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【佐橋佳幸の40曲】矢野顕子「湖のふもとでねこと暮らしている」ねこソング史上の名曲!

Re:minder

1991年10月25日 矢野顕子のアルバム「LOVE LIFE」発売日「湖のふもとでねこと暮らしている」(DOWN BY THE LAKE,LIVING WITH MY CAT)収録

佐橋佳幸の40曲 vol.15
湖のふもとでねこと暮らしている / 矢野顕子
作詞:矢野顕子・宮沢和史
作曲:矢野顕子
編曲:矢野顕子

矢野顕子のレコーディングに初参加した佐橋佳幸


矢野顕子が1991年にリリースしたアルバム『LOVE LIFE』。彼女がミディレコードからエピックソニーに移籍しての第1弾アルバムだ。1993年には曲順・曲数を変え、アメリカの名門ノンサッチ・レコードからも全米に向けて配給された。

2022年にはタイトル曲「LOVE LIFE」をモチーフにした同名映画が深田晃司 監督、木村文乃 主演で公開されるなど、時代も世代も国も超えて今なお愛され続ける日本ポップス史のマスターピースだ。このアルバムの収録曲「湖のふもとでねこと暮らしている(DOWN BY THE LAKE LIVING WITH MY CAT)」のギターダビングで、佐橋佳幸は初めて矢野顕子のレコーディングに参加した。

「エピックに移籍した矢野さんの制作チームが、ほぼ鈴木祥子ちゃんのチームだったんです。そんなわけで、この曲でもコーラスに祥子ちゃんが参加しているんだよね。コーラスはもうひとり、後に山下達郎さんのバンドでご一緒することになる三谷泰弘さん。ディレクターの篠崎さんという人が以前にも別の仕事で三谷さんにコーラスをお願いしたことがあったらしくて。祥子ちゃんと三谷さん、ふたりでのコーラスをいちどやってみたいと思っていた… という話を当時、聞いた覚えがある。そんなわけで、僕も祥子ちゃんの制作チーム経由で声がかかって矢野さんのスタジオに呼ばれたわけです」

佐橋に信頼を寄せる制作チームの縁が結んだ矢野との初仕事。もちろん矢野のデビュー当時から彼女の音楽にはずっと触れてきた佐橋だったが、それまでご本人とはまったく面識もなかった。しかし、縁の糸というのは思いがけない形でつながってゆく。

「ご存知の方はご存知かと思うんですけど、矢野さんは昔から小田さんの大ファンなんだよね。で、この年、91年2月に小田さんの「ラブ・ストーリーは突然に」が出て、このアルバム『LOVE LIFE』は10月に出て。レコーディングがほぼ同じ時期なんだよね。小田さんに “アッコちゃんのレコーディングやったんだって? 難しくて大変だっただろ” って言われた記憶があるから、たぶん矢野さんのほうがちょっと早かったんだろうな。そんなこともあって、3人で共演したということではないけれど、僕の中でこのふたりはすごく繋がっているというか」

殿様のとんち問答に挑む一休さんの心境


そんなわけで、レコーディング当日。どんな曲を弾くかもわからなかったものの、事前に伝えられていたとおり12弦のエレキギターを携えて佐橋はスタジオに赴いた。

「まず、スタジオに着いたら矢野さんに “12弦ギター、持ってきてくれた?” と聞かれたの。“はい、持ってきました” と答えたら、さっそく “ギターを入れたい曲はこれなんだけど…” と曲を聴かせてくれたんです。僕の記憶では、その時すでに祥子ちゃんと三谷さんのコーラスも入ってたはず。とにかく、それがもう、僕にしてみたら何の隙間もないオケだったわけ。ここにギター入れる必要があるかな、くらい完成されていた」

「だから “矢野さん、これもう、ほとんどできてるじゃないですか” って言ったら、矢野さんがニヤッと笑って “違うのよ” と。“この曲をザ・バーズみたいにしたいの” と言うんです。さすがのオレも驚いた。“ええーっ、このコード進行でかよっ!?” と(笑)。だって、普通フォークロックっていうのはシンプルなスリーコードでできているからああいうサウンドになるわけでしょ。矢野さんのああいう曲をフォークロックにするなんて、誰も思いつかないことですよ。でも、矢野さんが “こういうコード進行じゃ、ああいうのはできないの?” と…」

この連載でお伝えしてきた佐橋にまつわる数々のエピソードをお読みいただければおわかりだろう。「できないの?」と言われたことを、たいがいやってのけてきたのがサハシというギタリストだ。それにしても、これは難題だった。さすがの佐橋も、殿様のとんち問答に挑む一休さんの心境だったに違いない。

本当は矢野さんにちょっと自慢したかったこと


「“ちょっと待ってください!” と言って、なんとかフォークロックっぽさが出るように一生懸命に考えました。やや専門的な話になるんだけど、矢野さんの曲はものすごく難解な、いわゆるジャズ的なアプローチのコード進行になってるんです。だからハーモニーがとっても複雑なの。でも、その合間を縫って、シンプルに聴こえる “使える音” を探して…。で、とうとう探し当てたんですよ、オレは。やりましたよ。で、弾いたんですよ」

「このギターはね、フォークロックもできて、矢野さんの曲みたいなソッチ系のややこしい音楽もできる人じゃないと無理です。ここはちょっと自慢させてもらいたいです。こんなコード進行でできるわけないじゃないですか… という曲だったのに、必死で考えて答えが見つかってよかった。という思い出の曲です(笑)」

ふだんは、難しいことをさらっとやってのけても何も言わないことで有名な佐橋が、そう言って珍しく胸を張った。それほど会心のプレイ。

「だからね、まぁ、こういうのは普通に日本人のギタリストに頼んだりしないほうがいいですよ。オレでさえめっちゃ苦労したんですから、と、言いたかった。言わなかったですけど(笑)」

と、今だから “あの時、本当は矢野さんにちょっと自慢したかったこと” をこっそり打ち明けてくれたほど。間違いなく、ベスト・オブ・サハシといえる仕事のひとつだ。ちなみにここでは12弦ギターとアコースティックギターを弾いているほか、このアルバムではほかにも、駒沢裕城のペダルスティールをフィーチャーしたカバー曲「SAYONARA〜CHEROKEE」でエレキギターを弾いている。

そうしたギターダビングやコーラス入れなど一部のレコーディングは日本で行われたが、ミックスも含めメインの作業は矢野の本拠地であるニューヨークで。パット・メセニー(ギター)、ナナ・ヴァスコンセロス(パーカッション)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、ウィル・リー(ベース)… といった豪華な参加メンバーの顔ぶれも当時大いに話題になった。

「いい仕事もできたし、しかも矢野さんとの仕事でしょ。“やったー、ついにオレ、矢野顕子のアルバムに参加してしまったよー” と、嬉しくてね。で、アルバムが出ると音楽雑誌にいっぱいレビューが出るじゃないですか。僕、音楽誌読むのも好きだからさ。自分の名前も出てるかなぁ… とわくわくしていたんだけど。どの雑誌にも “ギターはパット・メセニー、大村憲司、ほか” って書かれてて。くそー、あんなに頑張ったのにオレはしょせん “ほか” なのかぁーと(笑)。まぁ、ちょっとがっかりしつつも、自分もまだまだだな、もっと頑張るぞ… と思ったことを覚えています。はい」

矢野顕子コンサートツアーの忘れられない体験


レコーディングにとどまらず、やがて佐橋は矢野のコンサートツアーのバックアップもつとめるようになってゆく。最初は2002年、アンソニー・ジャクソン(ベース)、クリフ・アーモンド(ドラムス)、矢野(ピアノ)というニューヨーク・トリオに佐橋が加わる形で行われた “さとがえるコンサート” ツアー。このツアーもまた忘れられない体験だった。

「アルバムに参加して以来、矢野さんのコンサートはいろいろ観させていただいていて。ナナ・ヴァスコンセロスとかビル・フリゼール(ギター)と演った時とか。アンソニー・ジャクソンが加わってからの演奏も “やっぱすげぇなー” と驚きながら観ていたんですよ。そしたら、ある日いきなり矢野さんが “サハシくん、今度のツアー入ってよ” って誘ってくださったんです。実はこれが矢野さんとの初ライブ。『LOVE LIFE』からずいぶん月日が経っていたし、なんで突然お声がかかったのかな? この時期、僕はもう山下達郎さんのバンドに入っていましたから、もしかして仲のいい達郎さんのライブをご覧になったのかもしれない。わかんないけど…。今度、矢野さんに聞いてみます(笑)」

「で、とにかく、その、とんでもないメンバーに僕が加わることになりまして。矢野さんはとっくにニューヨークの人だったから、リハーサルは向こうでやる、と。で、自分でアコギとエレキを持ってニューヨークに行きました。そしたら、いきなり “ウソでしょ、ホンモノのアンソニー・ジャクソンがいるぞ!” みたいな状況」

「当然のことながら全部英語で、サッサカサッサカとリハは進行してゆくわけです。こっちはもう、すごい人たちと初対面だわ、言うまでもなく曲は恐ろしく難しいわ…(笑)。2日間くらいかな、とてつもなく緊張しながらリハーサルしました。このツアーはほんっとに勉強になった。やっぱり向こうのスゴいヤツは本当にスゴいんだ… と。そんな当たり前のことを肌で実感しました。 だってさ、リハの段階から完璧にスゴかったのに、ツアーしているうちに演奏がどんどん良くなっていくんですよ。もちろんそれまでも海外レコーディングはたくさん経験していたけど。一緒にリハして、ツアーして、底力みたいなものの違いを思い知らされた。大変だったけど、めちゃめちゃ楽しかったな」

“ねこソング” 史上の名曲「「湖のふもとでねこと暮らしている」


ところで、「湖のふもとでねこと暮らしている(DOWN BY THE LAKE LIVING WITH MY CAT)」という曲が、RCサクセションのアルバム『HEART ACE』(1985年)収録の「山のふもとで犬と暮らしている」へのアンサーソングだということはおなじみだろう。矢野顕子ファンの間でのみならず、“ねこソング” 史上の名曲としても広く愛されている。

矢野自身、1993年発売の『LOVE IS HERE』で、この曲の続編とも言うべき「湖のふもとでまだ猫と暮らしている(DOWN BY THE LAKE STILL LIVING WITH MY CAT)」を発表したほど。そんな人気曲だけに、小原礼(ベース)、林立夫(ドラムス)とのトリオ編成で佐橋がバックアップする近年の “さとがえるコンサート” ツアーでも、しばしばセットリストに加えられてきた。

「矢野さんが “サハシくん、バーズやろうよー” って(笑)。それを横で聞いている小原さんたちは “え、このコード進行の曲でバーズかよ?” と驚いて、“サハシ、大変だな” “サハシくん、がんばれ!” って心配してくれるんだけど。“大丈夫です。僕、レコーディングでもやってますから” と。この曲だけでなく、ここ数年の“さとがえるコンサート”では、『LOVE LIFE』からの曲をけっこうやってるんです。去年12月のツアーでも1曲、アルバムでパット・メセニーが本当におっそろしい、もう、やめてぇーっていうような(笑)凄まじい演奏をしてる曲をやったんですけどね」

「最初、リハーサルで矢野さんに “サハシくん、できるよね?” って言われた時には、心の中では “やめてぇーっ” と叫びながらも、“はい。でも、今日は無理かもしれません” と笑顔で答えて。帰って、オレ、めっちゃ練習しました(笑)。家で。久しぶりに。あんなに練習したのどんだけぶりかわからないってくらい。やっぱ、世界のパット・メセニー、すげーわ… と思いながら」

矢野顕子に「サハシくん、できるよね?」と言われることはいつも、それまで経験したことのない無理難題だったり、とてつもない無茶ぶりだったり…。ほとんど “かわいがり稽古” 状態だよ、などと言いながらも、佐橋はけっこううれしそうだ。

「そういえば、その、初ライブだった2002年のツアー。僕、矢野さんに言われて、矢野さんの曲「自転車でおいで」を一緒に歌ったんだよ! あの曲のオリジナルバージョンって、矢野さんと佐野元春さんのデュエットなんだよね。で、僕は佐野さんと活動していたでしょ。だから “サハシくん、歌えるよね?” って(笑)。いやいや。あれは究極の無茶ぶりだったなぁ…」

手ごたえのある仕事には全力で応える佐橋にとって、矢野顕子との演奏はいつだってスリルに満ちた楽しい冒険旅行のようだ。

次回【佐橋佳幸の40曲】につづく(3/9掲載予定)

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