連続テレビ小説「おむすび」脚本家・根本ノンジさん寄稿──平成を生きた「私たちの物語」を描きたい
“普通”に生きている人々のさりげない日常を丁寧に描き、そこからキャラクターの特徴や魅力を浮き彫りにしていく根本ノンジさん。近年の代表作「正直不動産」は抜群のエンタメでありながら、人の優しさに触れられるドラマとして人気に。そんな根本さんが朝ドラで描きたいと思ったテーマとは……。
9月25日発売の『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説「おむすび」Part1』よりご紹介します。
(※NHK出版公式note「本がひらく」から抜粋)
2022年秋。平日の午後2時。東京・新橋にある老舗のサウナ室にはメタボ気味の40代サラリーマンと真っ黒に日焼けしたマッチョおじいさん、ガリガリに痩せた色白のホスト風若者、そして私の四人しかいなかった。
私は考え事をする際、必ずサウナに行く。100℃近い熱に蒸され、10℃台の水風呂に入り、座って休憩をする。これを3セット繰り返すうちに考えがまとまる。今まで脚本のアイデアに詰まったとき、何度もサウナに窮地を救われてきた。このルーティーンは昨今のサウナブームの遥か前から行ってきた。とある刑事ドラマのトリックも、とあるコメディドラマのギャグも、すべてサウナのおかげだと言っても過言ではない。しかし今回の考えはそう簡単にまとまりそうもなかった。悩んでいる内容は、どんな朝ドラを描いたらよいのか?
2セット目のサウナ室でフッと思い浮かびそうになったが、マッチョおじいさんと色白ホスト風若者が、どっちかの汗が飛んだとかというしょうもない理由でもめ始めたせいでアイデアが蒸気と共に消えてしまった。サウナから出て、水風呂でクールダウンし、休憩しようとしたところ、今度はメタボサラリーマンが店員さんと近所にできたラーメン屋さんについて話し始めたため、頭の中がとんこつラーメンで満ち溢れ、考え事どころではなくなってしまった。
結局、サウナでは何も思い浮かばず、うんうんと思考を巡らし、まとまったのは、その年の年末。制作統括の一人である宇佐川隆史(うさがわたかし)さん、通称〝うさP〟との年内最後の打ち合わせ直前だった。
お声がけをいただいたとき、「らんまん」「ブギウギ」が決まっていた。さらにその次の朝ドラも、実在の人物をモデルとした戦前戦後の話になると聞いた。そうなると時代物でモデルがいる作品が続く。ならば現代劇でオリジナル作品がいいのではないかと思っていたのだが、こんなことガイドブックで言うのも大変憚られるが、昨今の朝ドラのオリジナル現代劇は良くも悪くも、いろいろな意味で注目される。そのため正直オリジナルを描くことを躊躇した。それでも描くべきだと強く思ったのはオンエア中に2025年を迎えること。その年は阪神・淡路大震災から年目の節目の年になる。そして制作するのはNHK大阪。ならばその出来事としっかり向き合うべきではないか。そう思い、改めて1995年1月17日について詳しく調べ直し、やがてあるエピソードに出会った。震源地から少し離れ、比較的被害が少なかった兵庫県の丹波(たんば)地域に住む女性たちがおむすびを握って、被災地に届けたという話だ。涙をこらえながらおむすびを握ったという女性のインタビュー動画を見て、描くべきことが見えてきた。
私は脚本を描く際、必ず登場人物が何かを食べるシーンを意図的に出す。なぜならそこにキャラクターがにじみ出るから。というのも、両親が焼き鳥店をやっていて、子どものころから店を手伝っていた。学生になっても、それは続き、何だかんだで調理師の免許まで取らせてもらった。働きながら、お客さんがおいしそうに焼き鳥を食べたり、ビールを飲んだりしているのを見るのが好きだった。そして何かを食べるという行為は、その人の性格や人生が出ると強く感じていた。この原体験から脚本を描く際、食にこだわるのだと思う。なのでこのお話をいただく前から、もし自分が朝ドラを描くとしたらテーマは「食」だと漠然と考えていた。ただ過去、朝ドラで食をテーマにしたすばらしい作品が数多くある。食という切り口で新しく何ができるのか? そう考えているうちに栄養士さんの仕事に辿り着いた。栄養士さんは、オギャーと生まれたあとの離乳食、小学校・中学校の学校給食、高校・大学の学食、会社に入れば社員食堂、そして入院すれば病院食と、まさしく赤ん坊から高齢者まで、人生に長く深く関わる稀有な職業だ。またコロナ禍のとき、自宅から動けない患者さんのために、配給の献立を考えたのも栄養士さんだった。またその発展に大きく関係しているのが阪神・淡路大震災や東日本大震災などの災害だと知った。
徐々にテーマとモチーフの方向性が見えてきたころ、もう一人の制作統括である真鍋 斎(まなべいつき)さんが合流した。真鍋さんは今までNHKを代表する数多のドラマに携わってきた方だ。企画メモを客観的に見ていただき、フワッとしていた部分に芯を注入してもらい、どんどんやるべき道筋が明確になっていった。そんな中で特に意識したのは平成という時代について。平成史をひもとくと必ず「失われた30年」という言葉がしきりに使われている。確かにあのころ、経済が低迷し、社会全体が暗かった。しかしそんな中でも逞しく、軽やかに肩で風を切って歩いていた女性たちがいた。それがギャルだった。ギャルが朝ドラのヒロインをやったらどうなるのだろう。いろんな意味でハレーションが起きそうな予感もあったが、それ以上にギャルという存在にはワクワクする何かが備わっている気がした。それが確信に変わったのは、朝ドラ史上最強のヒロインだと私が勝手に言っている橋本環奈さんにヒロインを務めていただけることになったからだ。ただ単に明るいギャルではなく、さまざまな葛藤を抱え、それでも前を向いて、しっかりとひたむきに生きる。そんなヒロインを橋本さんに演じていただければ、今までにない朝ドラヒロインになるはずだ。そんな思いを抱きながら、さらにキャラクター造形を深めていった。
「栄養士」「ギャル」「平成」という大きなキーワードが整い、チーフ監督であり、修羅場をくぐってきた歴戦の猛将といった雰囲気の野田雄介(のだゆうすけ)さんをはじめ、すてきなスタッフの皆さんが次々と合流し、この三つのキーワードをどうやったら半年という長丁場の作品として、視聴者の皆さんに楽しんでもらえるのかを何度も何度もブレストを重ね、大きな全体構成ができていった。
「食」と同じくらい、私が脚本を描く際、こだわることがある。それは「人生は、笑いと涙で出来ている」というもの。涙と笑いではなく、笑いが先。
子どものころ、いつも両親が朝ドラを見ていた。息子が朝ドラの脚本を描くと聞いたら、きっと喜んでくれただろう。しかし母親は19年前に不慮の事故で亡くなった。明日当たり前に会えると思っていた人が突然いなくなる喪失感は言葉にできないほど強く心に刻まれている。その数年後、父親が食道癌(がん)で亡くなった。父親は胃を切除し、胃ろうになり、食べたいものも食べられなくなった。そのとき、病院で管理栄養士の方に最後までお世話になった。栄養士という仕事をテーマの一つにしたのも、そんな思いからだった。
この物語に出てくる人々は、歴史に名を残すような偉業を成し遂げた人でもなければ、突出した才能を持った人でもない。我々の身近にいるごく平凡な人ばかりだ。笑ったり、怒ったり、泣いたり、愚痴ったりしながら日常の中に、小さな幸せや拠(より)所を見つけて、自分たちのペースで生きていく。登場人物は実在の人物ではない。でも今回のドラマを描くにあたり取材に協力していただいた数多くの方々が体験したこと、思い、声が詰まっている。だからまるっきり架空の話ではない。これは平成という時代を生きた私たちの物語だと思っている。その気持ちを忘れずに、心を込めて、精一杯最後まで描きたいと思う。
プロフィール
根本ノンジ(ねもと・のんじ)
1969年生まれ、千葉県出身。劇団の作・演出を務めながら、人気テレビ番組などの構成作家として活躍。2001年からは脚本家としての活動を開始し、数々のヒットドラマや映画の脚本を手がける。近年の主な執筆作品に、ドラマ「相棒」「監察医 朝顔」「サ道」「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」「合理的にあり得ない~探偵・上水流涼子の解明~」「パリピ孔明」など。NHKでは、「正直不動産」「初恋芸人」「男の操」などの脚本を担当。
『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 おむすび Part1』では、他の出演者の方々のインタビューやドラマの舞台裏など、たくさんの独自企画を掲載しています!