「もう、この星はダメかもしれない」––––森林保護活動家・南研子さんが語る絶望と、絵本『夜明けをまつどうぶつたち』が示す希望
「もう、この星はダメだと思うんです」
1992年以来、36回にわたりアマゾンのジャングルで支援活動を続けるNPO法人熱帯森林保護団体代表・南研子さんの口から、あまりにも衝撃的な言葉が放たれました。
南さんが今回の渡航で目にしたのは、これまでにないほど苛酷な環境となったジャングル。
絵本『夜明けをまつどうぶつたち』で描かれている、その通りのことが現実でも起きています、と話されました。
今回は、2025年10月に開催された講演会「アマゾンからの伝言~熱帯林の消失とわたしたちの暮らし」で語られたアマゾンの現実と地球の未来についてお届けします。
絵本が描く、アマゾンの現実
講演会は、2022年スペインでベスト児童書賞を受賞した絵本『ESPERAND EL AMANECER(夜明けを待つ動物たち)』(作:ファビオラ・アンチョレナ、NHK出版 刊)の訳者・あみのまきこさんによる朗読から始まりました。
もう ながいこと
夜が 明けるのを みていない。月も みえず、
月を とりまく 星たちも みえず、
雨つぶが おちてくることもない。太陽は いったい
どこへ いってしまったのだろう。
『夜明けをまつどうぶつたち』(NHK出版)より
物語の舞台は、火災による煙で太陽が姿を消し、暗闇に閉ざされた森。
動物たちは夜明けの光を探しに出かけますが、そこで出会ったのは、待ち望んでいた温かい太陽ではなく、すべてを焼き尽くす恐ろしい熱でした。
この絵本は、2019年に南米アマゾンを襲った大規模な火災をきっかけに生まれました。
南さんは語ります。
「この物語で描かれていることが、2024年、再び現実のアマゾンで起きたのです」
会場で映し出されたのは、煙で空が覆われ、燃え盛る炎に包まれる現在の森の姿でした。
森林保護活動家が肌で感じた「地球の限界」
合計36回、延べ2000日以上をアマゾンのジャングルで過ごしてきた南さん。
これまでは、たとえ遭難して5日間漂流したときでさえ、「どこかで自然が抱きかかえてくれている」と感じていたと言います。
しかし、今回の訪問では初めて「自然から『もういい加減にしろ』と突き放された」という感覚に襲われたそうです。
現地の気温は50度、湿度はわずか2%。
温暖化による影響なのか、かつて湿潤だったジャングルは乾燥しきり、一度火がつけば、もはや誰にも止められない炎が森を飲み込んでいく––––。
それは理屈ではなく、肌で感じる「地球の限界」のサインでした。
「日本にいれば普通に暮らせるし、食べたいものが食べられる。でも、『地球の肺』と呼ばれるアマゾンの森が本当に無くなったら、私たちの存続そのものが危うくなるんですよ」
快適な日常の中で私たちが忘れかけている、厳しい真実を突きつける言葉でした。
私たちの食卓と、燃える森のつながり
これは「遠い国の出来事ではない」と南さんは強調します。
私たちの身近な食生活とアマゾンの森林破壊には密につながっているのです。
例えば、私たちが日常的に口にする鶏肉。その多くはブラジル産であり、飼料となる大豆を生産するために、広大なアマゾンの森林が伐採され、大豆畑へと姿を変えています。
他にも、鉱物資源の採掘のためにダムが建設され、森が水底に沈んでいく。私たちが使うアルミ缶も、その犠牲の上に生産されています。
「私たちは、アマゾンの森を壊したところで生産されたものを利用して、日々食べ、暮らしている」
この事実から、目を背けることなどできるでしょうか。
絶望の先で、「諦めない」ということ
「もう、どうすることもできないのではないか……」
長年の活動の中でも初めての、この残酷な現実を目の前にして、南さんは一度、絶望の淵に立ったと話しました。
しかし、それでも彼女は前を向こうとします。
その原動力となったのは、現地で出会ったインディオのリーダーの言葉です。
40年かけて植えた何千本もの木を火災で全て失った彼に、南さんが「もう嫌になったでしょう」と尋ねたとき、彼は静かにこう答えました。
「いや、また植えればいい」
この「諦めない」という強い意志と願いこそが、希望の光なのだと南さんは語りました。
それは絵本『夜明けを待つ動物たち』が描く結末へとつながっています。
もとどおりではないけれど、
わたしたちの すむ 森が よみがえっていく。黄色い太陽が もう にどと
すがたを けしませんように。
『夜明けをまつどうぶつたち』(NHK出版)より
物語は、絶望の淵から再生への祈りで締めくくられるのです。
今、私たちができること
南さんは講演で、厳しい現実と、それでも失ってはいけない希望の両方を私たちに教えてくださいました。
アマゾンの森で起きていることは、もはや対岸の火事ではありません。
私たちに何ができるのか––––。その答えはすぐに見つからないかもしれません。
けれど、最初の一歩として、この絵本『夜明けをまつどうぶつたち』を手に取り、この現実を自分事として感じるところから始めてみるのはいかがでしょうか。
遠い森の動物たちの声に耳を傾け、私たちの暮らしとのつながりを考えること。それが失われつつある「夜明け」を取り戻すための、小さな、しかし確かな一歩になるはずです。
講演者
南研子(みなみ・けんこ)
特定非営利活動法人熱帯森林保護団体(Rainforest Foundation Japan:RFJ) 代表。
1970年女子美大学卒業。大学卒業後、NHK テレビ「ひょっこりひょうたん島」などの制作を担当。コンサート・プロデューサー、舞台美術も手がける。
1989年、イギリスのミュージシャン・スティングが行ったワールド・キャンペーン・ツアー「アマゾンを守ろう」に同行。そこでカヤポ族の長老ラオーニと出会い、同年5 月にRFJ を設立し、現在に至る。1992年以来2025年まで、36回にわたりアマゾンのジャングルで先住民( インディオ)と共に暮らし、多岐に渡り支援活動を行なっている。延べ滞在日数は2000日を超える。
https://www.rainforestjp.com
著者情報
作:ファビオラ・アンチョレナ
1983年、ペルーのリマで生まれ、ペルーとアメリカ合衆国で育つ。大学で建築を学んだあと、イラストレーターとして⾃然をテーマにした作品づくりに取り組む。2020年からはメキシコやチリの大学で絵本製作に関するディプロマを取得。スペインの出版社から刊行された本書『ESPERANDO EL AMANECER』は、2022年スペインにおいて権威ある「コンポステーラ国際絵本賞」を受賞、スポーツ・文化庁が選ぶその年の最優秀編集図書(児童書部門)としても高く評価され、スペイン国内の諸言語を含め、現在9言語に訳されている。作品に『MI PATINETA SE ATASCO(動かなくなったスケートボード)』(2020年)『ME QUEDE ENCERRADA EN EL MUSEO(博物館にとじこめられて)』(2022年)。いずれも共著で未邦訳。
訳:あみのまきこ
1958年生まれ。上智大学、東京外国語大学大学院にてスペイン語・スペイン語文学を学ぶ。大学でスペイン語の教鞭をとりながら、スペイン語圏の児童書や昔話の研究、紹介に取り組む。縁あってペルーをたびたび訪れるうちに、その人々と文化に魅せられる。趣味はペルー料理をつくって食べること。翻訳絵本に『カピバラがやってきた』(岩崎書店、第14回ようちえん絵本大賞)、訳書に『ブニュエル、ロルカ、ダリ――果てしなき謎』(白水社、共訳)など。