上野万太郎の「この人がいるからここに行く」 一皿入魂、行列が出来るカレー店「オカノカリー」の岡野香さん物語
城南区で人気のカレー店となった「オカノカリー」の岡野さん
僕が「福岡のまいにちカレー」を執筆中だった2013年に城南区松山にオープンした「オカノカリー」。友達に紹介されて食べに行き、本への掲載許可をお願いしたのが付き合いの始まりだった。それ以来、今でも1~2ヶ月に1回のペースで混雑の少なめな夜の遅い時間帯を狙って通っている。
今年11月で12周年になる「オカノカリー」。店主の岡野香さんは56歳。一人で仕込み、昼と夜営業の人気カレー店というハードワークが年齢的にも大変になってくる頃だろう。そんな岡野さんにここまでの道のりとこれからの人生設計について聞いてみた。
実家は飲食店経営だった
1969年、和歌山県生まれの岡野さん。実家は飲食店を7店舗経営する会社だった。割烹料理店、炉端焼き店、ダイニングバー、カフェなどがあり、中学生の頃から皿洗いなどのアルバイトをしていたそうだ。
大学進学で京都に行ってからは河原町三条の居酒屋で働いていた岡野さん。アルバイトの身でありながらマネージャーを任せられるなど当時から飲食店の仕事で才能を発揮していたようだ。
卒業後は、迷うことなく実家の会社に就職。厨房仕事から、店長としての店舗運営までいろいろな仕事を経験したという。
「料理人としても魚をさばいたり、寿司、煮物、天ぷらなど、和食を中心に調理全般をいろいろ勉強させてもらいました」
つまり、生まれた時からずっと飲食業界という環境の中で育って来た岡野さんだったのだ。
和歌山から福岡へ
29歳の時だった。岡野さんは今まで働いていた実家での仕事を家族内の問題を理由に退職することにした。そして、自家用車に荷物を詰め込んで実家を飛び出したという。
「決して仕事が嫌になって辞めたわけではないんですけどね。家を出る朝に父に挨拶だけして家出同然に飛び出したので、いきなりすぎて実家は大騒ぎしたと思います。母が療養のために大分県にいたのでとりあえず母のところに行きました」
―しばらく大分に住んだのですか?
「そのつもりで大分で仕事を探そうとしたのですが、大分ではなかなか仕事が見つからなかったので範囲を広げて福岡で探すことにしたんです」
―それで福岡へ引っ越したのですか?
「それが無職なのでアパートの契約もできずに大分と福岡を行ったり来たりしながら職探しをしていました。そんな時に、居酒屋の『益正グループ』の求人広告が目に留まったんです」
―やっぱっり飲食業に目が行ったのですね。
「『益正』という名前も知らなかったのですが、ピンとくるものがあって申し込みました。面接では草野社長に自分の今までの経験や現在は無職で住所不定だという事情を話したら、『だったらうちで働いたらいいよ』と即決してもらったんです。ありがたかったですね」
―運命みたいな出会いでしたね。
「『益正』の草野社長は、僕よりちょっと年上で、お兄さんみたいな感じでした。その後も何年も面倒見てもらったので今でも大変感謝しています。縁もゆかりもない福岡という土地、友達も誰一人いなかったので仕事しかすることがなくて無茶苦茶頑張りましたね」
―「益正」ではどんな仕事をされていたのですか?
「調理場から始まり、数カ月で店長を任せられました。さらに32歳の時には取締役営業本部長に抜擢されました(笑)。『え~~~!?』って感じでしたが今まで店舗の売上アップのために頑張ってきた実績が評価されたこともあるので期待に応えられるように頑張ろうと思いましたね」
―営業本部長になってからはどうでした?
「スーツで仕事をする立場になってちょっと戸惑いました。会社全体の売上管理や集客目標を達成するための仕事になったんです。新店舗オープンや新メニューの開発などもやりました。成功するのが当たり前、失敗したら責められるという立場で大変な仕事でしたね。店舗に行くと『鬼軍曹が来たぞ!!』みたいに相当煙たがられていた思いますが、それが仕事でしたからね。失うものがなかったのでガムシャラに働いてました」
カレーとの出会い
その後、「益正」でカレーと出会うことになった岡野さんだった。
「『益正』では以前からカレーメニューにも力を入れていたのですが、さらに本格的にカレー業態にも進出することが決まりました。というのも福岡の老舗カレーチェーン店である『ナイルカレー』が閉店することになり、『ナイルカレー』のブランドとカレー工場を『益正』で引き継ぐことになったのです」
―それも岡野さんが担当されていたのですか。
「はい。昔今泉に『博多伽哩堂カフェクロ』というカレーとカフェの店があったのですが、そこから始まりその後カレー全般の責任者をしていました。そのうちカレーに興味が湧いてきて色々勉強しました。いつかは飲食店で独立したいという夢があったので、その時が来たらカレー店で独立しようと思ったのは、この時期の経験ががきっかけになりました」
「博多伽哩堂カフェクロ」はカレーだけでなく珈琲やスイーツも提供していたそうだ。今の「オカノカリー」の店名の前に“Spice&Coffee”という言葉がついているのは、岡野さんのカレーのスタートがこの「博多伽哩堂カフェクロ」のイメージがあったからだそうだ。
「実は、今もうちで提供しているメンチカツ、黒みつきな粉プリン、焼きカレーなどは『博多伽哩堂カフェクロ』の時からのメニューです。さらにコーヒー豆は当時からお世話になっている東区の『ポップコーヒーズ』さんのものを現在も使っています」
「益正」退職とカレー店開業
―その後「益正」を退職したのはいつ頃だったのでしょうか。
「会社や個人的な状況もあり、独立するならこのタイミングだな、と気持ちが固まったのが44歳でした。『益正』では15年間お世話になりました。それから数カ月間、カレー店の食べ歩きをしていましたね。開業するための店舗物件も探しながら、自宅でカレーの試作を繰り返して自分のカレーを見つけるために勉強していました」
そして2013年11月に「オカノカリー」開業を迎えることになったのだ。
「オカノカリー」のスタート
―「オカノカリー」は開業からすぐに人気店になりましたよね。
「開業したタイミングが良かったですね。今の福岡のカレーブームがちょうど始まった頃でした。ありがたい事に一気にお客さんが増えたので、慌ててアルバイトを追加募集したのを覚えています」
― 福岡を代表するグルメ編集者の弓削聞平さんが、「福岡のハマるカレー」を出版されたのが2013年6月でした。その頃僕は「福岡のまいにちカレー」の取材を一人でしていました。まだカレーブームとは言われていませんでしたが、欧風カレーに加えてスパイスが前面に主張するインドなどの現地系カレーを提供する日本人オーナーの店が増えてきてましたね。カレー好きな人たちの中で“スパイスカレー”という言葉が福岡でもちらほら使われるようになったのがその頃でしたね。
「たまたまですが、まさにそのタイミングでした。フェイスブックなどでは『福岡カレー部』や『九州カレー同盟』などのグループが話題になってきており一気に新しいカレーブームが来た感がありましたね。それとうちは、食べログを見て来店されるお客様が多かったですね」
―あの頃は食べログの影響力も大きかったですね。今思うと、ブログ、ツイッター、食べログ、フェイスブック、インスタグラム、youtubeとつながってきて、最近では同じSNSでもリールやTikToKなどの動画になっていますね。
「はい。コロナ禍の前くらいからSNSの影響は海を越えて韓国などへも広がった感がありました」
一皿入魂のカレー作り
―工場でのカレー作りから個人店での手作りのカレー作りに変わって仕事内容はどうでした?
「とにかく大変でした。玉ねぎを飴色に炒めるところから始まるカレー作りですが、ほとんど体力勝負です。開業後は睡眠時間をグッと減らして無我夢中で頑張っていました」
―失敗や挫折はありましたか?
「ありましたよ!!開業1年くらい経ってさらに忙しくなった時に仕込みの寸胴鍋などを大きくしたんです。すると全く同じカレーが作れなくなりました。同じレシピなのですが、道具が変わると火の入り方が変わってしまい作っても作っても同じカレーにならない。仕込んだその日には分からなかったのですが、翌朝に味見をすると全く納得いかないカレーになっているのです。そんな日は『厨房設備の故障により本日は臨時休業します』と告知して休んでいました。常連さんは、『そんなに厨房設備って壊れるものか?きっとまたカレーが上手く出来なかったんだろう~』って分かっていたと思いますけどね(笑)
そんな感じで月のうち半分くらいは休業するということが2〜3ヶ月続きました。朝、味見するのが恐怖でした。精神的に追い込まれていたあの時は本当にきつかったです」
―思い出しました!!確かにそんなことがありましたね。今となっては懐かしい想い出でしょうけどね。もう一つカレー作りの苦労についてお聞きしたいことがあるのですが。僕は最初に来た頃から数年間はほとんどスパイシーラム肉のキーマカレーばかり食べていました。生肉から一皿分ずつフライパンを使って調理するスタイルでしたが、今でもまだ一皿一皿作っているのですか?
はい。キーマカレーは生肉から調理するので2皿分、3皿分をまとめて作ろうとすると肉への火の入り方や脂の出方などが違ってくるので一定の味で提供することが難しくなるんです。だから例えば5皿キーマカレーが注文入れば、今でも5回に分けて作っています」
―客目線で言うと多分その味の違いにそんなに気づかないんじゃないかなと思うのですが、、、、。
「そうかもしれませんが、一度『なんかいつもと味が違う。美味しくない』と思われたらそのお客さんは2度と来てもらえないかもしれないという恐怖心があるんです。そう思うと分かっていて効率化のために手を抜くことはしたくないんです。こだわりが強すぎるカレー屋があっても良いかなと思ってやっていますけれど、今ではお客さんも『ここのカレーは時間がかかる』と最初から分かっている人が多くて優しく待っていただいてますね。ありがたい事です」
―過去にチキンカレー作りが上手く行かなくなった時の教訓も残っているんでしょうね。
「僕はカレー一皿を通じでお客さんと会話しているつもりで一皿入魂で作っています。『今日のカレーはいかがですか?ちゃんとできていますか?満足いただけていますか?』みたいな気持ちをのせてカレーをお出ししています。そして食べ終わったお客さんの笑顔を見て『今日もおいしかったよ』と言っていただいていると思えたら、今日も良かった〜と安心するんです。それの連続ですね」
オカノカリーの人気メニュー
では、「オカノカリー」のたくさんのメニューの中でいくつかおススメのカレーをご紹介しよう。
「スパイシーラム肉のキーマカレー」
まずは僕が最初にこればっかり食べていた、「スパイシーラム肉のキーマカレー」(1,650円) だ。生肉から作り始めるキーマカレーは数種類あるが、ラム肉のカレーが特にスパイシーで肉のパンチがあって大好きだったのでこれまでに何十杯と食べたと思う。特に僕は「たっぷりキャベツとレンコンのメンチカツ」をトッピングして食べている。上の写真は「スパイシーラム肉のキーマカレー」にミニトマト、レンコン、メンチカツを追加したもの。
「半日分野菜とスパイシーチキンカレー」
最近では「半日分野菜とスパイシーチキンカレー」(1,500円)ばかり食べている。玉ねぎが溶けこんだスパイシーながらも優しい味のカレーソースにうっとりするのだ。チキンカレーもキーマカレーも主に味付けとしているのはスパイス以外には塩のみ。あとは素材から出る旨味、特に玉ねぎの甘みが全体の調和を促すカギとなる。岡野さんがその日の出来に一喜一憂するカレーだ。
「国産豚ロースカツカレー」
国産豚ロースカツカレー(1,850円)は、とんかつ好きの岡野さんがこだわったわがままメニュー。九州産豚肉はやわらかなサーロイン部を使用。軽い揚がりで肉の甘みをジューシーに閉じ込めた店主自慢のロースカツ。福岡の人気とんかつ専門店の大将直伝のカツが絶品だ。カレーのソースは欧風カレーの辛口。他のカレーに単品(900円)でのトッピングも出来る。
「サバフライカレー」
サバ好き店主のサバフライカレー(1,800円)は、入荷時のみの限定メニュー。最近は出来る限り定番メニューとして登場させているそうだ。ホクホクふわふわのサバフライ。ロースカツと同様にこれと味噌汁だけの定食として販売してもきっと人気になるだろうと思える美味しさ。これもカレーのソースは欧風カレーの辛口。他のカレーとの組み合わせたい人は単品のサバフライ(1,000円)、ミニサバフライ(500円)もあり。
「茄子フライカレー」
茄子フライカレー(1,600円)もおすすめ。カレーソースは辛口欧風カレーにて提供だが、どのカレーにもトッピングできるよう単品メニューもある(500円)。ジューシーでフワトロの茄子の揚げ具合が秀逸。上の写真は「半日分野菜とスパイシーチキンカレー」に茄子フライをトッピングしたもの。
基本のカレーにいろいろなトッピングが出来るので下の写真のように、「彩り野菜の焼きカレー」の大盛りにロースカツとメンチカツをトッピングするようなわんぱくメニュー好きな強者客も現れる。
そしてデザートは黒みつきな粉プリン(300円)が大人気だ。「ポップコーヒーズ」のコーヒーとセットで(500円)がおススメです。
他にも、たっぷりキャベツとレンコンのメンチカツカレー1,500円、焼きカレー1,100円、デミグラスハヤシライス1,100円、キッズプレート700円など老若男女が楽しめるメニューが揃えられている。
今後は体力との勝負
―今年56歳になる岡野さんですが、今後の予定はどうでしょうか。
「現実的な問題としていつまでカレー店をできるかは体力次第ですね」
―大好きなメンチカツ専門店を出したいというお話を昔お聞きしていましたが、今も計画はあるのですか?
「結論から言いますと、長い目で考えた場合は、揚げ物店への業態変更も模索しています。開業当時からあるメンチカツに始まり、数年前にロースカツカレーを始める時に知り合いのトンカツ店の大将にいろいろ指導してもらったんです。豚の素材やパン粉へのこだわり、もちろん温度管理など、厨房に入れてもらって教えてもらいました。それ以来さらに揚げ物に対するこだわりが強くなりました。現在、メンチカツ、ロースカツ以外にもサバフライ、茄子フライなどのメニューを増やしているのもまさにその計画に向けてのことです」
さらに「子供が大学を卒業するまではカレー店を頑張って、その後は揚げ物店をしているかもしれませんね。フライだけでなく天ぷらも興味があります。販売だけの店にするのか、こじんまりした小料理店にするか、逆に大きな店舗にするのかはまったく分かりません。その頃の自分の状況に合わせてやっていくと思います。週に一回くらいはしっかりと仕込んだカレーも出して、今のお客さんにも楽しんでももらえるようにするとか、いろいろ構想だけは持っています」
元々和食店の息子として生まれた岡野さん。振り返れば子供の頃から飲食業の中で育ち、学生時代のアルバイト、就職してからもずっと飲食業界一筋だったのだと考えると業界歴四十数年の大ベテランだとあらためて思う。
その人生の締めくくりとして、どんな形でさらに飲食業に携わっていくのか、今から5年後?10年後?集大成の「オカノカリー」の姿も楽しみにしていきたいと思う。
岡野さんがカレー作りを出来なるのが先か、僕がカレーを食べられなくなるのが先か(笑)、とりあえずは、まだまだたくさん岡野さんのカレーを食べに行こうと思う。
店名 : オカノカリー
住所 : 福岡市城南区松山2-5-5志のぶビル101
電話 : 092-776-3133
時間 : 昼11:30〜LO14:00/夜18:30〜LO21:00
店休日 :日曜日・水曜日(日曜日は月2回営業有り。Instagramなどで告知)
駐車場 :1台
席数:カウンター3,テーブル16
メニュー: 半日分野菜とスパイシーチキンカレー1,500円、スパイシーチキンカレー1,150円、スパイシーラム肉のキーマカレー1,450円、国産豚ロースカツカレー(150g)1,850円、たっぷりキャベツとレンコンのメンチカツカレー1,500円、焼きカレー1,100円、デミグラスハヤシライス1,100円、キッズプレート700円