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“日本の音大”志望の外国人たちが集う個別指導塾があった!─曙橋「東京光音楽塾」【ジャムセッション講座/第33回】

ARBAN

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これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は、東京の曙橋にある「東京光音楽塾」に潜入取材! ここで学んでいる学生は、ほとんどが中国人。彼らは、日本の音大や音楽専門学校、音大付属校への入学を目指し、日夜、研鑽を積む。ここは、いわば留学生の受験準備塾だ。近年、存在感を強める中国人プレイヤーたちが集う音楽塾の実態を探ってみた。

さらに、日本でありながら、参加者のほとんどが外国人という異色のジャムセッションの模様もリポート。どこよりも早く「中国のジャズ」の今を徹底取材する。

【今回の現場】

東京光音楽塾
2019年に開講した、日本で唯一の音楽専門の留学生向け音楽塾。日本の音楽大学(学部)および大学院(修士・博士課程)、その他音大附属校や音楽専門学校の受験を目指す学生を対象に、受験前の個別指導を提供。留学生が日本の音楽大学の受験基準を早期に満たし、志望校に合格できるようサポートする。月2回、「Hi Jazz」というシリーズのジャムセッションも開催中。
東京都新宿区住吉町8-6 TRUST VALUE曙橋/℡ 03-4362-7423

【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。30歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。夜な夜な「ヤフオク!」で1円スタートの楽器を2円で入札。最終的に何十万円にもなって「俺も見る目があったな」と自己満足する遊びをしている。最近、12弦ギターをそのまま落札できたのだが、使い方がわからない。

留学生は圧倒的に中国人が多い

インバウンド訪日客の増加により、日常的に外国人を目にする機会が増えている。観光客だけでなく、留学生の数も多い。

独立行政法人日本学生支援機構が実施している「外国人留学生在籍状況調査」によると、2024年5月1日の外国人留学生数は33万6708人。そのうち中国人は12万3485人と、次点のネパール人6万4816人を大きく引き離している。

このような背景から、高田馬場周辺には「知日塾」や「行知学園」など、中国人留学生専門の予備校が多く存在している。日本の大学進学を目指す学生が中心だが、近年ではジャズを学ぶために来日する者も増えている。

そして、こうした需要に応えるかたちで、中国人が日本の音楽学校への進学を目指すための受験準備塾も登場している。それが「東京光音楽塾(TOKYO HIKARI MUSIC SCHOOL)」である。

25年5月時点で生徒数は300人以上。講義型ではなく、マンツーマンによる個別指導をメインに採用しているのが特徴だ。オンライン授業も充実しており、生徒のうち中国本土からの受講生は約100人。また、中華圏に加えて韓国など他のアジア諸国の生徒も在籍している。

講師陣には、ドラマーの大坂昌彦氏や、武蔵野音楽大学の重松聡教授など、日本を代表するミュージシャンが名を連ねる。19年の開講以来、生徒数は増加を続け、25年6月には大阪校も開設された。

そんな東京光音楽塾で、ジャムセッションが開催されるという情報をキャッチした。しかもホストは大坂氏が務めるという。一体、そこで何が行われているのだろうか?

T-SQUAREが好きで来日!?

曙橋から徒歩1分。比較的新しい雑居ビルの中に、東京光音楽塾はある。

この日のセッションが行われるのはその建物内のスペースで、簡易的なステージではあるものの、ドラムセットやアンプ、そして内装は非常に“映える”空間となっている。

さらに特徴的なのは、PA卓が3人体制であること。ジャムセッションであれば本来ひとりで十分なところ、同時に動画配信も行われるため、その対応を担うスタッフが加わっているのだ。

この動画はリアルタイムで、WeChat、小紅書(RED)、BiliBiliといった中国人向けSNSで配信されているという。

ホストを務めた大坂氏は、2年前からこの塾で講師をしている。

中国人ベーシストの紀鵬(ジ・ペン)と演奏する機会があり、同じ時期に北京でもライブを行いました。そこから華人(中国人)たちとのつながりが生まれ、教えてみないか?』と声をかけられたのです」(大坂氏)

参加者の多くは塾に通う生徒たちだ。というのも、生徒であれば参加は無料だからである。

もちろん、外部の参加も大歓迎で、1500円で大坂氏とセッションができるという“価格破壊”ぶりだ。

昨年まで塾に通い、現在は昭和音楽大学のジャズコースに在籍する唐コウ氏は、この日はギタリストとして参加していた。

日本のフュージョンバンド、T-SQUAREが大好きなんです。中国で聴いたときに衝撃を受けて、日本で音楽を勉強したいと決意しました。そこから日本語の勉強を始め、インターネットで留学情報をリサーチしていた際に東京光音楽塾を見つけたんです。おかげで夢が叶いましたが、母語ではない日本語で難しい音楽理論を学ぶのは、やはり大変です。でも、大学を卒業したら、今度は大学院で学び続けたいですね」(唐コウ氏)

今回のジャムセッションは「Hi Jazz」というシリーズで、月に2回開催されており、この日は第29回目にあたる。

開始時刻になると、大坂氏が挨拶。参加者は全員中華圏出身のため、氏の言葉に続いて通訳が入る。

そして、ハウスバンドによるオリジナル曲の演奏が始まる。ヴォーカリストはエイリアン氏。広東省出身で、現在は洗足学園音楽大学の大学院に通いながらプロとしても活動している。来日は2年前で、きっかけはフィギュアスケートの羽生結弦だという。

中国ではジャズバーで歌っていました。アニメも好きで日本に興味はあったのですが、北京2022冬季オリンピックで羽生結弦の演技を見て、『日本に行きたい!』という強い気持ちが生まれました」(エイリアン氏)

日本留学の動機は人それぞれだが、T-SQUAREや羽生結弦のように、きっかけの多様さは非常に興味深い。

ハウスバンドの演奏が終わると、いよいよジャムセッションが始まる。大坂氏が読み上げる名前は、もちろん中華圏の苗字ばかり。参加者には、現在受験勉強中の生徒、講師、洗足音楽大学に通う大坂氏の教え子など、多様な顔ぶれがそろう。

校舎の一角で行われているライブという印象は否めないものの、大坂氏のドラマティックなドラムプレイは、ここがただのビルの一室であることを忘れさせるほどの迫力であった。

倍率が高すぎる中国の受験事情

今回、この取材のアテンドをしてくれた周璟悦氏は北京出身。5歳のときに日本へ移住し、国立音楽大学の附属音高から大学院まで進学した。現在、尚美ミュージックカレッジで講師と、東京光音楽塾でピアノやソルフェージュをメインにクラシック系の科目を教えている。

ご存知の通り、中国は人口が多いため、当然ながら大学受験の倍率も非常に高いんです。さらに、音楽大学(音楽学院)は2省に1校あるかどうかという状況です。そのため、競争率は激しく、さらに一般大学と同じように中国版のセンター試験のような足切り制度もあります。私立大学はほぼ存在せず、受験対策を担当する先生への“授業料”まで含めると、マンションが買えるくらいの費用がかかることもあります」(周璟悦氏)

そのような事情もあって、日本の音楽大学を志望する中国人が増えている。欧米と比べて、日本は学費や渡航費が圧倒的に安価であることも理由のひとつだ。

その需要を東京光音楽塾が一手に引き受けている。というのも、音楽受験のみを専門とした塾は、ほかには存在しないからだ。コースはジャズだけでなく、クラシックやポップス、DTM、伝統楽器まで多岐にわたる。

中国の琴や竹笛などの伝統楽器を学び、日本の東京音楽大学大学院・多文化音楽研究領域の修士課程を目指す生徒もいます。また、音楽大学だけでなく、専門学校に進学する生徒もいますよ」(前出・周氏)

東京光音楽塾では、生徒のレベルに合わせて1年間のカリキュラムを個別に組んでいる。なかには、親の勧めで受験の数年前から準備を始める生徒もいるという。

この日、ハウスバンドのピアニストとして登場した熊谷ヤスマサ氏は、最近講師としても活動を始めた。現在教えているのは、16歳の高校2年生だという。

オンライン授業では普段、通訳を介して行っています。ただ、先日は通訳の方が遅れて、生徒と2人きりになりました。Do you speak English?』と尋ねるとNo』。『日本語は?と聞いても少し』……。これはまずいと思いましたが、覚えたての中国語で何とか乗り切りました。実はここで演奏する前から中国語に興味があり、中国語検定の準4級を取得していたんですよ」(熊谷氏)

コース開始から3回目までは(希望があれば)通訳が付き、その後は自力で学んでもらうスタイル。ただし、希望すれば再び通訳をつけることも可能だ。

とはいえ、いずれ日本に留学することを見据えるなら、日本語を習得しておくに越したことはない。

大学側は日本語能力を絶対条件とはしていないが、最終的に候補者が2人に絞られた場合、日本語が堪能な生徒の方が選ばれるのは自然なことである。基本的には、日本語能力試験でN2レベルを取得していれば問題ないそうだ(学校によってはN2取得が受験要件に含まれる)。

裸一貫! 音楽教育に道を見出す

そんな東京光音楽塾を開講したのが、李永恒氏だ。一見すると中国のエリート社長のような雰囲気をまとっているが、その経歴は実に泥臭い。

私は中国東北部の瀋陽音楽学院に附属高校から通っていました。大学生になってからジャズギターを始め、学部卒業後にプロのミュージシャンを目指して日本に留学します。ところが、ストリートミュージシャンたちの演奏レベルを見て衝撃を受けたんです。これはプロになるのは厳しそうだな……』と思い、大学院では洗足音楽大学に進学し、音楽教育について学ぶことにしました」(李永恒氏)

大学院卒業後は、セブンイレブンでアルバイトをしながら、音楽関連のビジネスを始めることを模索していたという。

当時、中国人留学生向けの塾はたくさんありましたが、音楽塾はなかった。そこで、その分野に目をつけたんです。そして多額の借金をして、2019年にこの塾を創業しました。でも、最初の半年くらいはセブンイレブンのアルバイトと両立しながら運営していました。こう話すと大変だったねと言われますが、当時はやる気に満ちていたので、そんなに辛いとは思いませんでした

しかし、2020年には新型コロナウイルスが世界的に流行。留学を断念せざるを得ない人も多かっただろう。

当時、中国のインターネットで日本の音楽大学を検索しても、ほとんど情報がなく、あっても内容が不正確だった。そこで私は、日本の音楽大学について調査し、情報をまとめて翻訳した記事を多数書きました。すると、中国の留学仲介会社がその記事を引用し、情報が一気に広まったんです。私が洗足音楽大学の出身ということも、信頼を得る助けになったと思います

それまで中国国内では、日本の音楽大学はほとんど知られていなかった。しかし、東京光音楽塾の情報発信によって一気に注目を集め、「日本に音楽を学びに行く」という選択肢が “発見”されたのだ。

塾の経営が軌道に乗り始めた現在、李氏は次のステップへと動き出している。

日本語学習のプログラムも用意していますが、最近は揚州で音楽教育に特化した日本語学校の設立も計画しています。今後の課題は就職先の確保ですね。日本で音楽で生計を立てていくのは、想像以上に厳しい。大学時代の友人でも、素晴らしい演奏力を持っていた人が結局はミュージシャンになれませんでした。東京光音楽塾も大学進学がゴールではなく、その先のキャリアまで見据える必要があります。そのため、広州に卒業生の就職を支援する会社も立ち上げました。今は日中関係も良好ですし、将来的には日本人ミュージシャンが中華圏で多くのライブ活動を行えるような橋渡しもしていきたいと考えています

中華圏の注目のミュージシャンとは?

それにしても、中国の若者の間でジャズの人気が高い理由はなぜなのか?

この日、ハウスバンドでベーシストを務めた紀氏は、中国国内でも発言力のあるジャズミュージシャンだ。ニューヨークでは、伝説的ベーシストであるロン・カーターに師事していたという。

中国でジャズが人気になったのは、今から20年ほど前。当時、多くの人がジャズを聴き始め、いい感じだなと思うようになったんですが、どう演奏するのかが分からなかった。そこからコードやグルーヴについて学ぶ動きが広がっていきました。そのうちジャズ人口はますます増え、2017年には上海にBlue Noteが進出したんです」(紀氏)

現在は北京にもBlue Noteがあり、紀氏自身もこの2つの店舗に年4回は出演しているという。日本のミュージシャンたちもここで演奏する機会が多いそうだ。

Blue Note北京では昨年、大坂氏のライブがクリスマスイブとクリスマスの2夜連続で開催され、どちらも満席でした。その後、香港の荃湾大会堂というホールでもライブを行いましたが、やはり客層は若かった。まるで、日本の20年前を見ているような感覚です」(紀氏)

若者を中心にジャズ人気が加熱しているのは確かだ。では、中華圏で今もっとも注目されているプレイヤーは誰だろうか?

まずは、香港出身のジャズギタリスト、Alan Kwan。最近は日本でも活動を始めており、ギタリストの井上銘など日本の若手とも親交があります。これからが非常に楽しみです。もうひとりは、上海のジャズギタリスト、肖駿。彼はブルーノートと共同でアルバムをリリースした初の中国人で、昨年のHikari International Jazz Festival 2023にも出演しています

じつは、東京光音楽塾では「Hikari International Jazz Festival」というジャズイベントも開催している。今年で3回目を迎え、2025年7月6日に渋谷ストリームホールでの開催が予定されている。

ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナ問題など、世界各地で戦争が続いています。だからこそ、このフェスでは平和について考える機会とし、日本や中華圏のミュージシャンだけでなく、より多くの国々のプレイヤーに参加してもらおうと考えています」(李氏)

もちろん、この日のホストを務めた大坂氏もフェスに出演予定だ。このような動きを見ると、勢いだけで言えば、もはや中国のほうがジャズ熱は高いのではないか? そんな話題に、大坂氏は最後にこう語った。

中国出身のプレイヤーたちの演奏技術は、年々向上しています……。いや、もしかすると、日本はもう越されてしまっているかもしれませんね

取材・文/千駄木雄大
撮影/ウザワアカネ

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

1 母語ではない言語で音楽を習うのは大変
2 それでも留学のためには語学力も必要
3 やる気があれば異国でも起業して成功できる
4 ドラマー・大坂正彦は中国でも人気

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