アドマイヤジャパンはなぜYogiboのCMで「再デビュー」したのか?──躍進する“引退馬ビジネス”の風雲児のヴィジョン
ターフを去った競走馬は、その後どこへ行くのか──。 引退馬を追った映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画・監督した平林健一さんが、サラブレッドの等身大の生と死を書いた新刊『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』。
馬がYogiboに寝転んでくつろぐ衝撃的なCMが一世を風靡し、その後も独創的な方法で引退馬を生かしたビジネスを行なっている一人の開拓者の姿を、本書から抜粋して公開します。
『サラブレッドはどこへ行くのか 「引退馬」から見る日本競馬』より
馬の個性を生かして利益を生み出す
引退馬支援における一つの理想論としてたびたび耳にするのが、「引退馬自身がお金を稼ぐ」というものだ。そこには、競馬産業の外に出た後、早々に隠居の身になるのではなく、馬がきちんと「転職」をして、自分の食い扶持を自分で稼いでほしい、という意味が込められている。無論、これは決して容易ではない。容易でないからこそ引退馬問題が解決されずにいるのだ。
しかしそうした中で、引退馬に新たな経済価値を付加することで営利事業化し、顧客から収益を上げることで引退馬を生かす費用を捻出するという取り組みも、わずかにだが、ある。このカテゴリーでめざましい成果を挙げる、Yogiboヴェルサイユリゾートファームの岩﨑崇文代表に話を聞いた。
Yogiboヴェルサイユリゾートファームは、ビーズソファーブランドとして有名な株式会社Yogiboとネーミングライツ契約を行ない、観光牧場としてのポテンシャルを活かした宿泊・レンタカー事業をはじめ、グッズ販売やさまざまな特典を有するサポート会員制度など、引退馬を用いた複合的なビジネスを展開している。同社の収益の内訳を見ると、広告収入や預託料、グッズ・小売業、カフェ事業などさまざまな事業から収益を得ていることがわかる。その中でも、他の牧場と一線を画す特異な点が、法人とのスポンサー契約から大きな収入を得ていることだ。
取材は2022年6月と、2024年7月の二度にわたって行なった。一度目の取材時は、業界を騒然とさせた前代未聞の牧場のネーミングライツビジネスを行ない、さらには牧場で暮らす引退馬のアドマイヤジャパンが放牧中に気持ちよさそうに「Yogibo」というクッションを枕にして寝転がる様子が、同商品のテレビCMとして全国で放送され、話題を呼んでいた頃だった。
この時、ソファーブランドYogiboの大森一弘さんにもお話を伺ったのだが、アドマイヤジャパンの動画は、テレビCMのみならずSNSでも大きな反響を生んでいたという。同牧場のSNSやホームページからのYogiboのコンテンツへのアクセスは非常に多く、アドマイヤジャパンはYogiboに対して確かなビジネス上のメリットを提供していた。ネーミングライツ契約は、締結した2021年から2024年10月現在も続いている。
岩﨑さんは、引退馬事業で大切なことは、「馬の個性を引き出してあげること」だと語る。日頃から馬と向き合い、その馬の性格などをよく見極めたうえで、その馬の個性に合ったブランディングを行なっていく。それをコンテンツに落とし込み、世の中に向けて発信していくことが重要だと言うのだ。
その方針を体現しているのは、CMで一躍有名になったアドマイヤジャパンだけではない。SNSで「破壊王」という愛称で親しまれている2002年のダービー馬タニノギムレットのプロデュースも極めて異端だ。その愛称を付けたのも岩﨑さんたちである。愛称の由来は、タニノギムレットが幾度となく牧柵を蹴飛ばして破壊してしまうことにある。折られた牧柵の数は、2020年の繋養開始から現在に至るまで200本近くにものぼるという。牧柵を破壊するたびにその様子は牧場のSNSで発信され、ファンの間で「また破壊王がやったぞ!」と大きな話題を呼び、それが呼び水となって、牧場へ足を運ぶ人やサポート会員になりたいと思う人が生まれた。
さらに2022年9月には、タニノギムレットが実際に壊した牧柵を材料にしたスマホスタンドやゼッケンキーホルダー、ペンダントが発売された。1万7600円〜2万9700円という強気の値段設定にもかかわらず、商品は販売開始からわずか数分で完売したというから驚きだ。岩﨑さんは当時、このような独自の取り組みについてこう語っていた。
「引退馬を扱うにしても、どこかで事業化しておかないと、自分たちの生活はどうするの? という話になります。今の『引退馬=お金儲けをしたらダメ』みたいな風潮を少しずつでも変えていかないと、ここから先に何も進まないんです」
「馬はビジネスパートナーであってほしい」
それから約2年の歳月を経て、2024年7月に二度目の取材を行なった。この間にも同社は、目まぐるしいスピードでその事業を拡大させていた。まず、繋養する馬が2022年6月時点では、繁殖牝馬7頭(うち2頭は自馬)、種牡馬4頭、引退馬7頭(全7頭が自馬)の計20 頭だったのが、2024年11 月現在では種牡馬9頭をはじめ、繋養馬は計33頭(うち種牡馬1頭を含む18頭は自馬)に増えた。現在繋養している馬は図の通りで、特筆すべきは自己所有馬から引退馬の預託(図では「養老馬」と表記)、さらには現役種牡馬の繋養まで、非常にバラエティに富んだラインナップとなっていることだ。この分野での収入も拡大している。
そして新事業として、新千歳空港から同牧場や他の牧場を観光する人たちをターゲットにした「ヴェルサイユレンタカー」も開始。同事業は、あえてメルセデスベンツやBMWなどの高級外車を貸し出すスタイルで話題を呼んでいる。 そして、2024年には本場から車で約3分の場所に「別邸ビラ・ウトゥル」なる新牧場の建設も開始した。東京ドーム約8.5個分の敷地面積がある同施設には、広大な放牧地と厩舎が建つという。2024年の秋~冬ごろの完成を予定しており、翌年には第二厩舎の建設も予定するなど、事業拡大の勢いは凄まじい。
岩﨑さんに昨年度の事業収入について伺った。グッズ・小売業が45%、預託料28%をはじめ、2年前と比較してその割合に大きな変化が見られた。そして来年度はさらにここにレンタカー事業も加わることだろう。この表からも、同社はめまぐるしく変化をし続ける〝ベンチャー企業〟だと言える。
同社は多様な収入源を確保している。しかし、その軸になっているのは紛れもなく引退馬だ。このようにして、引退馬にあらゆる角度から付加価値を付けることで、収入源を創出するという考え方は、収入より支出が上回る引退馬が、そのバランスを逆転させる可能性を秘めた取り組みだと言える。
そして中でも注目すべきは、グッズの売上が大きく増加しているところだろう。
「やっぱりBASEやポップアップショップが影響していますね。ポップアップショップをやると、1日平均で100万円以上を売り上げます。今はグッズの収益が爆発的に伸びていますね」
「BASE」とは誰でも気軽にネットでグッズを販売できるプラットフォームサービスだが、近年では渋谷モディやラフォーレ原宿などに、実店舗として出店可能なスペースを確保しており、同社もここでグッズ販売をしている。岩﨑さんは、多くの人に求められるグッズについてこう語る。
「馬のネームバリューと、グッズのデザイン。あとは使い勝手ですかね。デザインがいいなと思って作っても、売れなかったりするものでして。とはいえ、皆さんが何を求められているのかは、ちょっと未だによくわかってないところもあって、難しいですね。これは売れるだろう、というものが売れないので」
岩﨑さんは1993年に東京で生まれ、幼少期にはロサンゼルスでの生活も経験し、小学校3〜4年生の頃に兵庫県明石市で乗馬を始めたことで、馬と関わりを持つようになったという。その後も乗馬に情熱を注いだが、大きな転機が訪れたのは大学卒業が迫った2015年のことだった。
「ちょうどそのタイミングで父が亡くなって。『牧場は残してほしい』というのが遺言だったので、そのまま北海道に来ました」
北海道で牧場を営んでいた父のこの言葉によって、就職が内定していた大手企業に断りを入れ、牧場を引き継ぐことを決めた。現在の事業の原点となったのは、それから1年が経った頃だ。スタッフから聞かされた、ある言葉を思い出したからだという。
「北海道に来た時に、繁殖生活を終えた馬たちがどうなるのかをスタッフに聞いたら、仲介業者が買って持っていってくれるんだよと。その話を聞いた時に、何かちょっと違うんじゃないかなと思いまして」
この言葉が契機となって養老部門を立ち上げたことが、現在のYogiboヴェルサイユリゾートファームの原型となった。そこからは先に述べた通り、常識にとらわれない経営で引退馬に付加価値を付け、事業を横展開することで独自の牧場を築き上げるに至る。二度目の取材時には、本州で新たに土地を取得して養老牧場を軸とした新たな施設の開業を目指していることを語り、これからその視察に行くということだった。
なぜ岩﨑さんは、これほどまでに新しいことに挑戦できるのだろうか。
「性格的に、最初から『何とかなるだろう』くらいの感じでやっちゃうんですよね。ダメでも別に死ぬわけではないですし」
最初から100%を目指すのではなく、プレオープンのような形でも、まず取り組みをスタートさせて、そこで見えた課題を解決していけばいい。そうしたベンチャー起業家に多く見られる思考を、岩﨑さんもまた持っているように見えた。Yogiboヴェルサイユリゾートファームでは「Versailles Resort CLUB SUPPORTERS」という支援制度を設けており、各馬への寄付を募っている。しかし岩﨑さんは、寄付や競馬主催者からの補助金に頼らずとも事業が成立する、自立した養老牧場を目指したいと語る。
「最近は、引退馬の牧場自体を独立させるというか、支援に依存しないで自分たちで収益を上げてやっていける体制をつくるのが、最終的なゴールかなと思っています」そして最後に、こう付け加えた。
「やっぱり馬は、ビジネスパートナーであってほしい」
引退馬ビジネスで躍進する、岩﨑さんのその言葉が鮮烈に印象に残った。
■福永祐一氏推薦
「もう目を背けてはいけない現実がある。
我々ホースマンが読むべき一冊。
競馬の未来のために出来ることのヒントがここにある」
――福永祐一氏(JRA調教師)
著者
平林健一
1987年、青森県生まれ。映画監督、起業家。多摩美術大学卒業。引退馬をテーマにしたノンフィクション映画「今日もどこかで馬は生まれる」を企画、監督し、門真国際映画祭2020優秀作品賞および大阪府知事賞を受賞。JRAやJRA-VANの広告映像をはじめ、テレビ東京の競馬番組など競馬関連の多様なコンテンツ制作を生業としつつ、人と馬を身近にするサイト「Loveuma.」を運営し、引退馬支援をライフワークとしている。本書が初の著書となる。