴らしい。アフリカン、フュージョン、アンビエントなどのテイストもあり、テーマもサウンドも地球規模だ。
やがて旅は地球を飛び出して宇宙へ向かう。「夢の宇宙旅行」ではポップなグラムロックに乗り、星間旅行を体験。スペースシップの窓からは、「スペイス・オディティ」のトム大佐の乗船する宇宙ステーションが見えてきそうだ。「歌えニッポンの空」が始まり、夢から目覚めると、懐かしきホームタウンの景色が出現。ラテンやサーフミュージックのテイストもあるのだが、懐かしくてみずみずしいサウンドはニッポンの空そのもののようだ。
続いての旅先は1970年代末の青山ビクタースタジオ。「悲しみはブギの彼方に」からは、デビュー前からある曲を、今のバンドのメンバーが演奏する楽しい気分までもが伝わってきそうだ。このゴキゲンなグルーヴに乗っていると、どこへでもトリップできそうだ。「ミツコとカンジ」へと続く流れも最高だ。スタジオのドアを開けると、そこは昭和で、アゴのしゃくれたプロレスラーへと転生する気分を味わった。愛する存在を守り続けられなかったふがいなさや情けなさが染みてくる。慈愛に満ちた歌と演奏が、空手チョップなど問題にならないほどの痛みを優しく包み込んでいく。
モータウンサウンドに導かれて始まる「神様からの贈り物」では、昭和の音楽番組やバラエティー番組を楽しんでいるお茶の間へ瞬間移動した気分になった。これはサザンからの極上の贈り物でもあるだろう。音楽の旅の終着点は“杜”だ。この杜の近くでバンドは始まり、数多くの曲を生み出してきた。未来へ継承していくべきものへの思いと願いとが、ゴスペル調の歌とコーラスと演奏から伝わってくる。
14曲の音楽の旅を終えて感じたのは、愛と感謝の思いが楽曲のあちこちから滲み出ていることだった。リスナーへの感謝はもちろんのこと、音楽、家族、故郷、出会った人々、馴染みの場所などなど。これは『THANK YOU SO MUCH』というタイトルがふさわしい作品だ。希望の匂いがすることも大きな特徴になっている。希望は未来だけでなく、過去にも存在しているものだろう。朗らかな昭和の空気、懐かしき風景、真夏の太陽に照らされた熱狂の瞬間などなど、この新作には、日々を生きていく糧となる“希望”がたっぷり詰まっている。冒頭で掲げたサブタイトル案、少々修正して、『2025年愛と感謝と希望の音楽の旅』としたい。この旅の思い出はきっと一生ものになるだろう。
文=長谷川誠