能町みね子の「あんたは青森のいいところばかり見ている」(第14回)
シリーズ・バス終点の旅 青森県南西端 幻の「板貝入口」を目指して
プロローグ 〜驫の字を連発したいだけだびょんの巻〜
気軽に「果て」を味わえる場所――バスの終点に行きたい。ということで、いくつかやってきたこのシリーズ。ついに青森県南西端、かなり「果て」感の強い、海岸沿いの秋田県境に挑戦します。
秋田県ギリギリまで行ってくれるのは、深浦町のコミュニティバス。少し調べてみたところ、バスは人口稀薄地帯と言ってもよい県境近くまで行ってくれるらしい。最南西端(変な言い方だけど)には「板貝入口」なるバス停があり、そこから秋田県境までは徒歩10分程度、ここまで行けたら大満足だ。文字通りここは、ほとんど平地がない海っぺりの県境ギリギリにある「板貝」という集落の入口にあたるらしい。せっかく行くなら板貝も探検したい。
ところが、改めて詳しく調べていると、「板貝入口」というバス停の有無がどうもはっきりしない。きちんと町に問い合わせたところ、利用者ほぼ皆無(たぶん)により、なんと今年の4月!今年4月に!廃止されたとのこと!なんてこと!!(訪問予定日は6月末であった)
惜しい!くやしい〜!もう少し前に取材していれば(涙)。ということで、バスで行けるのは、「大間越センター前」というバス停まで短縮されてしまった。仮にここから県境まで歩くとなると、人家のほとんどない海っぺりの国道を約7キロ歩くことになる。さすがにそんなハードワークはしたくない。担当氏と大間越センターで待ち合わせ、そこからは車で「板貝入口」に向かって在りし日の姿を偲ぶ、ということにした。
そんなこんなで当日。いつも私は目的地まで公共交通機関を使って自力でたどりつき、そこからは車でいろんなところを巡るという形で取材してきた。今回であれば、JRで深浦駅まで行き、そこから12:34発のコミュニティバスに乗って「大間越センター前」まで行くことになる。
ところが今回はそのパターンがいきなりポシャってしまった。深浦までたどりつけなかったのである。
私が住む青森から深浦に行くには五能線に乗りつぐ必要があるが、これがきわめて本数が少ない。青森5:22発なら各駅停車でたどりつけるが、その次となると7:50発の「リゾートしらかみ」に乗らないといけない(そして、それ以降の便では間に合わない)。5時台発はつらいのでリゾートしらかみに乗っちゃおう、と思って当日朝ぶらぶら青森駅に来たら、リゾートしらかみはすでに満席であった。
がーん。ゲームオーバ〜。
「すいません……たどりつけないっぽいです……」私は早速5号氏に泣きつき、いきなり車で深浦に向かうことになった。担当が変わって早々、先行き不安である。
はて、5号氏とは?
この連載を読んでくださった方は、ずっと県の観光課の「2メートル氏」がパートナー(担当)だったことをご存じでしょう。しかし今回から担当が変わったのです。今後の担当は、工藤5号氏と、風呂道具師というお二人です。以後よろしくお願いします。
1人目の工藤氏。青森県民であれば、「工藤」という姓が青森県に死ぬほど多いことをご存じであろう。私は深く青森に関わるようになって5年足らずなのだが、この工藤氏は私が覚えている限り、青森で会った5人目の「工藤」である。私が知るバスケの工藤、テレビの工藤、尺八の工藤、バーの工藤についで県庁の工藤は5号氏とさせていただく。
風呂道具師(「氏」ではなく「師」)は、「風呂道具IN CAR」なるステッカーを作って県民内にひそかなるブームを巻き起こした張本人である。ムーブメントを起こした尊敬を込めて「師」とさせていただく。
……こんな呼び名を、我々は深浦へと向かう車の中で決めた。前任の「2メートル氏」に準じてなんらかの名前があったほうがいい、ということで、青森西海岸の荒波を見ながら決まったのだ。
5号氏。顔はねぶたに似ている(本人談)。
風呂道具師。ねぶた祭で笛を吹くこともある。
さて、車で深浦に向かう手前に、五能線の「驫木(とどろき)」という駅がある。
これが驫木駅だ!ロケーション最高!
すぐ横は日本海で夕日が映えまくる絶景ロケーション、周囲には民家がほぼないいわゆる「秘境駅」、なにより「驫」という見たこともない字を使った強烈な駅名、ということで、鉄道マニアのみならず広く旅好きの人々に有名な駅である。
見たい、書きたい。「驫」の字。
海はこのくらい近い。
グッとくる駅なのでとりあえず寄ってもらったのだが、ついでに私はこのへんで行きたいところがあった。
驫木駅があるということは、驫木という集落が近くにあるはずなのだが、駅からは見えない。驫木集落はやや駅から遠く、坂を上がって15分ほど歩いた高台にあるのだ。小さな集落だけど、そこには商店や駐在所、郵便局などもある。
実は、私の最近の趣味に「風景印」というものがありまして。
風景印は、郵便局の消印の一種。郵便局の窓口で郵便物を出す際、「風景印でお願いします」と頼むと、地域の風景や特産品など、その郵便局にしかないオリジナルの絵柄の入った大きな消印を捺してくれるサービスがあるのである(風景印がない郵便局もある)。単に収集したいなら、ハガキ料金分の切手を貼りさえすればノートなどにも捺してくれる。
風景印とはこのようなものです。県内はりんごモチーフが多い。
驫木郵便局に風景印があることはすでに調査済みである。驫木に来ることはなかなかないし、私は「驫木」と書かれた風景印をゲットしたかったのだ。
ということで、郵便局に寄ってもらうことにした。坂を上ってしばらく行くと、のどかな村並が見えてくる。
郵便局の佇まい、とてもかわいいですね。
受付のカウンターでお願いして、かわいい風景印をゲットだぜ。やったね。やはり海岸線と線路の風景がここの見どころなのだね。ハンコの中のみっちりした「驫」の字もくっきり捺ささっている。
風景も字も、とてもきれいで満足です!
郵便局を出て振り返ると、当たり前だが、建物に「驫木郵便局」と書いてある。
遠目には画数が多すぎて真っ黒である。
超当たり前なのだが、ここは驫木なので、今までの人生でほぼ見てこなかった、「驫」というぎゅうぎゅうの字がいろんなところに書いてある。「驫」は「鬱」よりも画数が多い、迫力ある字である。馬が密集した「驫」の字が、ひとけのあまりない驫木に密集している。私はそのことに気づき、少しわくわくしてきた。
郵便局の看板にも「驫」の字が書いてある。馬が3匹みっちりしてる。
こんな重そうな碑の……
こんなところにも、筆文字で!
「驫木でこんなに時間を使うのはさすがに本題と関係なさすぎます」
「もうそろそろ次に行きましょう……」
5号氏と風呂道具師にせかされ、私は残念ながら何か所かあきらめた。本当は驫木多目的センターや驫木駐在所やバス停・驫木も見たかったのに!驫驫驫!
………そして気づけば私は、荒々しい、日本海らしい風景の中にいた。
この感じ、以前にも見たことがある気がする。
ここはなんなのか?
「深浦に来たらまずここです。大岩っていうんですよ〜!道があるけど、行きます?」風呂道具師がノリノリである。行きますか、と言われたら答えは「行きます」しかない。行きます。
進むといきなり掘り抜かれたトンネル。夏泊大島よりもかなりアドベンチャー感・エンタメ感強し。
これは、深浦駅からすぐ近くの海に突き出ている、名前の通りの大きな岩である。岩です、という以外に、特になんということもない。ここも予定外なのだが、こんな場所に来てしまったら私は進まなければいけないのだ(参考・第1回の夏泊大島の回)。
さすがは日本海。波、荒し。
けっこう命知らずな5号氏。2メートル氏の系譜である。
振り返ると……あ、やっぱりのぼってよかったです。景色いい。気持ちいい。
余裕でくつろぎ、カメラを構える風呂道具師。
や〜、やっぱり海はいいですね。海のそばで高いところにのぼるのは気持ちいいですね。
って、深浦のコミュニティバスに乗って南西端を目指す旅はまだ始まってもいない。「驫」の字の羅列に左脳が気持ちよくなり、景色と海風で右脳が気持ちよくなっただけである。前置きが長すぎた。本題の物語はこのあと始まるのよ。
by 能町みね子
【プロフィール】
北海道出身。文筆業。著書に、『逃北』(文春文庫)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『結婚の奴』(平凡社)など。大相撲好き。南より北のほうが好きで青森好き。新刊・アンソロジー小説集『鉄道小説』(交通新聞社)では青森の妄想上の鉄道について書きました。
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