小田原・蓮華寺は現代の寺子屋。名物は蓮の花とプログラミング教室⁉
お寺めぐりが好きな人の中には、花を楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。中でも仏教とゆかりの深い花といえば、やっぱり蓮ですよね。今回訪れた蓮華寺さんの境内には、その名の通りたくさんの蓮が茂っています。仏教ならではの風景が広がる一方で、なんとお寺で小・中学生対象のプログラミング教室を開講してもいるのだとか。まさに、現代版の「寺子屋」です。風に揺れる蓮の花に囲まれながら、副住職の羽田鳳竜(はだ・ほうりゅう)さんにお話を伺いました!
蓮の香りまで感じられるお寺
海も山も近く、田畑に囲まれた蓮華寺さん。蓮の開花する梅雨入りの頃から8月上旬にかけて山門をくぐると、本堂が埋もれるほどの蓮の花が迎えてくれます。
仏像の台座や彫刻にその美しい姿を見せる蓮。蓮華寺さんは日蓮宗のお寺ですが、宗祖や宗派の名前にも蓮の字が入っていますし、日蓮宗で最も大切にされている「妙法蓮華経(法華経)」というお経の題名にも蓮の字が。蓮は涼しい水辺に咲く花とあって、仏教が生まれたインドでは、理想の境地の象徴とされてきたのだそうです。
境内で蓮が見られるお寺はたくさんありますが、今回訪れて特に魅力を感じたのは、蓮との距離の近さです。
蓮の名所はお寺に限らず数あれど、これだけ間近でたくさんの蓮の花を愛でられるところは、そう多くないのではないでしょうか。
鉢からにょきにょきと伸びた葉や花は、大人の胸くらいの高さがあります。シンプルに花として「大きい!」という感動があり、囲まれていると自分が小さな存在になっていく気がします。
大人がしゃがむと、こんな風景に。子どもがこの境内を歩いたら、まるで蓮の林や森のように感じるはずです。
広さや花の数でいえば、鎌倉の鶴岡八幡宮や上野の不忍池など名所はたくさんありますが、これだけ近くでたくさんの蓮に埋もれる体験ってなかなかできませんよね。
これだけ多くの蓮を植えるきっかけとなったのは、羽田さんの師匠でもあり、実父でもあるご住職の羽田鳳照さんが台湾で見た蓮だったとか。その蓮の美しさに魅せられて以来、お寺の名前との縁もあり、少しずつ鉢を増やしていったのだそうです。
単に数が多いだけでなく、さまざまな品種の蓮が植えられているそうです。白い花びらの縁がピンク色に染まる天竺斑(てんじくまだら)など、色も名前も素敵な品種も。鉢の札に目をやると、一点紅、赤八重誠蓮、などさまざまな文字が並んでいました。
蓮ってピンク色のと白いのとがあるな、くらいのぼんやりしたイメージを抱いていた者としては、「へえ〜!」の連続です。こうやって品種名と花を見比べているだけでも、あっという間に時が経ってしまいます。
咲きたての蓮の香りも嗅がせていただきました。甘く涼しげで、華やかさと温かみのある豊かな香り。胸がすーっとして、思わず「うわ〜!」と声が漏れました。
──蓮をこんなに近い距離で、しかもたくさん見られるお寺って、なかなかないんじゃないでしょうか。花をいろいろな角度から眺めたり、香りまで味わえたりするというのは、大きな池の蓮にはない魅力ですね。
そうかもしれません。お写真が好きな方が撮っていらっしゃったり、スケッチする方がいらっしゃることもあります。
──そのお気持ち、とてもわかります! 桜のように、毎年楽しみにしている方がいらっしゃるのでしょうね。こうして蓮の花に囲まれると、とても不思議な気持ちになりますね。植物というより人や妖精というか、それこそ一本一本が小さな仏さまのような。
なんともいえないグラデーションがありますよね。開花しているのは午前中だけで、大体お昼前くらいまで花が開いています。何回か開くと、花が落ちてしまいます。明日にはこの花も散っているかもしれませんね。
──こんなに力強く咲いているのに、そんなにはかないものなのですね……。
羽田さん:それこそ法華経が蓮の教えですし、蓮の花のように泥に染まらないで生きましょうというお話が仏教ではよくありますね。こんなふうに水を弾く強さもいいなあと思っています。蓮の種が全部抜けたとき、その穴にカエルが入っていて顔を覗かせていることもあったりします。
──そんな素敵な瞬間も! ぜひお目にかかりたいものです。蓮に囲まれていたら、すっかり心が穏やかになりました。
よかったです。天気がいい日は、正面にドーンと富士山も見えるんです。ちょうど山開きの日には、登山されるみなさんが付けているライトで富士山がキラキラ光るんですよ。この辺の人たちは、富士山が見えないと「明日はくもりかな、雨かな」とよく話しています。
──小田原の人々は、富士山とともに暮らしているのですね。
境内でもうひとつ目を引くのが、ソテツです。
たまたま剪定作業をしていたご住職によれば「大阪・堺市にある本山妙國寺(みょうこくじ)住職の日晄聖人(にちこうしょうにん)が蓮華寺に滞在された時期と、当寺が今の境内に移転した時期が同じことから、記念に株分けされた可能性がある歴史あるソテツです」とのこと。
妙國寺のソテツは「夜泣きのソテツ」として知られています。織田信長が安土城に移植したところ、毎晩「堺へ帰ろう」と泣き、怒った信長が部下に斬らせると、血を流しながら大蛇のように悶絶したとか。さすがの信長も恐れをなし、妙國寺に返したという伝説が伝わっています。
その子孫となるソテツの手入れをするご住職。代々、この木だけは住職みずから手入れをするようにと伝わっているのだそうです。
たまたま、年に2回手入れをするという貴重なタイミングに伺うことができました。青々とした立派な葉は、切り落としてもなお力強さを感じさせます。眺めていると、信長も恐れたという力のお裾分けをいただけそうです。
日蓮宗のお寺に響く音
蓮たちにうっとりしながら、続いて本堂にお参りします。
──蓮のお庭と地続きになったような、華やかな本堂ですね。中央の日蓮聖人像も、とても色鮮やかです。
塗りが華やかですが、意外に年代もの(南北朝時代)なんです。この須弥壇(しゅみだん)は曼荼羅を表していて、他の宗派さんに比べると、にぎやかな雰囲気があるかもしれませんね。
──日蓮宗の須弥壇は、お釈迦さまが教えを説いている場面を仏像で立体的に表していると教えていただいたことがあります。仏さまが一堂に会したお祭りのようなムードも感じますね。
──見慣れた形の木魚のほかに、丸い鳴らしものが置かれていますが、これはなんというものなのでしょうか? 木魚にちょっと似ていますが、形が全然違いますね。
これは木柾(もくしょう)というもので、叩くとカンカンと高い音がします。
羽田さん:木魚のほうが音がまろやかで、長時間鳴らしたときの耳障りがいいんですよ。蓮華寺ではご法事の際には木魚を使って一定のリズムで叩きますが、日蓮宗では短い時間で早くたくさん読むという独特な読み方があって、そのときはこちらの木柾を使います。
羽田さん:日蓮宗でご祈祷などをするときは、大、小、大、大、小……といった具合に強弱を付けて速く叩くんです。日蓮宗ではこんなふうに大きな音を鳴らすものがいろいろとあります。
──初めてお聞きしたリズムです! 木魚だと気分が落ち着く感じがしますが、この木柾の速いリズムを聴いていると気分が高揚してくるような感じがしますね。鳴らしものといえば、本堂の軒先に釣鐘もありますね。
この鐘は除夜の鐘とは違って、法要が始まる前の合図で突く鐘なんです。
──お寺の鐘はそういった用途でも使われるものなのですね。本堂の正面にあるこちらの丸い鐘は、お参りのときに鳴らしてもいいのでしょうか?
はい。シャワーのように、音を浴びるっていう言い方をする方もいるみたいです。日蓮宗には手に持って叩く団扇太鼓(うちわだいこ)などもありますが、打つことでストレス発散にもなりますし、なかなかご自宅では味わえないものですよね。
――コーーーン……という音に一瞬ハッとしたあと、気持ちがじんわりお寺になじんでいくような感じがしました。お寺で感じる不思議な感覚って、風景や香りだけでなく、音が生み出しているところがとても大きいんですね。
お寺でプログラミングを学ぶ
蓮の花をゆっくり愛でるだけでも数時間過ぎてしまいそうなのですが、ほかにもとても興味深い取り組みが。なんと、小・中学生を対象にプログラミング教室が行われているのだそうです! お寺でプログラミングとは、いったいどういうことなのでしょう? 見学させていただきました。
小・中学生を対象に、2019年より開校されている「プログラミング教室@蓮華寺校」。蓮華寺さんの客殿で土日に開催されています。2年間かけてじっくりと学ぶプログラムで、2023年度現在、第3期生が勉強中。各クラス20名の定員はすぐ埋まってしまうそうです。体験会も毎回ほぼ満員で、100組を超える親子が訪れるとか。パソコンやタブレットを持参する必要もなく、手ぶらで来て帰れる教室となっています。
──お寺でプログラミングって、初めて聞きました。他にもやられているお寺はあるのでしょうか?
最近多いんですよ。中にはご住職が先生となって開催しているところもあるそうです。知り合いのお坊さんを通じて紹介を受け、お寺でプログラミング教室をやってみないかというお話をいただいたのがきっかけです。2020年から小学校でプログラミングが授業の科目になるということもあり、先駆けてやってみましょうということで始まりました。
講師を務める、高橋晴久さん。この日は、宝くじを作るというテーマで授業が行われました。ほかにも、アイスクリーム屋さんになったつもりでフレーバーのリストを作るなど、子どもの日々の遊びの延長にあるようなプログラムが用意されているのだとか。冗談を交えながらの講座は、授業というより放課後のような楽しい雰囲気です。
とはいえ、内容は大人も顔負けの本格派。高橋さんいわく、この教室で扱う内容は「IT系企業の研修で使われるレベル」とのこと。プログラミング知識ゼロのライターがパソコンを覗かせていただいたところ、1行も分かりませんでした。カリキュラム修了の頃にはタイピングの速さが高橋さんを超えたり、授業を通して自分でウェブサイトを作れるようになったりする子もいるそうです。
近隣のお子さんだけでなく、遠くから通っている生徒さんも。卒業生がキッズティーチャーとなって指導側に回ったりもします。
また、送り迎えをするご家族がお寺に親しむきっかけにもなっているそうです。姉弟で教室に通い、今ではティーチャーとして活躍している子のお父さんは「プログラミングとお寺という組み合わせが面白いなと思っています。この教室がなければお寺に入ることもなかったかなと思うんですが、今ではお寺の中にあるいろいろな絵や蓮の花も面白く感じるようになりました。仏教の基本的な考え方や含蓄にも興味が生まれつつあります」とお話されていました。
「彼らが大きくなったとき、小さいときにお寺で学んだなあって思い出していただけると思うんですよね」と羽田さん。欄間の彫刻などのお寺の風景が、プログラミングの知識や考え方とともに記憶に刻まれていきそうです。
子どもたちの笑顔あふれる現代の寺子屋
他にも、子どもたちがあふれる行事が。学習支援の一環として行われている「学びや はちす」です。はちすとは、蓮の古語だそう。蓮華寺さんのある上府中(かみふなか)地区のまちづくり委員会との共催で開かれています。
宿題を持ってきてみんなで一緒に取り組むのをメインに、お寺とゆかりの深いワークショップを行ったり、駄菓子屋さんの出張があったりと盛りだくさん。小田原市内だけでなく、プログラミング教室の生徒さんや隣町の南足柄市などから参加する子もいるそうで、羽田さんの息子さんいわく「同じ学校じゃない子も」とのこと。学区を越えた友達作りの場にもなっているのだそうです。
優しい光の差す客殿の机で、お子さんたちが自由に宿題を持ち寄っています。学年も学校もさまざま。学校や塾の先生が支援し、宿題の指導もしていただけます。
美しい仏画や民芸品などに見守られての宿題、とってもはかどりそうです! 大人にとってもうらやましい環境ですね。
毎回変わる目玉のひとつが、ワークショップ。この日はにおい袋作りが行われました。
好きな色柄の袋や紐を選んで……
袋の中に天然香料を入れていきます。香料の配分もお好みで。お寺の香りとしておなじみの白檀、桂皮、丁子(ちょうじ)が用意されていました。羽田さんが地元のお香屋さんと相談し、子どもが親しみやすい甘めの香りになるよう意識して仕入れたのだとか。
民生委員の方や地域の方と共に。女の子が喜ぶかと思いきや、男の子たちもすっかり夢中です。
どの香りが好き?とお子さんたちに聞いてみると、白檀が一番人気でした。丁子の不思議な香りを「ピーナッツみたいなにおい」「梅っぽい!」と表現した子も。学校の授業と違って、正解がない時間を楽しんでいるようです。
みなさん、思い思いの素敵なにおい袋を作り上げていました!
そしていつも大好評なのが、毎回恒例の駄菓子屋さん。蓮華寺さんの近くの栢山(かやま)駅にある駄菓子屋『くろやなぎ』さんが出張しています。
『くろやなぎ』さんの店先では、小さなテーブルで子どもたちが宿題を始めることもあるのだとか。蓮華寺さんでもまさにその光景を再現するかのように、宿題をやりつつ、お菓子を食べたり、友達と話したり……とのびのび過ごすお子さんたちの姿がありました。
まだまだ帰りたくないお子さんたちの姿を見た羽田さんが、急遽「お寺・仏教のことばクイズ」を開催。「だるま」はお寺の言葉でしょうか? 正解は「○」。これは大人ならけっこう正解できそうです。ところが……?
「自由」これも仏教語なのでしょうか? 正解は「○」。日常語が実は仏教で使われる語だという話を聞くことがよくありますが、まさか「自由」までもそうだったとは驚きです!
ほかにはこんな問題も。重い腰を上げるときに口にする「どっこいしょ」は、「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」という仏教の言葉が由来なのだそう。六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意という六つの器官を指します。ちなみに、「玄関」や「挨拶」も仏教用語なのだとか。
──これだけたくさんの子どもたちでにぎわうお寺の姿を見たのは初めてかもしれません! 帰りには、本堂で手を合わせていく子もいましたね。写経会やヨガなどの催しもされているそうですが、お子さんが集まる催しはどんなきっかけで始まったのでしょうか?
目の前に小学校、斜め先には中学校、真裏には保育園があるという立地状況で、平日は子どもたちの声がワーワー聞こえる環境なので、子どもたちのニーズがあれば喜んでお寺を使ってほしいという気持ちがありました。
プログラミング教室は土日開催なので、法事でお檀家さんと顔を合わせることもあります。お檀家さんも子どもたちも入り混じって、世代も環境も違う人たちが集まるのが昔のお寺だったんじゃないでしょうか。今一度、そういう場所があってもいいと思うんです。地域のただの風景の一部になるのではなく、誰かの役に立てるような役目があるなら、そこに取り組んでいきたいという思いがあります。
授業の前後に子どもたちに少しお話をするのですが、仏教以前に、人として大切なことを伝えたいと思っています。入ってきたときの挨拶や、お手洗いを使うときに他の人が使うことも考えてきれいに使うことって難しいことではありませんけども、大人になればなるほどできなくなることでもありますよね。
──今日羽田さんのお話をお聞きして、お寺で笑顔で過ごす方々を見ていたら、確かに仏教以前に人として大切な、シンプルな何かが心に残ったように思います。
仏教っていわゆるお勉強だけでは理解できないところもあって、体験なり、実感して理解する部分もあるんですよね。正座して手を合わせて、心地いいなと思うことも大事ですし。行学(ぎょうがく)という言葉があるのですが、行いと学びは両方大事だよと。積極的に動いて、今を良くするには何をしたらいいだろうか、というところを大事にしているんです。
みなさんのお仕事もそうだと思うのですが、面倒臭いことややらなきゃいけないこと、思い通りにならないこともあります。お釈迦さまはよりよく生きるヒントとして教えを残されて、それがお経という形で残っています。それが現代の人の気づきやヒントになるのだと思っています。特に最近、自分一人ではなにもできないんだということを感じています。そういうことをハッと気づかせてもらうのがお寺という場所かなと思うんですね。
──今日一日お邪魔しただけでも、本当に多くの方々が関わっていらっしゃいましたよね。自分一人で頑張ろうとしてしまったり、人をうらやましく思ったりすることってありがちですが、かたくなにならず自分と違う人やものに目を向けるだけで開けてくるものがあるのかもしれませんね。
上からじゃなくて下から見てみたりとか。それだけでも全然違いますしね。
―今日は花にも自然体で楽しむお子さんたちにも、いろんなことを教えてもらった気がします! 来年の蓮もどんな姿を見せてくれるのか、楽しみですね。
羽田鳳竜さんプロフィール
1982年、北海道函館市生まれ。蓮華寺副住職。立正大学仏教学部宗学科卒業後、大本山中山法華経寺に約6年間奉職し、2010年春より蓮華寺に勤務、副住職となる。2021年より「れんげじ学び舎」を主宰し、各種活動を行う。雅楽やサックスにも挑戦し、お寺で演奏することも。
蓮華寺ホームページ https://horyu0909.wixsite.com/rengeji
蓮華寺Instagram https://www.instagram.com/odawara_rengeji_temple/
蓮華寺Facebook
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千葉山 蓮華寺(せんようざん れんげじ)
住所:神奈川県小田原市千代815-1/営業時間:9:00〜16:00(御朱印・御首題対応)/アクセス:JR東海道線「鴨宮」駅またはJR御殿場線「下曽我」駅よりタクシー。またはJR東海道線「小田原」駅東口、JR御殿場線「下曽我」駅、小田急電鉄小田原線「新松田」駅より富士急湘南バスにて「千代小学校前」下車。
取材・文・イラスト=増山かおり 撮影=蓮華寺、増山かおり
増山かおり
ライター
1984年青森県生まれ。かわいい・レトロ・人間の生きざまが守備範囲。道を極めている人を書くことで応援するのがモットー。著書『東京のちいさなアンティークさんぽレトロ雑貨と喫茶店』(エクスナレッジ)等。