ダークな世界観だけではない!BUCK-TICK 櫻井敦司の魅力が伝わるメロウな雰囲気の5曲
2023年10月19日。櫻井敦司がいなくなって2年が経った。僕は、あっちゃんの2ヶ月前にこの世から姿を消し、互いをリスペクトしながら深い親交が続いていたDER ZIBETのISSAYが連れ去ってしまったのだと今でも思っているが、あちらの世界のことは分からない。ベースの樋口豊が、BUCK-TICKはこれからもずっと5人と涙ながらに言っていたが、今もそこに幻影のようにあっちゃんの面影が残っているような気がする。
そこで、改めて櫻井敦司の魅力が伝わる5曲を選んでみた。しかし櫻井がいた頃のオリジナルアルバムだけでも23枚もあるため、テーマを決めることにした。BUCK-TICKといえば、ダークな世界観が持ち味だし、メンバーの佇まいも尋常ならざる雰囲気を放っている。だから逆に、メロウな雰囲気の曲を選んでみようと思った。
バラードではなく、メロウ。ゆらりゆらりと心に忍びこんできて、心に浸食していく、あの感じ。あっちゃんのあのギラギラした目とは対照的に、低い声の柔らかな語り口にメロウさを感じたことがある人は少なくないはずだ。
櫻井敦司が母の死をテーマにした「JUPITER」
1991年リリースの5枚目のシングル曲。櫻井が母の死をテーマにしたことは良く知られている。アルバム、シングル共に1位を記録した前作『悪の華』(1990年)で、ダークな世界への扉を開き、続く『狂った太陽』(1991年)でその世界観を深化させていく中で、人としての気持ちが溢れているこの歌は、心境的にとてもメロウだ。アルバムではこの曲に続く「さくら」も同じく母への気持ちを歌ったもので、2曲をワンセットと考えたい。
ドレスを羽に見立てて、それを失ってしまった嘆きを歌う「ドレス」
1993年の6枚目のシングル。星野英彦が初めてキーボードで作ったという曲。サウンドの浮遊感はまさにキーボードならではだろう。この曲が収録された『darker than darkness -style 93-』(1993年)は、サウンドがヘヴィかつノイジーに混沌としていると同時に、様々なタイプの楽曲が収録されている。そういった点においても混沌としたアルバムだが、その中でこの曲のメロウさは際立っている。そんな曲のムードに合わせて、櫻井はドレスを羽に見立てて、それを失ってしまった嘆きを歌う。でも、あっちゃんを失った僕らは、まだ空や夜に溶け込めていない。
サビのメロディは美しくも儚い「幻想の花」
2003年の21枚目のシングル「幻想の花」。元々は『極東 I LOVE YOU』(2002年)の制作時に作られた曲だが、アルバムにはまらずにシングルとなった。星野が弾いているアコギのアルペジオによるイントロからして切なく、サビのメロディは美しくも儚い。櫻井のボーカルも憂いをもって揺らいでいる。歌詞のテーマはシンプル。
狂い咲き命を燃やす
揺れながら あなたが咲いている
この世界は美しいと
歌いながら きっと咲いている
ーー 花は本当に幻想になってしまった。
BUCK-TICKの本質的な美学を感じる「Moon さよならを教えて」
2018年の37枚目のシングルで、デビュー30周年プロジェクト第2弾シングルとしてリリースされた「Moon さよならを教えて」。そのタイトルからして秀逸。歌詞のワードも非常に詩的で、言葉の意味よりも世界観だけをふわりとメロディに乗せてみたという印象。今井寿が作った楽曲は、ごく普通のコードを変則的に聴かせる技ありの進行。サビのメランコリックな展開になだれ込んでいった瞬間、櫻井の声に導かれて、夜空が一気に宇宙へとパノラマ展開するような錯覚に陥る。このロマンティシズムがベテランとなったBUCK-TICKの本質的な美学だと思う。
シンプルな言葉の隙間と行間にはありえないほどのスケール感「無限 LOOP」
2023年の43枚目のシングルにして、櫻井の生前最後のシングルになってしまった「無限 LOOP」。「♪南風が君を誘う」なんていうありふれたフレーズから始まるのに、背景にはなぜか宇宙が見えるよう。シンプルな言葉の隙間と行間にはありえないほどのスケール感と物語、そして視覚的なイメージが詰まっている。声のトーンでここまでの表現ができるシンガーは世界的にも多くないはずだ。僕が初めて聴いたBUCK-TICKの作品はメジャーデビュー作の『SEXUAL×××××!』だったが、櫻井敦司というシンガーが最終的に到達した場所は、もはや人間の世界を超越していたのではないかと思ってしまう。櫻井の声は時間をも超える波となって無限にLOOPしていくのだ。
改めて櫻井が書く歌詞を読んでみると、すでにいない誰かを恋焦がれる歌や夢を見るシチュエーションが多いことに気が付く。この世の中とは違うどこか別の世界への憧れがあったのだろうか。“魔王” とまで呼ばれた存在感を放つ人だったが、晩年の歌声はとても憂いがあったし、何よりも優しく包み込むような響きがあった。あっちゃんは天国に行ったのではなく、天になった。そんな気がしている。