KAGUYA姫降臨!歌う東宝シンデレラ、沢口靖子の不思議な魅力
監督の大作「竹取物語」主題歌はピーター・セテラ
昭和も終わりに近づいていた1987年の秋、市川崑監督の大作『竹取物語』が東宝系で封切られた。かつて “特撮の神様” 円谷英二が長年企画を温めながらもとうとう実現出来なかった「かぐや姫」。日本人にとってお馴染みの昔話にSF的な要素が盛り込まれ、東宝創立55周年記念超大作として完成したのだった。肝心の特撮シーンは、『ゴジラ』シリーズや『日本沈没』などで特技監督を務めていた円谷監督の愛弟子、中野昭慶が指揮した。
音楽は、谷川俊太郎を父に持ち、市川作品には欠かせない存在になりつつあった谷川賢作、そして主題歌はピーター・セテラの「ステイ・ウィズ・ミー song for KA・GU・YA・姫」(STAY WITH ME)であった。オリコン洋楽シングルチャートで1987年10月12日付から4週連続1位を獲得している。
沢口靖子が出演したカネボウのCMソング「ステイ・ウィズ・ミー」
“KA・GU・YA・姫” は主演の沢口靖子が出演したカネボウのタイアップCM用のフレーズで、「ステイ・ウィズ・ミー」も秋のキャンペーンソングとして使われた。ちなみに沢口は前年からカネボウのCMでモデルを務めており、1986年春のキャンペーンソングは岡田有希子「くちびるNetwork」だったことが思い出される。当時の化粧品CMでは南野陽子や中山美穂らのようなモデルと歌を兼ねての起用もありつつ、沢口の場合はモデルに徹していたわけだが、この時点で既に歌手デビューもしていた。
映画の翌年、1988年春にも新曲とセカンドアルバムをリリースしているのに『竹取物語』の主題歌はなぜ沢口自身ではなかったのか。それはおそらく、映画がフジテレビと東宝映画の提携作品であったことが大きかったはず。主題歌がピーター・セテラとなったのは、フジテレビの意向によるものだったろう。シカゴ時代からのフジパシフィック音楽出版(現:フジパシフィックミュージック)の楽曲管理により、映画と共にヒットが仕掛けられたのだ。
東宝女優と “歌” の関わり、沢口靖子の場合は?
そんな事情はさておき、今となっては封印されてしまった感のある、歌手・沢口靖子の歴史を振り返ってみたい。その前に… そもそも俳優の歌というのは、普通の歌手とはちょっと意味合いが違うものと思われる。歌の上手い下手よりも味。個性が最大の魅力となるから、あまり技巧に走らないファルセット唱法で、特別ヒットを狙うでもないケースがほとんど。それでもかつて、日活の吉永小百合や浅丘ルリ子、松竹の倍賞千恵子といったスター女優たちは、多くのレコードを出してヒット曲もあり、俳優業と歌手業を見事に両立させていた。
それに比すると、東宝の女優さんは昔から歌との関わりが何故か薄いのだ。音楽が肝心だった『若大将』シリーズのヒロイン・星由里子にしてもシングルが2枚のみだし、それ以前の司葉子や原節子に至ってはレコードを出していない。少し後に人気を得た酒井和歌子や内藤洋子にしても、朗読盤などを入れても数えるほどで、皆あまり歌はお得意ではなかった様子。沢口靖子もそんな伝統(?)をしっかり受け継いだ女優だった。ちなみに、そのジンクスを打ち破ったのは、沢口にほんの少しだけ遅れて歌手デビューした斉藤由貴ということになる。
第1回「東宝シンデレラ」グランプリ、「潮騒の詩」で歌手デビュー!
沢口靖子は1984年の第1回『東宝シンデレラ』コンテストでグランプリに選出され、同年7月公開の映画『刑事物語3 潮騒の詩』でデビュー。同時にテーマ曲「潮騒の詩」を歌って歌手デビューも果たす。カップリングの「不思議な夏」と共に、映画の主役だった武田鉄矢の作詞、吉田拓郎の作曲という恵まれたデビュー盤となった。素朴すぎる歌声は新人そのものといった頼りなさげなもので、聴いているこちらが心配になってしまうほど。もしかするとレコードはこれが最初で最後かもしれないな、などと思ってしまった。
ところが次なる機会は意外と早くやってきた。同年12月、2作目の映画出演となった『ゴジラ』のイメージソング「さよならの恋人」を歌ったのだ。同じ頃にテレサ・テンらに楽曲を提供していたヒットメーカー、荒木とよひさ×三木たかしコンビの作品。エンディングに使用された主題歌はザ・スター・シスターズが歌う別の曲で、沢口の歌は劇中でラジオから流れる挿入歌だった。沢口は『第9回日本アカデミー賞』新人俳優賞を受賞している。
翌1985年も同じ作家陣の「白の円舞曲」と、山上路夫×平尾昌晃の「夕なぎの浜」のカップリングによるシングル、さらにファーストアルバム『春よ来い』をリリースする。久米小百合(久保田早紀)作曲による表題作のほか、岡村孝子が作詞・作曲した「そよ風の季節」、安井かずみ×加藤和彦コンビの「夢・からたち」など優しくチャーミングな響きの佳曲が連なり、本当に曲に恵まれていたのだなと実感させられる。
渡辺美里「My Revolution」と同じ作家陣、「Follow Me」リリース!
その後、1986年、1987年とレコードのリリースはなかったが、1988年になって新曲「Follow me」、そして同タイトルのセカンドアルバムも出された。「Follow Me」は意外にも小室哲哉の作曲による躍動感に満ちた楽曲。大村雅朗のアレンジも併せて、渡辺美里「My Revolution」と同じ布陣である。自身が主演したTBSのドラマ『痛快!ロックンロール通り』の挿入歌で、主題歌はTM NETWORK「RESISTANCE」。やはり沢口が主演したシリーズの前作『痛快!OL通り』の主題歌が渡辺美里「BELIEVE」、前々作『セーラー服通り』の主題歌「My Revolution」からの流れを見れば、沢口が小室ナンバーを歌うのは必然だったのかもしれない。
楽曲の評価は高かったものの、沢口の歌声との相性が良かったとは言い難い。彼女にはやはりリズミカルなものよりメロディアスな曲の方が合っていたのはたしかだろう。しかし『夜のヒットスタジオ』で「Follow me」を楽しそうに歌う姿を見て、どんな曲調であれ、この人は決して歌うことが嫌いではないのだと確信できた。それだけに次がなかったのは残念。沢口靖子の歌手活動は結局ここまでとなり、シングル4枚、アルバム2枚に留まっている。
その後、歌う姿は見られなくなってしまったけれど、最近ではバラエティ番組に出演してお茶目な一面を披露する機会がたまにある。そんな様子を見ながら、プライベートではカラオケに行ったり、お風呂で口ずさんだりしているんじゃないかと勝手に想像している。同世代の “歌う女優” の代表格、薬師丸ひろ子ほどとは言わないまでも、久しく聴いていないあの個性的な歌声をまたどこかで聴かせてはくれないだろうか。
2020年09月26日に掲載された記事をアップデート