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禅僧・藤田一照さんと考える、AI時代の新しい禅【NHK宗教の時間】

NHK出版デジタルマガジン

禅僧・藤田一照さんと考える、AI時代の新しい禅【NHK宗教の時間】

ラジオ「宗教の時間」では、2025年10月から「AI時代に学ぶ禅 本来の自己を生きるために」というテーマで、曹洞宗僧侶の藤田一照さんがお話をされます。

これまで人間にしかできないと思われてきたことが、AIにいともたやすく、次々と代替されている現代。人間の存在意義が揺らぎつつある中、そもそも自分がこうして生きているとはどういうことか、今生きている「自己」とは何かを考えなければならないと藤田さんは言います。このシリーズでは毎月1回、全6回にわたって、禅の伝統に新しい視点から光を当て、この問いに取り組んでいきます。

今回は番組ガイドブックのイントロダクションを公開します。

『AI時代に学ぶ禅 本来の自己を生きるために』書影

AI時代に禅を学ぶということ

 生成AI(Artificial Intelligence/人工知能)の急速な発達は、私たちの日常を大きく変えています。たとえば、何かについて調べようとしてウェブで検索すると、真っ先にAIによる回答が表示されるようになりました。また、テレビでも人の声とほとんど変わらないAI音声がニュースを読み上げています。さらにAIを使って、ゼロから映像を作成することもできるようになっています。岸壁に波が打ち寄せる動画も、実際の映像を素材にしてそれを加工するのでもなく、また水の性質や岸壁の地形、気象条件など無数のファクターを計算してそれを組み合わせて作るのでもなく、膨大な過去のデータから学んで「岸壁に波が打ち寄せる光景」という概念を理解して、実にリアルな動画を生成できるのです。これは本当に驚異的な能力です。

 膨大な知識や情報を蓄え、さまざまなタスクを瞬時に処理してしまうAIは、意味を理解しているがごとくに理路整然とした文章を書き出し、音楽を味わうことができているかのように美しいメロディーを生み出すことができます。そんなAI時代に仏教が果たす役割について「全十章、各章六千字でまとめよ」とオーダーすれば、瞬時に原稿を書き上げてしまいます。実際にそれを試したある仏教学者の方は「何も教えたわけではないのに、自分が考えていたのと同じ結論になっていた」と心底驚いておられました。

 AIの登場は人類の歴史において、文字の発明に匹敵するくらいインパクトの大きい事件だと言われています。文字が今の私たちの暮らしにどれほどのウェイトを占めているかは、たった今自分の周りからすべての文字がなくなったらどうなるのかを想像すれば、おおよその見当はつきます。文字を作り出したのは人間ですが、今の私たちは実態としてはもはやその文字によって作られた人間になっていると言ってもいいでしょう。良きにつけ悪しきにつけ、私たちはそれほど文字からの影響を深く受けているのです。

 AIもまたそのようなものになっていくでしょう。おそらく、その影響は文字のときよりもはるかに速やかで、さらに根深いところに及ぶ深刻なものになるのではないかと予想されます。AIが驚くほどのペースで私たちの生活に組み込まれていく現在、私たちはそういう人類史的なエポックの現場にいる目撃者であり、何よりもその当事者であることを自覚しなければなりません。

 貨幣はその典型ですが、人間は自分たちの利便性のために作ったはずの道具に、逆に支配され、操られるということを繰り返してきました。その道具の使用によって得たものは確かに多々ありますが、同時に失ったもの(あるいは失っているのにもかかわらず、そのことにまだ気づいていないもの)もそれに劣らず多いはずです。「文明の利器」には「功」だけではなく「罪」も同時にあることを忘れるべきではありません。

 これまでの道具の場合は、あくまでも人間が主導的に道具を進化させてきましたが、AIの場合はAI自身が人間の手を離れて自分を進化させる能力を持っている点が大きく異なります。その意味で、AIはこれまでの道具とは本質的に異なるまったく「新しい道具」と言うべきものです。もし、近い将来AIが自律的な「人格」のようなものを持ち始めるとしたら、もはや普通の意味での道具とは呼べない未知の何かを私たちは作り出してしまったことになります。

 そのような、日々驚異的な進化を遂げていく「得体の知れない」AIとどう関わっていくかということは、これから私たちがどのような人間になっていくかという大きな問題でもあるのです。これは決して大げさな表現ではありません。多くの領域で人間の能力を凌駕しつつあるようなAIについて考えていくと、機械について考えるというより、むしろ私たち人間について深く考え直さなければならなくなります。これほどの能力を獲得したAIを前にすると、私たち人間が独占していると思ってきた高度な心の働きとは、いったい何だったのか、人類はこれほどのパワーを持つに至ったAIを賢明に使いこなせるほど成熟しているのか、といった問いを否応なく突きつけられているように思ってしまうのは私だけなのでしょうか?

 AIが引き起こす未曽有の変化はすでに私たちの周りに普通に見られるようになっていますが、それでも現在は、いまだAIの黎明期にすぎないと言われます。AIの知的能力や表現力は、今後も指数関数的にあるいはそれ以上のペースで向上し、今の私たちには想像もつかない状況になっていくことでしょう。人間にしかできないと思ってきたことが、どんどんAIにとって代わられていき、人間にはとうていできなかったようなことを、AIがいともたやすく実現していくでしょう。こうした動向に、不安や焦りを感じている人は少なくないと思います。「自分には価値がない」「何のために生きているのかわからない」といった虚無感に襲われる人が増えているかもしれません。

 どうすればAI時代を人間らしく豊かに充実して生き抜くことができるのか。これは最近しばしば議論されるテーマです。私たち一人ひとりが、新しい時代状況を正しく認識し、それにふさわしい生き方を改めて問い直さなければならなくなってきているのです。しかし、新しい社会的状況にどのように適応していけばいいのかといった、いわば「人生上の諸問題」にハウツー的に取り組む以前に、そもそも自分がこうして生きているとはどういうことか、誰とも取り替えることのできない唯一無二のこの人生を生きているこの「自己」とは何であるのかという、いわば「人生そのものの問題」を根本的なレベルから考え直さなければならないのではないでしょうか。

 人間の価値を「何を知っているか」という知識の量や、「何ができるか」という問題処理能力の高さにだけ置いていると、その点においてAIに敗北してしまえば、人間は自分の存在意義をすっかり失うことになります。知識や知能、理性の圧倒的優越性を背景に「万物の霊長」と自らを誇り、君臨してきた人間が、その地位をAIに奪われるかもしれないという由々しき事態が訪れつつあるのです。このような時代においては、知的能力や生産性ではないところに「自己」の価値を見出してきた仏教、とりわけ禅の伝統に学ぶことが助けになると私は考えています。

 知性や理性にもとづく科学の行き着く先で、その結晶として生まれたのがAIです。一方、禅は知性や理性には還元できない人間の実存を宗教的な問題として取り組んできました。AI時代に禅を学ぶということは、この科学と宗教という異質な、しかしどちらも人間にとって欠かすことができない二つの営みを、自分の身の上において、二本の刀同士を切り結ばせるような厳粛なものでなければなりません。そしてそれは、これからの時代には誰もが避けて通ることができない、切迫した重要な課題です。

 私が禅と出合ったのは、二十代も半ばを過ぎた頃でした。それは、小学生の頃からずっと胸の中でくすぶり続けてきた疑問に正面から取り組める道をようやく見つけた瞬間でもありました。

「世界はそもそもなぜ存在しているのだろう?」「私はなぜ私なのだろう?」

 十歳のある夜、広大な星空を見上げて湧き起こったこの疑問は、学校の授業ではまったく問題にもされておらず、解決されることはありませんでした。答えを探して私は大学で心理学を学び、大学院でも研究を続けたのですが、行き詰まりの感覚はぬぐえないままでした。世間では、世界や私がすでに存在することを当たり前のものとしてまったく不問に付したまま、すべてのことが処理されています。私が疑問に思ったのはその世間の大前提だったのですから、それも当然でした。

 そんな人生を一変させたのが、鎌倉の円覚寺にある在家修行者のための坐禅道場、居士林(こじりん)での冬の接心(せっしん、合宿して坐禅に打ち込む集中的修行)だったのです。

 そこで禅の伝統に出合ったことが契機となり、私は大学院を中退し、兵庫県の山奥にある安泰寺という曹洞宗の禅寺に入門します。そこで六年間修行した後、一九八七年、師の命を受けてアメリカ、マサチューセッツ州にあるパイオニア・バレー禅堂に住持として赴任し、足かけ十八年の間、有縁(うえん)の人たちと一緒に禅の修行をしました。二〇〇五年に日本に戻り、その五年後の二〇一〇年からは、カリフォルニア州サンフランシスコにある曹洞宗国際センターの所長として、八年間ほど世界各地で禅に関心を持つ人々に禅の講義をし、坐禅を指導しました。

 英語で禅の教えを表現する苦労や、異なる文化圏で禅がどのように受容されているかを目にしたことは、今、日本で禅について考えたり話をしたりする際に、大いに役立っています。このガイドブックでも、必要と思われる部分は英語で表現しています。禅の言葉に馴染みの薄い方にとっては、むしろ英語のほうが「ああ、こういうことか」とイメージしやすいかもしれないと思うからです。

 禅の最盛期は今から一千年以上も前の中国唐代です。曹洞宗の禅が道元禅師によって中国から日本に伝えられたのは鎌倉時代ですから、そこから数えても八百年以上の歳月が経っています。禅が大事にしてきた考えや修行法を、そのまま現代に当てはめようとしても、当然ですが無理があります。「これまでの禅」のままでは、現代という時代には通用しないでしょう。AI時代というまったく新しい時代状況を見据えながら、そこで意味を持つような「これからの禅」へと私たちが再編集しアップデートしていかなければなりません。

 禅についての知識を得るだけなら、それこそAIに聞けばいくらでも与えてくれるでしょう。しかしそれはあくまでも禅についての二次的、三次的な間接情報でしかありません。そういう情報は参考にはなるでしょうが、やはり禅を学ぶには自分の身心を用いて直接に禅の修行に取り組むしかありません。禅を知るには自らが禅をする他ありません。

 自己とは、こういうものだと対象的に知られるものではありません。自己を知るとは、決してアタマで考えることではなく、実際に自己に帰った者が「ああ、これだったのか」と膝を打って、身体でうなずくような、そういう自覚的な認識なのです。ですから、禅の己事究明(こじきゅうめい、本来の自己を参究し明らかにすること)は、その性質上、AIに代行してもらうことがそもそもできないことです。自己ではない他のものにいくら己事究明をしてもらっても、自己にとっては何の意味もないし、何の足しにもならないからです。

 己事究明を自己自身でやらず、他のものにやってもらうというのは、あたかも自分自身で息をせず、誰か他の人に自分の代わりに呼吸してもらうような、まったく筋違いのことなのです。AI時代であろうとなかろうと、自分の息は自分でしなければならないように、どうしても自己自身で本来の自己を明らかにしなければならないのです。そのように、人生にはどうあっても人に代わってもらえないことがあることを忘れてはなりません。

 そのことを一言申し添えて、これから、AI時代に、本来の自己を自覚して主人公として人生を生きるという問いについて、禅を手がかりとしてじっくり考えていきたいと思います。どのような時代であっても、自己を明(あき)らめて生きることは人間にとって必要不可欠の最も大切な課題ですが、AI時代には、それがこれまで以上に重要になると思うからです。

 禅の教えには、西洋の哲学や思想、現代の認知科学などと呼応し、通底するところが多々あります。ですから、できるだけ広い視野の中でこの問題の理解を深めるために、禅書だけでなく、広く古今東西の書物も縦横に引きながら、本来の自己を生きるという問いを多角的に考えていきましょう。

『NHK宗教の時間 AI時代に学ぶ禅 本来の自己を生きるために』では、

第1回 人生の「主人公」になる――本来の自己の探究
第2回 他は是れ吾にあらず――考える自分だけが「自分」なのか
第3回 調えられた自己――手放し、受け取り、味わう坐禅
第4回 道そのものを愉しむ――「目的―手段」思考からの脱却
第5回 生かされて生きている――世界と交流する私
第6回 「大いなる自己」を生きる――己事究明の道が教えてくれるもの

の全6回を通して、「自己」を探究してきた禅の教えや伝統に学んでいきます。

著者

藤田一照(ふじた・いっしょう)
曹洞宗僧侶
1954年愛媛県生まれ。曹洞宗僧侶。東京大学教育学部教育心理学科卒業。同大学院教育学研究科教育心理学専攻博士課程を中途退学し、兵庫県にある曹洞宗の紫竹林安泰寺にて得度。87年にマサチューセッツ州にあるパイオニア・バレー禅堂に住持として渡米。2005年帰国。10〜18年に曹洞宗国際センター所長を務め、アメリカの大学や瞑想センター、大手企業などで坐禅を指導。著書に『現代坐禅講義 只管打坐への道』(角川ソフィア文庫)、『学びのきほん ブッダが教える愉快な生き方』(NHK出版)など多数。訳書に『新訳 禅マインド ビギナーズ・マインド』(鈴木俊隆著、PHP研究所)など多数。
※刊行時の情報です

◆『NHK宗教の時間 AI時代に学ぶ禅 本来の自己を生きるために』より
◆ガイドブックに掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは記事から割愛している場合があります。
◆TOP画像:著者提供

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