もしスカイライナーで非常事態が発生したら? 京成電鉄と北総鉄道の合同訓練をレポート(千葉県印西市)
“13時47分ごろ、成田スカイアクセス線小室~千葉ニュータウン中央間を走行中の上野発成田空港行き「スカイライナー」の車内で事件が発生。容疑者と思われる男性が、異臭を放つ液体を散布、乗客数人が負傷している……”
というのは、現実でなく想定の話。京成電鉄と北総鉄道による実車を使用した合同異常時対応訓練が2024年9月20日、千葉県印西市の北総鉄道印旛車両基地で行われ、京成、北総のほか、警察(千葉県警察本部、印西警察署)、消防(印西地区消防組合)も加えた約150人の参加者が乗客誘導や負傷者救護、容疑者確保、不審物撤去などに取り組みました。
過去の類似事件では、鉄道各社が車内防犯カメラを導入するなどの対策が取られてきましたが、やはり「最後の砦(とりで)は人」。いわば密室が高速移動する鉄道車両の特性を考えれば、車上(運転士、車掌)と地上(本社、現場機関、駅、部外の警察、消防など)の的確な連携が欠かせず、手順などを確認するのが訓練の主な目的です。
フル取材した訓練をレポートします。
【想定】車内で液体が散布され乗客が重傷
想定の事件発生場所は、京成上野~日暮里~空港第2ビル~成田空港を結ぶ「スカイライナー」。成田空港に降り立つ訪日外国人が日本で最初に乗車する空港特急は1978年にデビューし、3代目の現行車両は2010年に登場しました。
列車は8両編成で、不審な液体が散布されたのは5号車(上野寄り4両目)のトイレ付近という設定。近くの乗客2人が重症、数人が負傷しています。
車内の異常事態を察知した乗務員は、指令に連絡しながら走行中の列車を、最寄りの千葉ニュータウン中央駅に緊急停車。現地と京成、北総の両本社にそれぞれ対策本部が置かれ、情報を共有しながら自社で対応を取りつつ、警察や消防に出動を要請します。
現地では、北総の伊藤晴通北総鉄道運輸部長が指揮を執り、京成本社の対策本部長は持永秀毅取締役常務執行役員・鉄道本部長が務めます。持永本部長は、北総の社長を兼任します。
現地と京成、北総の両本社はそれぞれ専用インターネット回線で結ばれ、音声や映像、指示はリアルタイムで伝えられます。
北総線で発生した事件でも京成の事象として扱う
ここで、京成と北総の関係。成田スカイアクセス線京成高砂~印旛日本医大間は北総の路線ですが、京成は北総線を走るスカイライナーを第二種鉄道事業者として運行します。
北総鉄道によると、走行路線は北総でも、今回のようなケースは京成の事象として扱うそうです。
北総鉄道の印旛車両基地は2000年、印西牧の原~印旛日本医大間に開設。自社(千葉ニュータウン鉄道を含む)車両96両(8両×12編成)が所属します。
「熱いよ! 早く助けて!」
初動対応を取れるのは乗務員。5号車で一人ひとりに状況を聞き取りますが、乗客からは「熱いよ! 早く助けてくれ!」の声が上がります。
間もなく、消防と警察が到着。素早く防護服を着用して、救出活動に入ります。自力で歩ける乗客は、後方から車外に避難。負傷者は肩を貸すなどで救出します。自力で歩けない重傷者2人(うち1人は人形)は、簡易担架に乗せて搬送します。
現地で消防の広報担当者に聞いたところ、簡易担架の正式名称は「バックボード」または「スパインボード」。多くの消防署で、数年前に採用され始めたところです。
硬度な樹脂製で、頭部やせき髄をしっかり固定して、搬送中の2次被害を防ぎます。一般的な担架に比べてコンパクト、軽量、低コストで、鉄道車両のような限られた空間で有用かもしれません。
消防署員は、現場に小型テント状の「汚染洗浄装置」(消防広報は「汚染洗浄室」と呼んでいました)を設営。薬品を洗い流すとともに、(訓練ではそこまでありませんでしたが)重傷者を救急搬送します。
薬品を散布した容疑者は、京成スカイライナーに添乗する警備要員(京成ビルサービス社員)が確保。警察署員が薬品類を回収するとともに、容疑者を連行しました。
訓練では、容疑者の抵抗は想定されませんでしたが、類似の事件を思い起こせば、警備要員や乗務員による護身が求められる場面があるかもしれません。
その点、北総は警察署員を講師に迎えた講習会を駅社員、乗務員向けにそれぞれ開催します。駅社員向け護身講習は、本サイトでも紹介させていただきました。
安全・安心にゴールなし
訓練のレポートは以上。想定上では、13時47分に事件発生、15時40分に対応を終えました(実際は10時スタート、12時20分終了)。
事件解決を受けて、京成と北総は運転再開をプレスリリース。千葉ニュータウン駅で足止めされた乗客のため、東京、成田空港の双方向に代行バスを手配・運行しました。
事件現場になったスカイライナーは、千葉ニュータウン駅で営業運転を打ち切り。現地で車両担当社員が走行に支障ないことを確認した上で、千葉ニュータウン中央~印西牧の原間を回送運転。印旛車両基地車両基地に収容しました。
訓練の最後は、持永本部長があいさつ。フル取材で感じたのは、まさに「鉄道の安全・安心にゴールなし」。事件事故ゼロとともに、安全対策のさらなるレベルアップに期待したいと思います。
記事:上里夏生