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菊之助が語る、歴代への憧れと歌舞伎の役割『團菊祭五月大歌舞伎』取材会~玉三郎の花子決定、團十郎の弁慶にオファーの動き

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尾上菊之助

5月より2ヶ月にわたり歌舞伎座にて「尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎 尾上丑之助改め六代目尾上菊之助襲名披露」興行が行われる。菊之助本人だけでなく、歌舞伎界にとっても大きな節目を前に、尾上菊之助が取材会で思いを語った。この日公開された襲名披露演目のスチール写真とともに、取材会でのコメントを紹介する。

■歴代の菊五郎への敬意と憧れ

はじめに菊之助より、5月公演の「昼の部」の演目について報告があった。当初の発表では、『京鹿子娘二人道成寺』を八代目菊五郎(現菊之助)と六代目菊之助(現丑之助)で踊る予定だったが、『京鹿子娘道成寺 三人花子にて相勤め申し候』へ変更。坂東玉三郎が加わり、三人の白拍子花子による『道成寺』になるという。

続けて菊之助は、興行の製作を担う松竹に「異例」の相談をしていることも明かした。

「襲名興行としては異例ですが、披露演目の『娘道成寺』の前に、團十郎さんの弁慶、私の富樫で『勧進帳』をさせていただきたい、と相談しております」

菊之助の希望の背景には、初代尾上菊五郎まで遡る思いがあるようだ。

「去年、私は初代(菊五郎)さんと二代目(菊五郎)さんの京都のお墓、そして大阪のお墓の一部を再建する機会に恵まれました」

京都だけでなく、大阪にもふたりのお墓がある。菊之助がそれを知ったのは昨年のことだと過去に語っている。襲名を控えた時期に、偶然の巡り合わせだ。

「初代さんから現在の七代目まで、すべての菊五郎への尊敬を持ち、代々が成してきたことをすべて受け入れ、八代目を襲名させていただきたいと思いました」

さらに代々の菊五郎を振り返り、團十郎家とのつながりにも言及する。

「初代(菊五郎)は京都に生まれ、二代目市川團十郎さんに見い出されたことをきっかけに、江戸へやってきました。五代目(菊五郎)さんは、九代目團十郎さんとともに​『團菊』と称される時代を築かれました。さらに現代では、十二代目團十郎のおじさまと、七代目である父が『團菊祭』を守ってこられました。八代目を襲名した上には、当代の團十郎さんと舞台に立たせていただき、菊五郎としてのスタートを切りたいという思いがあります」

公演名はすでに『五月大歌舞伎』から、5月恒例の『團菊祭五月大歌舞伎』へと変更されている。

■玉三郎が華を添える、新菊五郎・新菊之助の道成寺

女方舞踊の最高峰『京鹿子娘道成寺』。この大曲を、玉三郎と菊之助が二人で踊った『京鹿子娘二人道成寺』は、大変な話題となり、名舞台としてシネマ歌舞伎にもなっている。また1992年には、父の菊五郎、祖父の尾上梅幸、そして当時中学生だった菊之助が、音羽屋三代で『京鹿子娘三人道成寺』を実現した。

菊之助と縁の深い『京鹿子娘道成寺』を、玉三郎も加わった3人で踊る。この経緯については、松竹株式会社演劇部 歌舞伎製作部部長の貞綱仁氏からもコメントがあった。

「坂東玉三郎さんには、以前から5月の襲名公演にぜひご出演いただきたいとお話しておりました。また、玉三郎さんと菊之助さんはこれだけご一緒されてきた仲。玉三郎さんからは『菊之助さんの襲名披露の演目に、お付き合いさせていただけないかな』というお話もありました」

しかし、5月の襲名演目は『二人道成寺』と『弁天娘女男白浪』。「配役が難しいね」と検討を続けていた。その中で松竹は、玉三郎と菊之助が『二人道成寺』で共演していたことに着目。菊之助と丑之助の襲名披露演目である『道成寺』に、玉三郎さんが花子として華を添えられたら、との案が持ちあがったのだそう。この提案に、玉三郎は「それが叶うなら、ぜひ」と快諾。さらに「菊之助さんにご相談させていただいたところ、菊之助さんも『ぜひ、よろしければ』」と、実現に至った。

菊之助は「玉三郎さんに、このようにお祝い頂けて、ありがたいという言葉に尽きます」と感謝を語る。

「祖父と父と私の『三人道成寺』の時は、稽古を積みに積んで踊り込んできたものの、やはり先輩方の足元に及びませんでした。自分の至らなさを痛感し、このままではいけないと考え、それでも祖父や父に見守られながら作品と向き合えたことで、芸に向き合う姿勢の転換期となったような気がしております」

『京鹿子娘道成寺』白拍子花子=尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎 (撮影:岡本隆史)

「叶わないだろうなと思っていた『三人道成寺』が、玉三郎おにいさんのおかげで実現します。祖父も大変喜んでいるのではないでしょうか。なにより丑之助にとって、身近な存在である私、そして今現在の最高峰の女方の玉三郎おにいさんと3人で踊らせていただくことは、彼の人生においてとても大切な時間になると思います。私が『二人道成寺』の時に、玉三郎さんから教えていただいたことは、今でも大きな糧になっています。一人の『道成寺』でも、時折、玉三郎おにいさんがいらっしゃるつもりで踊ることもあるんです」

『京鹿子娘道成寺』白拍子花子=尾上丑之助改め六代目尾上菊之助 (撮影:岡本隆史)

なお『勧進帳』については、担当者より「菊之助さんから、熱い思いを頂きました。松竹としても、成田屋さんを含め話し合っていきたいと思っております」と、これから調整に動く旨のコメントも。令和の團菊の共演が、どのようにスタートするのか期待が高まる。

■丑之助に伝える、吉右衛門の義太夫狂言

襲名披露興行まで、3か月を切った。

「緊張感が増しているのは事実ですが、丑之助の方が緊張感でいっぱいだと思います。学校がお休みの土曜日と日曜日は1日ずっと2人で稽古をし、芸に向き合う時間を過ごし、気分転換もしつつ、5月に向けて磨き上げている最中です」

玉三郎さんとの共演を知った時、丑之助は「え……なんか緊張する」と言っていたのだそう。菊之助としては、丑之助に玉三郎からどんなことを学んでほしいのだろうか。

問われた菊之助は、「すべてです」と即答した。

「舞台に対する姿勢、作品を捉える考え方、踊り方。私自身、『二人道成寺』の時に玉三郎さんに多くのことを教えていただきました。なにより一緒に踊る時間は、何ものにも代えられません。私が初めて玉三郎さんと『二人道成寺』をさせていただいた日は、緊張と重圧で39度の熱が出ました(笑)」

丑之助は、6月には義太夫狂言『菅原伝授手習鑑』の『車引』で梅王丸を勤める。菊之助は『寺子屋』で松王丸を勤める。

「岳父(二世中村吉右衛門)が大切にしていた演目です。私にどこまでできるか分かりませんが、岳父から、教えられることは全部教えるとの言葉を頂き、大切にされていた演目もお教えいただきました。それを、私から丑之助へ伝えることが、岳父からの言葉の意味だと思っています」

『菅原伝授手習鑑 寺子屋』松王丸=尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎 (撮影:岡本隆史)

「丑之助にとっても、梅王丸は大変な役だと思います。衣裳も重いですし、太刀を扱うのも容易ではありません。けれども岳父の命日と、丑之助の誕生日。そのようなこともあり、彼の心の中には岳父が生きており、常に見守られながら舞台に立っているようです。丑之助には、まず音羽屋の演目を。そして岳父が大事にした演目が、できるのであれば、それもやってほしいという期待も込め、菊之助襲名の演目で、梅王丸をさせる判断をしました」

『菅原伝授手習鑑 車引』梅王丸=尾上丑之助改め六代目尾上菊之助 撮影:岡本隆史

現在、中村萬太郎が丑之助に稽古をつけているという。

■八代目菊五郎への思い

八代目菊五郎としての抱負は、「古典演目を大切にし、復活狂言、そして新作歌舞伎。この3本柱に加え『新古演劇十種』の復活」に取り組むこと。

「初代さんは、最初は女方から始まり、江戸に出てきてから立役に変わりました。女方と立役を兼ねるのは難しいと言われていた時代に、それを成し遂げられた方です。三代目さんは立役、女方、敵役、道化方を勤め、天保の時代の番付にも"その幅広い役全てをこなす”と記載がございました。歴代の菊五郎がそうであったように『立役と女方の両方を』ということは大事にしていきたいです」

『弁天娘女男白浪』弁天小僧菊之助=尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎 (撮影:岡本隆史)

音羽屋が受け継ぐ世話物として5月歌舞伎座では『弁天娘女男白浪』、そして7月大阪松竹座では『梅雨小袖昔八丈 髪結新三』が上演される。

「五代目菊五郎から六代目菊五郎へ、そして二代目松緑のおじさまからうちの父へ伝わる世話物も大切にしたいです。江戸の庶民が大事にしていた心、困っている人がいたら必ず助ける江戸っ子の心意気を残しているのが、世話物だと思っています。それを今のお客様にお届けするのは、古典演目をやる役者の役目だと思います」

『弁天娘女男白浪』弁天小僧菊之助=尾上丑之助改め六代目尾上菊之助 (撮影:岡本隆史)

また今後に向けて菊之助は、門閥、幹部、名題、名題下など様々な歌舞伎俳優がいる中で、「実力のある方と、広くご一緒させていただきたい」とも述べる。

「受け継がれる芸を継承し、発展させるのは門閥の役目。でも、憧れを持ちこの世界に入ってきた方にも、開かれた歌舞伎でなければと思います。努力し、研鑽し、芸への姿勢、人間性が素晴らしい方が、当たり前のように板(舞台)の上に一緒に上がる。それは初代菊五郎も、あの有名な中村仲蔵もしてきたこと。江戸時代には当たり前だったことを見つめ直す感覚です」

■憧れを持ち、理想高く

6歳で初舞台を踏んだ菊之助。いつ頃から「菊五郎」の名前を意識してきたのだろうか。その問いに「まず最初に、父と祖父にレールに乗せてもらいました」と切り出した。

「尾上丑之助としての初舞台では、(菊五郎)劇団の皆さま、(二世尾上)松緑のおじさま、(十七世市村)羽左衛門のおじさま、多くの皆さまに温かく見守られ、お神輿の上にのせていただきました。その後、父、祖父に見守られながら『三人道成寺』を経験し、菊之助へと名前が変わりました。私は不器用ですし、すぐにパッとできる人間ではありません。毎月本当に苦労しています。それでも先輩方が優しい言葉や厳しい言葉をかけてきてくださり、その背中を見せてくださり、見守ってくださってきたからこそ、私は憧れを持ちこの世界を生きてこられたました。おかげで今、菊五郎という名前に向き合う自分があると思っています。そうした歌舞伎界の素晴らしさ、温かさ、私が感じてきた憧れを、倅や後輩たちに伝えることができる役者になれたら」

『連獅子』狂言師右近=尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎、狂言師左近=尾上丑之助改め六代目尾上菊之助 (撮影:岡本隆史)

取材会では、言葉の端々に先人たちへの憧れと敬意が溢れる。

「偉大な先輩方は、大変なことをいとも簡単になさるんです。父もそうでした。父にも若い頃には辛い修業もあったでしょう。でも、大変な姿を私に見せていません。私には、常に『自分はどうしたらそうなれるのか』という思いがありました。そして父の教え方は、直接指導というよりは、背中を見せて考えさせる指導方法でした。自分で考えさせ、他の先輩方に教えをいただき、また自分で考える。おかげで私は、憧れから理想を高く持つことができ、『もっと努力しなければいけない』という基礎ができたように思います」

そんな菊五郎との親子関係については「特別な緊張感のようなものがございます」と穏やかに語る菊之助。

「緊張感を持ち、ずっと変わらず師弟として、尊敬する師として向き合ってまいりました。私が八代目菊五郎になってからも、父には七代目菊五郎として、いつまでも元気に指導をしていただきたいです」

『連獅子』親獅子の精=尾上菊之助改め八代目尾上菊五郎、仔獅子の精=尾上丑之助改め六代目尾上菊之助 (撮影:岡本隆史)

一方で、自身の丑之助への教育の姿勢を問われると、「結構直接指導してしまうんです」と笑い、「心情を捉えて自分で考える。型を理解して毎日が違ってもいいから、とにかく心情から出てくるお芝居を、と常に伝えています」と続けた。

■歌舞伎には、共に歩む御贔屓がいる

菊之助は、歌舞伎という芸能を取り巻く状況をどのように見ているのだろうか。

「今は"推し”という言葉がありますように、色々なメディアがあり、皆様それぞれに多種多様なエンターテインメントを見にいく文化があり、素晴らしいことだと思います。しかし歌舞伎には“贔屓”という言葉がございます。その文化を長く愛し、厳しい目でその人を見守り、ともに成長していくのが贔屓だと思っています。コロナ禍で、離れてしまわれたお客様が戻ってきたとは思っていません。また、歌舞伎とともに歩んでくださるご贔屓さんにも、戻ってきていただきたいという思いがあります」

今はまず今月の演目、そして来月の『仮名手本忠臣蔵』で頭がいっぱい、と菊之助。

新たな観客を呼び、御贔屓を呼び戻す歌舞伎の魅力とは?

「日本人の中で大切にされている、恕(じょ)という心があります。先ほど世話物でもお話した、人を慮る心です。日本は近代国家になり、また敗戦を通し、そうならざるを得なかった側面ももちろんありますが、現代のような速度の世の中では、恕の心が置き去りにされて……ということが、なきにしも非ずです。しかし歌舞伎の古典演目には、その心があります」

しかし歌舞伎に馴染みのない方に「古典演目にいらしてください、と言うのも難しい」と菊之助。

「だからこそ新作歌舞伎や色々な趣向を凝らしてお迎えすることも大切です。それをきっかけに、古典演目で、日本人の深い思想や人を慮る心をゆっくりとお芝居を通してお客様にお伝えする。これは歌舞伎の役目であり、歌舞伎の魅力ではないでしょうか」

3月31日(月)には東京・神田明神で、尾上菊之助と尾上丑之助が、八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助の襲名披露のお練りを行う。襲名披露興行であり『團菊祭五月大歌舞伎』となった5月の歌舞伎座公演は、2025年5月2日(金)~27日(火)まで。その他の演目やキャストについても続報が待たれる。

取材・文・撮影=塚田史香

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