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「腹を切り裂いて貪り喰う」ほどの〈怒り〉とは?プラバース主演『SALAAR/サラール』の根底にあるインド神話を解説!『RRR』『バーフバリ』に次ぐ大ヒット作

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「腹を切り裂いて貪り喰う」ほどの〈怒り〉とは?プラバース主演『SALAAR/サラール』の根底にあるインド神話を解説!『RRR』『バーフバリ』に次ぐ大ヒット作

『K.G.F:Chapter1/2』(2018年/2022年)のプラシャーント・ニール監督と、『バーフバリ』2部作(2015年/2017年)の主演プラバースが初めてタッグを組んだテルグ語映画『SALAAR/サラール』をご紹介します。

『SALAAR/サラール』

プラバースについては、過去に幾つもの記事が上がっていますので、ここではプラシャーント・ニール監督について書こうと思います。

自らのデビュー作を『K.G.F』の巨大スケールで再構成

本作は、デビュー第2、3作目にあたる『K.G.F:Chapter1/2』の大成功でインド全体に名をとどろかせることになった同監督による、注目の第4作目。実は監督自身が本作を、デビュー作である『Ugramm(憤怒)』(2014年/日本未公開)のパワーアップした拡大的なセルフリメイクであると言っています。

多くの批評家や映画愛好家から絶賛され、カンナダ語ニューウェーブの代表作のひとつとなった『Ugramm』ですが、監督によれば、公開後15日で海賊版が出回り、本来の興行的ポテンシャルが生かせなかったというのです。もちろん『Ugramm』と『SALAAR/サラール』はそっくり同じではありませんが、『K.G.F』も含めた4作には「プラシャーント節」とでも言いたくなるような共通する世界観があります。

『SALAAR/サラール』

全てのプラシャーント作品に通底するもの

それは、「:現実とパラレルに存在する治外法権状態の架空の悪の領域」、「:善悪の軸のゆらぎの中での友情・忠誠・愛情」、「:主人公の母の強い戒めまたは悲願」、「:暗い曇天の下での煤煙・砂塵・鉄錆・どす黒い血の美学」、「:噴出する巨大で暴力的な怒り」、のようにまとめられるでしょうか。

『SALAAR/サラール』

特にについては、(本作の舞台となる)犯罪者の集合体である王国の中で「遵法」や「正統性」を指向する倒錯が観る者を刺激します。また、の怒りについては、まさに「ウグラム(Ugramm)」という言葉が監督を突き動かしているように思えます。

それは単なる怒りではなく、ヒンドゥー教神話のナラシンハ神が不信心者に示した神の怒りです。以下にその神話を紹介しましょう。

カルナータカ州ベールールのチェンナ・ケーシャヴァ寺院にあるナラシンハ像
© Naoko Ataka

恐ろしい神の怒り、ナラシンハ神の物語

夜叉の王ヒラニヤカシプは熱心なシヴァ神の信徒で、苦行により「昼にも夜にも、地上でも天空でも、屋内でも野外でも殺されない/鳥・動物・樹木・虫によっても、武器・言葉によっても、天人・神・夜叉・人・その他ブラフマー神によるどんな被造者によっても殺されない」という恩寵を授かります。実質的に不死となった彼は、天界・地上で狼藉の限りを尽くします。

思い通りにならないものは何もないヒラニヤカシプですが、息子のプラフラーダだけは、なぜか生まれた時からヴィシュヌ神を信仰し、シヴァ神を一顧だにしません。息子の改宗を試みては失敗を重ねたヒラニヤカシプは、我が子を殺す覚悟で問い詰めます。

「そなたが帰依するヴィシュヌが宇宙に遍在するというのなら、この宮殿にもいるというのか、私の目の前のこの柱の中にもいるというのか」

この問いに「然り」と答えるプラフラーダ。ヒラニヤカシプが怒りに任せて棍棒で柱を叩き割ると、そこからヴィシュヌの十化身の一つである人獅子ナラシンハ(人間の体にライオンの頭部をもつ神格)が躍り出てヒラニヤカシプを捕まえ、その体を膝の上に抱え手で腹を切り裂いて貪り喰らいます。ヒラニヤカシプは「黄昏時に、ナラシンハの膝の上で、宮殿の柱廊で、人獅子によって、素手で」殺されたのです。

禍々しい薄明の領域に魅せられて

最高神ヴィシュヌの化身が勝利する物語でありながら、このエピソードが数ある神話譚の中でも群を抜いて不吉で禍々しく陰惨な印象を与えるのは、昼でも夜でもない薄明の領域が舞台であること、溜めに溜めた神の怒りが一気に爆発し悪人に悔い改める暇すら与えない酷たらしい死をもたらすことにあるのでしょう。そして、境界線上にある曖昧なものが持つ得体の知れない恐ろしい力という、原始的な神話世界に多く見られるモチーフがそれを補強します。

『SALAAR/サラール』

鬱勃とした力が絶えず生起する悪夢のような冥い世界で、極限まで抑制された怒りの感情が堰を切って噴出する瞬間を巨大なスケールで描きたい――プラシャーント・ニール監督のオブセッションといってもいいイメージが『SALAAR/サラール』でどのように表現されるかは、重要な見どころと言っていいでしょう。

『SALAAR/サラール』

『SALAAR/サラール』は2024年7月5日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー

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