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世界的チェリストによる弾き振り インティメートな音楽をシンフォニックに~東京交響楽団、オペラシティシリーズ第145回が6/21(土)開催

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マリオ・ブルネロ(C)Gianni Rizzotti

マリオ・ブルネロは1986年、国際チャイコフスキー・コンクールにイタリア人として初優勝してから、世界屈指のチェリストとしてソロ、室内楽と常に一線で活躍してきた。名だたる巨匠たちと共演を重ねてきた彼の奏でるチェロは当たりが柔らかく、音色には艶消ししたような深みがある。メロディーはよくしなりながら歌い、人肌のぬくもりを帯びている。楽器は17世紀初頭に製作された「マッジーニ」。自在な弓捌きから生まれる楽器と一体化するかのごとき流れに、筆者は熟成されたウイスキーのような琥珀色をイメージする。

加えて近年は4本弦のヴィオロンチェロ・ピッコロ(普通のヴァイオリンより1オクターヴ低く調弦されている)にもチャレンジしており、17~18世紀に使われていたこの楽器による「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(J.S.バッハ)をはじめとする種々の録音も話題を呼んでいる。40年に及ぶキャリアを経て円熟の境地にあるブルネロは、同時に古楽から現代までを自在に飛翔する豊かな想像力で、新しい領域・新しい可能性を絶えず探っているのだ。
また指揮者としての活動歴も長く、とりわけ1994年に設立されたオーケストラ・ダルキ・イタリアーナとは長期に渡る関係を築いてきた。興味深いことにブルネロは特に誰かについて指揮を学んだというわけではない。はじめのうちはオケと一緒に演奏していたが、自分のやりたい音楽のイメージを、チェロを置いてメンバーに身振り手振りで説明しているうちに、それが自然と指揮活動に発展したと言う。

2002~04年にはパドヴァの歌劇場の音楽監督も務めているが、そうしたポストには演奏面以外にもプログラミングなどのアイディアや実務の力も求められる。また彼は登山を通じて自然をこよなく愛する人物としても知られており、富士山の登頂経験もあるという。風光明媚なイタリアにあって、音楽についての幅広い知見や企画力・実行力はもちろんのこと、自然と交感するなかから音楽を生み出そうという発想は、アルテセラ音楽祭、ドロミテ音楽祭、ストレーザ音楽祭など各種のフェスティバルの構想にも生かされている。ブルネロの全人的な魅力はこうしたキャリアからもうかがえよう。
日本とのつながりもひとかたならぬものがある。1987年の夏以来、ソリストとして頻繁に来日するだけでなく、とりわけ紀尾井ホール室内管弦楽団(旧・紀尾井シンフォニエッタ東京)とは2001年の初共演後、指揮者としても定期的に共演しツアーを率いるなど深い関係を築いており、すでに実演で馴染んでいる人も多いことだろう。

今回の東京交響楽団への出演は、ソロ・指揮の両面を生かした弾き振りとなるが、プログラミングにもブルネロらしい企画力が表れている。ユダヤ系でソ連時代に辛酸をなめたヴァインベルクは彼がシンパシーを寄せている作曲家で、重苦しさの中に諧謔・皮肉が漂う作風は同時代を生きたショスタコーヴィチと通じるものがあり、ブルネロは近年彼のチェロソナタのアルバムもリリースしている。その創作から今回より抜かれたのは、弦楽合奏曲「シンフォニエッタ第2番」と「チェロと弦楽のためのコンチェルティーノ」(弾き振り)の2曲。

ハイドンではシンフォニーの古典にどうアプローチするかが注目だ。交響曲第100番「軍隊」はトランペットに加えてトライアングル、シンバル、バスドラムといった打楽器がにぎやかに打ち鳴らされトルコの軍楽隊を想起させる。プログラムの最後を飾るのはシューマン「チェロ協奏曲」のショスタコーヴィチ編曲版(弾き振り)。オリジナル版に対しモダンなオーケストレーションに特徴があるが、ヴァインベルクと共鳴させる意図もあるかもしれない。ハイドンのチョイスが「軍隊」であることを併せると、一見多彩な選曲の裏に、圧政や戦争といった現代の時代相へのメッセージが暗示されている可能性もあろう。作品の歴史的背景から作曲家の心のうちまであらゆる知識を動員したうえで、徹底的に考え抜いて演奏を作っていくブルネロならではの構成になるだろう。

実はブルネロは昨年、水戸室内管で同様のプログラムで弾き振りを披露したが、奏者出身という背景もあってか、オーケストラを統率しようとするのではなくモティヴェートしていくタイプのリードで、音楽がよく弾み活力にあふれ、奏者たちが伸びやかに演奏していたのが印象的だった。

これまでのブルネロの指揮活動は室内管弦楽団のような比較的小さなサイズのオーケストラを主戦場として、自身がチェロで表現するインティメートな音楽をオケと共有するスタイルがメインだったように思う。今回の客演が興味深いのは、相手が通常編成のオーケストラということだ。コミュニケーションの密度を保ちながら、拡大されたオーケストラをどうシンフォニックにドライヴするのか、透明感のある東響サウンドがブルネロのチェロとどう共鳴し、どんな色に染められるのか。そのあたりが注目点になるだろう。

文=江藤光紀(音楽評論)

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