「鮎」の名句を鑑賞する――器に季語を盛る【NHK俳句】
「鮎」の名句を鑑賞――器に季語を盛る
4月からの『NHK俳句』第3週の選者は俳人、そして陶芸家でもある木暮陶句郎(こぐれ・とうくろう)さんです。
陶芸家として土をこね、轆轤(ろくろ)を回しながら何を盛るかと想像して器を作っている木暮さん。十七音の俳句も季語を盛る器といっていいでしょう。
第3週の『NHK俳句』は「器に季語を盛る」をテーマに、投稿されるみなさんとともにさまざまな器に季語を盛りつけ、俳句と遊びます。
今回は、川魚の王とも女王とも称される「鮎」を見事に盛りつけた名句をご紹介します。
鮎の川
「食器は料理の着物である」とは、明治から昭和にかけて活躍した北大路魯山人(きたおおじ・ろさんじん)の名言です。魯山人は料理家であり陶芸家でした。そして篆刻(てんこく)や書、絵画にまでマルチな才能を発揮した人物です。魯山人は職人ではなく、己の思うままに創作活動を展開し、それが人気を呼んだ紛れもない芸術家だったのです。
今回の兼題は、川魚の王とも女王と称される「鮎」です。瀬を泳ぐ鮎の姿は涼やかで気品が漂います。俳句に詠むときは、鮎釣りの様子や鮎の姿、そして鮎料理を味わった時の実感などを題材にするとよいでしょう。番組では「器に季語を盛る」のテーマに沿って兼題季語「鮎」を、どのように料理として盛り付けるかが見せ場となります。陶芸家と料理人の腕の見せ所ですね。魯山人の言葉のごとく、器と料理の世界が季語を通してどこまで美しく、そしておいしく昇華できるのかが楽しみです。
月のいろして鮎に斑(まだら)のひとところ
上村占魚(うえむら・せんぎょ)
熊本県人吉出身の占魚は故郷の球磨川で獲れる鮎をこよなく愛しました。そのことにちなんで師である後藤是山(ごとう・ぜざん)の命名で鮎の字を二つに分けて俳号としたのです。そんな占魚が東京美術学校を出たのち、昭和十九年、群馬県富岡高等女学校の図画教師として赴任しました。鮎好きの占魚は群馬県を流れる碓氷川や利根川の鮎を味わい、故郷球磨川の鮎と比べたことでしょう。鮎の味や香りは川ごとに微妙な違いがあります。それぞれの川の水質から、鮎の主食である川底の石に着く珪藻(けいそう)類もさまざまに変わるからです。
手に足に逆まく水や簗(やな)つくる
西山泊雲(にしやま・はくうん)
私は、地元利根川の鮎が大好きです。鮎は子どものころからたいへん身近な存在でした。というのも私の住む群馬は海なし県。魚と言えば川魚だったのです。利根川にはその流域に幾つもの「簗」が築かれ、昔から鮎漁が盛んでした。川の流れを利用した簗は、木と竹を使って簗簀(やなす)を組み両脇に石を積み、川の水を受けつつ鮎を誘導して獲る漁法です。六月の鮎解禁から程なく、簗直営の鮎尽くしの料亭が川沿いで営業します。夏の家族会と言えば、必ずそこと決まっていました。坂東太郎(ばんどうたろう)の川風を受けながら味わう鮎料理は格別です。
鮎一尾少年正座して食ぶる
秋篠光広(あきしの・みつひろ)
この句を読んだとき、親戚一同が料亭「落合簗」に集い賑やかに過ごした日のことを思い出しました。叔父が鮎の食べ方を丁寧に教えてくれたことを覚えています。「本当は頭から骨ごと食べるのが上州流だけど、まだ子どもだから骨の抜き方を見せてやる」と、塩焼きの鮎の頭をへし折り、尾鰭(おひれ)を引きながら骨をするすると抜いてくれたのです。それ以来、私は鮎が大好物になりました。
横ざまに囮(おとり)に挑み鮎釣らる
石塚友二(いしづか・ともじ)
鮎が解禁になると県内の川という川に鮎釣りの人々が押し寄せます。そして「囮鮎」を使った「友釣り」が盛んに行われます。友釣りとは、縄張り意識の強い鮎の習性を利用した漁法で、自分の縄張りを犯した囮鮎に体当たりしてきた鮎をひっかけて釣る方法です。そうやって釣り上げた鮎や簗に掛かった鮎を生簀に移し客をもてなすのが鮎簗の料亭です。伊香保温泉から車で十五分ぐらいのところに前出の「落合簗」、少し利根川を上流へ遡ると「綾戸簗」があり、生簀には多くの鮎が泳いでいます。客の注文に応じて刺身やフライ、魚田(ぎょでん)など様々な鮎料理が楽しめますが、なんといってもまずは塩焼きを味わいたいですね。直径二メートルほどの金属製の囲いの真ん中に大きく炭火を熾(おこ)し、その周りに化粧塩をして串に刺した活き鮎を立て、豪快に焼き上げます。焼き上がるまで「香魚(こうぎょ)」とも言われる鮎の香りが漂い食欲をそそります。それから辛党にお勧めなのが鮎の腸(はらわた)を塩辛として熟成させた「うるか」です。大変珍味で上あごに張り付くような食感は一度食べたら忘れられません。
丹念に貯めて一壺(いっこ) や鮎のわた
草間時彦(くさま・ときひこ)
一年物のうるかはさほどくせが無いのですが、五年物ともなると熟成がすすみ本当に不思議な味になります。小さな鮎の腸や卵巣を丹念に壺に貯めてゆくのですから値段もそれなりに高価です。是非一度お試しください。
そして忘れてならないのは秋の季語「子持鮎」ですね。夏を上流で過ごした鮎が秋になると産卵のために川を下ってゆきます。そのメスを追いかけるようにオスも川を下ります。それを「落鮎(おちあゆ)」(秋の季語)といいます。産卵期の鮎はオスもメスも体色が黒みをおび、腹の両側面には錆(さび)色が現れ「錆鮎」とも呼ばれます。オスとメスの見分け方は簡単で肛門近くの尻鰭(しりびれ)が三角に近いのがメス、尾鰭に向かってなだらかに付いているのがオスです。子持鮎を選ぶためにも知っておくとよいでしょう。産卵を終えた鮎は下流へと泳ぎ海を目指しますが、その途中で死をむかえます。オスも同様に生殖を終えるとほどなく死んでしまいます。鮎は、ほとんどの場合一年しか生きないので「年魚(ねんぎょ)」とも呼ばれますが、産卵しなかったメスがまれに二年にわたって生きることもあると言います。下流域の砂地に産み落とされた卵は孵化(ふか)すると海へ下りプランクトンなどを食べて冬を過ごし、「若鮎」(春の季語)に成長すると生まれ故郷の川に遡上(そじょう)するのです。これを「上り鮎」とも言います。一年という短い命を懸命に過ごす鮎は健気ですね。
上流は曲りて見えず鮎の川
山口波津女(やまぐち・はつじょ)
川幅の広い利根川も上流にゆくにつれ少しずつ細く曲がりくねってゆきます。上州の山間に吸い込まれるように見える鮎の川です。
選者の一句
串の鮎真つ逆さまに焼かれをり
陶句郎
講師
木暮陶句郎(こぐれ・とうくろう)
1961年、群馬県生まれ。稲畑汀子(いなはたていこ) ・廣太郎(こうたろう)に師事。第9 回日本伝統俳句協会賞、第10 回花鳥諷詠(かちょうふうえい)賞、第22 回村上鬼城(むらかみきじょう)賞正賞。月刊俳誌「ひろそ火」創刊主宰。群馬県俳句作家協会会長。句集『陶然』『陶冶(とうや) 』『薫陶(くんとう)』。
◆『NHK俳句』2024年6月号より「器に季語を盛る」
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