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「普通に暮らしているのに意識がない?」哲学に登場する“異系の存在”たち

草の実堂

画像 : 哲学的ゾンビ 草の実堂作成(AI)
画像:哲学の礎を築いたソクラテス public domain

哲学とは、理性を通じて真理を追求する学問である。

その探究の中で、哲学者たちが用いる方法のひとつが、「思考実験」と呼ばれるものである。
これは、現実には起こりえないような極端な状況や仮定を設定し、それを通して物事の本質に迫ろうとする試みである。

こうした思考実験には、しばしば我々の日常感覚から大きく逸脱した存在が登場する。
それらは現実世界には存在しないが、哲学的問いを際立たせるために不可欠な「異系の存在」とも言える。

今回は、そうした哲学的思索の中に現れる「異系の存在」たちをいくつか紹介したい。

1. スワンプマン

画像 : スワンプマン 草の実堂作成(AI)

スワンプマン(Swampman)は、アメリカの哲学者ドナルド・デイヴィッドソン(1917~2003年)が提唱した思考実験にて登場する存在である。

デイヴィッドソンは、次のような仮定を提示した。

(意訳・要約)

たとえば、この私デイヴィッドソンが、沼地に生えた枯れ木の横にいたとする。
その枯れ木に雷が落ち、近くに立っていた私は感電し、分子分解されて死んでしまう。

ところがここで凄まじい偶然が起こり、なんと枯れ木が、私とまったく同じ姿形に変化してしまったではないか。

このスワンプマンとも呼称できる私のコピーは、生前の私とまったく同じ生活パターンを送る。
私の友人や家族は、私がスワンプマンに置き換わっていることに、全く気づくことはないだろう。

だがこのスワンプマンは、そもそも意識や自我と呼べるものは持っておらず、私の行動を機械的になぞるだけの存在にすぎない。

現在、一般的に知られるスワンプマンは、デイヴィッドソンの提唱したものと多少異なり、

「ある男が沼で雷に打たれ死ぬ → それと同時に沼に雷が落ちる → 男の複製体が沼から這い出してくる」

というアレンジが加えられている。

スワンプマンとそのコピー元である人間は、はたして同一人物なのかどうか、というのがこの思考実験のテーマである。

・雷に打たれた時点で男の意識は消えているので、スワンプマンは別人である
・他者から見れば違いはないので、同一人物である

など、様々な見解がある。

しかしデイヴィッドソン自身は、意識とはその人自身の「経験の積み重ね」であるとの考えから、枯れ木以前の過去がないスワンプマンを同一人物とは認めていない。

2. 欺く神/悪しき霊

画像 : 欺く神/悪しき霊 草の実堂作成(AI)

欺く神(Dieu trompeur)と悪しき霊(Genius malignus)は、フランスの哲学者ルネ・デカルト(1596~1650年)が著した哲学書『省察』に登場する、思考実験上の仮想的存在である。

デカルトは敬虔なキリスト教徒でありながら、理性を用いて神の存在や真理を証明しようとした哲学的探究者でもあった。

彼は「方法的懐疑」と呼ばれる手法を用い、あらゆるものを徹底的に疑うことによって、確実な真理へと至ろうとした。

この懐疑の過程において、デカルトは「欺く神」という想定を導入する。

すなわち「この世界に存在するすべては、神のような絶対的な存在によって意図的に作られた幻想かもしれない。我々が見聞きしているもの、数学的な真理さえも、錯覚として与えられている可能性はないだろうか」という仮定である。

のちにこの仮定は、より精密な形で「悪しき霊(Genius malignus)」という存在に置き換えられる。
これは、我々を常に欺こうとする強力な知性体が存在し、あらゆる認識を誤らせているかもしれないという想定である。

このような極限まで疑う姿勢を経た末に、デカルトはたったひとつ、疑いえないものを見出す。

それが「我思う、ゆえに我あり」(Cogito, ergo sum)という命題である。

たとえすべてを欺かれていたとしても、「疑っている私の意識だけは確かに存在している」という結論に達したのだ。

その後デカルトは、理性に基づいて神の存在を証明し、真の神は欺くことのない善なる存在であると結論づける。

ゆえに、悪しき霊のような存在は神のもとで排除され、我々の知覚する世界もまた、信頼に足るものであると見なされたのである。

3. 哲学的ゾンビ

画像 : 哲学的ゾンビ 草の実堂作成(AI)

哲学的ゾンビ(P-zombie)は、オーストラリアの哲学者デイヴィッド・チャーマーズ(1966年〜)が提唱した思考実験に登場する存在である。

一般に「ゾンビ」といえば、人間を襲う腐乱死体のような怪物を想像するが、哲学的ゾンビはまったく異なる。
外見も行動も、我々と区別がつかないほど“普通の人間”であり、社会生活を支障なく送っている。

しかしこのゾンビには、意識や感情といった内面的な要素、いわゆる「クオリア」が一切存在しない。

嬉しいときには笑い、悲しいときには涙を見せるが、それらはすべて外的刺激に対する反応であり、内面に何かを「感じている」わけではない。

言い換えれば、哲学的ゾンビは、人間の行動を完璧に模倣するプログラムにすぎない。
頭の中には、喜びも苦しみも、主観的な世界もない。ただ機械的に振る舞うだけの存在である。

この思考実験は、「心とは脳の電気信号による物理現象にすぎない」とする立場への反論として考案された。

もし心が物理現象だけで説明できるなら、外見も行動も人間と同じで、なおかつ意識だけを持たない存在など、成立するはずがない。
ところが哲学的ゾンビが理屈の上では成立する以上「心には、物理法則だけでは捉えきれない側面がある」と、チャーマーズは考えたのである。

チャーマーズはこのようにして、「意識のハードプロブレム」と呼ばれる問題を提起した。

現在、哲学者の多くは実際に哲学的ゾンビが存在すると考えているわけではない。
だが、「心とは何か」という問いに明確な答えが出ない限り、その可能性を完全に退けることもできない。

あるいは私たちの身近にも、何かを「感じている」ように見えて、実は何も感じていない存在が混じっているのかもしれない。

参考 : 『Knowing One’s Own Mind』『省察』『The Conscious Mind』他
文 / 草の実堂編集部

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