この夏、海外の文学に触れてみよう~海外文学を愛する6人の翻訳家がおすすめの1冊を紹介!【NHK 基礎英語】
英語の勉強にも役立つ、
海外文学を紹介!
英語を勉強していると、海外の歴史や文化についてもっと知りたいと思うことが増えてくるのではないでしょうか。
そんなときには、海外の文学に触れてみるのもおすすめです。
NHKテキスト『中学生の基礎英語レベル2』の連載「銀河の中心で読みまくれ!きみとわたしの海外文学☆ブックガイド」では、海外文学を愛する6人の翻訳家が、順番におすすめの海外文学を紹介しています。
今回はその中から白石朗さんが選んだ1冊を紹介する記事を特別公開します。
NHK「基礎英語」テキストシリーズの8月号は前期の総復習ができ、夏休みからの英語学習スタートにも最適です。
勉強の合間に、この夏、新しい世界をのぞくことができる海外文学に触れみてはいかがでしょうか。
銀河にひとり漂いたいときは
たったひとつの冴えたやりかた
ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著、朝倉久志訳、ハヤカワ文庫
The Starry Rift by james Tiptree Jr.
16歳の冒険、
その先に待っていたのは…
みなさんには、今まででいちばんうれしかった誕生日プレゼントの思い出があるでしょうか。
背景が共通する三作の中篇をおさめたこの本の冒頭を飾る表題作「たったひとつの冴えたやりかた」も、すてきなプレゼントからはじまります。主人公の元気少女コーティーが16歳の誕生日に両親からプレゼントされたのは、なんと小型のスペース・クーペでした。幼いころから星空への冒険旅行を夢見て宇宙港を遊び場にしていたコーティーは大喜びし、さっそく念願の計画に乗り出します――そう、スペース・クーペを両親にないしょで遠距離用に改造し、連邦基地のさらに向こう、だれも見たことのない宇宙を自分の目で見に行くという胸の躍る計画を。
そんな好奇心旺盛なコーティーが初めての宇宙探検でひとり向かったのは巡回補給船とそのクルーが行方不明になった星域でした。出発からしばらくたって冷凍睡眠から目覚めたコーティーは、予想もしなかった驚きに見舞われます。船内には自分しかいないはずなのに、なにものかの「声」がきこえてきたのです。やがてその「声」の正体がわかると、コーティーの冒険は思いもよらなかった方向へ突き進んでいきます。そして結末にいたって題名の「たったひとつの冴えたやりかた」“The Only Neat Thing to Do”の意味がわかるとき、みなさんはどんな思いをいだくでしょうか? ちなみに訳者あとがきでは、「この小説を読みおわる前にハンカチがほしくならなかったら、あなたは人間ではない」という本国での書評の一節が紹介されています。
主人公の魅力を
いきいきと伝える翻訳の力
この作品で愛すべき主人公コーティーの魅力がいきいきと伝わってくるのは、SF翻訳の第一人者、朝倉久志さんの力もあります。上にかかげた原文では、主語がコーティーをあらわす「She(彼女)」と三人称になっていますが、翻訳では「あたし」を主語にして、コーティーのひとりごと形式の一人称に語りなおされています。全体は原文でも翻訳でも三人称ですが、主人公の感情や息づかいを感じさせる一人称の語りをおりおりにはさむ絶妙な翻訳マジックで作品がますます輝いているといえます。この中篇が気にいったら、おなじ宇宙を舞台にした残り二篇もぜひお読みください。この作者のさまざまな魅力の一端を感じられることと思います。
その作者のジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという男性名はペンネームで、素顔はアリス・シェルドンという名前の1915年生まれの女性でした。1968年の小説デビュー後も、しばらくは性別や経歴を秘密にした覆面作家として活躍、SF界でめきめきと頭角をあらわします。そののち、大方の予想に反して女性であることや、第二次世界大戦前は陸軍航空隊に所属し、国防総省での勤務歴もあること、設立まもないCIA(中央情報局)に在籍し、また辞職後には大学で学びなおして実験心理学の博士号を取得したことなどが明らかになって、世界じゅうの愛読者を驚かせました。ドラマティックな生涯を送ったこの不世出の作家は1987年に71歳で惜しくも世を去りましたが、多数の受賞作をふくむその作品は、コーティーがスペース・クーペから見た宇宙のあまたの星々のように、いまもなお色褪せぬ輝きを発しつづけています。
そう。あたしの行きたいのは、どこかハンパじゃないとこ。エース・ランディングの山小屋なんかが見たくてここへきたんじゃない。見たいのは、あの未知の黄色の太陽たち。・・・・・・それに、ひょっとしたら、そうしたほうが役に立てるかもしれない。たとえば、行方不明のあのチームを見つけるとか。その可能性がないわけじゃないしさ。まずエース・ランディングへ行って、そこから小きざみに前進するのが冴えたやりかたかな――でも、ほんとに冴えたやりかたは、いままでに習いおぼえたことを活用して、つぎからの旅を禁止されるようなへまをしでかさないこと。グリーン、ゴー! ――本書より
Yes she has to go somewhere really wild. A hut on Ace's Landing is just not what she came out here for. Those unknown yellow suns are … and maybe she could do something useful like finding the missing men; there's an off chance. The neat thing to do might be to go by small steps. Ace's Landing firstー but the really neat course is to take advantage of all she's learned and not to risk being forbidden to come back green go!
白石 朗
しらいし・ろう 早稲田大学第一文学部卒。キング『アウトサイダー』『任務の終わり』『ファンダーズ・キーパーズ』『ドクター・スリープ』『11/22/63』『異能機関』、S・キング&O・キング『眠れる美女たち』(以上文藝春秋/文春文庫)、フレミング『007/ロシアから愛をこめて』(創元推理文庫)、ヒル『ファイアマン』(小学館文庫)、ヴァンス『スペース・オペラ』(共訳/国書刊行会)、グリシャム『危険な弁護士』(新潮文庫)、ハイスミス『見知らぬ乗客』(河出文庫)、ランセット『トーキョー・キル』(ホーム社)ほか、訳書多数。